ファンタジーは何もあちらだけではない。
息抜き掌編です。
「・・・・」
「・・・・」
目の前に現れたのは、黒髪の女性だった。
「・・・・何物だ?」
突然だった。
小さな光が目の前で灯ったと思った瞬間、枕の下に隠した短剣に手を伸ばす。
しかし、それは攻撃ではなく別の何か。
次第に大きくなるそれは人の形をしていた。
それの光が引いて、現れた女性はきょとんとした顔をしている。
「・・・え、っと・・・?」
鈴を転がした様な、と表現出来そうな澄んだ声。
きょろきょろと周りを見回す女性は、その後じっと短剣を持った男を見ながら呟く。
「ここ、どこですか?」
目の前に女性が現れた男は、よもやこの国の、自分の寝室でこのような事故に遭うとは思っていなかった。
国の最奥、一番警備が厳しい国王の寝室だ。
その寝台の上に。
この国の基準で言えばはしたないと言える程短いワンピースを身に纏った女性。
娼婦でももう少しマシな格好をしている、と観察しながら頭の中で考える。
「あの・・・?」
「ここは私の寝室だ」
まだ警戒は解けない。
女の素性が判らない以上、解くべきではない。
例えそれが可憐な姿をしていても。
「お前は何物だ?どこかの大臣が送り込んできた女か?」
「え?」
女はこの場所の意味をわかっていない。
国王の寝室の、更に寝台の上に上がると言う事が。
それで取りあえず大臣が寄越した伽の相手ではない事だけは判った。
残るは暗殺者の線だが。
女の手は白く細い。
武器を持った事のない貴族の娘の様な滑らかな手だ。
「えっと・・・ここ、日本じゃないですよね?」
「それはどこの国だ?」
全く聞き覚えのない国の名前。
外交の問題上、どれほど小さい国であっても記憶しておかねばならない男にとって、それは聞いた事のない国だった。
つまり、この大陸に存在する国ではない、と言う事だ。
未開発の大陸でもあったのか、といぶかしむ表情に、女性はハっと身構えた。
「あの・・・この国の名前、教えて貰ってもいいですか・・・?」
「中の国だ。大陸中央に位置している」
聞いた事がなかったらしい女性は困惑した表情を浮かべている。
泣きそうな表情だった。
「ど・・・どうしよう・・・・私の知っている世界ではないみたいです・・・・」
「・・・・詳しく話せ」
この瞬間から、男の睡眠時間は目減りしていく事になった。
女性の名前は沙理と言った。
生まれは日本。ここではない、異世界の国らしい。
魔法は一般的ではなく、代わりに科学と言う技術が生活を支えている。
そこでは沙理の服装は一般的で、普通の女性よりも大人しいぐらいらしい。
「しかし・・・・信じがたいな」
「私もです」
落ち着く為に棚に置いていた酒に手を付ける。
沙理に進めると『ミセイネンなので』と断られた。
まだ大人の女性として未熟らしい。
「私・・・どうしたら良いでしょう・・・・」
とりあえず、投獄ですか?と恐ろしげな目を向けてくる沙理に男はため息を付く。
「お前が暗殺者ならばな。しかしこの腕では無理だろう」
持ってみろ、と渡した短剣を沙理は両手で扱った。
本来ならば女性でも片手で扱える物なのだが。
しかも持ち方が危なっかしい。
「こんな鉄の塊、まず持って生活する事がありませんし・・・」
「だろうな。手に武器を扱う匂いがしない」
とりあえず、どうしたものかと男は考える。
異世界からの女性、なんて物は建国して以来初めての出来事だろう。
過去の記録にその様な物があった覚えもない。
他の国ならばあるのかもしれないが、それを取り寄せるのは朝以降だ。
「とりあえず、私を殺しに来たのでないのならば構わん」
「え、そんな軽い判断で良いんですか?」
「お前がどうこうしようとして負ける程私も弱くはない」
かみ殺しきれないあくびをしながら、沙理に告げる。
男のその様子に沙理が小さく笑った。
「・・・・何がおかしい」
「いえ・・・国王という人も眠気が来るんだなって」
異世界で国王というのは人間ではないのか、と思わず顔をしかめてしまう発言だった。
男の表情に沙理は慌てて手を振る。
「あ、違うんです。国王とかそう言う上流階級?の人って全く付き合いがないので」
「それでも同じ人間だろう。私だってそうだ。腹も減るし眠くもなる。生理現象ぐらいあるぞ」
「そ、そうですよね・・・・」
男の言葉に恐縮する沙理を改めて上から下まで見る。
それなりに清楚な雰囲気の女性だと男は思う。
ただ、どうしてもスカートの長さだけはなじめない。
この国の女性が足を見せるのはそれこそ寝室だけだ。
ドレスで隠し、その下に絹の薄い靴下を纏う。
それが沙理は白い足を膝までさらけ出し、その下を黒い靴下らしきもので覆っている。
靴も繊細なヒールではなく、少し硬そうな、この世界にはない『ローファー』と言われる靴だ。
服装もあちらの世界の学生が着ている『制服』と言う物だと説明をされた。
「とりあえず、明日起きてから考える」
そう言うなり、ぐらぐらと男の意識が揺れ始めた。
流石に徹夜3日は男にもきつかったのか、寝酒の回りが早い。
「え・・・・あの・・・・私、どうしたら・・・?」
「・・・・面倒臭いから、ここで寝ればいいだろう」
指し示したのは二人が座っていた男の寝台。
寝心地の良さは一級品なのは間違いない。
下手にソファなどで寝るよりはマシだろうし、男としてはちゃんとした布団で寝たいので自分がソファで寝る選択肢もない。
「え・・・・」
いやでもそんな、と真っ赤になる沙理が煩わしくなり、男は足を掬い上げて靴を脱がし、寝台の中へと放り投げる。
その横へ潜り込むと、沙理はうわあ、と悲鳴を上げた。
「今は眠いからお前をどうこうするつもりもない。服が気になるなら好きに脱げばいい。私は手出ししない」
「そ、そんなアバウトで良いんですか?!」
「三日間徹夜だったんだ・・・・性欲より睡眠欲を取る」
寝るからな、と男が沙理に宣言すると、すぐさま目を閉じた。
どうしよう、とおろおろしている気配はしていたが、とにかく眠い男は目を開けず、そのまま眠ってしまった。
翌朝、起こしに来た侍女が沙理を見て騒ぎ出したが、それは現時点では男にわかる話ではない。
山もなければ落ちもない話です。