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家電は本来戦わない  作者: ぬいみねね
プロローグ
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プロローグ

星が一つ、死のうとしている――


 草木も生えぬ不毛の大地を、明確な意思を持たない暗褐色の珪素生物が逃げ惑っている。傍目には石が勝手に転がっているようにも見える。本能的にこの星の終わりが近いことがわかっているのだ。

 地獄の底にいる化け物の呻き声のような低音と共に地面がひび割れ、活動を停止していたはずの火山が今にもマグマを溢れ出さんとしている。ただでさえ高温の大気が一層熱を孕み、   にとって活動限界に近い気温になる。もはや赤外線、熱感知ヴィジョンモードは使いものにならなくなっている。

    は無駄だとは思いつつも、思念を送り、最後の説得を試みる。

「ヴォルテカを奪っても君の願いが叶う訳ではない。こんなことをしても無駄だということが何故わからないんだ」

「そんなのやってみなくてはわからないでしょう? なにより私はあなたと違ってあいつらの言いなりになるのなんてまっぴらごめんですわ」

    は   と共に過ごした時期があるので、考えることは大体想像がつく。しかし、さすがに国家の転覆を図る一派に加わるとは思ってはいなかった。

    が軍支給の高周波ブレードを構える。

 きっと次の一戦で全てが決するだろう。下手をすれば辺りに散らばった既に機能を停止させた部下達のように自分も……。   は身震いをするのを抑え、考える。部下の撃破を無駄にしないためにもここは負ける訳にはいかない。ヴォルテカを渡してはならない。

    の思いが一つに集約されていく。

 勝って、生き残る。

 覚悟を決め、   に目を向ける。

 刹那、背後で地を割るような轟音が響く。否、事実大地が割れている。この星で最大の火山が噴火を始めたのだ。星の寿命が尽きるのに、それほど猶予はないだろう。

    は高周波ブレードを握り締め、士官学校で習ったお決まりの構えをとる。以前から数えて九八戦、    に一度も勝てなかったことは一時忘れることにする。

 両者の間に死の灰が降り注ぐ。

 戦いの口火を切ったのは   。視界支援がほぼない状態なのにも関わらず、動きには迷いがない。幾度も振るわれる神速の刃に   は防御に徹する他ない。

「ほらほらぁ! どうしたのぉ!」

 上段から気迫に満ちた一閃が繰り出され、避けきれなかった刃が   の肩を削ぐ。

    の視界の右端に損害軽微を示すマーカーが明滅する。

「まだ戦える……!」

    は自らを奮い立たせようとする。

「相変わらず反応速度が遅いわね。まあ他のに比べたら早い方だけど」

    は余裕がある様子で、二度三度ブレードを振るう。その双眸が   の一点に吸い寄せられる。

 コアを狙う気だ。

    は瞬時に相手の意図を察する。共にお互いのコアの位置を把握している。勝負を決めようというのなら、そこを狙うのは当然の話である。

「あなたと過ごした日々はそれなりに楽しかったわ」

 実に楽しくなさそうな思念が   に届けられる。

    が両手で持ったブレードを上段に構えた途端、辺りに殺気が立ち昇る。

 必殺の構えである。

 常に洗練された戦いを心がけていた   が形振り構わずに打ち込む渾身の一太刀。

 技と言うには余りにも無骨な攻撃。しかし、教官でさえその太刀を防いだものはいない。再起不能になった者もいる。

 もはやここまで。

    は死を覚悟するが、最後まで抗おうと心を落ち着ける。死ぬのは怖い、コアを破壊されれば再生も叶わない。しかし、   はそれをわかっていてやろうというのだ。こちら側に戻ることを完全に放棄したのだ。当の昔にそんなことはわかっていたはずなのに、見ないようにしてきたのは、   の甘さだ。

    からの最後の思念が   に送られてくる。


「さようなら」

 

 迫る刃。為す術もなく襲い来る死を、星が救う。


 突如地面から火柱が噴き上がり、   の姿を覆った。周囲にはいくつもの炎の柱が現われ始める。いよいよ星が断末魔をあげ始めた。聴覚センサーを壊さんばかりの悲鳴が信号に変えられて   の思考に達する。火に炙られている同窓が憎々しげに悪態を吐いている。

 星の咆哮を裂くように、航空支援部隊のグラインダーの音が響く。

「掴まってください!」

    はほとんど無意識で緑がかった空に手を伸ばす。グラインダーの搭乗者に拾われ、その場から離れる。

 燃え盛る   の姿が遠くに、遠くになっていく。

「この星はもうダメですね☆」

 この窮状にあってなんだか呑気にグラインダーのパイロットが思念する。

 途端にグラインダーがおかしな軌道を空に描きだす。

「実はわたし、これ動かしたの久しぶりなんです☆」

 とんだ救いの神だと思いながら   は操縦を代わる。

 二人は何とか母艦に回収してもらい、難を逃れる。

 母艦は宇宙に出て、   は先ほどまで死闘を繰り広げた星を見やる。あちらこちらで火柱がのたくりまわり、まるで火の蛇が星にまとわりついているかのようだ。

「ヴォルテカの力を利用しようとした末路が一つの星の終わりとは……」

「全くヴァイストロンにも困ったものです☆」

「彼らもヴォルテカが地軸を歪め、火山活動を活発化させるとは思っていなかったのだろう。それはさておき、さっきはありがとう」

「当然のことをしたまでです☆」

 救いの神と握手をしようとした   の目が眩む。

 硬質ガラスの窓の向こうの星が光に包まれ、崩壊した。

 母艦にも衝撃波が及ぶ、艦内にアラートが鳴り響き、慌ただしく通路を人が行き交いだす。

    は人の流れに流されないように窓にしがみつき、星を見つめる。


 幾筋もの光の矢が、四方に伸びていく。


 根拠はないがあれはヴォルテカに違いない。   はそう思う。

 星一つなくなっても、ヴォルテカは消滅しなかったのだ。

 それが意味することは一つ。

 戦いはまだ、終わっていない。




 辺境の星・地球では、世界中の人々が予期せぬ流星群の美しさに空を眺めた。

 藍色の空に光が流れるたびに、人々はその美しさに溜め息を漏らし、流れる星屑達に願いを託した。

 その美しさに感銘を受ける一人の女性がいた。彼女の腕の中には、穏やかに眠る生まれたばかりの赤子の姿があった。

 彼女は我が子に『流星』と名を付けようと思い立つ。

 善き人生を歩めるよう星が見守っていてくれますように、そんな願いを込めて。

 その時だった。彼女は突然の閃光に包まれ、目を眩ませる。

 星が落ちた、と彼女は思った。しかし、目を開いてもなにも起こってはいない。気のせいだと判断し、彼女は我が子の頭を撫ぜる。

 彼女は気付かなかった。

 事実、星が落ちていたことに。

 そして、赤子の手の甲に現われたシルシにも。


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