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他殺願望

 澄男(すみお)が道場へ向かったのを見届けた私は、私室へ戻ろうとしていた弥平(みつひら)に声をかけた。


「なんでしょう、御玲(みれい)


 やるべきことは分かっている。あれから一ヶ月。姿見を砕いたあの日から、決意に変わりはない。胸に右手を添え、目一杯の作り笑いをこしらえて、左手を差し出した。


「霊子ボード、借りてもよろしいでしょうか」


「……何用で?」


「敵拠点の図を、頭に叩き込んでおきたいのです。脳内での予行演習も兼ねて」


「なるほど。構いませんよ」


 執事服のポケットから、黒色の万年筆状の霊子ボードを取り出し、私の手のひらにそっと置いた。それを握りしめ、メイド服のポケットにしまいこむ。


「後日返します」


 分かりました、と弥平(みつひら)は言い残して私室へと去っていった。私はポケットにしまいこんだ霊子ボードを、ポケットの中で握りしめる。


 私がやることはただ一つ。八つの防衛拠点のうち、一つでもいい。私一人で潰すことだ。


 今日まで、私はほとんどこれといった戦果が挙げられていない。十寺(じてら)澄男(すみお)の通っていた学校を襲撃したときも、これといったことは何もできず、エスパーダなる存在と澄男(すみお)が戦ったときは全くの蚊帳の外。裏鏡水月(りきょうみづき)との戦いでは参加こそできたものの戦力外も甚だしく、ヴァルヴァリオン遠征では十寺に人質に取られ、澄男(すみお)久三男(くみお)の兄弟喧嘩では流川(るせん)同士の戦いに割って入れないまま、力尽きてしまった。


 いくら振り返っても己の無能っぷりが否めない。蚊帳の外ならともかく、戦場にいながら戦力外扱いなのは論外すぎる。まだこの家で家事をやっていた方が、自分のアイデンティティが保てるくらいだ。


 しかし私は流川(るせん)本家派当主の専属メイド。流川(るせん)本家派当主の守護こそが本懐。それを果たせずして、一体自分の存在意義とは何なのだろう。


 流川(るせん)本家派当主の忠実なる僕にして、守護者。その肩書きのみが、私の存在意義であり、理由だ。肩書きに似合わぬ成果しか挙げられていない今、私の存在価値、存在する意味など、もはやないに等しいのである。


 だからこそ、やるのだ。最初で最期の偉業を。


 八つのうち一つだけでもいい。防衛拠点を単騎で攻略する。私一人に対して、防衛拠点一つあたりの総軍は五千。いくら私が人類の限界まで鍛え上げられた肉体を持っているとはいえ、あまりにも多勢に無勢だ。


 でもそれでいい。私はその多勢に無勢さを望んでいる。たった一人で五千の兵に挑み、血だるまに成り果てようとも戦い、そして将の首を討って死ねる。


 これほどの``偉業``があろうか。私にはない。思い浮かばない。


 何故なら、流川(るせん)に``偉業``を打ち立てることができれば、流川(るせん)本家派当主の守護者、水守(すもり)家当主``凍刹(とうせつ)``水守御玲(すもりみれい)という肩書きから、私は晴れて解放されるのだから。


 己の心中に吐露した呟きに、落胆する。


 これを世間では他殺願望というのだろう。死にたい、でも自分では死ねない、だから誰かに殺されたい。殺されて死にたい。


 自殺願望が叶えられる立場だったなら、どれだけ楽に死ねただろう。自殺願望を叶えたくても、私が背負っている肩書きが、その願望成就を激しく拒んできた。


 しかし今日、弥平(みつひら)が持ってきた情報を持って今日、ようやく私の願望が叶うのである。他殺願望という体で、私の投身自殺が成就されるのである。


 身を投げ出すのは橋の上。否。高層ビルの屋上。否。マンションのベランダ。否。


 戦場。戦場という名の高所から、私は晴れて身を投げる。大地に数え切れないほどいるであろう、死の番人にその身を捧げて―――。


 玄関の引き戸が開いた。流川(るせん)本家邸新館のほとんどのドアは自動化されている。内側からなら、近づくだけで引き戸は引かれるのだ。


 自前の槍を携えて、技能球(スキルボール)を片手に、ポケットに入れていた霊子ボードを取り出して、起動する。万年筆状のペンの真ん中あたりからおびただしく出てくる光の粒子が画面を構成していき、流川佳霖(るせんかりん)のアジトの模式図を映し出す。


「座標は……」


 技能球(スキルボール)を使うのに、佳霖(かりん)のアジトの座標が必要だ。それが分からなければ転移できない。


 ただ私は澄男(すみお)のように真正面から堂々と、なんて馬鹿な真似はせず、ただ淡々と、八つのうち一つの防衛拠点の近くに転移し、様子を伺いつつ拠点を攻略する。死に急ぐにせよ、敵の司令官を殺せなければなんの意味もない。ただの間抜けな投身自殺に他ならず、流川(るせん)に戦略的、戦力的損害を与えるだけだ。


 座標の欄を見つけた。技能球(スキルボール)に記録されている世界地図を脳内で照らし合わせ、座標を確認する。これでもう、いつでも跳べる。


 ふと森の中に佇む流川(るせん)本家邸新館を見渡した。


 まだここに住んで三ヶ月程度しか経っていないが、何故か実家にいたときよりも印象に残っているのは気のせいだろうか。特別なことがあったわけでなし、自分でもそれが何故なのかは分からなかった。


「……まあ、もう分かる必要なんてないけれど」


 技能球(スキルボール)を強く握りしめる。


 そろそろ跳ぼう。ここでぐずぐずしている必要はどこにもない。むしろ玄関前でぼけーっと立っていたら、誰かに怪しまれそうだ。特にぬいぐるみみたいなのに見つかったら騒ぎになる。


「……さよなら」


 手の中で光り輝く技能球(スキルボール)に念じた。指定された座標への転移、その号令を送るように。

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