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帝都不可思議カフェ綺譚―婚約破棄は自称妖精王と共に―  作者: 桃月 とと


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1 不幸はもうお腹いっぱい!

「すまないオリヴィア……僕と婚約破棄して欲しい……愛する人ができてしまったんだ……」

「え? ……えっ!!?」


(えええええええええ!!?)


 ベンジャミン・バンディッドの突然のカミングアウトに私は動揺した。当たり前だ。なんせ前日のパーティではよき婚約者として私の隣に立っていたのだから。寝耳に水とはこのことだろう。


「ごめんなさい……お義姉様……」

「モニカ!!?」


 ベンジャミンの隣にスススっとやって来た我が従妹のモニカ・ランドルフは、目を潤ませ悲し気に俯いた……ふりをしていた。ベンジャミンに見えないところで私に向かって舌を出している。


(はぁ~!!?)


 やられた! と、思ってももう遅い。まさかベンジャミンを狙っていたとは。モニカの趣味ではないと思っていたのに。彼も顔は綺麗に整っているが、モニカの好みはもっとド派手で穏やかさとは無縁の男だ。


 バンディット伯爵家は所有する銀鉱山に安定した産出量があり、かなり景気がいい。それでいてバンディッド伯爵は健全な領地運営をしていたので、莫大な資産を有していた。


(モニカのやつ! 見た目の趣味より金銭面を優先させたのか!!)


 何も気づかなかった私の顔はきっとマヌケに見えたに違いない。


「ベンジャミン様、婚約とは重大な契約です。愛がどうこうで簡単に破棄できるものではありません」


 ハイそうですか、二人の為に大人しく身を引きましょう……なんて言うわけないだろう! この私――オリヴィア・ランドルフがだぞ!?


「そんなっ!」


 愛する人と結ばれないなんて! と、ベンジャミンは悲劇のヒーロー顔をしているが、被害者は私。さらに彼はしくしく涙するモニカを慰めているが、可哀想なのは私!


「……とりあえず、お父上にお話を」


 私が話をつけてやらぁ! と、鼻息荒くバンディッド家へと乗り込んだ。


◇◇◇


 物語の始まりは、平穏な日常から始まる。私、オリヴィア・ランドルフの毎日も多少人生のアップダウンはあれど、おおむね平和な日々だった。


 翳りを見せ始めたのは、両親が相次いで亡くなってから。残念ながらその時私はまだ十歳の未成年。年齢の割にしっかりしたお嬢様扱いをされてきたが、法律ではそんなこと関係ないので、我がランドルフ伯爵家の名を継いだのは父の弟だった。


 つまり、我が家は乗っ取られたのだ。叔父夫婦に。

 始めは私が成人するまでの後見人、と言った形で入って来たが、蓋を開けたらこうなっていた。


 私もかなり気を付けてはいたのだ。コイツらなら絶対やる! という悲しいかな確信に繋がるような出来事はこれまでに散々あり、父も亡くなる直前までそれを心配していた。


(くぅ~~~これほどまで未成年に力がないとは……)


 早々に主導権を握られてしまった。十歳の小娘に付いてきてくれる家臣は少ない。実際、領地運営に不安を感じていただろうし、強くは責められないだろう。


 これと同時期に、私には婚約者ができた。父が最期に私のために動いていてくれたのだ。

 相手は父の親友であるバンディット伯爵家の次男ベンジャミン。なかなかの好青年で、気が強くて()()()が流れているせいか同世代からは遠巻きにされていた私にも親切だった。


 妙な噂とはこうだ。


『オリヴィア・ランドルフは妖精が視えるという虚言癖がある』


 もちろん嘘ではない。私は妖精が視える。これはおそらく、私に前世の――それもこことは別世界の――記憶が残っていることと関係しているのではないか、と勝手に想像している。ちなみにこちら(前世の記憶)は周囲にバレていない。


(だって誰も否定しなかったんだもん!!)


 だから幼い頃は、妖精が視えることを特段隠していなかった。だいたい、この世界には“妖眼持ち”なんていう、この世ならざるモノを見る能力を表す名称があるのだ。

 後々聞くと、両親や使用人達がからは、想像力豊かな子供だな、程度に捉えられていたことが明らかになった。


(否定しない子育て方針だったってこと!!?)


 妖精がいたという大昔の記述は確かに残っているのだ。だが今や妖精は恐竜のような扱い。いや、なんならUMA扱い。私はネッシーを見た! と主張しているようなものだったのだ。


(いや早く教えてよ~~~!)


 これでも前世では世間体を気にして生きてきた。平穏な日常を送るのに、特殊な能力は必要ない。わかっていたらもっとうまくやったのに!


