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覚醒

「あ。あー……こりゃ殺ってしまったか」


 高等部校舎、生徒会室前廊下において長きに渡る壮絶な処刑は、悠久とも言える時間の果てに、ようやくブレークタイムを迎えた。


 学生服を朱色に染めた眼鏡の優男、十寺興輝(じてらこうき)は、床に寝転がる血だるまを見て、けらけらと軽薄な笑みを浮かべ、気兼ねなく呟く。


「僕とした事が。ついつい力加減忘れちゃうんだよなァ……」


 生徒会室前の廊下は、既に血の海。壁や窓ガラスにはべっとりと朱色が塗りたくられ、未だ血だるまからは夥しく鮮血が滲み出ていた。


 もはや大河になりつつあるそれは、この場で起こっていた惨状を如実に物語る。


 頭を掻き、どうしようやばいなこれ怒られるな始末書で済むかなあ、などと呟きながら、血だるまと化したそれに、気軽そうに話しかける。


「ごめんごめん澄男(すみお)君つい力み過ぎちゃったよー。まあ君は流川(るせん)家の出だし、この程度で死んだりしないとは思うけどサ」


 約束の時間に少し遅刻してしまい、遅れた事を友達に謝るような態度で謝罪する。


 彼の目に悪気など映っていない。ただ間違いを犯したから機械的に謝った、その程度の感情しかないように。


「……あれぇ。まさか本当にお陀仏しちゃったの。参ったなぁ」


 血だらけの何かと化した澄男(すみお)に脈でも測ろうと身体をまさぐると、彼の懐から紅く染まったキーホルダーが溢れ落ちる。


 拾い上げるや否や、にたりと薄気味悪い笑みで、顔を歪ませた。


澄男(すみお)君、ほんと君は憎いよ。澪華(れいか)から誕生日プレゼント貰ってたなんてさ。僕なんて貰った事ないのに」


 未だ床を水浸しにしているソレを一瞥し、そのキーホルダーを、食い入るように見つめる。キーホルダーを鼻に近づけたが、すぐに舌を打って投げ捨てた。


「知ってた。君の臭いしかしないや。つまんな」


 恍惚な表情も、やはり一瞬。


 冷淡な無表情に豹変し、彼の右手が赤く光る。キーホルダーを中心として、何もない所から湧き出るように炎が出現する。キーホルダーはみるみるうちにその形を失い、炎すらも消えたとき、それはただの液体と化していた。


 成れの果てをじっと見下げ、鼻で嗤う。


「君の臭いしかしない澪華(れいか)のモノなんて、なぁーんの価値もない」


 身を翻し、未だ噴水を出し続けるソレを眺めながら近くの椅子に腰掛ける。足を組んで溜息をついた。


 顔では隠しているが、十寺(じてら)は内心焦っていた。本当は殺すなと呼ばれていた存在を、殺してしまったかもしれないからだ。


 一応、手段はあるにはある。だが上司にばれないようにするには、どうすればいいか。


 復活魔法の儀式を行なえば、死者を蘇らせる事ができる。それだけの手下は確保している。だが当然、犠牲が伴うのだ。


 復活魔法とは、死者を蘇らせる魔法。


 本来凄腕の魔導師一人で使えるような魔法ではない。幾百人もの魔導師を集め、儀式のようなものを行わなければ、到底発動すら叶わない大魔法。


 限界以上の力を要求されるので、過半数以上の手下は、確実に死ぬだろう。


 正直手下が死ぬ事自体、全く以って惜しくないが、過半数の手下を死なせると人員が不足し、上司に怒られてしまうのだ。


 一人、二人程度。多くて十人未満なら補填が効くが、復活魔法の儀式を行うと百人は下らない手下を、ドブに捨てる事になるのは明白である。


「どうしたもんかねこりゃ」


  焦りながらも、未だ余裕のある態度を崩さない十寺(じてら)。だが同時に、一滴の水が垂れる音が、鼓膜を揺らした。


 持ち前の聴覚の鋭さで、反射的に振り向く。陰りを見せていた十寺(じてら)の表情が、一気に明るくなった。


 髪の毛から足まで血塗れの少年が、殺意という言葉では生温い眼光で、十寺(じてら)を睨んでいたのだ。


 思わず拍手を打ち鳴らす。


 四肢の肉を抉る拷問に等しい所業を、激情に赴くまま行ったというのに何故立てるのか、なんて疑問はどうでもいい。むしろ死んでいなかったという純粋な感動の方が、全てを上回った。


