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光の路

作者: えんがわ

 暗闇の中に炎がぼうっと光っている。

 それがところどころに燃え、一本の細い糸のようになり、自分を歩かせる。小さな狭い道。どうしてこんな道を選んだのか、分からない。疲れてしまって倒れそうになる。くじけるのは嫌だ。たとえこの先に何もない、これは僕の予感だが、この先に何の祝福が無くても、歩き続けたい。


「そんな、しょげた顔すんなよ」

「これが僕の地顔なんです。それにこんな灯かりのないところで、僕の顔なんて見れるわけないじゃないですか」


 相変わらずミッチーはしょーもない話の振り方をしてくる。ミッチー、本名はとうに忘れた。何時の間にか彼は傍らにいて、しょーもないことを口にする。

 政治、経済、戦争、いつか食べたいごはんの話。どれもこの道を歩くのに必要ないくだらない話だ。でも、そのしょうもなさが、歩くたびに自分の笑う膝の痛みを和らげてくれる最高のスパイスだ。何時からミッチーと一緒にいたのだろう。気付けば隣にいて、色んな話を振って来る。


「巨人は上原だよねー。雑草魂」

「もう聞き飽きました。上原なんてショッパイっすよ。ゴジラ松井みたいに、メジャーに行かなくちゃ。歌う国ニューヨークみたいに。上原も年だから、どこにも行けず、日本のショボい土地で消えてきますよ」


「いや、上原はやってくれるよ。日本シリーズ、ノーヒットノーランとか」


 もう何度、同じ言葉を口にしたのか。上原の巨人デビューが何やら、サワムラショーが何やら。上原ドーピング疑惑。宇宙人説。メカマシーン。馬鹿みたいに話題がメチャクチャになっていく。


「おっ! 炎じゃん。やっぱりしけった燃え方してんなー」


 何百個目の炎だろう。そう思うと力が抜けて、砂利道にペタリと体育座りのようになり、次いで大の字になってしまった。空には星も月もない。太陽などない。真っ暗な道だ。炎は熱くもなく冷たくもなく、ただ青白く光り続ける。身体中が痛い。足のかかとには分かりやすい靴ずれの傷が残り、リュックを背負った僕の背中はきしむように、痛みが、膝やふくらはぎはただガクガクだ。


 ミッチーは何も言わない。


「何か言ってくださいよ。逆に無言が怖いっす」


「何も言わない方が良い時くらい、俺にもわかるよ」


 と言いながらミッチーはやけに陽気になって

「まっ、キャンプファイアーじゃないけど、炎の周りで一きゅうけいでもしようや」


   *


「この山を越えて行こう~よ」


 自分たちの前に広がるのは、真っ暗な中、徐々に高く点灯している炎。

 上へと昇る炎の場所が、この先に高い山脈があるのを教えてくれている。


「口笛吹きつーつ」


 ミッチーはそんな絶望の中、笑いながら歌う。それから妙にかすれたテキトーなメロディの口笛をする。そして、2度、3度も同じ歌の冒頭を繰り返す。自分も何だかハイになって歌ってしまった。


「この山を~超えていこーよ―」


 するとミッチーが返事をするように、


「口笛吹きつーつ」


 それから下手な口笛を吹く。


 山の頂上の炎は、とりたてて明るくもなく、自分たちを照らしていた。


 だけど、頂上から見た今まで通り過ぎて行った炎は遠景になるに連れて弱く、これから下山して進む緩やかに降りて来る炎たちは一層強く、青く燃えている。


「遠いなぁ、ゴールは」

「いや、良い景色じゃないですか。僕たちはきっとより強い光のところへ。正しいところに来ているんですよ」

「へ~」


 ミッチーは何か考え事をしながら応える。

「いいこと言うようになったじゃん」


   *


 道は草道になっていた。少し心は軽くなった。だけど身体はギシギシだった。やがて炎の中に、人が見えてきた。青白い炎とは。人そのものが燃えたものだった。人の身体が燃えている。

