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2.女帝の鉄槌

3、女帝の鉄槌


廃墟ビルの中に入ると、いつものように埃っぽいにおいがした。

しかし、今の彼にとってそんなことは取るに足らないことである。

現在、彼の頭の中はあの女帝に殺されるか、殺されないか、それしか入っていないのだ。

「やばいって、これはやばい。」

デジタル腕時計を見やると、そこには

  7;55

と、無慈悲な数列が並んでいた。

8時までにオフィスに着かなければ、

女帝によるきついおしおきが、もとい拷問が課せられるに違いない。

それはそうと、なぜ5分でオフィスにつくことができないかというと、

現在地の1階から地下5階まで階段を使って降りなければならないからだ。

普段降りるときは、平均10分はかかる。

エスカレータもない、エレベーターも当然ない。

なぜこんな辺鄙な場所に!

と、愚痴をこぼしたくなる。

そんなこんな考えているうちに、地下4階まで来ていた。

今までで最速かもしれない。

時計を見ると

  7;59

よっしゃ、これなら間に合うかも。

運動不足の体に鞭打ちラストスパートをかける中年、

やはり、絵にならないものはならないのである。

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉー。」

最後の階段を一気に走りぬけ、勢いよくドアを開け、

まさに光の速さでタイムカードを差し込む。

出てくる数字は、

  8;00

「よっしゃぁー!」

柄にもなく、ガッツポーズをしている。

チーターに速さで競り勝った草食動物のようだった。

ただ、彼はいまだチーターに狙われていることに気づいていなかった。

カツン、カツン。

あたりにまき散らかれるピンヒールの靴音とプレッシャー

「先輩!逃げてくださいっス!」と言う後輩の声で

ぎこちなく、一が振り返ると・・・・。

わき腹に一発。

派手に ドン! という音が聞こえた。

一は2,3回地面を跳ねながら、無機質なコンクリートの壁に打ち付けられた。

あたりは別に騒然とならなかった。

毎日、誰かは一のように吹っ飛ぶからだ。

みなさん、一に眼を向けることも無く、

熱心に仕事をこなしていらっしゃる。

最初、一は自分がちゃんと生きているかさえわからなかった。

つーか、死んでるんじゃないか俺。

しばらくして、真上から女性にしてはハスキーな声が聞こえた。

「さっさと起きろ!そして後れた理由を説明しろ。」

その声で飛び起きる。

「は、はい!ですが俺は今回遅刻していません!

これを見てください。」

タイムカードを渡す一。

だが、タイムカードを渡された女性はタイムカードを一度も確認せずに投げ捨てた。

「・・・・・・?」

女性は、自分の腕を一に突き出す。

「見ろ、何時だ。」

その古ぼけた腕時計の針は、

8;10を指していた。

あれ?おかしい。ここでの会話は10分も続いていなかったはずだ。

確かめるために、自分の割と新しいデジタル腕時計を見る。

8;05

俺の腕時計は電波時計だから間違えるわけがない。

ということは、女帝、いや、上司の時計が間違っていることになる。

「すいません、上司。その時計・・・」

「何時かと聞いている。答えろ。」

「8;10です。・・はい。」

彼女には逆らえない。

俺よりも年下の癖に、

その身にまとう風格で圧倒的優劣を見せ付けられる。

だが今回ばかりは、負けるわけにはいかなかった。

「ですが・・・上司。」

「なんだ、何が不服だ?聞いてやる、言え。」

「上司の時計は5分早いと思います。」

「ほう、お前は私が間違っていると言いたいんだな?」

「いえ、時計が早いと・・・・」

一が言い終える前に、女帝こと上司 海東 龍姫は

がしっ、と一の腕を取り

「お前の電波時計のほうが正しいと、そう言いたいんだな?」

あ、だめだわ。

一は心から後悔した。

あの時、ちゃんと謝っとけば。

そして、海東は掴んでいた一の腕から腕時計をもぎ取ると

「私はそうは思わない。ここでの時間=私の時間だ。

だから、お前のG-shockが5分遅れている、というわけだ。

わかるな、斉藤?」

「あ、はい。わかりました。」

完敗だった。

勝てるわけがなかった。

草食動物VS肉食動物は火を見るよりも明らかだった。

意気消沈した一は海東からG-shockを返してもらおうと、

腕を伸ばす。

「いや、ここで5分遅れている時計などいらんだろう?

