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助手席の女

作者: 通りすがり

大学生の悠人は同じ大学の友人陽介と、大学から最寄りの駅に向かって歩いていた。

陽介が最近に付き合い始めたオカルト系の彼女の結衣の話で二人は盛り上がっていた。

「この前なんかデート中に駅のホームで急に霊が見えるなんて始まっちゃって困ったよ」

「お前、そんなのよく我慢できるな」

「だって結衣の見た目100%俺の好みだし、結衣と一緒に歩いていると、通り過ぎる男たちからの妬みと羨望の眼差しで、優越感がたまらなくてな」

「お前マジで最低だな」

悠人は苦笑した。

そのとき突然陽介があっ、と声を上げ立ち止まる。どうしたのかと悠人は陽介に尋ねると、道の向こう側の反対車線で赤信号で止まっている一台の車を指さす。

それは赤いスポーツカータイプの高級外車だった。悠人はその車に見覚えがあった。たしか同じ大学に通う友人の樹の車だったはずだ。

「あれ、樹の車だろ」そう陽介に確認すると陽介は「ああ」とさっきまでとは一変して、不機嫌そうに短くこたえた。

信号が変わって動き出した樹の車は、近くに二人がいることには気づくことはなく、スピードを上げて走り去っていった。

隣で陽介がチッと舌打ちをする。

「自慢げにあんな高級車で通学するなんてほんとに嫌なやつだよな、樹は」

悠人もそれには同意だった。樹は悪いやつではないが、所々で見せる金持ち自慢が鼻につく。

しかもそれが無自覚なのがさらに始末に悪かった。

そのとき、悠人は急にあるいたずらを思いついた。

昔からよくある怪談話で、自分が運転する車の助手席には誰も乗っていなかったのに、あとで人からあのとき助手席に乗っていたのは誰だと聞かれる、というのがある。

それを樹にやろうと言うのだ。

悠人の提案に陽介は何かを考えていた様子だったが、ニヤッとして面白そうだと乗り気で答えた。


翌日、大学のテラスで一つの机を囲むように座って、友人数人と一緒に談笑する樹を見つけた。

悠人と陽介は、樹の驚く顔を想像してすでに笑いが堪えられないが、必死に真顔を装って樹に話しかけた。

「昨日、見たぞ」

悠人がイスに座る樹の背後から肩に手をかけながら話しかけた。

樹は振り返り悠人のことを確認すると、そのまま悠人を見上げた体勢のまま、「何を?」と怪訝そうな顔をして答えた。

悠人は樹の顔を見ながらニヤリと笑った。

「女だよ、女」

それを聞いて樹の顔色が曇る。

「はぁ、何のことだ」

悠人は樹の肩に置いたままにしていた手でポンポンと肩を叩いた。

「とぼけるなよ、昨日お前が●●通りを車で走っているのを見たんだよ、俺たち」

陽介もニヤついた顔で続けて言う。

「いいよなぁ、助手席にあんないい女を乗せて。ほんと羨ましい」

悠人は、陽介のセリフを棒読みしたような話し方に、嘘が暴露るとヒヤヒヤした。

だが樹はそれにはまったく気付かず、驚愕の表情を浮かべている。

「なっ、何言ってんだ、昨日は誰も車に乗せてない」

樹の慌てぶりに、悠人と陽介は笑いが込み上げて来るのを必死に堪える。

「いやいや、絶対に女が乗っていた。俺たち二人で見たのだから間違いようがないだろう」

すると、樹の顔色はみるみると真っ青となっていった。額には汗が浮き出てきている。

樹はサッと立ち上がると「なにかの見間違えだ」と吐き捨てるように言うと、そのまま足早に立ち去って行った。

樹が立ち去ると、悠人と陽介は堪えていた笑いが抑えきれずに声を出して笑った。

それを見た樹の友人の一人の大地は、どういうことだと二人に聞いてきた。

悠人と陽介は素直に理由を話した。

それを聞いた大地は「くだらねぇ。悪い奴だな、お前ら」と苦笑した。

「傷一つもないピカピカの新車の高級車を、自慢気に乗り回している罰だよ」

「そうそう、このくらいのいたずらかわいいもんだよ。俺らと同じ庶民ならわかるだろ」

「まあ、そうかもしれないけど」

大地はさらに苦笑いを浮かべながらも、最後には同意したように頷いた。

目の前に置かれた缶コーヒーをグイッと飲み干したあと、大地は思い出したように言った。

