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プロローグ:佳霖の理想

 私は、強くありたかった。何故と問われたなら、有能でありたかったからだ。


 我が家系、ドラクル家は代々有能を輩出してきた竜人族の生き残りの中でも、名門の血族であった。遥か南方の地で人類とかいう種族が栄える中、竜人族の人口は年々減り続ける現状で、種を絶やさないためにもより一層、有能な人材というのは重宝されていた。


 今の竜人族には有能な指導者、有能な智者、有能な技術者、そして有能な労働者が必要だ。私もその一人に入らねばただの無駄な存在に他ならない。況してや名門ドラクル家の後継が、ただの単純労働力にしかならないような無能となれば、世間の笑い者である。なにより想像絶する痛みを伴いながら私を生んでくれた親に立てる顔がない。


 必死に己を磨いた。知能、知恵、力、強さ。その全てをとにかく磨いた。そのためなら、己ができうる全ての努力を惜しまなかった。


 だが、現実とは非情なものだ。


 私がどれだけ努力し、どれだけ昔の自分に勝とうとも、周りは私を高く評価しなかった。何故かは深く考えるまでもない。


 私には弟がいた。名をユダ・アベル・ツェペシュ・ドラクル。私の背を見て育ち、私に慕い、私に倣って努力を惜しまなかった、本当に愛おしい弟だった。友なども作らず、遊興に明け暮れることもなく、永遠と勉学と修行にありついていた私が、唯一他愛ない雑談に時間を割こうと思った存在だ。私にとって弟の存在は、かけがえのない唯一無二の友であった。


 しかし、奴は私が持っていないものを持っていた。それは``才能``だ。


 奴はドラクル家の中でも例年稀に見るギフテッドとして生を受け、私が十の努力で得たものを、三の努力で完璧に会得していった。奴の成長は品質、速度ともにとどまるところを知らず、気づけばあっという間に私の手の届かぬ領域に達していた。


 親や周りの者どもは、奴を褒め称えたのだ。数十年に一度の天才が現れた、竜人社会復興の神童だ、などと。


 私の努力は何だったのか。周りの評価を目的に己を切磋琢磨していたわけではないが、こうも蚊帳の外に放り出されるのは甚だ遺憾だった。私の三分の一程度の努力しかしていない存在が、馬鹿の一つ覚えのように持て囃されるというのは、中々に不愉快極まりない。


 私の中で、弟への嫉妬は日に日に募っていった。今思えば、私が私でなくなってきたのは、この頃からかもしれない。


 私は更なる力に渇望した。このままでは竜人族の中で不要な人材として扱われかねない。そうなれば竜人として失格だ。


 必死に探した。がむしゃらに、右往左往して。弟を、全ての竜人を超える叡智と、力を我が物とするために。


 そして、彼と出会った。


―――``我ガ名ハ、煉壊竜(レンカイリュウ)ゼヴルエーレ。コノ世ニ、災厄ト破壊ヲ、与エル者``


 煉壊竜(れんかいりゅう)ゼヴルエーレ。新設大教会の地下深くに眠っていたそれは、巨大な心臓の姿をしていたが、その臓腑の内側から溢れ出る禍々しくも強大な力は、まさしく私が求めていた力に相違なかった。


「ゼヴルエーレ殿。私が貴方様の望みを叶えてさしあげます。どうかその代わりに、私の望みを叶えてくださいませ」


―――``我ガ望ミハ二ツ。我ガ肉体ノ復活、並ビニ念願タル大義ノ達成``


「畏まりました。ならばまず、肉体復活のために必要な全てを行いましょう」


―――``復活ノ兆シヲ証明シテクレタナラバ、望ミ通リ、オ前ニ力ヲ与エヨウ``


「ありがたき幸せ! このカイン、貴方様の恩恵に見合うだけの働きを、全身全霊をもって果たしてごらんにいれましょう!!」


―――``期待シテイル``


 ゼヴルエーレからその言葉を聞いたとき、狂喜に打ち震えた。今まで期待しているなどと親からも言われたことがなかっただけに、誰かに期待されるということがこの上ない幸せなのだと、このとき初めて気づいたのだ。


