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第24話:地上にて

光暦3050年。

ある人々は空中都市を作り空に移住した。

ある人々は地下都市を作り地下に移住した。

そして地上に残る人々は空を見上げる。再会から、再会へ、地上から空へ。

ディファレンス、ディビジョン、ディレイ。

違い、分裂、遅延。

稲尾はハンドルに手をかけたまま、

「おー、すまない…。せっかく呼んでもらったのにこのザマだ。今回は負けレース。悔しいね……。」

「いいえ、仕方ないです。すいません。付き合ってもらって。」

「おー、さぁ、どうする?地下に戻るか、またはもう少し地上を味わうかい?」

「そうですね。できれば地上を見たいです。」

「おー。オッケー。まぁ、この近くで行きつけの所に行くかね。」


稲尾の運転はすでにレーサーではなく、相当な安全運転だ。

「ふー。地上にでたら、いつもいく所、ある、ある。そこ行こう、行こう。」


地上では古い民家が多い。しかし稲尾が向かうその先には一際目立つ近代的な建物がある。稲尾曰く、この辺りを管轄している機関らしい。

弥生は機関って何よ?と思って聞いていた。


「あ、稲尾さん!お元気そうー。なんかひとっ走りしてきた顔してるー。」

「おー、サエちゃん、今日も綺麗だね〜。わかった?今日はこの警察官とドライブよ。」

「あー、また美人乗せて。稲尾さんは変わらないー。」

「おーおー、なんでも楽しい方がいいからね。」

弥生はサエちゃんと言われる稲尾と対等に会話する彼女に大人の女性を感じていた。姉さんという感じだ。


「あ、浅兼弥生です。地下都市の警察官やってます。」

サエカリはより口角を上げて

「なんでこんなところまで捜査に来たの?」

弥生は少しキツめの言い方にたじろぎながら、

「実はスパイを追ってました…。」

「スパイ?地上には見ての通り、そんな雰囲気は全然ないけどなぁー。」

弥生は本能的にサエちゃんには何か事情があると頭の中で警告が鳴った。しかしそれを追求するのは稲尾の手前、そしてこのタイミングではないとも感じた。


サエカリは二人を建物の中に招き、カップを出してくる。

「何を飲みます?今ならダージリンがありますけど。」

稲尾は即座に、

「おー、それで、それで。」


サエカリはキッチンに姿を消していく。部屋の中は簡素だ。女性にしては装飾のない素っ気ない家具ばかりで全体的に地味な感じだった。

サエカリはティーポットを持ってきて3人分注いでいく。ハーブや薄荷とは違う独特の香りが薄く部屋全体に広がっていく。


「で、スパイはどうなったの?」

「空中都市に帰りました。」

「え?どうやって?」

「空中都市の底面には地上のものを吸引するダクトがあるみたいです。その中に入っていきました。」

「おー、そーなんよ。あと飛んで入ろうとしたけど、まぁ、無理だったねー。」稲尾は少し遠い目をわざとしながら笑っている。

サエカリが

「ぶ、稲尾さん、あれに飛び乗ろうとしたの?!無茶苦茶だよ。いくらあれが下がってきてるからって。」


弥生はすぐに反応して

「地上でも空中都市の話は広まってるんですか?」

サエカリは弥生を鋭く見て

「当たり前でしょ?あんなのが落ちてきたら困るじゃない。」

弥生は少し顔を赤らめ

「そう、ですよね。当たり前のこと聞いてすいません。」と引っ込む。

サエカリは自分が苛立ったことに気付き、

「あー、ごめんなさい、そんなつもりで言ったんじゃないのよ。」


稲尾はレーサーらしくまどろっこしいのは嫌になってきていた。それに今更、弥生がここで警官ぶったところでサエカリに影響があると思えず、

「おー、サエちゃんさぁ、まだレジってんの?」

「え、そんなこと聞く?」

稲尾は遠い目をして、

「おー、だってさぁ、仲良くしなよ。俺、他人が戦うの好きじゃないのよね。」

「何よ、それ。自分は戦いまくってるくせに。」

「おー、おー、いじめないで、ないで。」

稲尾は何故か口元が上がっている。弥生は稲尾が嬉しそうにしているのを馬鹿ねと思ってしまった。

「もう、仕方ないなぁー。そこの彼女に教えてあげるわ。」

弥生は急に秘密を明かされることに身構えた。


「はい…。」

「私は地上のレジスタンス。」

「あ、レジって、レジスタンス……。」

稲尾も加勢して

「そー、そー、サエちゃんは地上の事を思って戦ってるんだよ。」

「稲尾さん、なんだかその言い方は感傷的過ぎる。」

「え、そうおー?、おー、すまん、すまん。」


サエカリは弥生を見て言う。

「空中都市も、地下都市も資源を使いすぎなの。それらは全て地上からエネルギーを得ている。だから地上は今ではこんな有様。多くの人が文化的とは遠い暮らし。地上をなんとかしたいのよね。」

弥生は自分が地下都市で何も知らずに暮らしてきた事や、警察官としての立場での責務、色々整理のつかない思いが混ざり合っていた。

「私は…何にも知らなかったです。地下都市で生きてきただけなんで…。」


サエカリはカップを持ちながら外を見る。

「それが多くの人の実情だから。」

稲尾は唐突に

「おーーーう。今日の紅茶も美味しい、ねえ、ねえ。」

サエカリが席を立ち、

「じゃあ、片付けるわ。そろそろ行かなきゃ。」

弥生は

「すいません、ついつい長居してしまいました。」

「いいのよ。あ、稲尾さん、一緒に来ます?」

「おー、おー、いいねー。……ってどこへ?」


サエカリは買い物にでも出かけるのように

「空中都市よ。落下を止めに。」

稲尾は目尻に皺を寄せて

「おっけー、おっけー!楽しそうじゃない。是非同行させてもらう、もらう。」

弥生は勝手に進む話に

「えー、私は……。」

「いいわよ、一緒に来てくれて。」

「是非、一緒に行かせてください!」


サエカリは意地悪っぽく、

「逮捕しないなら、ね。」

弥生は苦いものを噛んだような顔をして、

「いえ、もうここは地下都市ではないので私は何者でもないです。」

「いいえ、あなたは弥生でしょ?あなたも手伝って。」

弥生は躊躇いを感じた。

「はい…もうここまで来たら戻れないですね。分かりました。新しい世界を見たくなってきました。」

サエカリは満面の笑みで

「しゃあ、決まり。仲間が増えたわ。ただその服装はやめましょ。空中都市じゃいっぺんに捕まっちゃう。私の服着て行きなさい。」

弥生は警察の制服からどちらかというと兵士のような地味な色の服に着替えた。

「あと、今のあなたは身分の証明がないから、うちの会社の社員にしておくわ。レーサー稲尾の護衛としてね、地下の警察官さん。」

弥生は新しい身分がつけられて、完全に地下の身分を無くしたような気がした。


稲尾はため息をついた。

「おー、のー、君たち二人なら絶対にレースクイーンの服が似合うのに…。」

サエカリは少し目を細めて稲尾に言う。

「やだー、遊びに行くんじゃないんだから、稲尾さん。でも褒め言葉としてありがたく受け取るわ。ここからはレーサー稲尾さんにご協力お願いします。」サエカリはお辞儀をする。

稲尾は立ち上がり、

「おー、おー、任せときな。二人を空中都市へお連れさせて頂きます、ます。」

トゥビーコンティニュー……

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