 この世界、テレビもスマホも存在しないが、ラジオや蓄音機、電話もほんのり普及を見せ始めている。同時に階級制度は残っており、偶然貴族階級に転生した私は、大きな苦労なく暮らしていた。妖精が視えるという一点を除き、実に模範的な令嬢である。と自分では思っている。


 叔父夫婦と従妹に我が家を乗っ取られた後、奴らは度々”妖精が視える”という私の過去の言動を取り出しては、


『なんて不気味な子』

()()()()、さっきまた誰もいない壁を見ていたの……怖いわ』

『かまって欲しいからと困った奴だ』


 等々、実にくだらない嫌がらせを仕掛けてきた。

 私を粗末に扱い、自尊心を傷つけ、全てを取り上げようと目論んでいたようだが、奴らは私のことを理解していなかったのだ。

 その都度大騒ぎをしてしっかり反撃した。それはもう相手が後悔するほど。その内奴らも学んだのか、嫌味を言うくらいしかできなくなっていた。


 だが、ここからは暗雲どころか大嵐だ。


 それは十九歳の誕生日の翌日。帝都の屋敷で開催されたパーティの余韻に浸りながら、来年の今頃は結婚か……なんてぼんやり考えていた日のこと。


 私は、婚約破棄を言い渡されたのだ。


◇◇◇


(あのバンディッド伯がこんな不義理許すわけないでしょ)


 帝都にあるバンディッド家の屋敷に乗り込んだ私は鼻息荒く、ベンジャミンの父親がいる書斎へとずしずし進んで行く。

彼は信頼できる数少ない大人だ。いくら自分の息子とはいえ、親友の娘を意図的に傷つけるようなことはしない、と高を括っていたのだが、


「オリヴィア嬢……本当に……本当に申し訳ない……」


 目に涙を浮かべ、土下座せんばかりの勢いで伯爵に頭を下げられてしまった。非常に複雑そうな表情を見るに、彼もつい今しがた、隣にいた息子から真実を聞かされたようだ。

 ベンジャミンがいたしかたない……といった風に口を開く。


「実は……モニカのお腹には僕の子供が……」

「んな後出しあり!?」


 ベンジャミンは私と婚約破棄後、すぐにモニカと婚約、結婚をしてしまえば、子供が生まれても世間体が多少はマシだと思ったのだろう。そう、流石に今回の件の外聞の悪さはわかっているのだ。

 そして息子は、この厳格な父がこの場合どういう対応をするか理解していた。


「新たな命に罪はない……責任を取らなければ……」


 ”責任”という言葉がいかにもバンディッド伯らしい。


親友()と約束した責任を果たしてくれ~!)


 だがやはり自分の血を引く以上、どうしてもそちらの方が可愛いのだろう。それは理解できる。が、それそれ、これはこれ。

 とりあえず、あのモニカの勝ち誇ったような表情をどうにか泣き顔に変えてやらなきゃ腹の虫がおさまらない。


「そんな……私、これからどうしたら……」


 ヨヨヨ……と私は床に倒れ込んだ。自分でも白々しいことはわかっている。ついさっきまで強気な態度だったのだから。だが、私の身の上をよく知っているバンディッド伯には効果覿面(てきめん)


 結果、私は莫大な慰謝料を手に入れた。人生三回はやり直せるような金額だ。後ろ盾を失った私が、これからどうとでも生きて行けるように。モニカは泣きこそしなかったが、苦々しい表情にはなっていたので及第点ということにしておこう。


(ま、愛のない結婚だけならまだしも……恨み恨まれの毎日なんて楽しくないし)


 私も私で現金なものだ。十分だと思う慰謝料を手に入れた途端に、多少気持ちも落ち着いている。

 だが、次に待ち受けていたのはこの慰謝料を狙う義両親。


「育ててもらった恩を返してもらおう」


 偉そうに事実と異なることを口にするこの叔父は、私のことをいまだに理解していないようだ。


「私の父が築いた財産を食い潰しておいてよく言いますね。帝国に収める分くらいは残しておいた方がいいですよ」 


 一瞬で顔色が変わった。こういうところは察しがいい。彼らが脱税していることに私が気付いているとわかったようだ。


「……また妙な力を使ったな!?」

「なんのことでしょう?」

 

 こうしてすっとぼけたままの流れで、私はランドルフ家の姓を抜け、母方のアーレイドを名乗ることになった。

 アーレイド家はすでに貴族の家としては没落しており、従弟達は帝都の役人として働いている。その内の一人の学費を肩代わり(バンディッド伯が)を申し出て、アッサリと戸籍の移動がすんだ。


「今日から私はオリヴィア・アーレイドよ!」


 物語が始まって早々に名前が変わるとは……。少々の寂しさは確かにあるが、正直スッキリとした気持ちの方が勝る。これであいつ等が今後やらかしても私はもう関係ない。


(自由だ~~~!!)


 不思議な解放感。もちろん、不安はゼロではない。だが、心の底からわくわくした気持ちが湧いてくる。


 こうして私の第二の人生がスタートしたのだ。


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