 血だるまになりながらも、どくどくと血を流しながらも、灼眼の閃光で睥睨してくるその姿は、さながら殺人鬼。


 十寺(じてら)も返り血でべとべとだが、彼は血を頭から浴びたような風貌であった。


 さっきまで未曾有の痛みに喚き散らしていた哀れな少年は、もういない。目の前にいるのは、既に人間を止めた怪物だ。


「いやー……澄男(すみお)君生きててよか」


 拍手をしながら、いつもの気軽なノリで話しかけようとした刹那。


 澄男(すみお)が無言で剣を振り上げたと同時、真っ赤な噴水が夥しく生徒会室を濡らし、まるで血の雨でも降っているかのような情景に早変わりする。


 先程までの乱れがない。何が起こったのか分からないが恐らく―――。


「ぐふっ!!」


 立ち上がろうとした瞬間、目にも留まらぬ速度で間合いにつめ入られ、腹へ右足を打ち込まれる。


 もはや、ただの蹴りではない。


 身長百七十を優に超える彼を生徒会室の窓ガラスごと蹴り飛ばし、三階から真っ逆さまに落とすほどの勢い。それはさながら、人間砲弾というべきか。


 三階から蹴り飛ばされた十寺(じてら)は、地面に激突する直前で身体を包み込むほどの大きさの白い光を展開する。


 落下の速度が和らいでいく。空を泳ぐようにして、グラウンドに生えている大型植物に身を隠すと、澄男(すみお)に蹴られた腹を摩った。


「いてててて。これは驚きだ。あの方の推測通りだな。とりあえず……``復元(レスティウティオ)``」


 緑色の魔法陣に包まれ、腹の鈍痛がみるみるうちに治まる。身体から倦怠感が、脳からは五感のブレが、消えてなくなっていく。


 校舎から轟音が鳴り響いた。ガラスの破片が雨のように降り注ぎ、破片に当たらないよう、木陰に身を隠し直す。


「うおお!?」


 次の瞬間、大地が悲鳴をあげた。


 地割れをおこす勢いの大地震。皮膚組織の触覚を逆撫でる猛烈な雷撃。あらゆる毛が逆立つ程の衝撃波。


 高等部三階の生徒会室から猛烈な光が炸裂し、視覚が狂う。地面からは猛々しい震動と、無数の雷撃のような何かが奔走した。


 このままでは、まずい。


 身体を白い光に包んで身を浮かせ、その場から退避。距離をとったことで、唐突に襲った物理現象の正体に、ようやく首肯することができた。


 あまりの濃さに、肉眼で見ることができるようになった霊力だ。


 魔術関係に極めて秀でた程度の人間、なんて次元を遥かに超えている。さながら霊力の塊が、校舎に墜落したかのような絵。中心部は、おそらく想像も絶する高熱になっているのだろう。


