第20章 雪フィア、まさかの赤面!?
星は真剣な表情で棚に並ぶ衣装を一つ一つ手に取り、まるで貴重な仙薬でも鑑定するかのようにじっくりと眺めていた。
数千年前の異なるデザインに、彼の目には新鮮な驚きが浮かぶ。
そんな中、ふわりとバラの香りが漂ってきた。
気がつけば、カロ・エイヴィが隣にぴたりと寄ってきていて、手に持った彫刻の入った玉瓶をそっと差し出してきた。声は妙にひそひそとした調子だった。
「これ、あげる。」
「……え?」
星は思わず玉瓶を見下ろした。「これ、何?」
カロは扇子を軽くあおぎながら、彼の耳元に顔を寄せて、やけに色っぽい声で囁いた。
「五千年に一度しか作れない仙級アロマオイル。夏は日焼け防止、冬は保湿、しかも――永!遠!の!若!さ!女性なら誰もが夢見る至高の逸品よ?」
カロはウインクをひとつ。
続けて意味深な笑みを浮かべながら囁いた。
「あなたとあのスノーフィア、あまりうまくいってないでしょう?……私には分かるわ。これ、きっと役に立つと思う。」
星はその場でフリーズした。脳内が一瞬にして、とても言葉にできない光景でいっぱいになる。
手がぶるっと震え、玉瓶を落としそうになる。
……えっ、もしかして、これを俺がスノーフィアに、直接塗るってこと?!
無理無理無理!それ絶対アウトだし!審査通らないし、読者にも嫌われるって!
でも……でも最近、彼女ちょっと元気なさそうだったし、これでリラックスできるなら……
うう……俺が犠牲になるしかないか……愛のために。
「え、えっと、その……こんな高価なもの、もらうわけには……。色々助けてもらってるのに……」
星は営業妨害にならない程度に丁重に断ろうと、苦笑いで言った。
「気にしないで~」
カロは目を三日月のように細めて笑い、扇子の先で彼の胸を軽く突く。「あなたのウサちゃんにプレゼントしてあげて。きっと喜ぶわよ?」
「……え?」
星はようやく理解した――ああ、プレゼント用か……!
考えを整理する間もなく、ミーニャルに腕を引っ張られ、試着室の前へと連れて行かれる。
「シ~ン!早く早く!サプライズがあるよ~~!」
ずるずると引きずられ、扉の前に到着した。
「スノーフィア~、彼を連れてきたよ~!」
「ちょ、ちょっと!?なんで彼まで来てるのよ――!!」
中からパニック混じりの悲鳴が響く。
その直後、「シャッ」と音を立ててカーテンが開かれた――
そこに立っていたのは、桃色の波模様が入った水着を身にまとったスノーフィアだった。
露出が多いわけではないのに、その姿はあまりにも美しく、目が離せなくなる。
透き通るような鎖骨に光が反射し、濡れたような髪がふんわりと揺れて、まるで水面から舞い上がった紅の蝶、あるいは夢の中から現れた仙女のようだった。
空気が、ふっと凍りつく。
彼女は肩にかけたショールをぎゅっと握りしめるが、隠したいのに隠しきれない。
頬は今にも水が滴りそうなほど真っ赤で、耳まで染まり、声まで震えていた。
「な、な……なんで彼を連れてきたのよおおおお~~!!」
叫んだその瞬間、彼女の心臓は胸を突き破らんばかりに激しく跳ね、頭の中は真っ白。全身がまるで湯気でも出しているかのようだった。
(おわった……!こんな姿、見られた……。も、もう次会えない……!)
(きっと笑うんだ……「ウサギがオシャレ?」「そんな格好も似合うの?」……とか……)
(ち、違うのに!これは……無理やり試着させられただけで……!)
