万引きの謝罪
とある町の小さな模型屋。昼下がりの柔らかな陽光が、ガラス越しに店内へと差し込んでいる。
その光を遮る、浮かない表情の男が一人。ため息をつき、店に入ってきた。
店主はカウンターの奥でパソコンを操作していたが、足音に気づき、顔を上げた。
「あの……」
「はい? あっ」
その顔を見た途端、店主の表情は一変した。
「君か……」
「はい……SNSでちょっと話題になっていたんで、来たんですけど……」
数日前のことだ。店主が店内の防犯カメラの映像を確認していた際、万引きの瞬間が映っているのを発見した。犯人の顔もはっきり映っていたため、店主はその映像にモザイクをかけ、SNSに投稿したのだ。【期限までに謝りに来たら許します。警察には言いません】という文言を添えて。
「だから来ました」
「おお、そうか……」
店主は男をじっと見つめた。線の細い、気弱そうな男だ。うつむいたまま、口を硬く結んでいる。二人の間に重苦しい沈黙が広がる。やがて、店主が口を開いた。
「……いや、それで?」
「え?」
「いや、ほら、まずは盗んだプラモデルを返してくれる?」
「あー、その、あれなんですけど……」
「ん?」
「怖くなって捨てちゃいました」
「は!? 捨てた?」
「はい。手元に置いておくのが、なんか嫌になっちゃって」
「“嫌”って……ああ、盗んだ証拠だから?」
「まあ、そんな感じです……それじゃ」
「え、いや、ちょっとちょっと!」
「はい?」
「え? もしかして今、帰ろうとした?」
「はい。来たんで」
「お、おお……これはもう、なんというか、すごいな君」
「ありがとうございます」
「いや、褒めてないから。あのね、普通、盗んだものを返しに来るでしょ。それを捨てたってさあ、本当に反省してるの?」
「はい、もうほんと罪悪感がすごくて……プラモを見るのも嫌になっちゃいました。トラウマですよ」
「トラウマって……」
「せっかく作ったのに、最悪な気分になりましたよ……」
「いや、作ったんだね」
「はい、あっ、自分、転売屋じゃないんで。そこは誤解しないでほしいんですけど」
「今はそういう話じゃないでしょ。君、万引き犯なんだよ! わかってるの!?」
「はい……ほんと魔が差しただけなんで……」
「魔が差したって……君、もういい大人でしょ? やっちゃいけないことくらいわかるよね」
「はい、ほんと罪悪感が……」
「うんうん」
「悩んで、悩んで……家にいるのも嫌で……」
「うん」
「今日仕事休みだったんで、『よし、行こう』って思って……」
「うん?」
「早く済ませたいなって思って、朝一で来たんですよ」
「はあ!?」
「ほんと、はあ……あのSNSさえ見なければなあ……それで、許してくれますよね?」
「いや、無理無理、絶対無理だよ」
「え、どうしてですか?」
「その態度のどこに許される要素があったんだよ。そもそも期限を過ぎてるし、君の口からまだ一言も謝罪の言葉を聞いてないからね!」
「あ、じゃあ、すみませんでした」
「おおお……なんか目眩がしてきた」
「わかります。しんどいですよね」
「……それで、君、仕事してるんだね? じゃあ、社会人なら謝罪のマナーとか常識とかわからないかな。だいたい、朝一って言ってたけど、もう昼過ぎだしね」
「はい……ちょっと行っておきたいところがあったので」
「うちはついで!? いや、君、もうダメだって。あとのことは警察にお任せします。はい」
「え、警察は困ります。仕事クビになっちゃうかもしれないし、嫌です。許してもらえたら助かるんですけど……」
「無理です」
「どうにかならないんですか。人生があるんですよ」
「警察に連絡します。もう帰ってください」
「あの、これ……」
「ん?」
男は鞄から何かを取り出し、カウンターにそっと置いた。
「お詫びの品です」
「お菓子? あ、有名なとこのだね」
「はい。あと、これも……」
「おお、ドライフルーツの詰め合わせに……え、金の延べ棒!? 君、やることが極端だね……」
「あの、本当に申し訳ございませんでした!」
男は深々と頭を下げた。その姿に、店長はふっと息を吐き、笑った。
「最初からそうしてくれればよかったのにね……いいよ、許します」
「本当ですか? じゃあ、警察には……」
「はい、言いません。さあ、帰りなさい。もう二度とやるんじゃないよ。それと……」
「はい?」
「プラモデル、嫌いにならないでね。私たちは仲間だからさ」
「……はい」
男は涙交じりの声でそう答えると、再び深く頭を下げ、店をあとにしたのだった。
数日後、店主はお詫びの品がすべて盗品だったことを、ニュースで知った。
さらに、捕まった男が『盗んだ品は“仲間”に渡した』と供述したことも。