「でも、傷一つもないピカピカでもないぞ、あの車」

「そうなのか」

悠人と陽介は昨日に見た車を思いだしていたが、そのようには見えなかった。

「あの車、最近まで修理に出していたみたいだぞ。その間代車の国産車に乗っていて、ダサいとかずっと文句を言ってたし」

「そういえばこの前、青い車に乗ってたけど、あれのことか」陽介は突然思い出したようだった。

「そうそう、その車」

そう言うと大地は立ち上がって、俺もそろそろ行くよと立ち去ろうとした。だが悠人は大地を呼び止めた。

「ちょっと待って。あの車どこが壊れてたんだ。外観からはそうは見えなかったけどな。エンジンとか機械的な故障じゃないのか」

大地は記憶を探るように目をきょろきょろさせていた。

「う~ん、どうかな。俺も詳しくは知らないけど、どこかにぶつけたようなことを言ってた気がするけど」

「あっ、思い出した。たしかフロント部分が派手に壊れたとかで、修理にけっこう時間がかかったって言ってたな。」

陽介がうんうんと納得するように頷いていた。

「全然そんな修理をしたようには見えないけどな。なら相当腕のいい修理工場に頼んだんだな」

「まあ、あいつの家は金持ちだからな、結局のところ」

大地がそう言って笑うと、悠人と陽介も「そうだな」と言って一緒に笑った。


翌日から樹は大学へ車で来ることはなくなった。

また樹は、あの日から悠人と陽介のことをあからさまに避けるようになった。

「最近、樹は変だよな」

学食で昼食に食べていたカレーを頬張った悠人は、ラーメンを汁まで飲み干した後にコップの水も全てを飲み干して満足そうにしていた陽介に言った。

陽介はふぅっと一息ついてからそれに答えた。

「俺たち完全に避けられているみたいだよな」

「絶対あれのせいだよ」

そう言って、悠人も目の前にあるコップの水を飲み干した。

「変なことを言ったから怒らせちゃったかもな。謝ったほうがいいかな」

だが陽介は少し首を傾げた後に首を横に振った。

「いや、それより実は俺、気になっていることがあってな。あの時の樹の反応、お前どう思った。ちょっとおかしくなかったか」

悠人はあの時の様子を思い出して、陽介が言うように少し様子が変だったように思った。

「たしかに冗談に対する反応としては過剰過ぎる気がするな」

今度は首を縦に振り、「そうだろう」と何度も頷いた。

陽介は何か思いついたことがあるようだが、悠人にはそれがなんだかまるでわからなかった。

「だけど......つまり、それはどういうことになるんだ」

陽介はこれは俺の想像だけど、と前置きをしてから話始めた。

「あの助手席の女を見たと言った俺たちの話を、もしかしたら樹は冗談ではなく本当の話だと信じたのかもしれない」

「信じた?いやいや、あれは樹にいたずらするつもりで嘘を言っただけで、実際には助手席には女どころか誰もいなかった。それはお前も見ただろう」

「もちろんそれはわかっている。だがこちらが適当な思い付きで言ったのが、本当はそこにはいない女を見たという嘘だったが、実は樹にはその女に心当たりがあり、俺たちがそれを本当に見たと思った」

悠人は、よくわからないというふうに肩を竦めた。

「どういうことだか全然意味がわからない。いないものをいると言われて簡単に信じるわけがないだろう」

陽介は人差し指を立てて、そしてそれを悠人の顔に向けて突き出した。

「それだよ、そこに俺が気になっていることがある」

陽介は突き出した指を引っ込め、その手で机を軽く叩く。周りからみたら、まるで陽介が悠人に説教をしているように見えたかもしれない。

「ずっと引っかかっていたんだよ。大地が言っていただろう、あの樹の車、しばらく修理に出していたと。もしかしたら、その車が壊れたというのは事故が原因なんじゃないか。」

そこで陽介は悠人の反応を伺うように間を開けたが、悠人は黙って頷き、話の先を促した。

「もし、その事故が人身事故で、人を轢いたことで車が壊れたのだとしたら。そして、その轢いた相手が女で、俺らの話を聞いて、その女が恨んで化けて出たと樹が思ったとしたら」

