邪竜に見初められし父子
「ここが最上階か……」
拠点内にうようよとひしめく大軍を突進で跳ね除け、階段も登ることすらも億劫と感じ天井を頭突きでブチ抜くこと数十階。
邪魔なものは霊力の塊をブッパして粉砕し、時には口から火を吹いて焼き尽くし、そして天井をとにかく真上へ真上へブチ抜いていって、ようやく兵隊どもが誰一人いない階に辿り着いた。おそらくここが、最上階だ。
「気配がねぇ……そろそろクソ寺が出てきてもいい頃合いだと思うんやが」
五感を最大限に研ぎ澄ませる。
十寺はクソ親父の懐刀。出てくるとすりゃあ最上階のココしかない。今までブチ抜いてきたフロアにはいなかったし、尚更ココしかありえねぇんだが―――
「ぐあ!?」
突然、白い霧みたいなのが壁、天井、床の三方向から大量に噴き出した。霧のせいで視界と、霧の噴射音で聴覚がやられる。
まずい。方向感覚が一気に分からなくなった。噴射音が邪魔で物音一つ分からねえ、こんな状況で背後取られていたら終わりだ。
苛立ちながらも脳味噌をこねくり回す。
こんなクソみたいなことをやるのは明らかにクソ寺かクソ親父の二人しかいやがらねえ。
特にクソ寺の方。あんの野郎マジで舐めた真似しやがってぜってぇ焼き尽くして殴り飛ばして蹴り飛ばして消し炭にしてやる出てこいや姑息野郎汚ねえ手でコソコソしなきゃ俺とサシでやりあう能のねぇゴミカスがもういいやめんどくせえテメェがそうくるならこっちもやることやってやらぁ。
両手に灼熱砲弾、全身に真っ赤な炎を纏う。このまま腹の底から気張って霊力を外側へ一気に放出するイメージで全てを焼き尽くす。霧だろうがなんだろうが関係ねえ、水分だろうと蒸発させる勢いでやってやる。くらいやがれ―――。
「やっほー、澄男ちゃん、おっひさー」
腹の底から声を出し、霊力を気合で一気に外側へ押し出そうとしたそのとき。全てを舐め腐ったナンパ野郎みたいな声音が、俺の鼓膜を確実に揺らしやがった。
この軽くてチャラチャラしてて中身が薄っぺらいハンペンみたいな奴を彷彿とさせる声音は間違いない。
「おいクソ寺!! 能書きはいらねぇ、とっととツラァ出せや今すぐ焦げ焦げの丸焼きにしてやっからさァ!!」
十寺興輝。俺の全てを奪い、俺の人生を狂わせる発端を作りやがった張本人。クソ親父の回し者にして、クソ親父同様骨の髄まで腐り果てたゴミカスウンコ野郎だ。またコイツの声を聞くことになるなんざ、胸糞悪くて仕方ねえ。
「嫌に決まってんじゃん。君とマジでやりあったら僕死ぬもん。やだよー、僕死にたくないよーうふふー!」
「俺の大事なもん消しとばしといて何ほざいてやがる!! 人を舐め腐るのも大概にしろや野糞が!!」
「あいっ変わらず口悪いね君、知性のちの字も感じられなくて大草原」
「あーはいはいバカですんませんでしたねェなんか悪いですかァ? テメェも似たようなもんだろ何がチセーだ笑わせんな!!」
「絶対、知性って言葉の意味分かってないよね知ったかはダメだよ、ダメ絶対!」
「ああワカンねぇよだから何? つかさ、知ったかなんてしてませんけど? 解釈外れな憶測で俺の知識力測んなよそれこそ知ったかなんじゃないんですかねェ?」
「あーうんうん。もういいよ、飽きたから」
思わず壁に拳を打ちつけて砕き、手に持った破片を怒りに任せて投げつけた。破片は見事、無傷な壁にめり込み、綺麗な蜘蛛の巣を描いた。
「マジな話、僕は君と戦う気ないよ。どうせ負け試合だし」
「なにお前逃げんの? あれだけ煽っといて逃げんのお前? なぁ?」
「うん逃げるよ。勝てない試合に身を投じるなんて、後先考えられない馬鹿がやることだもん。僕賢いからそんな博打はふまなーい」
「自分で自分のこと賢いとか、うわー、イタイ。これはイタイ」
「第一、君は佳霖様と殺り合いたいんでしょ。僕と殺り合う必要ないよね?」
「……なに考えてやがる」
「別に。君と殺し合うのが怖いだけー」
なんとなく、不思議な感覚に襲われる。
なんだか胡散臭い。いや、コイツの言動なんぞ胡散臭さの塊みたいなもんだが今日はなんとなくいつも以上に胡散臭い気がする。ノリが違うというか、なんというか。何かを企んでるような、そんな気がするんだ。
根拠なんぞ何もないし、ただの取り越し苦労なのかもしれんが。
「佳霖様なら、このまままっすぐ行ったところにある大聖堂にいるから。んじゃーねーん」
「お、おい待ちやがれ!! どこに行きやがるまず俺と……!!」
