就職先
「……まあいいや。というわけだお前ら。あらためて話し合い再開な。まずは役割分担を決めるか?」
「いえ。簡易的ですが、物事の優先順位をつけて、やるべきことを整理するのが先決かと」
言われてみればそうだ。弥平のアシストにより、速攻で方向転換する。
凰戟のオッサンがグダグダと好き放題語ってくれたはいいが、一つ一つやるべきことのスケールがデカくてどれから手をつければいいか、どういう切り口で物事を進めていけばいいか分からない。
弥平の言うとおり、先に物事の優先順位を決めて、そこからやるべきことを整理するのが先だ。そうすりゃ役割分担なんてさっさと決められるってもんである。
というわけで、とりあえず弥平の意見を聞いてみた。
「そうですね……大きな目標は主に二つ。花筏家当主との同盟と巫市との国交樹立。達成難度から考えますと、私としては中間目標を花筏家当主との同盟に設定することを具申します」
「やっぱりお前もか。俺もそれがいいなと思ってたんだよな」
自分の頭にあった考えが、珍しく弥平と同じだったことに胸を撫でおろす。
花筏との同盟と巫市との国交樹立。二つを比べるなら、また立場が同じで昔の和平協定の名残が残っていて接しやすい花筏との同盟の方が難易度は低い。``終夜``を見つけなきゃならんという難題があるが、それを含めてもどうやれば巫市に入って、どうやれば仲良しになればいいのか皆目分からん巫市の国交樹立より、まだ現実的だ。ということは。
「中間目標として花筏との同盟。そんでその沿線上にある最終目標が巫市との国交樹立か」
「そうなりますね。ですが、澄男様にはゼヴルエーレの問題がございます。したがって実質的な最終目標は、ゼヴルエーレ関連の解決となるでしょう」
だな、と弥平の見解に首肯し、皆も静かに首を縦に降る。
「んじゃあ次はどう物事を捌いていくか、だ……」
顔を顰めながら、無意識に煙草を取り出す。
軸は決まったが、そうなると現状真っ先にブチあたる問題は``終夜``の行方だ。
現状、手がかりなし。分家でも追跡できず、同族の巫女たちですら行方を掴めない。もはやクソ広い砂漠の中から宝石の欠片一個探しだすといった状況である。
だが問題ない。俺の身内には、その手の探索のプロがいるのだ。
「おい久三男。お前のキモい得意技の出番だ!!」
「唐突の罵倒!? 何なのさ、その得意技って!?」
人探し、物探し。いわゆる特定のプロ。我が愚弟にして最高のサポーター、流川久三男がいる。コイツの手にかかれば、個人の特定なんぞ朝飯前どころか寝起き前で全てが片付けられる。
「``終夜``の居場所を探るんだよ。こういうの十八番だろ?」
「いや確かに十八番だけども!? キモいは余計だと思うんだ!!」
「いえ、キモいと思います」
「ゲロいっすね」
「糞以下の変態野郎なのは違いねぇ」
「大丈夫、ボクのち◯こよりマシさ!!」
「久三男さんに、聖なるパンツの加護があらんことを……」
冷静に罵倒していく御玲を筆頭に、言いたい放題言っていくぬいぐるみども。
後半二名は意味不明だったが、気にしたら負けだ。皆が言うように久三男がキモいのは今更。否定する余地などない。特定される側からすれば、気持ち悪いことこの上ないんだから。
「うう……でもごめん兄さん。流石の僕でも``終夜``の特定は無理だよ」
「は? なんで?」
「体内霊力まで偽装できるんじゃ、一般市民と区別できないよ。そもそも``終夜``に関する情報が少なすぎる。せめて毛髪一本とか指紋とか体液とか……ちょっとした生体情報がないと……」
「うーわぁ……」
「ドン引きしないでよ!! 事実そうなんだって!!」
「いやだって……ねぇ? 毛髪とか体液だとか、お前……」
「だから!! 僕は至って真面目に答えただけで……ち、ちょっと御玲? どうして僕から距離をとるの? 別にやましい思いとかないから!! やらしい目的とか一切ないからあ!!」
必死すぎる。そういうところがなんか妙にリアルなんだよ。いい加減気づけって。
「まあ久三男のキモさに関しては今更議論の余地もないとして、ホントに無理なのか? 弥平が無理な以上、正直お前が頼りなんだが」
いや議論の余地は十分にあると思うんだ、と往生際悪くグダグダ御託を並べる久三男。扱いに甚だしい遺憾を感じつつ、少しの間考える素ぶりをみせると、腕を組み、困った表情で問いかけに答えた。
「僕が今、研究開発中の霊子コンピュータなら、偽装した体内霊力を看破して、もしかしたら探しだせるかもしれない」
「なんだそりゃ。この期に及んで新しいゲーム機でも作ったんかお前」
「いーやそんなんじゃあない。正式名称``霊電子式量子複合演算機``。それは魔法と科学の極致……世界の深淵に至るため、人類が生み出した究極の叡智!! 完成すればあらゆる事象操作を可能にする、全能の神器さ!!」
「なるほど!! 全く分からん!! 弥平!!」
解説を弥平に振る。久三男は分かる奴に説明する気がまるでない上に時々厨二病拗らせた感じになるのでますます話がわけわからなくなる。だから調子に乗らせたくないんだよな、コイツ。
「霊子コンピュータとは武力統一大戦時代の前史、超古代文明``カンブリア``時代に存在した大国、アルバトロスで発明された究極の魔道具ですね。時代の転換期に起きた大戦で、その製作技術は失われたはずですが……やはり久三男様は、その技術の復活に成功されていたのですね」
「まあね!」
胸を張り、鼻をこれでもかと伸ばしきる。