 校舎を形取っているコンクリートがとっくに溶け出してきている情景に、大声で狂ったように笑い転げた。


「これが。これがあの方が言っていた``霊力炉心``の力か! 噂には聞いていたが、本物はここまで凄いのか!!」


 猛烈な衝撃波は校舎の大半を抉り飛ばし、もはや原型はとどめていない。


 霊力の勢いは留まるところを知らず、皮膚に感じる熱はみるみる上がっている。かなり霊力の中心から距離をとっているはずなのに、この熱さだ。


 近づきすぎれば、人間の肉体など骨すら残らないだろう。中心部は光度が強すぎて視認すらできず、もはや見た目が恒星になりつつある。


「ァァァァァァァァァァァ!!」


 光り輝く恒星の如き球体から、奇声を発する一筋の彗星が放たれた。その彗星は不規則な軌跡を描いたと思いきや、猛スピードで接近する。


「ありゃ……これ、やばいかも」


 彗星は確実に接近している。車の速度なんて比にならない豪速。


 回避できなければ、確実に肉体の消滅は必至。むしろアレに衝突して耐えられたなら、自分で自分を褒め称えたいくらいである。


 腰に携えていた小型のバッグから、小刀一本とアメジストを彷彿とさせる透き通った紫色の液体が込められた小瓶を、一本取り出し、一気飲みして投げ捨てた。


「出し惜しみしてたら死ぬねこれ。``超速化(シチュウス)``」


 白い魔法陣が一瞬現れて彼を包み込むと同時、残像が生じるほどの速さで空を舞い、彗星との衝突を回避。


 二本目の小瓶を一気飲みする。


 彗星は曲線を描きながら百八十度方向を逆転。再び十寺(じてら)の方向へ一直線に戻ってくると、彼は唇を拭い、二本目の小瓶も投げ捨てる。


「悪いけど、同じ手は食らわないんでね。``接敵阻止アディタム・プラベンティオ``」


 小刀を構えるが、回避運動を取らず、そのまま彗星を受け止める態勢で静止。光線の如き速度で急接近する彗星は、奇声を発しながら迫るが、彼に触れる一歩手前で、見えないクッションにぶつかったように弾き飛ばされる。


 当然それを見逃さない。唇が不気味に歪む。


「反撃させてもらうよっと!!」


 弾き返され、態勢を崩した彗星だったソレに、目にも留まらぬ速さで背後に回り込む。


 小刀を振るい、右から左、左から右斜め上、右斜め上から真下へ斬って蹴り飛ばす。


 蹴られたソレは地面真っ逆さまへ落ちていき、土埃を立てて地面にめり込んだ。


「痛っ……!? 何だこれ堅っ……!?」


 彗星モドキを地面へ落とした十寺(じてら)だったが、彼の手は小刻みに震えていた。


 足も猛烈に痛い。打撲したか。手の感覚がおかしくなっていて力が入らず、上手く刀が握れない。まるで岩にフルスイングの素振りをしたような感触。


 絶対装備する事はありえないが、鎚だったら作用反作用の効果で手首が砕けていたかもしれない。


 だが、相手の肉体硬度に狼狽している暇はない。


「……はぁ。この魔法は副作用が避けられないから、使いたくないんだけどねぇ。``強化(コンフォータンス)``」


 思索を取り払い、三本目の小瓶を飲み干す。


「……流石にこれ以上長引くとパワー負けしちゃうし、早いところ、アレをブチ込んで撤退しますかねっ」


 渾身の力で、手加減などどこかに捨て去る勢いで攻撃したのだが、彗星と化した流川澄男(るせんすみお)の成れの果てには、全く効いていない。白目を剥き、尚も猛々しい殺意を向けてくるくらい、元気一杯だ。


 バッグにある霊力回復薬は後二本。つまり使える魔法は、残り二種類。


 ``魔法``とは、下位の魔法で広範囲を容易く消し炭にできたり、強力なバフ、デバフをかけられたりなど、ラインナップは曲者揃い。


 大半が切り札級の性能を持っていると言っても過言ではないが、難点として消費霊力がどれもこれも異常に高いところが特徴だ。


 人間の中でも、霊力量が人類トップと上司からお墨付きを貰っているとはいえ、回復薬を大量に所持していなければ、連発できたものではない。


 故に本来は、消費霊力が小さく、効果も弱い``魔術``を重ねがけして戦うのがセオリーというものだが、今回は相手が相手。


 校舎をただの霊力波だけで瞬く間に抉り飛ばす化物相手に、一つ一つの効果が弱い魔術でちまちま強化だの攻撃だのやってては、焼け石に水だ。


 あまり良い戦い方ではないが、魔法による強化や対策で、ごり押しするしかない。


 バッグからエメラルドを彷彿とさせる液体が込められた注射器を取り出す。


 この魔法薬を澄男(すみお)に打ち込むように言われている。逆に言えば、打ち込まないと撤退できないのだ。


 消費霊力が馬鹿高い魔法を連続詠唱しても、真正面からではまともに戦えない化物と肉体言語を交わし続けるのは、正直御免被りたい。


 ``超速化(シチュウス)``と``強化(コンフォータンス)``の魔法で敏捷を強化した今なら、化物と化した彼の速度にギリギリついていけるし、何とかさっきのように隙を作って魔法薬を飲めば―――。


「おいおいおい……冗談でしょ」


 彼の即興の思いつきは、目の前に現れた紅のプレリュードによって阻まれた。


 澄男(すみお)の成れの果てを中心として、校舎を含んだグラウンド全域を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が出現したのだ。