一方の星も、完全に固まっていた。
彼女を見つめたまま、自然と呼吸が浅くなる。
まるで脳内が柔らかな光に包まれ、全てが消えて、紅い蝶のような彼女の姿だけが残る。
心臓が跳ね上がる。
何か温かく、そしてくすぐったい感情が、静かに火を灯していった。
隣でミーニャルが指をかじりながらこっそり笑う。
「ねぇねぇ、恋してるって感じでしょ~~?」
星はぼそっと呟いた。
意外なほど誠実で、穏やかな声だった。
「……うん、めっちゃ似合ってる。ほんとに……すごく綺麗だよ。俺、すごく好き。」
その一言は、あまりにも真っ直ぐで、からかう様子は一切なかった。
スノーフィアの脳内が「ブンッ」と真っ白になる。
(……え?)
拳を振り上げかけたままの手が空中で固まり、心拍数が一瞬止まり、次の瞬間――ドカンと爆発する。
(な、何言ってるのこの人……)
(顔は真剣なのに……な、なんでこんなに、ドキドキするの……)
(うそ……こんなに冷静に……まさか、わざと?私の反応を楽しんでるの?)
(それとも……)
唇をかみしめ、耳まで真っ赤になりながら、目線を泳がせて小さく「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「な、何言ってるのよ……べ、別に……褒められても嬉しくなんかないんだから……バカ……」
その声は拗ねたように小さく、照れ隠しの裏で震えていた。
隠そうとしても、どうしても隠しきれないときめき。
カロは少し目を見開き、心の中で呟いた。
(このルックスと雰囲気……広告契約しないのはもったいないわね)
ミーニャルはますます嬉しそうに笑いながら、
「きゃ~~ウサちゃん、色気出てきたじゃ~ん!青春って、最高っ!」
「わっ、顔赤くなってる~♪」
彼女はスノーフィアの頬を指でつつく。
「なっ、なってないし!!これは、ここが暑いだけなんだからっ!!」
スノーフィアは完全にテンパり、赤くなったまま、茹でたエビのようにカーテンの中へと姿を消した。
(うぅぅ……心臓バクバクしてる……なにこれ、もうイヤーッ!)
(ダメダメ……落ち着かないと……変なこと考えてるの、バレちゃう……)
(でも……あの一言、いったいどういう意味なのよおおおおおおお——!!!!!)
蜜瀅兒はニコニコしながら、ひとつの収納指輪を星の手に押し込んだ。
「彼女の服、ぜーんぶ預けるからね~。あなたは彼女の道侶なんでしょ?いつまでも喪服みたいな格好じゃダメよ~。ちゃんと、似合う可愛いの選んであげなきゃ~♪」
星は指輪を見下ろし、静かに礼を言った。
……別のテイストのバニーメイド服でも着せるのか?
彼は唇を舐めた。あのチリトウガラシうさぎは今、やたらと警戒心が強い。
……ふむ。
今のうちに、なんとか関係を修復しないと。
そして——ここを出る方法も、見つけなければ。
星の表情が険しくなったのを見て、カロ・エイヴィは静かに声をかけた。
「星、ちょっと来て。二人きりで話しましょう。」
二人は商会の個室へと入っていった。灯りは薄暗く、窓の外には海霧が立ちこめ、遠くの港はまるで時間の止まった絵画のように静まり返っていた。
カロはわずかに首を傾け、穏やかで静かな口調で言った。
「聞きたいこと、たくさんあるでしょ?」
星はうなずき、声を落として尋ねた。
「カロは知ってるか?……どうすれば現実に戻れるのか。それと、あの“水神さま”って……いったい何者なんだ?俺、今までそんな名前聞いたことない。」
カロは窓の外の霧の海を見つめ、しばらく黙ったあと、低く答えた。
「私も、あの名前を聞いたのは初めて。」
そう言いながら、彼女の指先がわずかに震え、封印されていた記憶が内側でかすかに揺らいでいるようだった。唇を噛みしめるその様子は、語ってはいけない真実を必死に押しとどめているかのようだった。
「ただ調べた限りでは……彼女はずっと昔、水の浄土の守護神だったって。」
その声は、空気に溶けるほどに淡く――。
「人々は、彼女をこう呼んでいた――“水神”、水龍宮璃瀅と。」
カロは背を向け、灯りと影の狭間に立った。その瞳には微笑とも取れる表情が浮かんでいたが、同時に言葉にできないほどの疲れも滲んでいた。
「優しくて、善良で、人の心を読み取れる。邪悪を退け、この地を守り抜いてくれる神さまだったって。」
「常識では測れない力を持ってて、願いを叶えることもできた。彼女は六翼の夢蝶で……いや、七翼に近い存在だった。誰もが敬う、まさに――」
言葉が、ふと途切れた。
彼女の笑みが、すうっと消えていく。
眉が僅かに寄り、まるで自分に言い聞かせるように。あるいは、何か恐ろしいことに気づいたように。
「……存在しない“神さま”だった。」
その瞬間、星は何かに撃ち抜かれたように立ち尽くした。
脳内で爆音が鳴り響く。
「存在……しない?」
喉が締まり、呼吸が乱れる。
浮かんでくる――あの氷のように澄んだ瞳。優しくて、夢みたいな笑顔。みんなに敬われていた、あの神さまが……存在しない、だって?