悠人は突飛な話に最初は呆気に取られたが、しばらくしてから苦笑した。

「なんだそれ、いくらなんでも話が飛躍しすぎているぞ」

「でも樹のあのときの反応、可能性はあるんじゃないか」

悠人は少しだけ考えたが、陽介の想像はいくらなんでもという気持ちがして、簡単には受け入れ難かった。

「でも人身事故、しかも相手が死んだような事故となれば、警察には当然捕るだろうし、知られないようにしようにも否応も無く周囲にも知れ渡るだろう。でもそんな話はまったく聞いたこともない」

そこで悠人は少し喉の渇きを覚えたのか、コップに手を伸ばすが、先ほど全部飲んでしまったので中にはほとんど水は入っていなかった。それでも底に少しだけ残っていた水をコップを逆さにするまで傾けて口の中に入れた。

悠人がコップを机に置くのを待ってから陽介は言った。

「たとえばだ、もし警察にばれてないとかならどうだ。つまり轢き逃げだ。そう考えれば樹のあの反応は納得できる。事故のことが頭をよぎって動揺したんだよ」

「もしそうだとしたら、とんでもないことじゃないか」

悠人は興奮してきているようで少し声が大きくなっていた。陽介は敢えて声を抑え気味に話した。

「だから調べてみようぜ」

「調べるって、どうやってだよ」

悠人も陽介が小声で話すのにつられて自然と小声で応じていた。

「車が修理に出ていた日にちがわかれば、事故があった時期がだいたいわかるはずだ。その時期に轢き逃げ事故がなかったかを調べればわかるんじゃないか」

「そうだな、それならば俺らでもできそうだな。よし調べてみよう。」


翌日、悠人と陽介は昨日と学食の同じ席で昼食を食べながらお互いが調べた結果を話していた。

「大地から教えてもらった樹が代車に乗りはじめた日から考えて、事故があったとしたら大体このくらいの時期になると思うんだけど、いくら調べても、この時期に轢き逃げ事故はないな」

