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十寺の追憶

「やめて……やめてください……!!」


 いつくらいの出来事だろうか。僕、十寺興輝(じてらこうき)は裸に剥かれ、大の男三人に囲まれていた。


 四肢は拘束され動かせないが、死に物狂いで身体をうねらせて男の辱めから逃れようともがく。一人は痺れを切らし下半身を露出させ、一人は盛大に舌打ちし、一人は僕の身体を鷲摑んで拳で殴りつけてくる。


 部屋の中は薄暗く、異常に生臭い。僕以外に何人もの少年が床に倒れ、毛むくじゃらの男たちに殴られては、ぜいぜいと息を切らしながら辱められ続けていた。


「おいソイツ早く黙らせろよ、もうパコりたくて抑えがきかねぇぜ」


「わーってるって、なんかやけに抵抗しやがんだよこの便器」


「あー、もーめんどくせーからソイツの股間についてるやつぶちぎっちまえよ、だったら少しは大人しくなんだろ」


「馬鹿かテメェは、ンなことしたらしゃぶり甲斐がなくなるだろちったあ頭使えやボケナス」


「ああん!? 誰がボケナスだテメェ舐めてんのか!?」


「事実だろやんのかゴラァ!!」


「たくお前ら今日はキレやすいな、何日溜めてたんだ……まあいいや、そんでテメェは早く大人しくしやがれ!! 一生パコられて生きる以外に能がないガキ便器が、あんま手間かけさせんなよ」


 僕の体を鷲掴んでいた男は、筋肉隆々の拳を振り上げ、力加減なんて一切なしに全力で腹を殴りつける。ぐりゅ、という生々しい音ともに、内臓の位置が歪む気持ち悪さを覚え、猛烈な吐き気が襲いかかる。


 何人もの同い年の少年が辱められる地獄のような空間。僕もその何人もの生贄の一人だ。四肢を縛られ自由が一切利かない状態で、性欲に支配された毛むくじゃらの男たちの快楽の肥やしにされる。希望だのなんだの、そんな甘ったるいものなんてありはしない。


 物心ついた頃には、もうこの地獄の中で生きていた。むしろ、地獄以外の世界を知らない。


 寝て起きては辱められ、腹の足しにもならないほんの僅かな食事を渡され、そしてまた辱められる。こっちの体力が尽きようと関係なく、へばっても気絶しようと叩き起こされては、彼らが満足するまで辱められ続ける。


 人生の大半は辱めだ。ただ辱められ、使い潰されるだけの日々。


「げほっ、かはっ……どうして……こんな……ひどいことを……?」


 自分の存在価値は彼らの欲望を満たすためだけの玩具程度しかない。今の自分なら、その事実にすぐ気づけただろう。だが当時の僕はまだ幼かった。世界の道理など理解していない、まだ純粋な部分が残っているからこその反応だった。


「あー……? 便器のくせにつまんねーこと聞くなあ」


 男は顔を歪ませ、僕を強く睨みつける。男の顔は僕の質問に答えるただそれだけのことすら億劫で堪らないと言わんばかりに、不快感で滲んでいた。


「そりゃあヤりてーからに決まってんだろ。それ以外にやりてーこともしなきゃなんねーこともねーんだよこちとら。恨むなら便器になるしか生きられねークソザコなテメーを恨みな」


 ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら、男は答えた。僕は顔を引きつらせる。それはもう、絶望しかない返答だった。


 相手を辱める以外にやりたいこともやることも何一つない。だから欲望のまま犯す。ただそれだけ。


 男たちはただ自分よりも弱い奴を辱め、際限のない欲望を満たしたいだけ。その事実を知ったとき、目の前が真っ暗になった。


 この地獄からは逃れようがない。彼らに慈悲を求めても、それは得られないという現実を、幼い自分ながらに感覚で悟ったのだ。


「便器、ついでに教えといてやるよ」


 男は顔を近づけ、歯がほぼ抜け落ちて歯茎だけになった口腔を露にする。男の口から排泄物の匂いが鼻腔を貫き、胃の中身がせり上がってくるのを全力で堪える。


 ぐへへと汚い唾液をたらし、歪んだ欲望に塗れた恍惚な笑みと淀んだ瞳を、僕に向けた。


「この世界はな、奪ったもん勝ちの世界だ。強えー奴が弱えー奴から奪って成り立ってる。自由になりたきゃ``奪う側``に回るこった。そーすりゃー、死ぬまで食いたいときに食い、寝たいときに寝て、ヤりてーときにヤって好き放題すごせる。これ以上楽しいこたーねーぜ? ま、万年ガキ便器のテメーには一生無理な話だろーがな!!」