 彼の期待に応えるため、あらゆる手段、あらゆる知略を惜しまなかった。単純労働力として使い古されている無能な竜人を捕まえてはモルモットのように扱い、ゼヴルエーレの復活実験に精を燃やした。書庫で竜族の系譜、生態の勉学も怠らなかった。


 ゼヴルエーレ復活のための素材となる肉体の強化のため、もはやただの嫉妬の対象と化した弟を殺害し、実験材料として使い尽くしたのも今となっては思い出の一つである。


 この頃になるともはや善悪の観念は既に磨耗し消え失せていたが、それでもゼヴルエーレの言った``期待している``という言葉が脳裏を離れず、実験が難航し悩みあぐねたときも、この言葉が励みとなりバネとなったものである。


 そして今―――様々な苦難を経て、ゼヴルエーレ復活のための肉体、その苗床となった被験体、我が息子流川澄男(るせんすみお)が、戦争を仕掛けてこようとしていた。


「ああ……待ち遠しい。待ち遠しいぞ、我が愛する息子よ」


 聖堂内にある仰々しい司教座に座り、悠々自適に天井を見上げた。


 数年がかりで準備した手駒十万と、流川(るせん)からいくらか盗んだ最新鋭の魔導兵器。それらを全て使い捨て、此度、流川澄男(るせんすみお)を我が手に落とす。


 流川澄男(るせんすみお)を我が手に落とすはすなわち、ゼヴルエーレを手にすることに他ならない。彼らを手にしたとき、数十年前に交わした、ゼヴルエーレとの約束をついに果たすことができるのだ。


「その暁に、私は更なる力をもらいうける。今度こそ、私が理想とする社会を創るのだ」


 手を広げ、想いを馳せる。


 私が理想とする社会。才能を持ったごく一部だけが評価される世界でなく、才能の有無関係なく死に物狂いで努力し続けられる有能のみが生きられる社会を創る。


 それが私の夢。私の理想。


 竜人族は各々が無能さを正当化するという怠慢を犯し、非道なまでにギフテッドに固執した。生き残るため、などと言うが本当はただ単に無能な自分を正当化したかっただけにすぎない。だが滅びたくはないからギフテッドに養ってもらおうなどと愚かな考えに支配されていた。


 私は大して努力もしないギフテッドも、努力を怠る無能も許さない。世界に必要な人材とは死に物狂いで死ぬまで努力し続けられる有能、ただ一種のみ。人々が全員その一種であるなら、嫉妬の種にしかならないギフテッドも、努力を怠り特段何もできない無能も不要だ。全ては有能のみで事足りる。


(いにしえ)より竜人は、我らが始祖エラドールを神として崇めてきた。だがもはや、神を崇める時代は終わりを告げる」


 天井に描かれた黄金色の竜の絵を仰ぐ。


 天空竜神エラドール。


 太古の昔、この大地―――人類大陸ヒューマノリアに七人の竜人を生み落とした始祖にして、世界に終末を与えしとき、黄金色の鱗を煌びやかに輝かせ、その絢爛(けんらん)たる姿を現わすと言われている破壊の神。


 何故破壊神が創造をしたのか。それはおそらく気紛れ、一時の戯れだったのだろう。


 だが私はその戯れに感謝している。幾星霜の時を超え、遥か未来の子孫にあたる私が、世に新たな時代を吹かせられるのだから。


「まもなく、人が神として振る舞える時代が始まる。私は、その時代の始祖となろう……」


 誰もいない、灯火も灯らない大聖堂にただ一人、妖しげな司教の高らかな笑い声が響いた。ガラス絵に刻まれた天空竜神エラドールを通して浴びる、黄金色の太陽光を浴びて―――。

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