悠人が昨日と同じカレーを食べながら言った。

「俺も調べたけど、日本全国に範囲を広げてもこの時期には死亡轢き逃げ事故はないな。俺の読みは違ったみたいだな」

陽介も昨日と同じラーメンを啜りながら答えた。

悠人は陽介の話を聞いてから、もしかしたらという思いがあっただけに拍子抜けした気分だった。

「じゃあ樹はなんであんな変な感じなんだろうな」

陽介はお手上げとばかりに両手の手のひらを上に向け、肩を窄めた。

「もう本人に直接聞いてみるか」

陽介がそう言うと悠人は顔をしかめた。

「俺らは避けられてるし、そもそも話を聞いてくれるかどうか。それに正直に答えてくれるかもわからないし」

「でも他に方法がないならば、駄目元で聞いてみよう、もしそれで本当に駄目だったなら、そのときこの話はすっぱり忘れよう」

陽介はそう言って笑った。

「そうだな」

悠人も笑って答えた。


樹は元々明るくて友人も多かったが、最近は暗い雰囲気で一人でいることが多いようだ。

大学から駅に向かう道で一人で歩く樹を見つけた悠人と陽介は、声をかけ呼び止めた。

樹は二人を見て、顔をしかめて嫌そうな表情を浮かべる。よく見ると樹は疲れたきった顔をしていた。目の下には濃い隈ができている。

だが悠人はそんなことはお構いなしに、樹にこの前に話した車の助手席に乗っていた女のことで聞きたいことがあると伝えた。

樹は深くため息をついて、そして「わかった」と小声で答えた。

ちょうど近くに喫茶店があったため、その店に入る。

大学から駅へと続く道の途中にある店のため、同じ大学の生徒と思しき客が多い。

なるべく隣に人がいない席を選んで三人は座った。店員が注文を取りに寄ってくるが、すぐさまアイスコーヒーを3つと伝えた。

そして店員がいなくなると、悠人と陽介が口を開く前に樹が言った。

「聞きたいことってなんだ」

余計な前置きをする必要がなくなったので、陽介はさっそく本題に入った。

「あのとき俺たちが見たと言った助手席の女に心当たりがあるのか」

「ある」

樹か迷わずそうはっきりと答えたため、悠人と陽介は意表をつかれた。

陽介がチラッと悠人に視線を向けると、悠人も目だけを陽介の方に向けていた。そしてお互いに目だけで合図をすると、陽介は樹にさらに核心をつく質問をした。

「それはお前の車が壊れたことに関係しているのか」

樹はさすがに驚いた表情を浮かべた。そしてどう答えていいのか悩んでいるようだった。

樹のその様子を見て、陽介は自分の想像が正しかったことを確信した。

「はっきり聞く。お前の車が壊れたのは轢き逃げをしたからなのか」

樹はその質問は想定外だったようで、さっきよりもさらに驚きの表情を浮かべた。だか次の瞬間には慌てて激しく首を横に振った。

「違う、俺は轢き逃げなんかしていない」

それを聞いて、今まで黙っていた悠人が咄嗟に聞いた。

「じゃあ車が壊れたのはなんでだよ」

樹は下を向いて再び深いため息をつくと、下を向いたまま、悠人に答えた。

「ぶつかったんだよ」

「だから何にぶつかったんだよ」

悠人が焦れたように聞くと、樹は小さくもハッキリとした声で言った。

「......慰霊碑だよ」


樹はその日、夜に一人でドライブ中に車の操作を誤って道の端にあった慰霊碑にぶつかってしまった。

その慰霊碑はそこで10年前に車に轢かれて亡くなった女性のためのものだった。

だが樹は、誰も見ていないのをいいことに、その事故を警察に通報することなくその場から逃げ去った。

つまり轢き逃げではなく当て逃げだった。

樹は自分がぶつかった慰霊碑について調べて、どういう経緯のものかは知っていたらしい。

そして、それから樹が車に乗ろうとした際に、車の中に見知らぬ女性らしき姿を見ることが何度かもあった。

いつも一瞬だけ見えるだけのため、樹は気のせいだと何とか自分に言い聞かせていたとのことだった。

だがそんなときに、悠人と陽介に車の助手席に女性が乗っているのを見たと聞かされた。

それで、気のせいではなく慰霊碑を壊されて怒った女性の霊に自分が憑りつかれたんだと樹は考えるに至り、恐怖し怯えていたのだった。

悠人と陽介は樹に今からでも警察に出頭して、正直に話をしたほうがよいと説得した。

樹もさすがに観念したのか、その説得を聞き入れて警察に出頭した。

慰霊碑は昔その場所で事故で亡くなった女性のために、女性の両親が建てたものだったが、その両親もすでに他界しており、慰霊碑は女性の親族によって管理されていた。

だが実際のところは管理が行き届いておらず、今回の事故で壊れた箇所も修復されることもなくそのまま放置された状態だったらしい。

樹は女性の親族に謝罪し、費用を全額負担し慰霊碑の修理を行った。

また女性への謝罪のため、慰霊碑にてあらためて鎮魂のための供養祭を行った。

それ以来、樹は女性の影を見ることはなくなったようだ。


「それにしても、適当についた嘘からこんな大事になるとは思わなかったな」

また、大学の食堂でいつものカレーを食べながら悠人が言った。

陽介はラーメンを食べながら悠人が言うのを聞いてニヤニヤしていた。

悠人はそれを不審な顔で見ていた。

「お前、何か隠していることがあるだろう」

悠人がそう言うと、陽介は声を出して笑い始めた。

悠人が憮然とした顔をしていると、陽介は笑いを堪えて言った。

「ごめん、実はお前に一つだけ謝ることがある。ほら、俺の彼女の結衣。よく人には見えないものが見えるとか言う話をしただろう」

悠人はたしかにその話を何度も聞かされていた。

「お前が、樹の車の助手席に女が乗っていたと言って騙そうって言い出したときに、一つだけ思い出したことがあったんだよ」

悠人はまさかと思ったが、そのあと陽介の話を聞いてそのまさかが事実だったことを知って愕然とした。

「その数日前に、結衣と二人で歩いているときにたまたま樹の車がコンビニエンスストアの駐車場に停まっているのを見たんだ。そのときに結衣がぼそっと俺に言ったんだよ」

「あの赤い車の助手席に生きてはいない女の人が座っているって」

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