「正直、そんな伝説級の魔道具を再生させたなんて眉唾ですが、では特定可能なのでは?」
御玲がサクッと話の軌道を戻す。
サラッと流されてはいるが、確かに失われた遺産の復活は普通に考えたら歴史的大発見レベルのことを久三男は成し遂げている。相手が俺らじゃなきゃ、世界に革命が起こっているだろう。
だが正直もうみんな、久三男のそういうところには驚かない。久三男ならできてしまうのだ。アイツができたというのなら、それはできたということで、それ以上考える必要はない。
重要なのは、その霊子コンピュータとやらで``終夜``の居場所を探せるかどうか、ただそれだけだ。
「無理だよ。さっきも言ったじゃん、まだ研究開発中だって。一応稼働してるけど、まだ完成してないんだ。実際に探し出せるだけのパフォーマンスを発揮できるかは、残念だけど期待できないかな」
「あっそ。つまり霊子コンピュータとやらは無能と」
「いやだから完成してないって言ってるよね!?」
ンなこと言われても、肝心なときに動かないんじゃただの鉄クズだ。全能の神器だのなんだの、大層な触れ込みの割にショボさの極みなんだが、まあ完成していないんじゃ仕方ないし、久三男が言うんだから完成したらきっとすごいんだろう。そのときに真価を発揮してもらうことにしよう。
「んじゃどうするよ? 久三男もアテにならんとなると、人探しの手段なんて皆無になるよな」
「あくのだいまおうの旦那に聞くっていうのはどうすか」
「いや……それは」
「その質問に関しては、対価をいただくことになりますが、それでもよろしいのであれば」
「ですよね!!」
分かっていたことだ。確かにあくのだいまおうに聞けば、俺らが動かずとも全てを知ることは造作もない。
でも、コイツは慈善家じゃない。願いを叶える代わりに、対価を欲しがるのだ。
まさに悪の大魔王みたいなことをリアルで行うので、しょうもないことにコイツの力を借りたくはない。それに、この話し合いの最後にコイツの力を借りようと思っているし、``終夜``の居所を探すことくらい、俺らの力でどうにかしたい。
「では、私たちの足でどうにか探しだす他ないでしょうね」
「足って……まさかだけど世界中旅して回るのか? ちょっとそれはどうかと思うんだが」
さっき確かにどうにかしたい、とは言ったが、手当たり次第に世界中を飛び回るというのは、あまりに不毛すぎる。
この大陸そのものが途方もなく広いし、いくら俺たちが人並みはずれた身体能力があるとはいえ、数や稼働できる時間にも限度がある以上、無理がある話である。
元より俺のモチベがもたない。効率だの能率だの難しいことを優先的に求める気はないけど、少しは求めてもバチは当たらないと思うんだ。
俺の表情を見て何を思ったのか、弥平は焦り気味に、首をすばやく左右に振った。
「巫市との国交樹立を視野に入れる以上、それは愚策です。今の我々では、巫市の要人に接する機会がないのですから」
「転移で巫市領に忍び込んだことがバレたら不法入国の罪で逮捕される。私たちの行動範囲は、自ずと武市領に限定されますから、しらみ潰しに探し回るのは無理ですね」
御玲が肩を竦めながら弥平の意見を補足し締めくくる。
じゃあもう八方塞がりじゃん。しらみ潰しも無理、手がかりもなし、久三男の力でも探せない。一瞬、ならば弥平一人で巫市に潜伏させて―――なんて事を考えたが、弥平一人に``終夜``を探させるのは拷問か何かにしか思えない。仮に弥平が了承するとして奴の重荷を想像すると、そこまで非情になれるわけがなかった。
さて、マジでどうしたもんか。
「したがって本人を探し回るのではなく、情報を集めましょう。武市には、うってつけの組織がございますし」
「そんなもんあんのか? 正直、久三男以上に有能なのがいると思えねぇんだけど」
弥平が嬉々としてそんな提案をしてくる。が、俺の疑念は晴れない。
そう。情報関係、というか人探し物探しなどにおいて、他の追随を許さない力を持つのが我が愚弟にしてキモさだけなら何者にも負けない久三男だ。
実際、今の時点だと久三男単騎でも探し出すのは無理なようだけど、いずれ遠くない未来、奴なら確実に``終夜``を探しだせるものを創りだすだろう。その未完成の霊子コンピュータだかを完成させて、俺らの予想を超えてくることは、もはや自明の理だ。
だからこそ弥平の言う、うってつけの組織というのがあまり使えるとは思えない。そんなのがあるのなら、今頃久三男を超える技術力を持った奴らがいるみたいな、そんな噂が流れているはずだ。
だが弥平は、いいえそういう意味ではございません、と振り払う。
「確かに久三男様を凌ぐ技術力や情報集積能力を持つ者など、現代人類には存在しません。しかしだからといって無能だと切り捨てるには、早計と言える組織でもあるのです」
「へぇ……やけに推すんだな。んじゃあその組織とやらはどんな組織なんだ?」
弥平が若干嬉々として推してくるせいか、ちょっと興味が湧いてきた。
当然、無知蒙昧な俺にそんな大層な組織の心当たりなどない。久三男や弥平に満たない時点で、俺の興味の埒外だったからだ。
でもその弥平が迷いなく、強気で推してくるってんなら話は別。俺みたいなのが勝手に否定するより、耳を傾けた方が利口なのである。
「任務請負機関ヴェナンディグラム。各所に四つの支部を持ち、現代武市の司法を司る大規模混成武力組織。あそこならば久三男様ほどではないにせよ、有力情報の入手や強者との接触、外部への正式な出張などがかなり望めます。むしろあそこ以外に、適する場所は存在しないと言っていいでしょう」
