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白銀の暴威

 体の奥底から霊力が溢れ出てくる。これでもまだ小手調べ程度の霊力しか出していないが、それは向こうだって同じだ。


 目の前に立つ銀髪野郎―――裏鏡水月(りきょうみづき)は、俺の霊圧を受けてなお、顔色一つ変えていやがらない。当然といえば当然だ。この程度で怖気づくようなら、コイツと戦うのに躊躇う理由なんざ元よりなかったんだから。


 本当なら、コイツとは一生関わりたくなかった。ゼヴルエーレの力をもってして滅ぼすことのできない化物。本当に俺たちと同じ人間なのか疑わしくなってくるくらい、不気味な存在だ。


 もしかしたら人間じゃないのかもしれない。いや、多分人間じゃない。


 なんでそんな得体の知れんのと戦わなきゃならんのだろうか。考えたって仕方ないのは分かっている。拒否ったところで、奴からは逃れられない。地の果てまで追い詰められるのがオチだ。ならいっそ、逃げるのをやめて立ち向かうしかない。


 親父の次は裏鏡(りきょう)。下手すれば親父を遥かに凌ぐ理不尽な野郎かもしれないソイツに向かって、ド派手に大地を蹴りあげた。


煉旺焔星(れんおうえんせい)!!」


 右手に白く光り輝く熱い光球を練りだす。身体の中から無限に湧き出る霊力を惜しみなく贅沢に使って初めてできる、最大最強威力の火球。


 親父との最終決戦の折、最後の最後の土壇場で編み出せた切り札を、初手で使うことに躊躇ってなどいられない。全霊力に想いをのせて、アイツごと全てを焼き尽くす。


 方策は簡単。アイツには遠距離攻撃がまるで効かないが、ならゼロ距離で練りだした恒星モドキを、アイツの顔面にブチこんで無理矢理当てる。それだけだ。


 いくらアイツが霊力を吸収する身体だろうと、吸収できる量には必ず限界があるはず。煉旺焔星(れんおうえんせい)は灼熱砲弾と比べて連射はできなくなるが、その分威力は桁違いだ。その限界を超えるだけの霊力を奴にぶつけるには、十分足りる自信はある。


 それで倒すまでにはいかずとも、ダメージは受けるはずだ。


 落ち着いてやれ俺。一発で倒そうなんて甘い考えは捨てろ。今はとにかく、少しでもダメージを与えることだけを考えるんだ。じわじわと減らして削っていけば、必ず光明は見えてくる。必ずだ。


 右手に宿る焔星(えんせい)は、裏鏡(りきょう)の身体の中心を捉えていた。肝心の裏鏡(りきょう)は避けようとも防御しようともしない。無表情で冷たい視線を向けながら、ただただその冷たい灰色の瞳で見つめてくるのみ。


 まあそりゃそうだろう。どうせ全部吸収か反射で凌ぐんだから、回避も防御も必要ない。でも今回ばかりは、それが逃れようのない隙になる。


 焔星(えんせい)へさらに霊力を供給し、さらに圧縮していく。それは親父にブチこんだときの比じゃない。あのときよりも数十倍以上の力を込めた。霊力が身体から一気になくなる感覚と同時に、身体の奥底からだばだばと湧いてくる感覚が錯綜する。


 数を撃つより、一発の威力を極限まで高める。どうせ煉旺焔星(れんおうえんせい)は連射に向かない。ならば一撃一撃、俺の全てを右手に宿す。


「消えてなくなれ!!」


 焔星(えんせい)裏鏡(りきょう)に触れた瞬間、視界が全て真っ白に掻き消され、何もかもが爆発四散し文字通り消えてなくなる―――と思っていた矢先。


 焔星(えんせい)は膨れ上がることなく、一気に縮んで消えてなくなってしまったのだ。


 目を見開き、状況を一生懸命把握しようと五感を研ぎ澄ませる。同時に脳味噌もこねくり回すが、それでも現実が全ての先を行ってる状況に、背中がどんどん冷たくなっていく。


「ご……ば…………ぇ……!?」


 突然身体中に激痛が走った。視界が回転する。辛うじて聴覚が音を拾うが、色んな音が大音量で入り混じっててワケワカンねぇ状態だ。


 木々を薙ぎ倒しているような音も聞こえる。でも庭に生えている木には攻撃していないし、というか二人ともかなり開けた場所にいたはずなのに、なんで木が倒れるんだ。


 やっぱりさっきの煉旺焔星(れんおうえんせい)のせいか。不発だったわけじゃなくてきちんと効果を発揮していたのか。だとすれば納得がいく。やっぱり俺の攻撃は奴に効いて―――。


