表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/33

第二十二章 この私を脅すつもりか?!

シンの表情が一変し、犬のように甘える目つきで近づいた。


「ま、待ってください女王様〜。こういうことは、ぜひとも僕にお任せを!お召し替えのお手伝いは、下僕として最高の光栄であります〜!」


厚かましく顔を寄せる──が、次の瞬間。


「最近のお前の態度……この私、ちょっと気に入らない。」


冷たい声。でも、その奥にはどこか探るような色があった。拒絶でも拒否でもない──ただ、試しているだけ。


(これは……チャンス?)


星の顔がぱっと明るくなり、尻尾があったら今にも振り出しそうな勢いだった。


「小人、猛省いたします!どうかご叱責を!」


彼の低姿勢に、雪菲雅シュエフェイヤは小さく鼻で笑い、口元をつり上げた。


(さっきはあんなに偉そうにしてたくせに、結局はこの私の手のひらの上ね。着替え?それは……ちょっと期待しすぎでしょ。)


「じゃあ、今後この私に逆らわないって誓いなさい。」


「はいはい、誓います!」


「――轟ッ!!」


紅蓮の炎がひと閃。水着、ヴェール、羽織が一瞬で完璧装備される。


星は凍りついた。銀灰の瞳が、完全に色を失う。


「え?これで終わり?信頼って何だったの!?俺、もう半分脱いでたのに……!」


雪菲雅は意地悪く笑った。目尻にはイタズラっぽい光。


からかわれたと気づいた星の中で、悪戯心がむくむくと湧き上がる。


「へへ……じゃあ、今度はこっちの番だな?」


一歩ずつ、彼女を壁際へと追い詰めていく。


「な、何するつもり!?近寄らないでってば……!」


雪菲雅は警戒して下がり、手の中にそっと炎を灯す。


星の目が、まるで悪戯好きな狼のように光る。


「なぁ、もしひとつ、俺のお願いを聞いてくれなかったら──君を食べちゃうぞ?」


「は、はぁ!?あんた、何言ってるの!?脅す気!?」


顔を真っ赤にしながら、雪菲雅の炎が小さく爆ぜる。


「もし断ったら……」星はそっと彼女の耳元に囁いた。「他の美人さんと楽しく過ごすことにするよ?それに──サーフ大会も、君抜きで行くから。」


──静寂。


雪菲雅は固まった。まるで雷に打たれたかのように。


「お、お前……この私を脅すなんて……!」


「脅したらどうなる?怒るか?」


「このクソ下僕ォォォ……許さないッ!」


彼女の怒りに満ちた瞳が、まるで炎そのもの。


しかし星は一歩も引かず、そっと手を伸ばし──


その指先が、薄衣の端から滑りこみ、腰のあたりの柔肌に触れた瞬間──


「っ……や、やめ……」


かすれた声。猫耳が小さく震えるような囁きだった。手で彼の胸を止めようとする。


「……嫌って意味?」


「ち、違う……ただ、慣れてないだけ。」


その一言で、星の声音がふっと優しくなる。


「大丈夫……抱きしめるだけ。無理はしないよ。」


「ほんの、少しだけ……それだけでいいなら……」


(……全部、言うこと聞いてくれるって?)


雪菲雅は戸惑いながらも、瞳を伏せ、唇をきゅっと結ぶ。


顔が、真っ赤に染まる。


(ちょっとだけなら……)


(……もう、初めてじゃないし)


彼女がふと気を抜いた瞬間、星はふわりとその身体を抱きしめた。


雪菲雅は象徴的に一、二度身をよじったが、それ以上は拒まなかった。


波の音と心音だけが、世界を包む。


ドクン。ドクン。ドクン。


「それ以上は……ダメ。」


紅い霞が、彼女のまわりにふわりと漂い、秘めた鼓動を隠そうとする。


星はその様子を見て、息を呑む。心が震える。


(……可愛すぎだろ)


ほんの少し、彼の顔が近づく──


雪菲雅もそれに気づき、耳まで真っ赤になる。


(ちょ、ちょっと待って……キス!?だ、だめだって……そんなの恥ずかしすぎる……!)


彼女の躊躇いを感じ取った星は、そこで止まった。


──わかっていた。この高飛車な不死鳥の心を溶かすには、焦りは禁物。時間をかけて、少しずつでいい。


大丈夫。まだ先は長い。


雪菲雅はそっと目を開けた。彼が、ただ静かに抱いてくれているとわかると、胸の中の不安も、少しずつ消えていった。


そうして、ふたりはそのままベッドの上で身を寄せ合い、眠りについた。


──だが。


「ドガーンッ!!」


突然、扉が派手に開かれる!