「確か上威区三大帝の一人、``任務長``ラークラー・ヴェナンディグラムが創設した組織でしたか。確かにあそこならば、私も異論はありません」
やはり聞き覚えのない組織名を口にする弥平と、一人勝手に納得する御玲。当然、俺は何の組織なのか見当もつかない。任務請負とか言っているし、依頼をこなしたりするんだろうか。
つかやっぱり三大勢力的なのがいるのね。もう武市だとどこにでもいるよな、そういう奴ら。
「現代武市を事実上仕切っているとも言えますからね。任務請負人なる従業員を全国に派遣し、公共問題や自然災害、領土圏外からの脅威に対処する。動きやすさもトップです」
ふむふむ、と首を縦に振りながら頭に刻んでいく。
動きやすいのはなにより好都合だ。たとえ力があっても、広範囲を移動できなきゃ意味がない。任務ってところが気になるが、それは実際に行ってみないと分からないことだ。
「じゃあ、その任務請負人になる奴を決めねぇとな。先に言っとくけど、俺もなるぞ?」
「澄男さまがですか?」
「そりゃそうだろ。まさか俺に引きこもってろっていうのかよ」
何故かジト目で俺を非難してくる御玲。
いやいや、この期に及んで俺が出向かなくてどうするのか。昔の俺ならともかく、今の俺はそこまでダラける気はない。いや、ほんのちょっと前までは一週間ダラけるつもりではあったけど、それは事情がほんのちょっと前とは違うわけだし。
久三男も使えず、有効な手がかりもない今、人は少しでも多いことに越したことはないと思うのだ。
「いえ。そうではなくて、正直、足手まといにならないか心配になりまして」
首を左右に振り、ため息をつく。俺は額に青筋を浮かばせる。
「事実です。常識をほとんど知らず、世界情勢も全く興味なし。社会に出る準備がまるでできていないと思いますけど?」
「ぐっ……そ、そこはほら、経験だよ経験。経験したら、こう、なんとかなんだよ!!」
「それはまた、説得力が雀の涙すら感じられないお言葉ですこと」
くそー、なんなんだコイツ。
悪魔のようにクスクスと笑う御玲に、言い返そうにも反論材料が屁理屈と恫喝しか浮かばなくて詰む。
前々から思っていたけどコイツ、俺とサシで話し合ったあの日から、色々ハズしてきてないか。言葉が痛烈になったというか、刺々しさが増したというか。少し前まで本音という本音を押し殺してきたのに、次は相手を罵倒しながら本音をバンバン言ってくるようになったぞ。
いや確かに本音を話せよと言ったけど、ここまで変わるものなの。ここまで振り切っちゃうものなの。
少しはブレーキ踏んでくれてもいいんだけど、つか踏んで欲しいんだけど、この俺をカチキレさせるかさせないかのギリギリを攻めてくるのなんなんだよクッソもどかしい。
「えっと、こほん……澄男様がお出になられるのならば、お供がいりますね」
なんか変な空気になったところを変えるためなのか、弥平がわざとらしい咳払いで場を濁し、話題を引き戻す。
「そこは弥平に是非!!」
弥平に泣きつくように強めに主張する。どうやら弥平もできるかぎり人手が必要なのは理解しているようで、俺が外に出ることに反対しないようだ。やはり話が分かる奴は話してて気持ちのいいものである。
俺の背後で小さく舌打ちをかます、どこぞの青髪不良メイドとは違うってもんだぜ。
「いえ、私は無理です」
申し訳なさげに軽く頭を下げてくる。なぜ、と喉のよく分からんところから出た甲高い声で問いかけると、弥平は額に汗をかきながら説明し始めた。
「私は既に本部勤めの高位の請負人として、その地位を得ております。もし澄男様が任務請負人として潜入されるのでしたら、まず支部勤めからのスタートとなりますので、私とともに任務をこなすことはできません。一緒に行動するだけなら可能なのですが……」
不自然さは否めませんので、と一言つけ加えられたのを皮切りに、任務請負機関について詳しく話し始めた。
弥平が言うに、就職予定の新人は、武市の各所にある支部で就職手続きを行い、そのあとは任務をこなして実力を積んで、年に二度行われる本部昇進試験をパスしなければ、本部に勤めることはできないらしい。
俺たちの大目標が巫市との国交樹立である以上、支部勤め程度では、そのような大役を任されることはまず絶対ないので、俺の本部昇進は絶対条件になる。
尤も弥平の経験では、本部でも巫市関係の任務が現れたことは一度もないらしく、もしそういう任務があるとしたら、任務長勅令の最高レベル任務になるだろうと予想を立ててくれた。ということは、つまり。
「その任務長とかいう超絶偉い人に顔と名前を覚えてもらう程度には、実力積まないとダメってことか……」
「いえ、なおかつ信用される程度でなければ、任せてもらえないでしょう」
思わず頭を机に打ちつけた。
なんて気が遠い話なんだ。いや国交樹立なんて高校の定期テストを乗り切るみたいなノリでできないのは知っていたけど、こうも具体的にハードルを並べられると走り切れる気がしない。そんなこと言ってられないんだけども。
よくよく振り返ってみれば、俺って三ヶ月前まで通わされていた高校の校長とすら、一度も面と向かって話したことがない。なんなら名前すら呼ばれたこともないのだ。