カロはうなずいた。まるで忘れられたおとぎ話を語るかのように、静かな声で。
「彼女がどこから来たのか、誰も知らない。いついなくなったのかも、誰も覚えてない。まるで、何かが――彼女の存在すべてを、意図的に消し去ったかのように。」
一拍置いて、彼女の目が鋭くなった。
「彼女だけじゃない。私たち自身……本当に千年前の世界に来たのかどうかすら、怪しいと思ってる。」
空気が、凍りついた。
星は思わず一歩後ずさり、背筋に冷気が走った。
「……ここは千年前の世界じゃ、ない……?」
つぶやきは、自問のようで、信じたくない叫びでもあった。
カロははっきりと首を振り、霧のように低く語った。
「境界を越えようとした。別の浄土に行こうとした。でも、何度試しても、気がつけば元の場所に戻ってる。」
「それに、気づいてない?街の人々……商人も、屋台も、みんな同じセリフと動きを繰り返してる。」
「私たちが近づいたときだけ――まるで“命を吹き込まれた”みたいに、動き出すの。」
言われて、星の脳裏に浮かぶのはあの通りの光景。あの顔、あの平坦な声、張りついたような笑顔。そして――星が墜ちてくる直前、あらゆる記憶がねじまがって溶け合った、あの奇妙な瞬間。
「……俺たちは奈落に落ちたんじゃない。落ちたのは、“誰か”が作り出した記憶の世界……?」
「その通り。」カロはうなずいた。冷静で、そして決定的な声だった。
「これは終わらない夢。“誰か”が意図的に作り出した記憶の幻。私たちは“来た”んじゃなく――“連れてこられた”のよ。」
まるで、見えない手に導かれるように。
私たちはただの目撃者。この、忘れられた夢を、ただ見届ける者。
星の脳裏に、水神の姿がよぎった。
あんなに近くにいたはずなのに、どこか遠く。夢の中の幻影のように、触れられない存在。
胸が締めつけられた。魂の底で、誰かの声がささやいた。
――彼女が、すべての答えだ。
そのとき、彼は雪菲雅を思い出した。
あの日、水神の名を耳にした彼女の、あの激しい震え――。
彼女は、何かを知ってる。何かを……覚えてる!
「……彼女に、確かめないと。」星は小さく、だがはっきりとそう言った。初めて、声に“確かな意思”が宿っていた。
カロは彼の目に光が戻ったのを見て、ふっと笑い、扇子を広げた。
「行ってらっしゃい。うまくいくといいわね。暇があったら、またお姉さんと遊びに来て?おいしいもの、いっぱい用意して待ってるから♪」
「……ああ。絶対に。」
ちょうどそのとき、外から蜜瀅兒の呼ぶ声が聞こえてきた。
二人は顔を見合わせ、微笑みを交わす。言葉はいらなかった。
そして一緒に、部屋を後にした。