 その魔法陣は、血のように紅い。


 一枚、二枚、三枚。幾重にも重なって顕現するそれらは、みるみる空へと舞い上がり、遂に日が沈んだ宵闇を、真っ赤に染め上げていく。


 だが、それだけに留まらない。


 紅の魔法陣が幾重にも空へ重なっていき、真っ赤な雷が、幾度となく咆哮する。


 漆黒の天から紅い雷が落ちた。一回だけではない。


 何度も。何度も。何度も。


 甲高い曇天の慟哭とともに、落雷の頻度は加速度的に上がっていく。


 落雷した地面は大きく抉れ、校舎内に落ちた雷は、躊躇無く校舎を粉砕。小屋や納屋など、学校の周辺施設程度のものに至っては、落雷と同時に何もかも跡形も無く消し飛ばされていった。


 その情景は、まさに災害。


 自然災害を具現と言ってもいい景色は、わずかに残っていたはずの冷静さを、容赦なく強奪していく。


 魔法陣に浮かび上がる文字を見るや否や、魔法による効果で二重強化した敏捷を最大限に生かし、猛スピードで澄男(すみお)の成れの果てに肉薄する。


「これはまずい。ほんとまずい。コイツここら一帯を根こそぎ消し飛ばす気か!!」


 街の人間や、残っている生徒が幾ら死のうがどうでもいいが、化物の魔法に巻き添え食って死ぬのは勘弁だ。


 なによりまだ澪華(れいか)の成れの果ても回収していないのに、死にたくはない。況してや、こんな奴に殺されるなんて真っ平である。


 もはや言語として成立していない奇声を張り上げる澄男(すみお)。身体中に黒い鱗が浮かび上がり、眼からは紅い眼光がほとばしる。


 既に理性などは皆無。


 戦闘本能と破壊本能に支配され、自分が誰かも、接近しているのが誰なのかも識別していない。


 身体中の筋肉という筋肉繊維が往時の数倍以上に隆起する。心臓の部分は、眩い光を放って恒星のように輝いた。


 身体中に生えた、黒い頑強な鱗。破壊という概念を主張する肉体。全てを消滅させる欲望を、森羅万象に訴えるが如く炸裂する眼光。


 一言で、最も類似する生き物を挙げるなら、``竜``。


 辛うじて人型だが、型には何の意味もないだろう。姿形は人であれど、内側に宿る破滅的な天災は、全世界全法則全存在を支配すると言われる最強の種族―――``(ドラゴン)``―――に相違ない。


「やばいやばい……詛式が完成してしまう」


 魔法による二重強化により、ほんの数秒で間合いには入れたが、その中心部は猛烈の極みであった。


 霊力の波動があんまりにも強すぎて身体が沸騰しそうになる。


 木陰で身を隠していたときは、強い電気マッサージ機に当てられている程度の痺れだった。でも今は痺れを通り越して痛い。焼けるように痛いのだ。


 皮膚が燃えているのではないかと錯覚してしまいそうになる。


「うぎゃぁ! 死ぬ死ぬ死ぬ!! こんなの割に合わないよ本当!!」


 片腕を、ガッチリ掴まれた。ごきり、と鈍い音が鼓膜を舐める。


 片腕を潰すつもりしかない、想像も絶する凄まじい握力。強化の魔法を使っていなければ、複雑骨折では済まない大怪我になっていただろう。あまりの痛さに唇を強く噛み締めた。


 注射器の切っ先を澄男(すみお)に向ける。


 手首を掴まれなかったのが幸いだった。相手は化物とはいえ、思考判断能力は皆無に等しくなっている。腕を掴んでいる状況で、注射器に意識は向けられないだろう。


 腕の骨でも折られる痛みに苛まれ、脂汗をダラダラかきながらも、笑顔に張り付ける恍惚さだけは絶やさない。


「おいたはここまでだ。ドラゴンぼうや」


 注射器が皮膚を貫き、緑色の液体がみるみる澄男(すみお)の体内に吸い込まれていく。


 咆哮が何処か苦悶の遠吠えに変わり、澄男(すみお)の体が凄まじい閃光を放ったそのとき。


 天空に幾重にも展開された紅の魔法陣がバラバラに砕けるその瞬間を十寺(じてら)は無事、見届けたのだった。

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