校長といえば、不定期に催される全校集会とかいうクソ眠てぇ集まりのときに、司会が「校長先生からのお話です」とかいって、一分で飽きるような長話を体育館の壇上でダラダラやっていた印象しかないし、俺にとって偉い人ってのは、大体そんなイメージだ。
そんなタイプの奴に顔と名前だけじゃなく、信用まで勝ち取らなきゃならんとなると、まさに途方もない話。弱音の一つや二つ、吐いてもバチは当たらないと思うんだけど―――それを許さない奴が、俺の隣に一人いた。
「いやなら私が筆頭で行います。使える人材は複数おりますし」
御玲はカエル総隊長を筆頭に、ぬいぐるみどもにクッソ冷たい視線を送る。ぬいぐるみどもは視線を交えると同時、パオングとあくのだいまおう以外は秒速で目を逸らした。
わざとらしい口笛を吹いたり、一人は頭からパンツ被ったり。正直こんな奴らよりアテにされてないのは、流石に遺憾だ。
「いや待て待て。俺はやらんとは言ってない」
「無理しなくてよろしいですよ。あなたは心おきなく修行をなさっておれば」
「いやぁ、やったら? 的に言われるとさ。なんかやりたくなくなるのよねぇ……そういうのってほら、自分の意志で決めるもんだしさ」
「正直、澄男さまよりパオング以下ぬいぐるみたちの方が有用というのが本音なんですが……遠まわしだと伝わらないものですね。本音って」
「言ったな!? テメェ言っちゃあならねぇこと言ったな!? よぉしだったら俺はやるぞ、もうやる誰がなんと言おうと俺はやる俺はやるんだ分かったかぁ!!」
俺の中の何かが弾けた。全てを勢いに任せ、堰き止めていた何かを口から吐き出した。気がつくとその場で立ち上がり、両手を高く上げて皆の前で宣言していた。
もはや、後の祭りである。
「では、今後ともよろしくお願いします。澄男さま」
静かに、漫画ならスッという擬音が入るような所作で、項垂れながら座り込んだ。
なんだろう。見事に乗せられ、見事にひっくるめられた気がする。
いや、最初からやる気ではあった。でも心の準備的なのがさ、いるじゃんやっぱり。
校長のような奴に、顔と名前と信用を得る。どんなミッションだって話である。久三男と昔やったどこぞの狩猟ゲームにあるクッソ難しくてできた試しがなかったG級クエスト並みの難易度だ。いやむしろG級クエストの方が簡単だろう、いざとなったら久三男に丸投げとかできたし。
「とりあえず、人選は俺と御玲か……」
「いえ、そこのぬいぐるみたちもですよ」
「はぁ? お前本気か? ただの冗談か何かだと思ってたのに」
ただでさえ現実の過酷さに気怠さが否めないのに、御玲が寝言に等しいことを言いだし、流石に言葉に怒気がこもる。
いや確かにぬいぐるみどもは使えるかもしれないが、性格というか存在自体が、マズイと思う。
喋るぬいぐるみとか怪しさムンムンだ。いくら有能だからってそれは流石に人選ミスにも程がある。この手の奴らは存在もそうだが性格からしてダメだし外に出しちゃいけない。だから今回は悪いけどお留守に―――。
「私も御玲の意見に賛同します。頭数に入れるべきでしょう」
意外や意外、弥平までもが賛同し始めた。思わず、はぁ!? と声を荒げる。
「私としては、御玲だけでは戦力として不安があります。彼女は人間相手なら負けることありませんけれど、それはあくまで人間相手ならばの話です」
「いや……任務請負機関つってもそんな。自分で言うのもなんだけど、俺ら世界じゃ最強レベルの強さよ? むしろ俺と御玲、二人だけでも過剰戦力だと思うけど……」
弥平の意見に難色しか示せない。ホントに自慢じゃないけど、俺や御玲、弥平は単騎で国程度、軽々滅ぼせるぐらいには強い。
俺なんて火の玉テキトーに撃ちまくっていれば、大概のものなんぞそのうち燃え尽きるもんだと思っているし、なんなら大都市の大破壊や、大陸が割れていてもおかしくないくらいのすっげぇ霊力を食い止めたりしたこともあるくらいだ。
俺らが負ける可能性があるとすれば、親父みたいなチート野郎、裏鏡みたいな反則、母さんや凰戟のオッサンのようなマジモンのバケモノぐらいなもの。そんなのがこの人類社会にポンポンいると思えないし、いてたまるかって話である。
任務請負機関も今の武市を仕切るくらいには強いんだろうが、俺ら流川に及ぶかと言われたらそれはない。
弥平が慎重なのはいいことだし、今後もその慎重さと思慮深さを活かして頑張って欲しいけど、今回ばかりは慎重がすぎるってもんである。
だが反対意見を言ってなお、弥平の顔色は変わらない。それは傲慢です、と厳しい一言まで添え、頑として頷こうとしなかった。
「確かに任務請負機関と流川家。総力で言えば比べるべくもなく我らの方が強大です。個人戦力も、私たちを上回れる者はいないでしょう」
「だったら」
「しかし、それはあくまで単純な戦力比と総力比でしかありません。澄男様が任務請負人になるということは、力を奮うべき相手は任務請負機関のみならず、武市にふりかかる災禍も含まれるということです」
「災禍って……だとしても親父や母さんレベル、況してや裏鏡みたいなのがポンポン出るなんてのは」
「以前お話ししたこと、おぼえてらっしゃるでしょうか。我らが住むこの大陸ヒューマノリアの以北、以南の大自然地帯には、流川家当主クラスにも匹敵しうる、強大な魑魅魍魎がいることを」
んなもんいるわけ、と言おうとしたとき、つい一ヶ月くらい前、北の魔境大遠征に行く直前の話し合いを思い出した。
北の魔境という人類未踏の大自然に生息する魑魅魍魎たち。それらは弥平や御玲はおろか、この俺にすら比肩しうる強大な魔生物の巣窟。