「ごはっ!?」


 思考が終わらないうちに、また何の脈絡もなく何かに叩きつけられた。ごりゅ、と内臓の位置が大きくズレる感覚に耐え難い吐き気を催すが、それだけじゃない。視界も明滅し、意識も吹っ飛びそうになる。


 乾いた土、もしくは砂利でも掴んだような感覚。地面に叩きつけられたのか。じゃあ視界を真っ白に染めているこの光は太陽からの光。今、仰向けになっているのか。頭がぼんやりする。思考がまとまらない。


「もう終わりか?」


 太陽光らしき光を遮るように、ぼんやりと人影が俺の視界に入ってくる。脳が混乱しているのか、人物把握能力ががっくり下がっているが、耳が辛うじてその人物が誰なのかを教えてくれる。


「り……きょう……?」


 掠れ声でソイツの名を呼んだ。ぼんやりと輪郭が浮かぶソイツの顔からは、乱反射させてるであろう銀髪が靡いている。


 地面に伏している。そして胸を中心に、何かに押さえられてるこの感覚。正しくは踏んづけられているというべきか。


「く、そが……一体……何……しやが、うっ!?」


 全身が縄にでも縛られたかのような、一切の脈絡のない圧迫感。すかさず身体がどうなってるのか確認するが、何も縄のようなものが見受けられない。何にもないのに、見えない何かに縛られている。


 一体全体、何だってんだ。わっけワカンねぇ。


「分かる必要はない」


 反論する暇なんぞあるはずもなく。


 次の瞬間には身体から重力という重力が全く感じない、異様な浮遊感に支配される。だがその浮遊感も束の間、即座に急速な落下へと豹変し、防御も回避もできないまま、認識すら覚束ないまま、何かに頭から突っ込んだ。


 岩が砕けるような轟音を聴覚が捉えたとき、よく分からんが岩に突っ込んだことを悟る。大量の異物が服の間に入ってくるあたり、瓦礫や砂塵と見て間違いない。また意識が昏倒する。頭を強く打ったせいか、吐き気と脂汗が止まらない。


 クソが、もう考えている暇なんかねぇ。アイツが何の手品使っているか知らんが、奴の手を暴くよりとにかく攻撃しねぇと。さっきから一方的にサンドバッグにされてやがる。


 俺は喧嘩しているのであってサンドバッグになりにきたワケじゃない。一体どんな手を使ってんのか知らねぇが、だったらさっきよりも強い攻撃でテメェを沈めればいい、ただそれだけの―――。


「遅い」


 こと、と言おうとした、その瞬間だった。起き上がろうとした矢先、何かに顔面を連続で殴られる。


 顔の至る所から熱い血が流れ出るのを辛うじて感じる。ただでさえ意識が昏倒しているってときに、顔面への連撃は正直つらい。痛いというより、もはや気持ち悪さの方が強く出てくる。


 またクソ間抜けにすっ飛ばされた。木々が倒れるのを辛うじて耳が感じ取り、いま自分がどんな態勢なのかを腕、手、足など身体の全部を使って懸命に把握する。脳が揺れているせいか視力が落ちていて完全に眼が使い物にならない。他の四感覚でなんとか状況を把握するしかないが、それも中々覚束ない。


「早く竜人化したらどうだ」


 どこからともなく聞こえる裏鏡(りきょう)の声。耳と、肌で感じる霊圧で大まかな位置と強さを感じとれる。


 言われなくてもなるつもりだが、テメェがそれすらさせてくれねぇからだろうがよ。舐めやがって、それ言うなら少しは勘定しろや。


 心臓をイメージし、それを中心に全力で力んだ。胸から全身へ、赤黒い鱗が夥しく肌色を染めていく。さっきの倍以上の霊力が全身から吹き出し、周りにあった瓦礫や木々、草花を一瞬で蹴散らしていく。