私がきっちり処分してやる。」

そういうと、G-shockを地面に落とし、

間髪いれずにピンヒールの踵でG-shockの液晶を踏み抜いた。

見事に、貫通している。

あれ?おかしい。G-shockって耐久力が売りじゃなかったかな。

無残に散っていったG-shockを眺めていると、

「よかったな。これでもう遅刻することはないだろう。

新しい時計を買ったら、無論私の時間に合わせるように。」

肩に、ポンと手を置きながら海東が横を通り過ぎていく。

満面の笑みだった。

どう生きてきたら、人の時計を粉々にした後にそんな笑顔が作れるのだろう?

怖ぇー。

女帝恐ぇー。

カツン。と海東が立ち止まり、振り返る。

「それと、ゴミはちゃんとゴミ箱に入れとけ。めざわりだ。」

「うぃっす。今度から気をつけます!」

思わず敬礼してしまった。

ここでの生活が長いせいか、自然と敬礼するようになっていた。

彼女の名前は海東 龍姫。聞いた限りでは今年で25歳になる。

趣味は、キックボクシングで特技は書道だとか。

出身はかなりの名家らしく、

その面影かたまに見る礼儀正しさとかきちんとした作法は目を見張るものがある。

ただ、部下に対してものすごく厳しい、

気のせいかもしれないが自分に対しては他の職員よりもより厳しい気がする。

他の職員は軽く殴られるぐらいなのに、(それでも、1mは飛ぶ)

自分の場合は腹に必殺ピンヒールショットや

顔面に超本気ストレートフラッシュが飛んでくる。(2~3mは基本)