通路内で叫ぶが、それ以後あの気色悪い声は全くしなくなった。身勝手に放置を食らった俺は、クソが、と叫んで地面を全力で踏みつける。
「よくよく考えりゃあ、あんなの相手にしたところでなんの足しにもなりゃあしねぇか……先に進もう……」
早速すさまじい気だるさを感じながら、何の気配もしない無機質で薄暗い通路をとぼとぼと歩く。
トラップがある様子もなく、アサシン的なのが背後を取ってくる様子もない。ホントにこのまま親父の所まで通すつもりなのか。
総力じゃ俺の方が圧勝しているってのに、その大将の俺が呑気にもう目の前まで来てるってのに、十寺からは何の焦りも感じられなかった。アイツの語り口から察するに親父はRPGのラスボスみたく大聖堂で踏ん反り返っている感じみたいだし、完全に舐めプで戦争してるとしか思えない。
奴らにとって、戦争の相手は流川家全軍だ。初っ端から総力負けしてる戦いなのに、この緊張感のなさ。一体何を考えてやがるのか。気持ち悪い。相手が外道だから尚更だ。
そのまま突き進んでいくと大きな扉が見えた。扉も壁と同じ、薄暗い無機質な感じのデザインだったが、黄金色の竜が空から地面に降り立つ絵が彫られていた。ぱっと見重そうなその扉を俺は手で開けるのがめんどくさくてというかそんな気分じゃないので足で蹴り開けた。
がごん、と音を立て扉がこじ開けられると、無機質で飾り気のない通路から一変。色鮮やかな色付きガラスが網膜を焼きつける。色付きガラスで彩られた絵には、それぞれやはり同じような竜の絵が掘られていた。
いい加減同じような絵ばかりで飽きてきたところだったが、大聖堂内のあまりの静寂さに度肝を抜かれた。
大聖堂内は軽く百人以上の人間が入れるくらい広いものの、全くと言っていいほど人気はなく、気持ち悪いくらい静まり返っている。何の材質で作られてるのか皆目分からない銀色の堅そうな椅子が整然と並べられているだけで、椅子の無機質さが一層気持ち悪さを際立たせる。
だが人気がないとはいえ、誰一人いない空き部屋というわけじゃなかった。大聖堂の最奥、おそらく司祭的な奴が居座る場所に、黄金色に光る鎧を身に纏う中年の男が、そこらの銀色の椅子とは比べもんにならないくらいド派手な座椅子に踏ん反り返っていた。
「歓迎するぞ、我が息子よ」
流川佳霖。俺の親父にして、全ての諸悪の根源。わけのわからない野望のために、俺の人生を、俺の大切なもの全てを歪めて粉々にぶっ壊した黒幕。
ヴァルヴァリオン遠征から一ヶ月、久々の再会だが奴の全てを見下しているあの態度は、依然としてキレが落ちていない。
「望みどおり来てやったぞ親父。さあ殺し合おうぜ」
「まあ待つがいい。私は感動しているのだ」
唐突にわけのわからんことを言いだす親父。座椅子に踏ん反り返ったまま俺を見下すその姿に、静まりかけてた腹の虫が疼きだす。
「私は一時を境に、完全なる社会の創造のみを夢見、その理想のため全てを捧げてきた」
「だったら何だ。ンな口上どうだっていい」
「幾星霜の時を経て、今このとき私の理想が花咲かんとしている……これほど感動的場面があろうか」
「……言いてぇことはそれだけか……!!」
弱々しい堪忍袋は早くも臨界点を迎えようとしていた。むしろ耐えられてるだけ俺の堪忍袋も若干ながら成長したんじゃないかと好感を覚える。
とはいえもう限界だ。今すぐにでもブチ殺して八つ裂きにして粉々にしねぇと気がすまねぇ。
「我が愛しき息子にして、古の竜人族を絶望の淵に追いやった天災の竜王に愛でられし少年、流川澄男よ」
俺の怒りなどなんのその、親父はマイペースをどこまでも貫き、ゆっくりとその豪華絢爛な鎧を身につけたまま立ち上がる。
座椅子の横に突き立てていた白銀と黄金色が混じった杖がひとりでに浮き上がり、親父の右手に収まると、鎧と杖が共鳴し合うかのように白く光りだし、猛烈な風が周囲に吹き荒れ、どこからともなく親父の真上から金色の雷が落ちた。
座椅子もろとも大聖堂の家具全部を吹き飛ばす様は、まるで部屋の中に小型の台風でもポンと出てきたかのような状況だ。
「死してその肉体、その魂を捧げ、この父の忠実なる僕となるがよい」
突然の変化に思わず目を一瞬閉じるが、大したことがないと悟り目を見開く。台風の中心部、猛烈な雷と暴風の嵐が支配する中でクソ親父こと流川佳霖は、今まで見せたことがないくらい、醜く恍惚とした笑みを溢した。