「次はこっちのターンだ!!」


 もうコイツ相手に出し惜しみしてらんねぇ。少しでも力を緩めたらその時点で隙になる。


 テメェが隙を与えねぇってんならこっちだって同じだ。身体の奥底から無限に湧き出す霊力を使えるだけ使ってブチのめす。


 反射してくるってんなら反射できねぇぐれぇの霊力で。無効化してくるってんなら無効化しきれねぇぐれぇの霊力で。


 テメェがクソみたいな反則で攻めてくるってんなら、こっちは霊力のゴリ押し。ただの反則が、パワーに劣るってことを教えてやる。


「死ねぇ!!」


 次は右腕に霊力を全集中。ぼごん、と右腕の筋肉が隆起し、赤黒い鱗から青白いオーラが漂い始める。


 霊力で馬鹿みたいにドーピングした、渾身の右ストレート。やろうと思えばこの広大な庭ごとテメェをぶっ壊せる。その思いをこれでもかと詰め込んだその右腕は、ものの見事に裏鏡(りきょう)の体の中心へクリーンヒットする。


 裏鏡(りきょう)は既に俺の肉体能力の変化、急加速の接敵に対応できていない。棒立ちのアイツに右ストレートをブチこむなんざワケないことだ。でもこれだけじゃ終わらねぇ。


「次は左ィ!!」


 右の次は左。全く捻りのないその言葉に、左腕は筋肉隆起で答えた。右腕のときと同様、大量の霊力をブチこみ、筋力を極限までドーピングする。


 左腕による渾身の左ストレート、そのただの一撃で終わらせる気はねぇ。右が終われば左。左が終われば右。といった具合に、極限の一撃を連続で、絶え間なくブチこむ。


 さっきも言ったように俺の霊力はほぼ無尽蔵だ。消費を気にする必要なんてないし、今まで気にしたことなんざ一度もない。湯水のように無駄遣いしてもなくならねぇ俺だからこそできる、一種の反則技だ。


 もしこれがスポーツかなんかだったら即刻反則負け案件だろう。だがこれはただの喧嘩。ルール無用、なんでもありのデスマッチ。


 それに我先にと反則を使ってきたのは、他ならねぇテメェだ。だったらこっちが反則技使わねぇ理由なんざこれっぽっちもありゃあしねぇ。


「ウラウラウラウラウォラァ!!」


 まるで裏鏡(りきょう)などただのサンドバッグと言わんばかりに、身体の至る所をとにかく力の限りぶん殴る。


 当然全てのパンチはガッチガチドーピング済みの一撃。空気は揺れ、地面は割れ、拳圧であらゆる木々は薙ぎ倒される。だがそんなことは全てどうでもいい。


 いま重要なのはコイツを黙らせ、そんでブチのめすこと。力でゴリ押して力で押し潰して力でねじ伏せること。ただそれだけ。


 裏鏡(りきょう)はただただなすすべなく、攻撃をガードするしかない状態だ。


 流石のテメェも霊力ガッチガチドーピングパンチを連続で食らっていたらそうなるか。反則使いつったって所詮はそんなもんだよな、だって反則使わねぇと戦いに勝てないクソザコだもんな。うんうん、知ってたよ。だからさ―――。


「あんま調子ぶっこいてんじゃねぇぞダボがぁ!!」


 不意打ちと言わんばかりに、利き足に全力ドーピングをかけた。足の筋肉が数倍に膨れ上がる。横っ腹に狙いを定め、全力のスイングでコイツの横っ腹を蹴り飛ばした。


 竜巻レベルで砂塵を巻き上げる風圧と、もはや爆音に等しい衝突音。渾身の右足横キックは、裏鏡(りきょう)なんぞ軽々と吹っ飛ばし、真後ろに生えていた木々を何百本も切り落とし、庭に生えている森林を、一瞬でただのハゲた荒地に変えてしまった。


