興奮冷めやまぬままに書いたもの
そこには一冊の小説と妙齢の女が一人。
シュリンクを剥き捨てると、勇み足でベッドに横たわる。
滑らやかな装丁、重み。僅かにはみ出た赤い栞紐。
1ページ目には改めてタイトルが記されている。
「一番好きな本なんです」
ふと、そう語った日を思い出す。
めくり進める。
真新しいインクの香り。
描写に僅かな古さを感じ、何年に発売された本だったかなと考えを巡らせる。
読み進める。
私は図書室にいた。
プリーツスカート越しに感じるパイプ椅子の冷たさ。
細い針が動き続ける時計の存在感。
ほのかに煙埃がかった薄茶色い空気。
私は自室で新品の本を読んでいるに違いないのだが、しかし同時に私の手は中学生で、黄色く染みたページをめくっている。
話が進んでいく。
赤と言われれば赤が見え、青と言われれば青が見える。
ピストルは目の前で鳴らされ、老婆が疎ましそうに顔を覗けばその顔の皺に溜まる汗の歴史だって感じ取れた。
私はこの作者が好きだった。
相性が良く、まるで映像を見るように物語を感じられたから。
そして特別、この話が好きだった。
ヒナギクに触れられたから。
この話はクライマックスで、主人公が存在しないヒナギクに触れる。
もう一度、その感触を体感したいと思っている。
流れるように話が進んでいく。
本当に読んでいるのか、疑わしくなるほどのペースでページが捲られていく。
文字は粒立ち光り輝いている。
自身の熱に浮かされた汗が揮発する。
「ヒナギクに触れた。」
柔らかな花弁。
存在し得ない程に鮮やかな黄色。
指から伝わる電気信号。
黄金のシャワーを浴びたような、天上のジュースを飲んだような感覚をまだ味わえることに歓喜した。
私は私と同じ感覚を共有した。
物語は終幕を迎え、硬い表紙の閉じる音が鳴る。
そこには一冊の小説と妙齢の女が一人。




