第10章 奴隷契約⁈
「だ、だめだよウサギ姉さん……まだ俺の体には黒い邪気が残ってて、このまま出たら大変なことになるかも……!」
「だから、もう少し静養させてくれない?傷が癒えてから花をあげても遅くないだろ?」
シェフィアは眉をひそめ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「本座のやることに、指図はいらない!」
そう言いつつも、心の中では理解していた。
――邪気をまとった者が紅の浄土に踏み入れば、災いを呼ぶだけ。療養するにはここが最適だ。
問題は、瓊華仙に気づかれてしまったこと。もう一度捕まえるのは容易ではない。
しばらく考えた彼女の視線が、星の指輪に向いた。
……もしかして、何か隠してる?
ガサガサッ。
――ん?
まさか……【奴隷契約書】なんてものがあるとは!
シェフィアの瞳がきらりと光る。
ふふ、と笑みがこぼれる。
面紗に隠された顔でも、その満足げな笑みは隠しきれなかった。
パサッ!
契約書が地面に投げられた。
彼女はしゃがみ込み、鋭い刃を星の喉元にあて、冷たい声を落とす。
「――署名しなさい。」
星の表情が変わった。全身が緊張し、魂ごと縛られるような威圧感に息を呑む。
一瞬のためらいの後、彼はついに目を伏せ、歯を食いしばって血を落とした。
ヴゥン――
契約が発動する。
目に見えぬ鎖が、二人の魂を結びつけた。
シェフィアは刀を引き、冷たく嗤う。
「今日のこと、口外禁止よ。傷が癒えたら紅蓮花を渡しなさい。その後は私と一緒に来てもらうわ。」
「覚えておきなさい。お前の命も死も、この本座の一念次第。妙なマネはしないこと。」
星はひたすら頷き、奴隷そのものの顔で答えた。
シェフィアは一瞬考え、さらに一言付け加えた。
「それから……今後、本座を見たら『女王様』と呼ぶこと!」
星はすぐさま頭を垂れ、芝居がかった敬意で答える。
「ははっ、女王様!この者、命をかけてお仕えいたします!」
シェフィアは、その銀の盗人が頭を垂れる様を見て、内心では歓喜の声をあげていた。
……どれだけぶりだろう?
こんなにも優越感に浸れるなんて。
彼女の口元は、どうしても緩んでしまう。
だが――
その時、星の瞳の奥に、わずかに浮かんだ企みの笑みには気づかなかった。
二人はじっと見つめ合う。
自由を賭けた、心理戦の幕開け――
この勝利の笑みは、果たして誰のものとなるのか?
――――――――――――――
「星兒――っ!!」
叫び声とともに、瓊華仙の姿が現れ、すぐに星を抱きしめた。
柔らかな仙気が彼を包み込み、その温もりに心がほぐれていく。
「ケガは?無事?連れ去った奴はどこ?」
彼女の焦りが、言葉の端々に滲んでいた。
星はすぐに小さなウサギの姿に戻ったシェフィアを一瞥し、答えた。
「俺は無事だよ。連れ去った奴は……なぜか逃げていった。」
瓊華仙は眉をひそめ、無数の顔を思い浮かべた末、静かに決意を固める――
……誰であれ、次に会ったら全員ボコる!
その決意を胸に隠し、彼女は微笑んだ。
「無事でよかった。師匠がついていながら守れなかったこと、謝るわ。」
その微笑みは、まるで百花が咲き誇るようで、天女が地に降りたかのようだった。
星は心を奪われたまま、ついもう一度シェフィアを見た。
……そして、にやりと笑った。
その隙に――彼女を抱き上げた。
「はっ……!?」
シェフィアは一瞬で硬直する。
この野郎!?まさか抱き上げるとは……!
「降ろせっ!本座の許可なく触れるなど、死にたいのかっ!?」
怒りの伝声が頭に響く。
星は無邪気な顔で返す。
「誤解だよ~?これは、うちの師・匠・にバレないようにするための保護措置ってやつ?」
言葉の裏には、露骨な脅しがあった。
――笑顔は消えない。ただ、他人の顔に移るだけ。
シェフィアは怒りに震えつつも、どうにもできなかった。
――だって、鳳凰の精血は命を守る大切なものだから!
彼女は星を睨みつける。
「……次、勝手なマネしたら、覚悟しておきなさい。」
一方、星は内心でほくそ笑んでいた。
(この小さな唐辛子、どうやって手懐けようか……♪)
―――
客栈へ戻ると、
扉を開けた瞬間、水靈兒が飛びついてきた。
「うぇええん!星哥哥ぉぉ~!戻ってきてくれてよかったぁ……うぅぅぅ……」
彼女の涙は止まらず、頬にはしずくがつたっていた。
「もう大丈夫だよ……よしよし」
星は優しく背中をさすり、なだめた。
瓊華仙が微笑ましくも呆れたように割って入る。
「はいはい、もうイチャイチャはその辺にして、早く琴蘭姑娘のところで傷を診てもらって。」
水靈兒は恥ずかしさに顔を真っ赤にして、俯いた。
……さっきの必死さがウソみたい。思い出すだけで恥ずかしい……っ!