 遠くで砂煙が舞う。俺から見て多分十か二十キロぐらい先、どうやらアイツはあそこまでぶっ飛ばされたらしい。まあだからといって終わらせるつもりなんざ毛頭ないんだが。


 全身から霊力の膜を纏い、我流舞空術で砂煙が舞った所まで飛んでいく。その近くまで来ると、右手の平に光球を錬成する。煉旺焔星(れんおうえんせい)だ。


「それも、極限まで霊力ブチ込めてガッチガチに圧縮した、超特製のな……!!」


 右手の平に乗った光球は野球ボールよりも遥かに小さい。だが発せられる熱と輝きは、当然親父との戦いのときの比じゃない。威力は親父のとき以上、いや、今までの煉旺焔星(れんおうえんせい)よりもずっと上だ。


「終わりにする……!! こんな何の得もねぇ、クソつまんねぇ喧嘩なんざ……!!」


 狙いを数十キロ先にいるはずの裏鏡(りきょう)に狙いを定める。砂煙のキノコ雲がこれでもかと目印みたいに漂っているから狙いやすい。まさに絶好の的だ。


 これで、全てを終わりにする。親父も裏鏡(りきょう)も、ここで全部片付けて、俺とその仲間たちはこのクソみてぇな状況のその先に進むんだ―――。


「いや、それは不可能だ」


 渾身の煉旺焔星(れんおうえんせい)を決めようと台詞を吐こうとした刹那。鼓膜を揺らした静謐で低い声音と、視界に突如として映ったその存在に、一瞬で背筋が凍結する。


 反射的に右手の平にのっていた煉旺焔星(れんおうえんせい)を、ソイツの左腕にブチこむ。焔星(えんせい)は花火みたく一瞬光り輝くが、やはりというべきか、爆発することなく一気に萎んでなくなってしまった。


 何が起こったのか、そんなこと考えるまでもない。この眼に映っている今が、その全てを物語っている。


 俺の視界の中心にしてその目前、今頃遥か彼方の地面で寝転がってるはずの裏鏡(りきょう)が、そこにいたのだ。


「……ふむ。流石に速いな」


 だが、裏鏡(りきょう)もまた左腕が消し飛んでいた。


 かつて火の球をいくら撃とうと傷つかず、竜位魔法(ドラゴマジアン)とかいう外法でようやく身体を砕くことができたといった感じだったのに、今は自分の力で砕くことができていたのだ。


 その事実に、心なしか目の前が明るくなっていくのを感じる。やはり復讐に駆られてたときとは違う、新しい未来に踏み出したからこそなのか。俺はあの頃より成長できたってことなのか。


 だとすればこれは、大きな一歩だ。復讐に駆られていた頃の俺じゃ、絶対にたどり着けなかった境地。ただ親父を、ただ自分の何もかもを狂わせた全てを破壊する。そのためなら異形の力すら利用するとかいう外道に頼ってたからこそ、かつての俺はコイツに負けた。


 でも今は違う。今の俺は、自分の力で、自分の編み出した技で戦っている。だからこそ、コイツに一矢報いることができたんだ。


「舐められたものだ」


 刹那、視界が急に真っ暗闇になった。唐突の暗転に思考が一瞬で真っ白になる。


「この俺が、お前程度の技で籠絡されるとでも思ったのか?」


 右も左も、前も後ろも、上も下もわからない常闇から聞こえる奴の声。がむしゃらに周りを殴ったり蹴ったりするが、全く手応えがない。まるで空気に攻撃しているみたいで全てが空ぶる。


「ぐあ……!?」


 動転するのもつかの間、足元から痛みすら覚える冷気が立ち上る。何が起こってるのか、そんなことを考える暇も感じる暇もなく、体がガッチガチに凍えていくのを肌で感じる。


「だったら全部……!!」


 焼き尽くす。その思いで体の奥底から霊力を引きずり出そうとするが。


「あれ……!? なん、で……!?」


 霊力が湧いてこない。体の中にか細い霊力が、ほんの少し流れているただそれだけしか感じない。さっきまで湯水のように使えていたはずなのに、一体どうして。


「残念だ。まさかお前が、この程度の小技で仕留められる雑魚だったとは」


 また暗闇からどこからともなく奴の声が聞こえてくる。反論しようと口を開くが、それよりも先に奴の御託が全てを握り潰していく。


鏡術(きょうじゅつ)があればどうとでもなる。確かに浅はかな思考であった。魔法の深淵に目を向けていれば、あのときも鏡術(きょうじゅつ)など使うまでもなかったものを」