俺らはエスパーダの支配領域エヴェラスタへ向かい、エスパーダの助力を得て、山登りの大半をすっ飛ばし、その魑魅魍魎に出会うことはほぼなかったわけだが、ヴァルヴァリオンへ潜入する直前、聖騎士似の魔生物に数体出会った。
その魔生物は見た目こそただの聖騎士のそれだったが、片手剣を無意味に振るったときに生じた剣圧は、地面もろとも俺らを容易く吹き飛ばすに足りる大威力を誇っていた。
あのときは俺がカチキレて、ゼヴルエーレの力を使い全てを消し去る外法を使ったからこそ突破できたが、それがなければどうなっていただろうか。俺はともかく、御玲は死んでいたかもしれない。アイツらの力は、魔生物にしては破格すぎる力を持っていたから。
でも、だ。
「そんな化物が、武市まで来ることなんてほとんどないんじゃ……?」
純朴なる疑問は、奥底から湧いてくる。
俺らをぶっ飛ばせるようなバケモノが、大都市にポンポンポンポン降りてきてたら、もうとっくの昔に人類なんぞ滅んでてもおかしくない。今頃武市なんて雑草一本すら生えない荒地にでもなっているこったろう。
でも実際にそうはなっていないんだから、そんな奴らは山奥でコソコソしているだけの存在だし、こっちから喧嘩売らなきゃいないも同然のように思える。
任務請負機関の連中から喧嘩売っているんなら話は別だが、それならソイツらの自業自得ってだけの話。やはり、そこまで慎重にならなきゃならんようには思えない。
思えないのだが、弥平はやはり頷かない。
「澄男様は流川本家領からほとんど出たことがないので感覚としてわからないかもしれませんが、武市は大自然に囲まれた合衆国。毎年幾度か、国家存亡レベルの災禍に晒されています。たとえ澄男様たちであっても油断できない任務が言い渡されることも、普通にありました」
それを毎年乗り切っていますから、任務請負機関も決して一枚岩の組織ではございません、と強く、反論を許さない勢いで断言した。
その言葉には、弥平の経験が如実に俺の肌を確実に撫でるに足りる強い覇気を感じさせる。
そりゃあ知るはずもない。俺は弥平の言ったとおり、本家領でやりたいことしかやってこなかった、謂わば箱入り息子である。
武市で何が起こっていたかも知らないし、興味もなかった。どんなことが起ころうと流川本家領には、俺が生きる上で何の影響もなかったんだから。
そう考えると母さんが残してくれた土地、本家領ってのは凄まじいんだなと初めて感心させられる。今まではそれが当たり前だと思っていただけに、武市の連中と俺らの住んでいる世界の違いを思い知らされた気分だ。
やはり俺は、無知蒙昧がすぎる。
「……悪い。変に反論しちまって」
「いえいえ。澄男様が理解を深めるのに微力なりとも足しになれたのならば、この弥平、それだけで言葉を交わしたことに、意味があったと考えております」
お気になさらぬよう、と笑顔で言ってくれた。そう言われると、とてもむず痒い。あんまりかしこまらなくても、と言いたくなったがこれだと謝り合いになってしまうし、それだと弥平に迷惑だ。弥平がそう思ってくれるなら、俺は己を戒めつつ、その言葉を受け止めるとしよう。
そうか、と言葉を返し、俺は話題を引き戻す。
「弥平の話から、任務請負機関の重要性と災禍の度合いに関しては理解した。カエル、お前らから何かあるか?」
弥平の部屋に来てから聞きっぱなしのぬいぐるみたちの意見も聞いてみる。
弥平の想いを汲み取った今、コイツらを頭数に入れるのは確定だ。とはいえ強制的に連れだすと叛意を持たれる可能性もある。そうなると俺や御玲だけで対抗できるかどうかは疑問だし、なにより仲間の気持ちを蔑ろにしてまで強制的にこき使うのは俺のモットーに反する。
そういうのは気持ちが許す範囲でするべきなのであって、まだコイツらの許す範囲ってのがイマイチ分かっていない。それを確認する意味を込めての、問いかけである。
カエルは煙草を吸いながら、デカいがま口から白い息を気怠るげに吐き散らした。
「オレは別に構わねぇっすよ。どうせ帰っても暇だし、つか帰れないだろうし、暇つぶしがてら付き合ってやっても異論はないっすかね」
お前らもそうだろ、とカエルはナージほかぬいぐるみたちに問いかける。その反応は千差万別だ。
「カエルの野郎が言うなら、俺も異論ねぇな。つか俺はトイレでウンコさえできりゃあ今のところなんでもいい。精々楽しませてくれや」
「ボクもいいかな、面白そうだし! 任務を請け負ってそれを解決ってロマンだよね。まさにボクのち◯こ並み」
「俺はパンツさえあれば問題とかないですね。みんなでパンツパーティーしましょうよ」
なんだか理由がどいつもこいつもクッソしょうもない気がするが、結論嫌だってわけじゃなさそうだ。
「パオング、お前は多分、有事のとき以外は久三男とあくのだいまおうと一緒に留守番になると思うが……」
一応、パオングにも聞いてみる。
俺、弥平、御玲が家を空けるとなると、防犯というわけでもないが、やはり家にまともな奴がいないのは家主として不安なので、留守番役が欲しいのだ。久三男とかいう専属の自宅警備員がいるが、コイツはいざとなったときに戦う力がないし、前衛もこなせる輩が必要になる。
となると、自ずとパオングが適任ということになる。
まあ本家領が攻められるなんて億に一つもないことではあるが、念のための最終防衛ラインは用意しておくことにこしたことはない。あとは久三男とあくのだいまおうが上手くやってくれることを祈るのみ。
