第19章 水着を買う?!
街角の石灯籠の下、星はそっと身を寄せていた。
前髪を風が掠め、彼の瞳は伏せられ、表情はまるで静かな海面のよう。
しかしその胸の内では、波立つ不安が渦巻いていた。
――水霊児が、いまだに戻らない。
最初は「ちょっとした迷子に違いない、すぐ見つかる」と自分に言い聞かせていた。
だが、一日、二日、三日……時が経つごとに「彼女は大丈夫」という信念に、ひびが入り始める。
星は目を閉じ、彼女が振り返って笑った時の姿を思い浮かべた。
風のように柔らかく、波のように静かに、気付けば音もなく消えていた。
「きっと無事だ」――そう口にすることさえ、もう怖かった。
この港町は確かに賑やかで華やかだが、どこか夢の中のように現実味がない。
唯一の現実は、隣にいるうさぎ娘だけ。
この町に来た目的は、ただひとつ。
水霊児を、見つけること――それだけだった。
「はあ……」
溜息ひとつ、風に溶けたその瞬間。
「パァンッ!」
突然、冷たくてべたつく小さな手が、星の肩にパチンと叩きつけられた。
「ねぇねぇ~イケメンお兄さん~!」
蜜瀅児がキラキラの笑顔でぐいっと顔を近づけてきた。
まるで太陽のしずくのような甘い笑みでこう言った。
「道侶からのお誘いだよ?この盛大なサーフィン大会に出なきゃ、絶対後悔するってば~!」
その声は砂糖菓子のように甘く、さらに肘で星をツンと突いた。
星は彼女を見上げた。眉間に迷いと葛藤が浮かぶ。
何か言いかけて、唇が動くも――ただ小さく首を振る。
「でも俺は……この町には、人を探しに来たんだ。それに、俺たち……サーフィンなんてできないし……」
「そんなの気にすることないって~!」
蜜瀅児は腰に手を当て、自信満々に胸を張った。
まるで波を足元に従えるかのような勢いで言い放つ。
「大会まではあと十日あるよ?二人ができないなら、あたしが直接教えてあげるってば!」
そう言うや否や、彼女は海鳥のようにくるりと向きを変え、
すぐさま雪菲雅の手をつかむと、目を輝かせた。
「行こ行こ~!超可愛い装備、あたし知ってるよ!着たら絶対会場が騒然だよ~!」
言うが早いか、雪菲雅の返事も待たず、彼女を引っ張って走り出した。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
星が止める間もなく、二人は人混みに消えていく。
星は苦笑しながら、後を追うしかなかった。
(……無駄な時間かもしれないけど、でも……大会に出れば、人目も集まる。
誰か、水霊児を見たって人が現れるかもしれない)
(それに……最近、雪菲雅も張りつめてばかりだったから……少しは気晴らしになるだろう)
三人がやって来たのは、煌びやかな高層の建物。
その門の上には「星辰商会」の金文字が、太陽に照らされて星のように輝いていた。
高級だが、どこか気品がある。
中へ入ると、色とりどりのサーフボードと水着が並ぶ夢のような空間。
透明な水晶灯が光を放ち、まるで幻想の海に迷い込んだようだった。
その時、前方から女の柔らかい声が響いた。
「ようこそ星辰商会へ~本淨土最大のセレクトショップですっ☆
サーフボード、日焼け止め、美を保つ丹薬、そして……敵の視線をくぎ付けにする水着まで♪
何かおすすめしましょうか~?」
その声を聞いた瞬間、星の心臓が「ドンッ」と跳ねた。
ゆっくりと振り返る。
その瞳が大きく見開かれる。
黒金のスーツにルビーのリボンタイ、手には扇子。
腰の銀鎖がしゃらりと鳴り、唇の笑みは月明かりのように柔らかい――
「……君か」
星が思わず声を漏らす。
現れたのは――カルロ・エイヴィ。
黄の淨土で名を馳せる星辰商会のトップ営業マン。
かつて、忘憂の海で星にメンバーズカードを渡した人物。
カルロは目をぱちくりさせ、すぐに笑みを浮かべた。
「わぁ~!星くんじゃない!これは奇遇ね~♪やっと会えたわね!」
彼女は旧友に再会したかのように、星の手をがしっと握る。
「ところで、あの可愛い子はどうしたの?」
星は一瞬表情を曇らせ、声を落とす。
「……まだ、見つからない」
カルロはその笑みを少しだけ緩め、手の甲をそっと叩く。
「大丈夫、この街の治安はいいし、そう簡単に悪いことにはならない。
それに……星辰商会の力、侮らないで。私が全力で人探し、手配してあげる。
何かあればすぐに連絡するわ」
星の喉が詰まり、目元が熱くなる。
「……本当に……ありがとう、カルロ姉さん……」
カルロはくすっと笑い、扇子をしまいながら、また女王モードに戻る。
「ふふ~これくらい、ゴールドクラス営業の基本よ?」
星は店内を見渡し、その規模と豪華さに目を見張った。
「これって……もしかして、あなたの持ち物?」
カルロは顎を上げ、自信満々に言い放つ。
「ふんふん~この街の商会の半分には、私の名前が刻まれてるのよ~
その気になれば、金でこの街全部、海みたいに飲み込めるわ!」
「強っっっ!!カルロ様、あなたこそ仙界の財テク女神!拝むしかない!」
星は合掌しながら、必死の表情で叫んだ。
「どうか弟子にしてください!カルロ様の歩いた道、モップになってでも舐め尽くします!!」
「ぷっ……!」
カルロは笑いすぎて扇子を落とした。
「あなた面白いわね!うちの星辰商会に来ない?絶対合うと思うんだけど~♪」
そのやり取りを横で見ていた蜜瀅児が、雪菲雅に小声で尋ねる。
「ねぇねぇ~……知り合い?」
その時、雪菲雅はちらりと“忠犬”の星に視線を投げた。
その瞳は氷のように冷たく、声はさらに冷たい。
「……知らない」
その声は氷水のように澄んでいたが、どこか無自覚な酸味を孕んでいた。
(フン……外の女にはヘコヘコしやがって、こっちには優しい一言すらないのかよ)
彼女の視線がカルロ・エイヴィに向く。
――圧のある雰囲気、モデルのような体格、色気あふれる美女。
そして……
そっと自分の胸元を触り、カルロをもう一度見た。
目が、火花を散らす。
(……なんだよ……負けてないし……ちょっと貧しいだけだし……!)
