焔剣ディセクタム
「ああァ、澄男ォ。渡しとくべきもんがあるゥ」
今後のことを話し合うため、弥平の私室に場所を移そうとした矢先。母さんが俺の肩をがっちりと鷲掴み、床に置いてあったそれを渡してきた。
「久々の奴が直してくれたぜェ。結構無理してたっぽいからよォ、チューンナップもしといたってさァ」
それは俺がよく知っているもの。我が相棒、焔剣ディセクタムだった。
「マジでか! ぱっと見変わってねぇからよくワカンねぇけど」
母さんから手渡された愛刀を、いつもの定位置に携える。
親父との最終決戦で酷使した焔剣ディセクタムは、戦いの後、刀身にヒビが入っていることが発覚し、弥平に修理を依頼しておいたのだ。
本当なら久三男に頼むつもりだったが、アイツと弥平は戦後処理に忙しくなるため、焔剣の生みの親である久々のオッサンに修理してもらうよう、弥平に頼んでおいたのである。
もう少しかかるかなと思ってたんだが、流石は生みの親。たった一日足らずで修理はおろか、強化までしてくれた。これで後顧の憂いなく使えるってもんだ。
「しかし感慨深いもんだぜェ」
まじまじと腰に携えたディセクタムを眺めながら、頭をかいて呟く。何がだよ、と問いかけると、柄にもなく照れたように頬を赤らめ、静かに語り始めた。
「んいやァ、その刀ァ、俺がガキの頃になァ、オヤジからもらったものだったんよォ。俺のときも使い古す度に久々の野郎に強化してもらったんだがァ、色々あって新しいのが手に入って使わなくなっちまってよォ。なんつーかァ、時間が経つ度に強くなってると思うとォ、感じるもんがあるよなァってなァ」
腰に携えている刀に手を添える。
この剣は久々のオッサンが火竜の肉を基に精錬して造ったと言われ、ガキの頃にもらったものだ。
ガキの頃の母さんのお下がりだったのは今知ったけど、確かにそう考えると運命的な何かを感じなくもない。
少し考え込む俺だったが、母さんは満面の笑みで俺の左肩をぶっ叩いてきた。
「その剣は、多分使い手を選んでやがるぜェ? お前の掲げる理想にィ、その剣も同調したんだろうなァ。俺はその剣を途中で手放しちまったがァ、お前は理想を貫き通すそのときまでェ、ぜってェその剣手放すんじゃねェぞォ? 必ず相応しい奴にィ、その剣をきちんと継承するんだぜェ?」
分かったなァ、と優しく肩を揉んでくる。
俺は運命的な何かとか、そういうのには頓着しない性格だが、母さんはそうじゃない。昔から母さんは夢見心地なところがある。いつもなら話半分で聞くが、愛刀のルーツを聞くと無視できないものに思えた。
使い手を選ぶ度、時代を超えて強くなりながら、より相応しい奴へと渡る剣。御伽噺じゃよくある話だ。この剣に、そんな大それた伝説などありはしないが、親父との最終決戦でキャパオーバーでありながら、俺の膨大な霊力を全て受け入れたのも事実。
経緯はどうあれ、この剣は母さんの手から離れ、俺の手に渡った。それはこの剣が母さんの理想を吸収し、より強くなった上で俺の掲げる理想がより相応しいと判断したからだろう。
そして今、親父との最終決戦を経てまた更に強くなって俺の手に戻った。まだこの剣は、俺の理想に期待してくれているのだ。
剣そのものの性能なんて重要じゃない。そんなものは結局使い手次第だ。俺はこの剣が好きだし、言われなくても手放す気は毛頭ないが、もしも母さんが言うように、理想を粗方貫き通せるほど俺自身が強くなって、受け継いでもいいと思えるような奴が目の前に現れたなら、その誰かに是非受け継いでもらいたい。
愛刀が俺の理想を吸収し終え、更に強くなって、俺よりもすっげぇ理想を思い描く奴の下で、さらに強く気高く輝くってんなら、俺としても不満はない。むしろ惚れ惚れするくらいだ。
そのときの俺は、子が巣立つ親のような気持ちを感じたりするんだろうか。それとも―――。
「言われるまでもねぇさ」
腰に携えたディセクタムを、少しだけ鞘から引き抜いた。気のせいだろうか、刀身が赤白く、一瞬だけ光ったような、そんな気がした。