「パァオング。我は全く問題ない。大船に乗ったつもりで任せるがよい。それよりも、困ったときは我を呼ぶことを忘れるでないぞ?」
お前ほど頼りになる大船はない。そう言いたくなる台詞に思わず抱きつきたくなったが、相手が生きたぬいぐるみだと思い立ってすぐにやめた。
正直、パオングを呼ぶほどの事態に陥りたくないし、そんな事態になったら本家領の守りが手薄になるからなるべく起こってほしくないが、場合によってはそんなこと言ってられないだろうし、頭の片隅にでも入れておいた方がいいだろう。
「んじゃ次はどこの支部に就職するか決めるか。弥平、なんかおすすめあるか?」
人選は決まった。ぬいぐるみどもも納得しているようだし、議題はサクッと次へ移る。
弥平の話では、支部は東西南北に一つずつ、計四支部が中威区にあるらしい。
最終的に本部入りを果たす以上、個人的にはどこでもいい気がするが、経験者の弥平の意見を仰ぐことは必須だ。
弥平は少し考え込むように唸ったが、すぐに俺へ視線を戻した。
「支部の特色は、その支部の中で最も強い請負人の影響を受けます。一応、各支部で最有力の請負人は把握しておりますが、説明いたしましょうか?」
頼む、と言うと懐から毎度おなじみ霊子ボードを取り出し、机の上に置いた。ペンの中腹から現れる光の粒子が、四枚のグラフィクスモニタを作りだし、それぞれの情報を描いていく。もうこの情景も見慣れたものだ。
「まず南支部最有力、名をトト・タート」
グラフィクスモニタには御玲よりも幼そうな、ぱっと見か弱い少女が映っていた。
どうやって撮影したのか。そんなことは聞くまい。クソ派手な黄緑色の猫耳パーカーを着こなすその少女は、黒いカーゴパンツの短パンにあるポケットに手を入れ、にべたいジト目で周囲を囲む筋肉隆々なオッサンどもを気だるそうに見つめていた。
「最強たる彼女を筆頭とし、柄は悪いが義理堅く、男系荒くれ請負人が支配的な支部です。荒くれ者が多いですが、案外民度は高く維持されていますね」
説明しながら、南支部の男女比を示した円グラフを指す。
九割以上が野郎で占める支部の紅一点。これだけの野郎を一人で従えるとか、このトト・タートって奴は見かけによらず相当な実力者のようだ。御玲よりも幼く見えるってのに、人は見かけによらないとはよく言ったものである。
「驚くべきは、彼女の経歴ですね。就職したのが今年の五月半ばでありながら、既に最強の座に立ち、支部内の人望を得ている。まさに超新星。その圧倒的な台頭から付けられた二つ名が``霊星のタート``」
出たよ、二つ名。この流れだと各支部最強の連中には全員付いている。だがそこはどうでもいい。
「まあ強くねぇと戦いに身をおく奴らを束ねるなんざ無理な話だろ。とかく、聞く限り悪くなさそうだな。候補の一つにしよう」
次頼む、と言うと、弥平は画面を切り替える。
「西支部最有力、名をヒルテ・ジークフリート」
画面に映ったのは、俺と同じくらいの年齢と背丈の男。
特徴的な天パと目つきの悪さを彷彿とさせるつり目、黒と白を基調としたジャージを着こなしており、右隣に青白い光の粒子を全身に纏いながら浮遊している空色サイドテールの幼女と、左隣には肉付きの良く若干筋肉質とも言えなくもない、露出度のクソ高い服を着こなす茶髪の一本三つ編みを靡かせる少女、いや少年、いや―――どっちとも言える中性的な奴と並んで歩く写真であった。
なんだろう。見てて腹立ってきたな、コイツ。
「チャラいな……」
「西支部は治安が良くなく、ジークフリート自身の影響力は弱いものと考えています。それを含め、彼の経歴には些か疑問点が多いのも確かです」
「どんな?」
「まず彼自身に影響力が弱い点ですが、彼はそのときそのときで強さが激しく変動するらしいのです。強いときはドラゴンすら退けるほど強いのですが、弱いときは支部内の誰よりも弱い。そのせいで、彼の実力を疑問視する者が多いようですね」
「なんだそりゃ……わっけわかんねぇな。ドラゴン倒せるくらい強いのに喧嘩は弱いって……」
あからさまに不快な顔をする。言っちゃ悪いが、その疑問視する連中に同感だ。
そりゃそんな意味不明な奴を認めるのは無理があるってもんだろう。実際にドラゴンを倒したところを見たなら俺も評価を改めるが、そうでなきゃホラ吹いてんだろと相手にしない。胡散臭い奴の実力など基本的にたかが知れてるってもんだが、弥平が言うのならば。
「ドラゴンを倒したって実績はガチか」
弥平は無言で頷く。弥平の情報は久三男と同じくらい、この世界の誰よりも信用できる確かなものだ。弥平が倒したというのなら、周囲の評価がどうあれソイツはドラゴンを倒すという偉業を成したのだろう。
あんなひょろひょろのチャラ男にドラゴンが倒せるとは思えないし、むしろ左隣にいる腹筋バッキバキのオカマみたいな奴が倒したって話の方が信憑性があるくらいなんだが、倒したってんならそれだけのなんらかの力があるってことなんだろう。
ホント、人って見かけによらねぇ。写真からだと女を侍らせているただのチャラ男系の不良にしか見えないのに。
「一年前に中威区を焼き尽くそうとしたドラゴンを討伐し、国家存亡級の暴威を退けた栄誉から、本部勅令で``竜殺のジークフリート``という二つ名を得ています」
「いや……待って? 任務請負機関本部って暇か!? 二つ名そんな重要じゃねぇだろ、もっと決めるべきことあんだろ!!」