彼女はそっと星の手を握る。
離したら、またいなくなってしまいそうで。
二人は肩を並べて、湖畔の小道を歩き、木橋を渡る。
その先の東屋には――
淡い紫の衣を纏い、水のように柔らかな雰囲気を持つ、美しい女性が佇んでいた。
……琴蘭姑娘である。
彼女は琴を片づけ、お茶を注ぎながら微笑んだ。声は春風のように柔らかい。
「身体の具合はどう?」
二人にお茶を差し出しながら、穏やかに尋ねた。
「うん、だいぶ良くなったよ、姑姑。あと数日調整すれば全快すると思う。」
琴蘭お姉様の医術は見事で、まるで温玉のように人を癒してくれる。
ここ数日、彼女は薬を替えてくれるだけでなく、琴の音で心を落ち着かせ、傷を癒してくれた。
水靈兒は少し躊躇いながらも、勇気を出して尋ねた。
「姑姑、最近、変な夢ばかり見るの……」
「夢の中で私は氷の棺に横たわってて、動けなくて……空の星しか見えないの」
「落ちてくる星が運んでくる記憶のかけらだけが、外の世界を見せてくれるの……怖いの……」
琴蘭お姉様は一瞬、表情をこわばらせたが、すぐに平静を装い、
優しくこう答えた。
「水靈兒、それは邪気のせいよ。幻覚にすぎないわ。気にすることはない。安神丹を用意してあるから、今夜それを飲みなさい。」
「ありがとう、姑姑!」
水靈兒はほっと胸を撫で下ろし、甘えるように彼女の胸に寄り添った。
琴蘭お姉様は今度は星に問いかけた。
「あなたは?何か変わったことはあった?」
星は笑みを浮かべて首を振った。
「姑姑、師弟の傷も癒えましたし、今夜の“忘憂の夜”──ご一緒にいかがですか?」
水靈兒は琴蘭お姉様の手を取って、甘えるように尋ねる。
琴蘭お姉様はそっと頷き、三人は顔を見合わせて微笑んだ。茶の香りに包まれた空気は、まるで春のように温かかった。
茶碗の温もりがまだ残る中、三人は円になって座り、柔らかな空気が水面のように静かに満ちていた。
琴蘭お姉様は指先でそっと茶碗をなぞり、視線を窓の外の光に滑らせる。そして、かすかに唇の端を持ち上げて言った。
「外の空気も悪くないわね。さあ、気分転換に出かけましょう。」
薬草の入った小さな籠を手に、星と水靈兒を連れて、彼女はゆっくりと外へ出た。
夕暮れの風が、蓮池の花影をやさしく揺らす。まるで水面に誰かがそっと触れたかのように、波紋が広がる。
霧が湖と薬園を包み込む幻想的な風景の中──
琴蘭お姉様は衣が風にたなびき、ガラスの花が咲き誇る庭を歩く姿は、まるで花の間を舞う仙女のようだった。
水靈兒は追いかけながら、きらきらと目を輝かせて尋ねた。
「姑姑、仙獣を探しに行くの?それとも……温泉に入るの?」
琴蘭お姉様は振り返って微笑む。その笑みは、朝露がそっと葉先を滑るように、静かで美しかった。
「今日はね、探し物じゃないの。ただ……心にも日向ぼっこさせてあげたいの。」
彼女は湖畔に腰を下ろし、小さな琴を取り出して指先で軽やかに弦を弾いた。
音の粒が霧の中に浮かび、そっと心の奥の乾いた場所に染み込んでいく。
少し離れた石の上には、薪を背負った一人の樵が座っていた。
その眉間に刻まれた憂いは、音色に導かれてふと解かれ、小さな──けれど確かな微笑みとなって咲いた。
まるで、心の底から芽吹いた一輪の花のように。
星は、どこか夢中になってその光景を見つめていた。
心の奥を、ぽん、と叩かれたような──そんな感覚。
曲が終わると、琴蘭お姉様は琴を静かに閉じ、そっと視線を動かす。そして、細やかに包まれた薬草の束を数袋、そっと川辺の石の上に置いた。
間もなく、薄着の子どもたちが数人、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
その中の一人、小さな女の子が怯えながら薬草を手に取り、顔を上げて、真剣なまなざしで尋ねた。
「仙女おねえちゃん……おかあさんの病気、本当に治るの……?」
みんなが応援してくれるなら、それだけで嬉しいよ。
日本語から翻訳するのは初めてなので、誤訳があったらご容赦ください。本文は下記URLにあります。
p-https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24666038