 話は終わりだ、とっとと腰振れや便器、と男は僕の顔面を理不尽に殴りつけ、最後の理性をかなぐり捨てて、欲望に身を投げ入れた―――。



 鮮血が飛び散り、壁にびちゃりと塗りたくられた。意識が我に返る。


 柄にもなく、最後の肉便器の首を刎ねながら昔の事を思い出していた。どしゃりと首から上がなくなった女体が床に崩れる。頚動脈からは大量の血が夥しく床を濡らしていく。


 当時の僕は``奪われる側``だった。でも今はあの男たちと同じ、``奪う側``の人間。


 男は僕が奪う側に回るのは一生無理だと嘲笑っていたが、人生とは分からないものだ。今の僕は当時の男たちよりも遥かに強い。奪おうと思えば、あの男たちから全てを奪い去れる。


 まああんな雑巾にも満たない絞りカス程度の人間、犯したところで何の腹の足しにもならないのだが。


 辺りを見渡す。自分の部屋は見事に血みどろだ。壁や家具、床や寝具にいたるまで全てが朱色に塗り潰され、部屋には首がなく無惨にも切り刻まれた無数の女体が際限なく紅い液体を床に垂れ流し続けている。


 もうコイツらは必要ない。今までは副菜程度に扱ってきてやったが、既に心に決めた唯一つの彼女がいる今、状況を考えても邪魔になるだけだ。正直、くすりくすりと鬱陶しかったし、処分する絶好の機会と言えた。


 ナイフや身体、腕についた血をできるだけ払いのけると、洗い流すために洗面所へと向かう。


 さっき状況を考えても、と言ったが、言葉のとおり状況が急変した。戦いが始まったのだ。


 第三防衛拠点に突然中隊規模の敵が現れたと通信が入り、中央拠点を大きく揺らす地響きが鳴った直後、僕は澄男(すみお)ちゃんたちがついに攻めてきたことを悟った。


 宣戦布告一切なしの不意打ちだったが、今時宣戦布告して戦争を始めるなんて古いし、戦略的に妥当なところだろうと一切焦りはしていない。


 戦争は勝たなきゃなんの意味もない行動だし、だったら敵の不意を打つのはやって当たり前の行いだ。卑怯だの人道に背くだのなんだのと、そんなつまらないことを言う奴の方が馬鹿としか思えない。僕が逆に戦争を仕掛ける側なら、迷わず不意を打つし、馬鹿でマジメで真正直な澄男(すみお)ちゃんにしては、珍しく賢い選択をしたなあと、ちょっと意表をつかれたほどだ。


 どかん、どかん、と地響きが鳴る。中央拠点が破壊されていっているのを聴覚が如実に感じとっている。


 味方の兵士が死んでいく情景が頭をよぎる。だが何も感じなかった。


 自軍が滅茶苦茶な攻撃を受けている。味方の兵士が理不尽な力で蹂躙されている。それらを五感で悟って尚、心は何も感じていない。痛みもなく、悲しみもなく、怒りもなく、憎しみもない。


 至極どうでもいい。死のうが生きようが自分にとって何の足しにもならない生き物が理不尽に虐殺されている、ただそれだけの感情しか感じない。


 戦いが始まっているにもかかわらず、鏡に映った自分と見つめ合い、呑気に髪のセットを整えているのがなによりの証拠。


 そう、どうでもいいのだ。


 天災竜王だとか、完全な社会の創造だとか、そんなものは僕にとって無意味で無価値。そんなことよりも性欲の赴くまま、裸の女に肉棒を突き刺し腰を振っている方がいい。性の事を何一つ知らない女が、快楽に塗れ堕ちていく様を見て愉しむ方がいい。


 僕にとっての生き甲斐は性欲だ。性的快楽こそが全てだ。


 性行為のし甲斐のある女と腰を振るそのひとときこそが、自分が生きていると心から実感できる瞬間なんだ。


 奪われる側だった自分。尊厳も、人権も、人として大事なものも、何もかも根こそぎ奪われ続ける日々。


 当時の僕は弱かった。強い奴が弱い奴から奪い取る。それが当たり前のゴミ溜めで育った僕にとって、強い奴なんて憎くて憎くて仕方ない存在。


 奴らは平気で僕の何もかもを奪っていく。力づくで無理矢理に、逆らえば殴られ、蹴られ、犯され、気がつけば路上でドロドロになって放置されていた事だってある。


 身体だってまともに洗えず、臭いという理由だけで通りすがりにボコされ蹴られ詰られそして気絶するまで犯されそして臭い、使えない、無能という理由でまた打ち捨てられ―――。


 水道の蛇口が壊れ、水が勢い良く噴射した。僕はようやく我に帰る。気がつけば洗面台を拳で粉々に粉砕していた。鏡を見る。自分の顔は、さっきまでとは打って変わって醜く歪みに歪み切っていた。


「ふざけんじゃねぇよォ……どいつもこいつも僕の人生めちゃくちゃにしていきやがってさァ……しまいにはあんな世間知らずの坊ちゃんにまで出し抜かれる始末……」


 僕の脳裏に澪華(れいか)と仲睦まじく話す澄男(すみお)ちゃんの顔が浮かんだ。


 アイツと澪華(れいか)が仲良く話しているところを見てしまったあのとき、奪われる側だった頃の自分の記憶が、とめどなく噴き出した。


 猛烈な吐き気がした。トイレに駆け寄り、胃の中のもの全部便器にブチまけた。その日は授業をサボって、学校を抜けだして、何もかも忘れるために性交に明け暮れた。日が暮れるまで、己の性欲が尽きるまで。