「はぁ? 待てや……!? ワカンねえ……!! 意味ワカンねぇよ、何言ってんだお前ぇ!!」


 今まで経験したことのない、突然の視界の暗転にほとんどの思考が吹き飛び、がむしゃらにならざる得ない状態で、その言葉だけが明確に鮮烈に、俺の鼓膜を貫いた。


 鏡術(きょうじゅつ)を使うまでもない。


 かつて奴は鏡術(きょうじゅつ)だかなんだかよく分からない反則を使って俺と死闘を繰り広げた。奴が俺や弥平(みつひら)たちと戦って平然としていられたのは、俺らじゃどうしようもない反則を使っていたからという前提があってこそだったはずだ。


 それを、アイツにとって戦いに勝つためには必要不可欠なはずだったそれを、使うまでもなかっただと。


 だったら何か。今回の戦いで、テメェは反則を一切使っていないとでも言うのか。


 いや、それはない。絶対にありえない。だったら今回の戦いのわけのわからなさをどう説明する。反則を使っている、そう考えないと説明できないことばっかじゃないか。


 今回の戦いは反則を一切使ってない、世界的にも許されるフェアな戦いだとでも言うのか。だとしたら許されない、あってはならない、そんなこと、絶対に―――。


「以前もだったが、お前の主張には心底うんざりさせられる」


 まるで読心術で心の中の本音でも読んでるかのよう。そういう物言いに加え、どこにいるのかもこっちから分からん始末。


 どこまでもふざけてやがる。うんざりしているのはこっちだボケが。


「俺と戦った経験がまるで活かせていない時点で失笑の極みだ。ただの物理的破壊以外に芸のない魔法攻撃如きで、俺の肉体を破壊できると本気で思っているとはな。何故できないか、お前に分かるか?」


「クソ、また問答かよ。そういうのがしたいならもう戦いとか」


「黙れ。質問に答えろ」


 身体全体をまた見えない縄みたいなので力一杯縛られる。体の中身が飛び出るんじゃないかってくらいの圧迫感。せり上がってくる気持ち悪さに思わず、ぐう、とクソ間抜けな声をあげてしまう。


「いいか、次に不要な発言をすれば、このまま絞め殺し蘇生させて、また絞め殺す。答えるまで永久だ。必要なら俺とお前以外の時間を止めてでも続けるぞ。よく考えて答えることだな」


 言っていることが、もはや支離滅裂。


 いつもならそんなハッタリめいた現実離れな脅しなんぞ一蹴してやるところだが、相手はあの裏鏡(りきょう)。時間を止めることくらい、普通にやってきそうな気がした。


 できるわけがない、やれるもんならやってみろ。いつもなら平気で言い切れるはずの台詞が、裏鏡(りきょう)から放たれる殺意の篭った濃密な霊圧によって、ことごとく打ち消されていく。


 俺の本能が、奴の言葉を否定した瞬間に殺される。そう訴えかけてきているのだ。


「ちなみにだが天災竜王の加護も期待するな。今の俺にとって最果ての竜族ナチュラリス・ドラゴンロードなど脅威にならん。況してやその弱体化個体など砂塵に等しい。お前ごとその竜王の魂、一瞬で絞殺できると知るがいい」


 刹那、ずきんと心臓にデカい針でもブッ刺されたような激痛が走った。一瞬何かと思ったが、なんとなく本能でその``痛み``を悟る。


 そうか、これもハッタリじゃないってわけか。お前が物理的に``痛み``でそれを伝えてくるほどってことは、ホントのホントに、マジなんだな。だったら選択肢はもう一つしかない。


「……分かった。今考える……」


 こんな身勝手の権化みたいな奴の言いなりにならなきゃならない現実が忌々しい。でも従わなければ確実に殺される。それも殺された後にどうやってやるのか知らんが蘇生させてまた殺すらしい。