正直勘弁して欲しい。

通勤する時に、それを思い出すと腹とか顔面が痛み出す。

今まで、よくこのトラウマを我慢して来れたなと思う。

海東のほうを振り向きながら「黙っていれば綺麗なのに」、と自分らしくないことを考える。

整った顔立ちと、ぱっちり二重まぶた、

スーツ姿はとても凛々しくスタイルとルックスのよさを窺わせる。

警察官じゃなかったら、今頃、芸能界でモデルでもしていたかもしれない。

髪型も今は輪ゴムで髪をまとめる形のポニーテイルにしているが、

輪ゴムでまとめずにゆるくカールをかけてくれたら・・・・、

うん、外見だけは自分的に好みだ。

ただ、あの暴力的な性格はいただけない、怖くて、近づけない。

恐らくこれから先、彼女とプライベートで会うことは無いだろう。

そんな彼女が一の隠し撮り写真を懐に忍ばせているとは、一は知る由も無かった。

自分が大切に使っていた消費税込み7350円のG-sockには銃弾で撃たれたかのような穴がぽっかりと開いている。

拳をギュッと握り締めて、過ぎてしまったことは仕方が無いと自分を慰めると同時に

目からはしょっぱい汗が流れてきた。

しかし、これ以上女帝に時計を踏み抜かれるわけにもいかないので今度買う時計は自分で時間を調節できる針時計にしようと心の中で決めた。

無残に散っていった同士をごみ箱に埋葬すると、

コンクリートむき出しの床を鳴らしながら自分の机につく。

あたりを見渡すとそこにあるのは、大き目のホワイトボードと

廃墟ビル入り口に設置した監視カメラのモニタと職員人数分の机だけ。

オフィスを照らしている蛍光灯は明らかに出力不足で、

部屋全体がぼんやりと薄暗く今が朝であることを忘れてしまいそうだ。

机は全部で5つある。

いささか足りないようにも感じるが、これは仕方のないことだ。

この銀座でも、鬼は多数存在するというのに、5人しか職員が居ないのには理由がある。

殺人鬼抹消課はもとより警察に無い扱いになっているため、

新入社員の人数を裂くとそのぶん本職の警察官に怪しまれてしまう。

本職というのもおかしな言い方だが、

自分を含めたここの面子は一度警察官を辞職した後に

もう一度違う形で雇われたいわゆるUターン刑事なのだ。

退職しているため怪しまれることも無いし、

警察に勤めていたときのノウハウもしっかり覚えている。まさに一石二鳥だ。

しかし、退職した後に警察よりもハードな捜査をする

殺人鬼抹消課にくる奴が極端に少ない。確固たる目的を持たない限りは。

ここに居る者達は、自分のように食い扶持をつなぐために就職した者もいるし、

海東上司のような目的があって戻ってきた奴も居る。

例えば、俺の隣の席にいる新村なんてその際たるものといえよう。

一は、隣にいる新村の顔を見た。

「なんスか、先輩?時計よこせつってもあげませんよ。」

「いや、お前がここに来てからもの一年ぐらい経つな、なんて考えていたんだよ。」

「そういやそっスね。記念にどこか飲みに連れてってくださいよ。先輩」

「馬鹿いっちゃあいけねぇ。

俺は女帝に踏み抜かれた同士の代わりを買ってこないといけねぇから、

お前に使う金なんて無いんだよ。わかるな?新村。」

最後の台詞を海東風に言ってぼけて見せる一。

よほど、G-sockをぶち抜かれたのが気にいらなかったらしい。

新村もかなり驚いている。

「先輩がボケてるところ、初めて見たっス・・・・。」

「俺もたまにはボケるさ、

ところでお前1年ここにいたけど、婚約者殺した鬼はわかったのか?」

「まだっす。・・・」

今までのハイテンションが嘘のように、意気消沈する。

「でも、いつかきっと見つけ出して・・・。」

その顔は軽く病んでいた。

その気持ちもわからないでもない。

来月に結婚を控えていた新村の彼女は夜勤を経て帰ってきた新村の前で、

芸術とは言いがたいオブジェに変化していた。

ホッチキスの金具を大きくしたようなもので、

バラバラにされた死体が元の肢体の位置とは逆の位置に留められていた。

手は足のあったところに、足は手のあったところに。

頭は上下逆にして、背中に留められていた。

それ以来、心が壊れて警察の仕事ができなくなった

新村は事件の一ヵ月後に辞職した。

彼女と結婚する予定だった日に辞表を提出し、

それからは毎日が死んでいるような生活をしていたらしい。

だがそれが一変したのは、

新村の家に真っ白なスーツを着た初老のジジイが現れたときだった。

ジジイの名前は師走 王月

師走はこう言ったらしい。

「自分が憎くないかね?

婚約者の敵を討ちたいとは思わんかね?

君と同じ境遇にいる人間を救いたいとは思わんかね?

人生を台無しにしたいとは思わんかね?