 現実だと思いたくなかった。よくうなされる、ただの悪夢だと思いたかった。でもどれだけ婦女子を辱めても、どれだけ路地裏に屯するチンピラを肉片になるまで殴り飛ばしても、澄男(すみお)とかいう、ぽっと出の世間知らずのクソ坊ちゃん野郎と仲睦まじく話している澪華(れいか)が離れなくて、焼きついて、目を背けられなかった。


 だから決めた。どうせあの野郎のモノになっちまうんなら、どうせ傷物の別物の汚れ物になっちまうんってんなら、いっそのことぶっ壊しちまおうと。


 僕のモノにならない澪華(れいか)澪華(れいか)じゃない、ただの別物。そこらの婦女子と大差ない。だったら犯して壊して殺してしまった方がいい。そんで絶対アイツのものにならないように、アイツが思わず愛するのをやめてしまうぐらい汚して傷物にしてしまえばいい。


 そう、思ったんだ―――。


 ぶっ壊れた蛇口を放置し、水道の元栓を閉める。ドライヤーを手に持ち、私室の方へ移動する。


 その思惑どおり、澄男(すみお)から澪華(れいか)を引き裂いた。自分の部下を遣い、原型を崩す勢いで徹底的に壊し、澄男(すみお)を狂わせることに成功した。澄男(すみお)から、大事なものを奪うことに成功したんだ。


 気持ち良かった。清々しかった。流川澄男(るせんすみお)流川(るせん)家とかいう人類史に残る最大最強の暴閥(ぼうばつ)の末裔が、大事なものを壊され絶望に伏し復讐鬼に堕ちた様は嗤いが止まらなかった。


 アイツも僕みたいなのと同じただの人間なんだって思えたとき、並々ならぬ歓喜に打ち震えたんだ。


 髪を乾かし終え、必要な装備を身につけた僕はびしょぬれになった洗面所へ舞い戻る。そして、閉ざしていた風呂の引き戸に手をかけた。


 澄男(すみお)ちゃんは復讐鬼として僕や佳霖(かりん)を消し炭にしようと、この中央拠点を破壊しながら進軍している。


 ほかの雑兵どもじゃ流川(るせん)の奴らを食い止める力なんてないし、澄男(すみお)ちゃんがこの最上階の床をブチ抜いてくるのも時間の問題だろう。


 僕にはやらなきゃならないことがある。佳霖(かりん)の言っていた完全な社会の創造だとかそんなものではなく、僕自身の理想の体現。澪華(れいか)を完全に僕のモノにすること。


 僕以外の誰のモノでもない、僕だけのモノ。それを達するには、あの憎き男、流川澄男(るせんすみお)とそれに類する全てをこの世から抹殺しなくちゃならない。アイツがこの世に存在する限り、澪華(れいか)は永遠に僕だけのモノにはならないのだから。


「行ってくるよ、澪華(れいか)……」


 風呂の引き戸を少し開け、風呂釜を覗く。


「これからね、僕たちの新居に土足で入ってきたクソ野郎どもをさ、全員ぶっ殺してくるからさ」


 湧き上がるピンク色の感情。下腹部がそそり立つのを肌で感じる。唾が沢山出てきた。今すぐにでも着ている服、着ている装備、その全てを脱ぎ去ってしまいたい。


「じゃあ行ってくるね、今日も可愛いよ、蛆虫が湧いて腐って異臭を漂わせても君の愛おしさは変わらない、ああ可愛い愛おしい可愛い愛してる最高だ。君がいれば君の身体に巣食う蛆虫も腐敗して変色してぶっくぶくに膨れた君の体の中身も、何もかも全てが愛おしい……澄男(すみお)ちゃんなら絶対愛せないね、変わり果ててもずっと愛せるのは世界で僕だけさ。ふふふ、ふふ、帰ってきたらさ、おかえりなさいといってらっしゃいの分のキスをしようね、そして気持ちいいこと、いっぱい、いっぱい……一緒にしよう?」


 静かに、風呂の引き戸を閉めた。


 お楽しみは最後に取っておこう。全ては奴らを皆殺しにしてからだ。その後に思う存分愛し合おう。二人だけの世界に、ずっとずっと入り浸ろう。それまでは、我慢だ我慢。もう少しの辛抱だ。


 思わず笑みが溢れた。楽しみすぎて楽しみすぎて堪らない。奴らを全て根絶やしにしたとき、僕は初めて``本当の幸せ``を、享受できると思うと―――。


 引き戸を閉めた瞬間、風呂の中にこもっていた空気が漏れだす。ほんのり洗面所を漂う香りが、僕の士気を更に上げた。


 何故なら風呂場から漏れ出した死臭が、いつもよりも新鮮で、いつもよりも上質な香りに不思議と感じられたからである。

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