弥平の想い
御玲と別れた流川弥平は澄男が空けた穴を辿り、パオングとともに最上階を目指していた。
中央拠点にいた兵たちは全員澄男に吹き飛ばされたのか、瓦礫ばかりで全くと言っていいほど人がいない。どこのフロアも閑散としていて、生物の気配がまるでしない廃屋状態となっていた。
その気配のなさが、逆に不気味さをかきたてる。嵐の前の静けさという言葉があるが、今の状況に最も相応しい。通信兵など、非戦闘員がいてもおかしくないはずなのだが。
「パァオング。弥平よ、一つ聞いてもよいか?」
飛行魔法で弥平の跳躍についていきながら、唐突にパオングは顔を覗かせる。
「そなたは、何故澄男殿に加担する? 御玲殿にも言えることではあるが、そなたにとってこの戦いに身を投じる理由は、元来ないはずであろう?」
思わず、立ち止まった。唐突に投げかけられたその質問は、あまりに核心をついていたからだ。
確かに、今まで誰にも何故澄男についていくのかを明かしてこなかった。今日パオングに聞かれるまで誰も聞いてこなかったから、と言えば都合のいい言い訳になるが、皆、理由もなしに澄男の戦いに身を投じているわけではないのは察していた。
御玲には御玲なりの理由が。久三男には久三男なりの理由が。ぬいぐるみたちにはぬいぐるみたちなりの理由が。それぞれ個々の理由で澄男の下に集まり、そして戦いに勝つためにそれぞれ動いている。
それぞれの個々の理由はまだ分からない。しかし共通することは一つだけある。それはその個々の理由というものが、この戦いを乗り越えなければ始まらない、もしくは乗り越えられて初めて満たされるかのどちらか、ということだ。
だからこそ本来なら澄男個人の都合でしかないこの戦いに、皆が投じている。そうでなければただ無駄に命を危険に晒しているだけになってしまう。
自分が澄男とともに協力し、この戦いに身を投げ、そしてともに乗り越えたい理由。それは―――。
「パオング、貴方は仲間が欲しいと思ったことはありませんか」
ほんの僅かな静寂が流れる。パオングはほんの少し思考に耽ると、こちらへ視線を向けなおした。
「ふむ。欲しくないわけではないが、それほど熱烈に求めていないのは確かである。そんなものは、気づけば自然とできているものだからな」
「はは……なんだかパオングらしい理由ですね。確かに貴方ほどの強大な大魔導師ともなれば、引く手数多なのでしょうね……」
「そなたは、仲間が欲しいのか?」
「……私は、幼少の頃より分家派としての責務に追われ、いつか仕えることとなる本家派当主に相応しい分家の当主になるべく、日々研鑽に励んでまいりました」
「なるほど。それゆえ孤独であったと」
「孤独……とは少し違います。家族とは円満ですし、私と同じく研鑽に励んでいる側近の当主もおります。しかし……とても距離を感じています」
「ふむ。身近にいるのに、当主としての責務ゆえに自由に動けなかった。だからこそ今ある繋がりと新しい繋がりを今までのように遠ざけたくない……か。案外寂しがり屋であるな。となれば分家の責務は相当重責だったであろう?」
「流石ですね。寂しがり屋な部分は誰にも悟られないようにしてきましたのに、どんどん核心を突かれていく……魔法使っています?」
「否。霊流が若干だが乱れ、弱くなっている。まるで流れを塞き止められ流量が減った河のような状態である。生物は哀愁を感じると無意識に霊脈を狭め、霊流を弱める性質を持つ。その逆も然り。後は推測すれば自ずと答えは出る」
「凄いですね……体内の霊力の流れから感情を読み取り、人の心を推し量るなんて……私にはできません」
「些か優れた感覚も必要ではあるが、この程度は慣れでどうにでもなる。まだ修行が足らぬだけのこと」
さも当然のことと言わんばかりに語るパオングに、思わず苦笑いが溢れた。
慣れと本人は言っているが、その技術は並大抵のものではない。体内の霊力が流れる筋―――霊脈が見える時点で、魔導という分野においては神域に近い芸当と言っていい。
もしもそれだけの力があったなら、また違う未来が描けたのだろうか。今言ったところで、たらればにしかならないが。
「繋がりを欲するがゆえの、自由。個人の自由の獲得ではなく、自由の共有を前提にするがゆえに、今よりも更に親密な関係をともに築きたい」
「その通りです。ただの自由は求めておりません。分家の当主としての責務や立場には、責任と誇りを持って務めるつもりです。でも責務や立場のせいで家族や、側近の当主、そして新たに関わることになった澄男様たちと距離を感じてしまうのは……嫌なのです」
「ふむふむ」
「ただのわがままで、欲深な願いなのは分かっています。私は分家派当主である以上、常に本家派当主に相応しい者であらねばなりません。でも、それと同じくらい既に持っている繋がりや、澄男様たちとの新しい繋がり、それらを今まで以上にもっと大切にしたい。そのためなら私のもちうる能力を全て使い、身を粉にして生きていく……それが、私が澄男様とともにいて、この戦いをどうしても乗り越えたい理由なのです」
フロアに静寂が流れた。
珍しく自分が何を言っているのか、思い出せないほど感情的に話していた。きちんと纏まっていないかもしれない。パオングの顔色を伺う。彼は目を瞑り、首を縦に振りながら話を聞いてくれていた。
「まずは澄男殿を復讐の呪縛から解放しなければ、話が進まぬことであるしな」
感情的に心中を告白してしまったがゆえに、きちんと伝わっているかどうか、一抹の不安がよぎったが、それは杞憂だったようだ。
パオングの返答に胸を撫で下ろす。
「私はこの戦いの先に、必ず希望のある未来が待っていると信じています。当然その未来にも数多の苦難はあるでしょう、でもそのときには、その苦難を乗り越えられる仲間、私たちがちゃんといる。澄男様だって、心の底では仲間を求めていて、復讐なんて望んではいないはずです。だって誰かを好きになれる人だからこそ、彼は復讐の道をあえて選んだんだって、私は思っていますから……」
なんて……流石に夢の見すぎですかね、と頭をかきながら溢すが、パオングは静かに首を横に振った。
「好意の反対は無関心である。澄男殿は真に人を好きになれる、なりたいと望む者であるからこそ、実の父を憎み、復讐を目論んだ。人を憎めるということは人を好めるということに他ならぬ。ゆえに、そなたの夢はただの夢ではない。そなたは既に夢に向かって邁進した、いずれその夢は必ず実るであろう。己が主の人柄を存分に信ずるがよい。そなたの見立ては、もはや真理に等しいものだ」
目頭が熱くなってきた。ここまで感情的になったのは、今日が初めてかもしれない。
感情を抑圧してきたわけではないが、それでも表にはできるだけ出さない自信があった。でも今回だけは、とめどなく内側から暖かい何かが湧き出てきてしまう。それは勢い留まること知らず、理性の蓋を容易く砕いていった。
まだ喜ぶには早いのに。まだ乗り越えるべき戦いを乗り越えられていないのに。理性では全て理解しているのに、感情が全てを凌駕していく。
パオングが懐からハンカチを差し出す。それをそっと受け取り、目頭を静かに拭き取った。
「もう大丈夫です。そろそろ、行きましょうか」
ハンカチをパオングに返し、再び澄男が空けた穴へ跳躍する。そこからは特に会話はせず、澄男がいる最上階へただひたすらに歩を進めた。