どちらかの内1つでも当てはまるのなら、

うちに来なさい。最高の環境を君に与えよう。」

新村は二つ返事でそのジジイの言葉に乗った。

そして今に至る。

「・・・・・・・」

俺も似たようなことを訊かれたような気がするが、

4つの条件がなんだったかは忘れた。

おそらく、聞いていなかったか、探していた職が見つかって有頂天になっていたため、

聞き流していたのだろう。

もう少し詳しく聞いておくべきだったといまさらながらに思う・・・。

それに少なくとも、俺の前にやってきたのは初老の爺ではなく、

若い女性だったような気がする。

話に出てきたジジイと同じように真っ白なスーツを着ていたのは覚えてはいるが、

どんな顔だったかは思い出すことができない。

やっぱり有頂天になっていたのだろう。

だが、ここにいる自分を除いた面子は大体覚えているそうだ、

4つの条件と白スーツの名前を。

しかし、新村のようにぺらぺらとしゃべる奴は少ない。

条件をしゃべるということは、

自分が就職した目的を吐露することと同義だからだ。

信頼はしているが信用はしていない、それがここの風潮だ。

新村とだべっていたら、不意に電話が鳴った。

リリリリン、リリリリン。

机で山のように積もった書類を片付けていた海東が電話を取る。

「はい、こちら殺人鬼抹消課銀座支部。はい、わかりました、すぐに向かわせます。」

海東が、「では失礼します。」言いながら受話器を置く。

「斉藤、銀座1丁目の路地裏で殺しがあった。王木を連れて現場へいって来い。」

ん?俺の聞き間違いだろうか、そうであってほしい。

「おい、聞いているのか?斉藤、早く行って来い。」

俺の不幸連鎖を強要するのはどこの誰なのだろうか。

「王木と共に現場へ行け」とは俺に死ねといっているようなものだ。

朝一番に、あいつの誘いを蹴ってきたばかりだというのに、

今頃あいつは「さぁて、どうやって痛めつけてやろうかしら。」とか言っているだろう。

「別に、今回は王木でなくてもいいでしょう。今日のところは桐継ぐらいに任せませんか?

あいつ、「最近溜まっている」って溢していましたし。」

さりげなく、拒否する。

「だめだ、あいつは使い物にならん。それに、このヤマは王木向けだ。あいつはこの程度のヤマなら3日で片付けられる。」

譲らない海東。

「最近、王木ばかり使っていませんか?ワークシェアリングすべきです。」

なお、拒否する一

「あいつが、有能すぎるのが悪い。そして、他の奴らが無能すぎるのはなお悪い。」

容赦の無い海東。

「じゃ、じゃあ。新村一緒に行こうぜ?」

新村に話を振る。困ったときに人を頼るのが一の悪い癖だった。

「いやっス。先輩一人で行ってきてください。」

「お前、俺の後輩だよな?こういう時に先輩頼みを聞いておくのも大切だぞ?」

「それでもいやっス。あいつに会いたくないっス。」

自分の机に備え付けてあるデスクトップパソコンを凝視して目を合わせようとしない新村。

「島さん。どうで・・・・」

新村の前に座る、島さんこと (シマ) 由比子(ユイコ)に声を掛けようとするが、

声を掛ける前にスケッチブックに恐ろしい速さで何かを書くと、

一に向けてドンと突き出した。

『ごめんね。一人で行って来て、お願い。』

「し、島さん・・・」

島さんにやんわりと拒否されてしまった。

めがねの奥に潜む目が温かく見守っているが、断固たる決意を持って拒否された。

困ったことに、他に頼ることのできる人物がいない、他にも職員はいるのだが

自分の前方に座るはずの加藤ちゃんは今日も休んでいる。

どうせ今日も六本木あたりで遊んでいるのだろう、まったくチャランポンだ。

「わかりましたよ、いって来ればいいんですよね。

そうだ、もしものことがあった場合葬式の喪主はお前に任した新村。

涙の多い葬式にしてくれ。」

「後輩に葬式を頼む時点で人間関係の狭さを伺うことができるっス。」

ギクッ、確かに俺には親も兄弟もいないし葬式を頼めるような友人もいない。

「まぁ、いいじゃないか。俺は一匹狼が好きなんだよ。」

「はいはい。そういうことにしといてあげますから。」

後輩に軽くあしらわれた。新村は絶対に許さない、絶対にだ。

「早く散って来い。」

『がんばって!!』

なんて薄情な奴らだ、今に見てろよ!

「クソ!お前らが死んだって葬式行ってやらないからな!」

すると一同口をそろえて、「大丈夫、」

「先輩が先に死ぬっスから」

「お前が先に死ぬからな」

『斉藤君が先に死んじゃうから』

なんでやねん!

他にも言い方があるだろうが!

「行ってきます!」

走ってその場から逃げる。これは仕方が無い、どうしようもない。

その時ひんやりとオフィスが寒かった。

これが虫の知らせというものかと思った。


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