「うわっ!?この部屋、景色サイコーだね〜!」


蜜瀅兒ミーニエルが元気よく飛び込み、カロが続く。


「え?星くん……って雪菲雅も!?まさか、ふたりで……?」


「ち、違うってばぁああ!!」


「無理やりされたんじゃなくて……ちょっと添い寝……いや、休憩を一緒に……ッ!」


「ほうほう、そういうことね〜。わかるわかるぅ〜♡」


ニヤニヤしながら蜜瀅兒は雪菲雅の手を取り、無理やり連れていく。


「さ、行こ行こ〜!海で遊ぶよ〜!」


「だから誤解だってぇぇええええええ!!」


——


陽光がちょうどよく、波のささやきが耳に心地よい。


ミーインとカルロは海の上で追いかけっこをしていた。笑い声は海風に揺られ、まるで二つの光のような魂が青春の輝きを映し出している。


その少し離れた場所で、シェフィアは椰子の木の下に静かに座っていた。膝を抱え、長い髪は肩に垂れ、そよ風にそっと揺れている。


彼女の視線は、きらめく海面を越え、まるで時間を超えて届かない過去を見つめているかのようだった。


その瞬間、彼女はこの世界と――まるで糸が切れたかのように断絶していた。


突然、頬を冷たいものが滑り落ちる。


「……冷たい」


彼女は驚いて顔を上げると、星が笑顔で彼女の前に立っていて、冷たい湯気の立つジュースを差し出していた。


「君に。さっき飲みたいって言ってたから。」


彼女は手を伸ばし受け取ると、指先がふと彼の手のひらの温もりに触れた。そのささやかな感触が、まるで静かに心の奥に潜り込む優しさのようだった。


「……ありがとう」


彼女は小さく囁き、視線はまだそのジュースに留まっていた。


「さっき……本当に、抱きしめただけ?」と、少し落ち込んだような口調で問いかける。それは確認でもあり、かすかな期待でもあるようだった。


星は無邪気に目をぱちぱちさせて答えた。


「もちろん。君がダメって言ったから。」


「ふん……今回は許してあげるわ。」


彼女は唇を噛んで軽く鼻を鳴らし、顔をそらした。強気な口調の裏には、本人も気づかないほどの弱さと恥じらいが隠れている。


彼女は視線を落とし、太陽の光を浴びて徐々に深まるオレンジ色のジュースを見つめた。まるで何かの記憶の色に染まったかのように――血のような赤、思い出の奥底から浮かび上がる残影のように。


星は彼女の沈黙を感じ取り、静かに尋ねた。


「君は水が怖いの?生まれつき?」


シェフィアは首を横に振り、その声は潮が引くときの砂の音のようにかすかだった。


「違う。」


彼女は少し間を置き、長年封印してきた真実を話すべきか迷うようだった。


「幼い頃……血の海の中で、両親の冷たくなった遺体を見ていた。」


「水の冷たさは、いつもあの夜に戻してしまう――」


その口調はあまりに冷静で恐ろしいほどだった。まるですでに涙を枯らした魂のように。


星はその場に立ち尽くし、どう返していいかわからなかった。


「じゃあ……どうして“忘憂の海”に行って、記憶を封じないの?」


彼は慎重に尋ねた。押し付けがましさはなく、ただ純粋な気遣いだった。


シェフィアは顔を上げ、少し茫然とし、また悲しみを帯びた瞳で答えた。


「私も忘れたい……でもできない。」


「その記憶の中には、彼らが笑っている姿もある。あと――リーイン姉さんも。」


彼女は無理に笑顔を作ったが、どうしても目の奥の虚無を隠せなかった。


「それが私の人生で、唯一の光……君たち以外は、残りはすべて血と火。」


言葉が落ちると同時に、脳裏には無数の映像が浮かんだ。


屍の山、血の海、炎に焼かれる身体。


彼女は血を舐めて生き、冷たさと刺す痛みの中に自分を包み込み、ただ少しでも長く生きるために。


無限花閣の一員として、彼女の人生は決して自分のものではなかった。


運命は彼女が生まれた瞬間にすでに檻を描き、選択肢を与えなかったかのように。


彼女は静かに頭を上げ、空を見つめた。


背後で五対の火の翼が静かに広がる。


それは――息をのむほど美しい翼だった。


しかしその翼はひび割れに満ちており、まるで幾度も烈火に焼かれ、引き裂かれ、無理やり再生されたかのようだった。羽の一枚一枚が過去の痛みを囁いている。


彼女はふと星の方を向き、口元にほのかでほとんど直視できないほどの微笑みを浮かべた。


「でもね、今は……僕が従者になったから、日々はそんなに退屈じゃなくなったみたい。」


その口調は冗談めいているが、風に吹かれれば消えそうな願いのようにも聞こえた。


「これが終わったら……無限花閣を離れて、自分が望む人生を生きたい。」


彼女の笑みは別れの前の光のようで――


短くても、深く彼の心に刻まれた。


星は彼女を見つめ、その言葉の裏にある決意に気づかず、ただ優しく笑って言った。


「じゃあ、一度だけわがままに付き合おう。ちょうど、伝説の水神様に会いたかったんだ、へへ。」


突然、波の向こうから澄んだ声が響いてきた――


「シェフィア~水遊びしようよ~!」


ミーインが波を踏みしめながら走ってきた。手に色鮮やかなサーフボードを抱え、声は陽光の下の風鈴のように甘かった。


彼女は夢のような水着を身にまとい、陽の光を浴びてまるで海と空の間から降りてきた妖精のようだ。


星はそっと彼女に伝えた。


「彼女はちょっと水が怖いんだ。」


「水が怖いの?」


ミーインは目をぱちぱちさせ、すぐに笑って手を挙げて遠くを指さした。


「じゃああっちに天然温泉があるよ~一緒に足湯しながらおしゃべりもいいよね!カルロ・エイヴィも呼んでくる!」


シェフィアは静かにうなずいた。足湯ならまだ受け入れられそうだ。


二人は並んで温泉の方へ歩き出した。


霞の光が斜めに差し込み、蒸気が立ちこめ、まるで夢の境界がそっと開かれたかのようだった。


夢の始まり、そして夢の続き。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