雪菲雅は心の中で毒づいた。
(今日の夜、コイツを魚のエサにしないと気が済まない……!)
カルロは優しく二人に目を向けた。
「お二人も星くんのお友達ね?大会の準備かしら?」
「そうなの~♪」
蜜瀅児は泡のように弾ける笑顔で答える。
「雪菲雅に水着を選んであげたいのっ!」
「み、水着~~っ!?!?」
雪菲雅の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「い、いらないってば!この服でいいの!水着なんて……恥ずかしすぎる……!」
「もう~そんなのもったいないってば!」
蜜瀅児はふてぶてしく笑いながら言う。
「こんなにキレイなお肌なのに、なんで真っ黒な服着てるのさ~!」
カロはにっこり笑って言った。
「実はこの大会、服装ルールがあるの~。水着を着ないと失格になっちゃうんだよ?控えめなデザインのを選んであげようか?オーダーメイドもできるし、絶対に似合うやつ、保証するよ~♡」
雪フィアはうさぎみたいに目を見開き、怯えたようにじっと星の方を見た。無意識に助けを求めるような視線だった。
「二人とも、脅かさないでやってくれ。こいつ、ちょっと恥ずかしがり屋なんだ。」
星はため息まじりにフォローに入る。その口調は優しいが――
腕にはすでに十数着の水着が抱えられていた。まるでハンターのような手際である。
「……」
三人の女の子は揃って無言になり、それぞれ違った表情で彼を見つめた。
その後も、四人はあちこちを見てまわりながら、少しずつ打ち解けていった。空気も和やかになり、雪フィアの顔にも珍しく自然な笑みが浮かぶ。
そんな彼女の笑顔を、星はふと盗み見る。
胸の奥がじんわりと温かくなった。
——笑ってる顔、やっぱり綺麗だな。
月の光に照らされた海みたいに柔らかくて、見てるだけで胸が痛くなる。
そして、突如として頭に湧いたのは――
(……このウサギ、もしこのままいけば……もしかしていつか本当に「優しいバニー・メイド」に育っちゃったりして……ふふっ、楽しみだなあ。)
星の脳内に勝手に浮かび上がる妄想図:
バニー耳メイド服を着た雪フィアが、手にんじんケーキを持って、腰を軽く折りながらにこやかに言う――
「ご主人様~♡ご飯にします?それともハグから~?ちゅみっ♡」
その妄想に一人でニヤけた次の瞬間、星の背筋に冷たいものが走った。
まるで頭皮が凍りつくような寒気。
知らなかった。
この思考が、「奴隷契約」を通じて、雪フィアの脳内に直接流れていたことを。
(キモキモキモキモすぎるんだよこの変態下僕ーーッ!!)
(バニー・メイドだと!?はぁ!?ふざけんな、夢見るなッッ!!)
雪フィアの心の中で、怒りが核爆発した。うさ耳から火が出そうである。
(あのクズの熱々のにんじんスープに、ちょっとだけ涙腺を刺激する丹薬でも入れてやるわ。飲みながら感動して泣くと思わせて、実は泣かされてるってオチよ。)
(それと、例の“バニー・メイド計画”――)
(本人にバニー耳メイド服を着せて、街角で三回こう叫ばせるの。
『雪フィア女王様、お許しください!バカな僕を赦して~!にんじん洗います!可愛いダンスも踊ります!うさ耳っ娘の尊厳に手を出してすみませんでしたーッ!』……真心がこもるまで繰り返しね♡)
想像するだけで少し気が晴れた。
何千年もかけて鍛えたこの道心が、あんな下僕の煩悩一つで揺らぐはずがない。
心の中でそっと記録する――
「やっぱり、楽には死なせない。吊るして百叩きにしてから魚の餌にしよう。」
――どうせ今夜、アイツは生きて帰れないんだから。今の妄想は、せめてもの“遺言”ってことにしてあげる。
こうして、四人はそれぞれ別れて、思い思いに見学へと向かっていった――。