 死体のように微動だにしない人々の身体、顔、炎をまとって。

 ある人は悔しくてたまらない顔、ある人は清々しく、何故か安心しているものも、マイホームに帰って、お風呂を浴びた後、ビールを飲みきったような。


 口数の少なくなったミッチーは言う。


「俺さ、ここらでそろそろ限界みたいだわ。そろそろ、じゃあな、だな」


 でもその「そろそろ」よりも、炎が尽きる方が早かった。自分たちを照らしてくれた光は、これから先にない。がらんどうの闇だけが待っていた。


「なんだよ。天国や楽園があると思わせといて、詐欺だぞ、こいつは」

 ミッチーと炎もない道を行く。


「なぁ。あんた」

「んっ? なんです」

「あんたの名前なんて言うの?」


 そこではじめて名前を告げた。


「そっか、難しそうな名前だわな」


 それから一呼吸して


「俺の名前、三井卓也っていうんだけどな、ま、いっか。ミッチーでな、なぁ」


 伸びをするときの独特の溜め息が聞こえた。


「オレ、猫飼いたかったんよ」

「話が急に飛びますね」

「猫と一緒にこたつに入って、紅白歌合戦とか見るの憧れるんよ」

「僕だったら絶対に笑っていけない24時なんか見ちゃいますね」

「なんだい、なんだい、それじゃお前呼んだら、チャンネル権争いやないかい」

「ははは、天ぷらそばでも食べましょうか」


「猫はいいなぁ、チャンネルウォーズしなくて」

「はは、おっさん二人に、猫一匹、へんてこな年末ですね」

「ああ、楽園ってどこにあるんやろ。今すぐそっちに帰りたいわ。だけどな、あんた、俺のこと覚えてくれるか」

「ははは」

「覚えてくれる?」

「はい。誰よりも」


「そんなら安心して旅立てるわ。あんたは楽園に行くんやで、俺みたいになるなよ」


 そうして立ち止まって、しゃがみこんだと思うと、ぼうっと光が映った。

 ミッチーは青白い炎になっていた。

 うつむき加減の顔の表情こそ見れなかったが、覗き込むことは無かった。きっとミッチーらしい顔だろうから。


 僕はついさっきまで闇だった光の道を振り返る。

 僕も歩くだけ歩いて最後は光になるのだろうか。だけど、真っ暗な道に、その先に、楽園があるのなら、この暗闇も怖くない。後に続く誰かの為ではない。僕自身とミッチーと名も知らない子猫の為に、僕はただ僕の歩幅で歩き続ける。


「この山を越えて行こうよー。口笛吹きつつ」


 不細工な口笛を。吹きつつ。





『バースデー』


優しい色がする。オレンジとイエローの間のような。

緩やかに点滅しながら僕の影を暖かく照らす。僕も柔らかい匂いに浸りながら、一つ、心配事をする。


「あいつにも見せたかったな」


その吐く息すらも、どこか青白く空間を彷徨って、消えていく。

そしてその世界には一つだけ扉がある。

ただ一つだけ。時計の針もなく、いや必要すらしない暖かな空間。温かく、時に生温く僕を包み込む。扉は青空になったり血の赤になったり。少し怖い。だけど、進まなきゃ。僕が世界に出ることで喜んでくれる人が一人だけでもいるのなら、僕は。



   *


 僕の周りには何人もナースさんがいてお医者さんがいる。

 ほんとうに嬉しそうな母がいる。

 普段、その人と一緒に笑ったり、苦しんだり。いろいろと分け合って僕の始まりからいる人が待合室で祈っている。


 二人が守ってくれるなら、その周りの人が迷い、共に歩んでくれるなら。


 「この世界に行こう!」


 そう決めた。だけど、外は痛みばかりで、冷たくてばかりで、精いっぱい泣き叫んでしまった。


 悲鳴のような、声になってしまった。

 涙が止まらない。

 いつか終わりのくる、小さな旅への出発だと知った。


 そして、その旅の中では泣いてばかりいる自分がいることも知った。


 それでも父と母は本当にうれしそうに笑ってくれて。


 僕の最初で最後の武器をくれたんだ。

 僕のご先祖様が守ってくれた平凡だけど、大切なネーミング。 

 僕のために二人で一生懸命、考えてくれた特別なネーミング。


 はじめまして。お久しぶりの人もいるのかな。


 僕の名前は……



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