第30章 吹雪の閃き!?
浪Cは苦しげに立ち上がり、荒く息をつく。
喉元で丹薬が炸裂し──
気息が、一気に跳ね上がった。
「──黄金虎軍団!虎嘯・列陣ッ!!」
……空気が、静止する。
その次の瞬間、天地が崩れた。
咆哮が沈黙を切り裂く。
金色の虎の幻影が四方八方から襲いかかり、地面は砕け、空気すら歪む。
鋼と鋼がぶつかり合う音が、雷鳴のように鳴り響いた!
「キィン──ギィン、キィンギィンッ!!」
蕭楓は風のように刀を振るい、斬撃のたびに剣気が奔り抜ける。
だが、黄金の虎たちは怒涛の如く押し寄せ、途切れることがない。
「……時間稼ぎ……か」
歯を食いしばり、額を伝う汗を拭う暇もなく、彼は言った。
「全力を使わせるつもりなんだ……俺たちの、全部を……!」
「蕭楓──」
一声、風に紛れるようなかすかな声が響いた。
「──少しだけ、時間を稼いで」
その声に、彼は一瞬きょとんとしたが──
すぐに、目に炎が宿る。
「了解だ」
足元で風が旋回し、気流が刃と化す。
「風の剣舞・第八式──《龍吟の唄》!!」
風の竜巻が爆ぜ、暴風の盾となって虎の群れを押し返した!
──
その時。
狐仙雅は、一歩も動かずに立っていた。
白き衣が風に揺れ、彼女はそっと刀の柄に手を添える。
目を閉じて、深く、深く、息を吸い込んだ。
世界が、凍ったかのように沈黙する。
音が遠ざかり、風も雪も止まった。
彼女は目を開けた。
──その眼差しは、抜かれた刃そのものだった。
視線が、浪Cへと突き刺さる。
一言も発していないのに、それだけで万の言葉よりも雄弁だった。
浪Cの笑みが、固まる。
彼女はただ雪の中に立ち、何も言わず──
けれど、それはまるで審判が下される前の静寂だった。
「……また、それか……!?」
浪Cは両腕を高く掲げ、怒号を天に響かせた!
「もう……二度と好きにはさせねぇッ!!」
──ガオオオオッ!!!
黄金の虎たちが狂ったように咆哮し、激しく融合していく!
瞬く間に、すべての虎影が一つに溶け合い──
巨大な黄金獣へと姿を変えた!
「ぶっ潰せええええ!!小虫どもがあああ!!」
ドオオォン!!!
巨大な虎が隕石のように落下し、天地を震わせた!
蕭楓は跳躍し、長刀を振りかざして迎え撃つ!
「──うおおおおおおお!!」
激突の刹那、骨のきしむ音が耳を裂いた!
彼は血肉の体で、万鈞の重みを真っ向から受け止めたのだ!
「重……っ……!」
「まだ倒れられない……彼女が抜刀するまで、俺が……支えるんだ!!」
身体は風前の灯、だが意志は鋼のように折れない!
「彼女は言ってた……水神様に会えれば……あの人に、もう一度……会えるって」
「だから……だから俺は……倒れねえ……!!」
「ぶはっ!」
血が唇から溢れ、雪の上に散り、まるで花びらのように砕けた。
身体は限界に達し、今にも崩れ落ちそうだった──
──カチン。
腰の紅玉が、わずかに輝く。
意識が朦朧とする中──
彼は見た。
自分の傍らに、誰かが立っているのを。
その懐かしい影が、無言で寄り添い──
両手で、その刃の縁を支えてくれた。
「一緒に戦おう、小楓」
その声は、春の風のように、優しく、そして強く。
「……離兒……?」
彼は微笑み、瞳に再び火を灯す。
──ドォォォン!!!
赤き炎が、体内から迸る!
髪の一房が蒼白に染まり──寿命を燃やす焔が、彼を完全に包んだ!
観戦台。
カロが突然立ち上がり、驚愕の声を上げる。
「まさか……命炎!? 寿命を燃やして、無理やり力を解放しているだと!?」
会場が、一瞬にして静まり返る。
たった一人の男が、この空を──支えていた。
「飛べええええええええ!!」
──ドォォォォン!!!
風が吼え、炎が唸る!
その黄金の巨虎が──
彼の怒りと共に、天高く打ち上げられた!
「止めたぞ! あいつ、止めやがった!!」
「やったんだ! あのバケモノを……吹き飛ばした!!」
場内が、爆発したように沸き立つ!
──
風が止んだ。
蕭楓は地に崩れ落ち、呼吸もままならない。
長刀が手から滑り落ち、炎は血脈に焦痕を刻んだ。
彼は手のひらの血を見つめて、ふっと笑った。
「ここまでだな……」
「この先は……頼んだぞ、隊長。」
──
雪が静かに降り注ぐ。
狐仙雅は静かに歩み寄り、鞘から刀を抜く。音はない。
彼女は空を見上げた。まるで、遥かなる天の果てまで見透かすかのように。
「氷の剣舞・第一式──」
その声はささやきのように静かだったが、瞬間、万里の氷原が天地を圧したような気配が走る。
次の瞬間──
銀白の斬光が空を裂いた!
空間が引き裂かれる!
まるで鏡面が割れるように、空の幕が切り裂かれ、その向こうに深淵の星空が現れる。
観客たちは息を飲み、ただ見守った。星々が、まるで裂け目から零れ落ちるように瞬く。
黄金の巨虎は──一閃のもとに斬り裂かれた。
あの太陽の如き巨影は、彼女の一撃で──塵となって消えた!
「──吹雪一閃、終焉。」
刀を納め、彼女は雪の中に静かに立つ。
金光は流星のように砕け、塵となって舞い落ちた。
「あなたの負けよ、浪C。」
浪Cは、呆然と前を見据える。
まるで雪の神が降臨したかのようなその姿が、世界の中心に静かに立っていた。
「……俺が、負けた……はは……負けた、だと……?」
「俺は選ばれし者だぞ……負けなど、一度も……」
「どうしてだ……ただの女が、一撃で……」
彼はうわ言のように呟く。崩れゆく世界が、その眼に映る。
「お前も……天に選ばれた者か……?」
「──違うわ。私は天命に選ばれなかった者よ。」
狐仙雅の声は、風に舞う雪のように冷ややかだった。
「姉は幻術の頂点、夢魘狐。師匠は剣術の頂、酒剣仙。他の姉妹たちも、皆が天才。」
「だけど、私は──一番の落ちこぼれ。」
「私はただ……その『平凡な攻撃』を、極限まで──研ぎ澄ましただけ。」
雪が、静かに降り積もる。
浪Cはうつむき、苦笑した。
「その一撃が……ただの平凡な攻撃……?」
「なら……お前に負けるのも、悪くはねぇ……」
ついに彼は膝をついた。黄金の気焔は崩れ去り、残るは蒼白と静寂のみ。
狐仙雅は雪を踏みしめ、彼の前に立つ。見下ろす瞳は、刃のように鋭かった。
「祥瑞を渡しなさい。」
「命までは取らない。」
浪Cは荒く息をつき、爪を地面に突き立てた。
「まだ……戦える……」
ゆっくりと顔を上げ、その目に、紅の光が灯る。
「……フッ。俺はまだ……負けを認めちゃいねぇぞ!」