 もう嫌だ。クソみたいに悪い夢でも見ている気分だ。


「はぁ……要は俺のパワー不足って話だろ。さっきは反射的にぶつけちまったし、練りこみが甘かった自覚もある。ブチ込み具合もあんまりだったし、自信を持って攻撃できたとは」


「違う」


 せめて最後まで言わせてくれよ。ただでさえ全てのモチベが低下してるってのに、今更だけど人の心ってのがなさすぎるにも程があるだろ。


「お前は学習能力がなさすぎる。俺の肉体を砕けたのは、天災竜王より授かった超能力によるものだ。それがなければ、お前は俺の肉体に傷一つつけられなかっただろう」


「でも今回は破壊できただろうが。現にさっきお前の片腕消し飛ばしたし、それがワカンねぇテメェでもねぇだろうがよ」


「だからこそだ。逆説的に、俺が超能力をあえて使わずに戦っているからだと判断できるだろう。俺は此度の戦いにおいて、直接的には鏡術(きょうじゅつ)を使用していない。それこそが、お前が``俺の片腕を消し飛ばせた理由``だ」


 嫌な予感というか、絶対にありえないことだと、ついさっき否定したばかりの最悪の推測が、ものの見事に的中しやがった。


 答えって奴は、いざ紐解くと大体誰にでも分かる簡単にして明瞭なもんだ。今回、俺が裏鏡(りきょう)と戦えているように見えたのは、怨敵への復讐を成し遂げて今までの自分よりもずっと強くなったから、などという少年漫画でありがちな困難を乗り越える度に強くなる系主人公の展開かと思われたが、そんなことは全くない。


 ただ単に、ただ単純に、裏鏡(りきょう)が自分の能力に制限をかけて戦っていただけだった。全身に錘つきの服でも着て、あえて肉体に負荷をかけた状態で戦うといったような。


 完全に舐められている。要は俺程度の相手、制限をかけた状態で軽く捻り潰せる程度の雑魚だと言われたようなものだ。


 世界最強、だなんて流石に思っていないし思わないけど、こんな俺でも一応、流川(るせん)本家派の当主。破壊力とパワーだけなら、そこらの人外相手だろうとぶっ潰せる自信はある。人間相手なら尚更、わざわざ倒す方法を考えるまでもないほどに。


 でもここまで雑魚扱いされたのは初めてだ。


 あの親父でさえ俺と一騎打ちで殺り合うことを想定してチート級の武具で身を固めていたくらいなのに、まるで有象無象に対して言うかのごとく、取るに足らないクソ雑魚だと遠まわしに言い放ちやがったのだ。


 何も見えない真っ暗な視界の中、奥歯を自らの奥歯で噛み潰す咀嚼力で噛み締める。


 胸中に際限なく沸き立つ沸騰した感情。だが事実が圧倒的実力差を物語っているだけに、何も言い返せない。何を言おうと、あることないこと滅茶苦茶に言おうと、奴にとって俺がただの雑魚でしかないことは、既に証明されてしまったのだ。


 それは、絶対に抗いようがない。復讐を乗り越えたことで決意を固めた今、目の前の現実から目を背けられるほど、今の俺はガキじゃなかった。


「とはいえ、森羅万象の真理。万物の深淵……それら全てをこの手に治めたい俺が、目前の事象を軽んじていたのも事実。それに気づかせてくれたことに関してのみ、深い感謝を送ってやろう」


 相変わらず人の話を全く聞く気がないのは健在。会話しているのに対話になっていないせいで、俺がただ一人悶々としているだけみたいになってんじゃねぇか。


「チッ……!! ふざけやが……!?」


 がむしゃらに殴りかかろうとしたその瞬間。右隣を幽霊みたいなのが通り過ぎた気がして即座に方向転換。そっちに殴りかかるが、今度は左隣から声がする。


 冷や汗が滲んだ。反射的に殴りかかった右手は空振りに終わり、その反対側から声が聞こえてくる状況。翻した背中がガラ空きだったことに気づくが、もう遅い。


「ここまでだな」


 その言葉を最後に、真下へ真っ逆さまに落ちていくような感覚が身体全体を叩きつけられるやいなや、意識は一瞬にして彼方へと吹っ飛んだ。

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