「武市では暴名もそうですが、二つ名とは武勇と栄誉の象徴。誰もが欲しがるものですからね。ちなみに任務請負機関では二つ名を持つ有力者を``二つ名持ちの請負人``と呼びます。覚えておいて下さい」
なるほど、ととりあえず納得しておく。
まあ気持ちは分からなくもないけど、本部が勅令で与えるってそれはどうなんだろうか。もっと足しになるものを与えるべきだと思う。二つ名って与えられるものじゃなくて、自然に尾ひれがついて定着するものだと思うんだよね、俺的に。
「まあそんなことはおいといて、あんまり魅力的に感じないな。そのジークフリートってのにはちょっと興味あるけど、支部自体は治安悪いみたいだし、めんどくさそうだから却下だな」
気怠げに息を吐きながら、頭を掻く。
西支部に関してはジークフリートとその連れだけって感じだ。他はおまけ未満っぽいし、だったら就職する利点はない。
ジークフリートとその連れとは縁があればいずれどこかで会えるだろうし、話せそうな相手なら、そのときに話せばいい。ひょっとしたら本部入りしてくるかもしれないし。
次、と言うとまだ画面が切り替わる。
「東支部最有力、名を仙獄觀音」
さっきまで片仮名だったのに唐突の和名。名前からして厳かな感じがビンビンする。写真を見れば、イメージ通りの人物だった。
性別は女だが、全身から滲み出る殺気は写真越しからでも分かる濃密さ。ただ筋肉質で日々鍛えているって身体じゃない。死に物狂いで鍛え抜き、何度も何度も限界突破してきたぜって身体をしている。
無駄に筋肉モリモリってわけじゃなく、だからといって足りないわけでもない。母さんの身体はそのほとんどが筋肉でできているようなもんだったが、彼女の肉体には、とかく無駄がない。一言で言い表すなら、生物を殺すことにどこまでも特化した身体というべきだろう。
それにもう一つ注目すべき点がある。コイツの全身から滲み出てる殺気みたいな黒い靄だ。
霊圧に似たプレッシャーを感じるが霊圧に色はない。だとすればこれは、純粋な殺気だ。相手への殺意をそのまま外に出しているような。
霊圧なら分かるが、殺意をそのまま外に滲み出すなんてそんなことできるのか。ジークフリートとかいう奴もそうだが、東と西の最強はよく分からない。
「一年くらい前でしょうか。突如東支部に現れ、たった一ヶ月で東支部を統一したとされる請負人ですね。``護海竜愛``という親衛隊を持ち、現在も東支部の女性請負人の頂点に君臨しています」
仙獄觀音の話に関連して、東支部の経緯を語る。
この仙獄觀音とかいう奴が来る以前、東支部は西支部をも凌ぐ最悪の治安を誇り、喧嘩自慢のチンピラどもで形成されたギャング系請負人勢力と、中小暴閥当主、その副官で統一された暴閥系請負人勢力が血で血を洗う激しい抗争を繰り広げていて、事態を重く見た本部が腰を上げる寸前だったらしい。
そんなときに彼女が現れ、瞬く間に勢力を潰して支部内の抗争を力づくで終結。支部内の抗争によって肩身の狭い想いを強いられていた者たちは、彼女に強い恩義を感じ、その中でも彼女の強さに惚れて忠誠を誓った者たちは、彼女を総統とする親衛隊を結成し、東支部の治安を守っているのだとか。
まさに武力による東支部の統一である。ぱっと見俺らと大して変わらない、変わっているとしたら背丈ぐらいだってのに、そんな偉業を成しているのかと思うと、素直に凄いと思うしかなかった。復讐で一億人も虐殺した俺とは大違いだ。
「ちなみに二つ名は``剛堅のセンゴク``と呼ばれています」
ちょっと落ち込んでいた俺に補足を付け加える。
俺への気遣いだろうか。ありがとう。そのせいか、結論もすんなり出たよ。
「東支部も却下だな。悪くねぇし、仙獄觀音って奴も気にはなるけど、それなら西支部を却下したのと同じで、空間をともに過ごす必要はない気がするから」
厳かに締め括る。なんとなくだが、俺は東支部に居てはいけないような気がするのだ。
東支部はソイツが来るまで血で血を洗う戦乱の中にあった。でもソイツによって支部は救われ、今やソイツは支部内の英雄である。そこに一億もの人間を、親父への仇討ちのために虐殺した奴の居場所があると思えなかった。
いや、バレなきゃいい話ではあるが、それでも居た堪れない気分になるだろう。ソイツは俺よりも英雄として先に行っている。嫉妬しているわけじゃないが、理不尽な抗争から救われ、英雄の加護によって平和に統治されているのなら、その統治を根底から覆しうる脅威が同じ空間にいるべきじゃない。経緯を知る由もないソイツらにとって、俺は血も涙もない大悪党でしかないんだから。
仙獄觀音に関しては気にはなるし、仲良くできるのなら仲良くしたい。でもそれはジークフリートと同じで興味の対象が仙獄觀音のみって感じだし、なにより嫌われる場合を考えるなら、同じ空間にいるべきじゃない。そうなったら俺が存在するだけで、新たな争いの火種になってしまうだろう。
そんな面倒くさいことになるのなら、最初から俺はいない方がいいのだ。仲良くできる確証もない今、ジークフリートと同じで適切な距離感ってやつである。
「では最後、北支部最有力。レク・ホーランとブルー・ペグランタン」
画面が切り替えられる。
ついに支部の説明も残すところ東西南北のうちの残り一つ、北を残すのみとなった。今のところ南が候補だが、さて北はどんな支部なのか。
「北支部は最強格が二人か……」
顎に手を当て、ホログラフィクスモニタに表示された男女の写真を交互に見比べる。
今までの流れ的に、またありきたりに四大勢力みたいな流れでくるのかと思ったが、まさかのバランス崩壊である。
「澄男さま、いまものすごくどうでもいいこと考えてませんか?」
「いやいや、ンなわけねぇだろははは」
ジト目が激しいですね。くそ、親父ブチ殺してからというものホント無駄に察しがいい。
「個人的には北支部がおすすめですね」
お互いちょっと睨み合っていたが、弥平の声で揃って意識を戻す。
「北支部は私が就職先として選んだ支部なのですが、当時お世話になった請負人が、いま映っているレク・ホーランという人物でした」
という前置きを皮切りに、己の任務請負人としてのあらましを語りだした。
弥平が指し示す、金髪の癖毛が目立つ身長かなり高めの美青年。服装だけ見れば貴族を思わせる気品の高さを覚えるが、黄金色の瞳は鋭利で、日々の日常にうんざりしているような暗澹な印象が、服装から漂う気品を打ち消しているちょっと残念なソイツは、かつて弥平に請負人のいろはを教えた先輩講師だったという。
掻きむしられた癖毛と、鋭利で暗澹とした黄金色の瞳のせいで柄が悪く映るが、実際人当たりは良く、付き合い方さえ間違わなければ、かなりの好青年らしい。
研修を終えた後は接点がなく、自分が本部入りした頃にはとっくに彼も本部入りしているだろうとつい最近まで思っていたが、今年になって任務請負機関に関する情報を更新した際、未だ北支部で燻っていたことに驚いたらしい。
彼の実力は名目上、北支部最強の座に収まっているが、自分の見立てでは実質的に本部の請負人の中でもトップを争えるほどに強いはずだと、最後に補足を添えて締めくくってくれた。
「つーことは、下手しなくてもコイツが支部最強勢の中でもトップってことでいいのか?」
「どうでしょう……正直、今の最強格は実力が不明確な者が多いです。私も実際に合間見えたわけではないので、そこは比較できないかと」
「じゃあ、このブルー・ペグランタンとかいうのは? 建物の隅っこでクソ間抜けに雑魚寝してやがるコイツ」
レク・ホーランについては理解したが、それ以上に気になったのは、レク・ホーランと一緒に紹介された、この女だ。
年齢は俺や御玲と同じくらいだが、まるでガキみてぇに雑魚寝をかましてやがる。
というかさっきからすっげぇ気になってたんだが、この女の周りを守るように囲んでる化け物みたいなのは何なのか。正直雑魚寝してる奴がどうでもよくなる勢いで存在感主張しすぎな気がするんだが。
北支部は化け物でも飼育しているんだろうか。だとしたら他の支部と比べ物にならんレベルでトチ狂っているじゃねぇか。この女もこの女で、化け物を布団代わりにして寝てやがるし、ほかの最強格より輪をかけて意味不明である。流石の御玲も眉を顰めて反応に困っている始末だ。
「私も彼女に関しては判断に困っている次第でして、私が支部勤めだった頃にはいなかった人物ですから、おそらく仙獄觀音あたりと同期だと思うのですが……申し訳ありません。彼女の出身が下威区であることしか分かりませんでした」
弥平でも分からないのか。巫市の勢力といい、花筏のことといい、親父への復讐のときと違って分からないことが多いな。
「北支部自体はレク・ホーランとブルー・ペグランタン以外で特筆することはありませんね。治安もそこそこ、男女比も普通。他三支部に比べ最も平常と言えますし、角を立てないという点でも最良だと愚考します」
なるほど、と顎に手を当てる。
俺たちは流川家。この大陸で八本指に入る暴閥の一角を成し、なおかつ俺はその当主。そんな奴が堂々と現れれば騒ぎになるし、闇討ちされる可能性を無駄に高めるのはいくら阿呆な俺でも理解できる。
弥平の言うように、できれば目立つべきじゃないってのは同意見で、あくまで一請負人として目的を着々と達したいところだ。
余程のことが起こった場合はその限りじゃないが、ただでさえ一つ一つの目的の達成が不透明な今、どこぞの馬の骨とも知らん奴に闇討ちされるとかいう無駄な可能性は、できる限りなくしたい。
「就職先、決まりましたか?」
御玲が顔を覗かせる。
東西南北の支部、その全てが紹介し終わった。濃い連中ばっかで久しぶりに話聞いてる時間があっという間に感じられる。
東と西は却下したので、選択肢は南と北の二つ。北もパッとしなければ迷わず南に入ることに決めたんだが、今はもう迷いはない。
「北だな」
「理由を聞いても?」
「弥平が推したからってのがあるが、本音を言うなら直感だ」
御玲が呆れ気味に、でも予想してたみたいな微妙な表情で、なるほど、と呟いた。
弥平にかなり説明させてしまったが、南と北、頭ン中で天秤にかけて上手くやっていけそうなのはどっちかな、と想像したら北だな、とふと思ったのだ。
直感に根拠を求められるとつらいが、なんとなくレク・ホーランって奴に惹かれたのが大きい。
他の奴らも大概に濃かった。一人意味不明な奴がいたが、それを差し置いても最強格はやはり最強と言われるだけあるなと思った。特にこのレクって奴は日常にうんざりしてると思わせるその瞳に、ギラギラと熱い光を感じる。
少し濁っているが、鋭利に光る黄金色。あの手の眼光を俺は知っている。母さんが、珍しく自分の考えを真剣に聞かせてくれるときの眼だ。そういう眼を持っている奴に、悪い奴は絶対いない。
それに、俺は深く物事を考えるなんざ似合わない。漢ならサクッといく。なんか違うなってなったら、そんときはそんときだ。




