決戦準備
「ついに……時は満ちた……」
「白きち◯この禊をもって、始まりの儀式を執り行うときが……」
「いや、作戦会議っつったろ。意味ワカンねぇよ」
流川本家邸新館、リビング中央に置かれた長方形テーブルを囲う、少年少女四人と異形六体。そのうちの一体に数えられる黄緑色の蛙は、黒い眼帯を光らせながら、テーブルの上で悠然と腕を組み、ぼそりと呟く。
だが蛙の横で、奴と同じ体勢でまたぼそりと呟く異形が一人。裸エプロン姿の中年男である。
黄緑色の体色をした片目の蛙、カエル総隊長と裸エプロンを着こなす中年男、シャルの二体に、俺、流川澄男は大好物の煙草を片手に吹かし、ワケの分からん奴らの台詞に頭を抱えた。
「え? 神聖バナナウンコ大戦の開戦祝いするんじゃねぇの?」
「だーから作戦会議つってんだろ!! 弥平がようやくクソ親父のアジト見つけて粗方調べ終えたらしいから決戦準備すんの!!」
ボケを冷静に片付けた矢先、すぐボケをぶちかましやがる小熊のぬいぐるみナージにトドメをさされ、我慢ならず声高らかに怒鳴った。
久三男との兄弟喧嘩から、約一ヶ月。
あれからの一月間は驚くほどイベントというイベントは起こらず、俺は毎日修行に明け暮れ、御玲は俺との口論などなかったかのようにメイドとしての役回りに徹し、弥平は今まで得てきた情報をもとに、分家派を可能な限り動かして更なる情報収集に日々を費やしていた。
そして今日、六月十五日。
弥平が、長きに渡る情報収集が終わったと報告しにきたので、俺は早速みんなでテーブルを囲うことにしたワケである。とはいえ、今回囲うメンツが、今までと毛色が違うのは、もうお分かりだと思う。
「じゃあとっとと始めろよ」
「始めるよ!! お前らが唐突にワケワカンねぇこと言いだすから出鼻挫かれたんだよ!!」
「あらまぁ聞いた奥さん? 自分の至らなさをオレたちのせいにしてるわ」
「ほんとやぁーねぇ、最近の若い子って責任感が足りないったらありゃあーしないわ」
「んぁー……頭痛い……やっぱこいつら必要な時以外牢にブチこんでおくべきか……」
頭痛がしたワケではないが頭にイタさを感じ、また頭を抱える。
コイツらの会話を聞いてると特に肩が凝ってるワケでも目が疲れてるワケでもないのに、まるで頭痛に似た感覚に苛まれる。どうしたらこうもシリアスな雰囲気をブチ壊せるのか。久三男以上に空気が読めない連中なんて初めてだ。
文字どおり出鼻を挫かれ居た堪れない空気が場を滲ませる。その空気を剣で両断するかの如く、弥平が鷹揚に手を叩いた。
「私が調べてきた情報、発表いたします。みなさん、よろしいですか」
「お、おう。即急で頼む」
またコイツらがボケ始めたら堪らない。もうめんどくせえからなし崩し的に会議を始めちまおう。
心の中でナイスだ弥平と両手を握りしめる。
「はじめに、今年三月から開始した情報収集は全て終了しました。理由は申したとおり、敵拠点の発見と組織構造の解明に無事成功したからです」
「ようやくか……マジごくろうさん弥平……」
「いえいえとんでもない」
三月十六日から今日まで、約三ヶ月間ずっと情報を集めて色々解明してくれた弥平。胸からとめどなく湧き上がる感謝に、いまここで涙したい。今回、ほとんどの功績は弥平にあると言っても過言じゃない。
俺が事あるごとに暴力沙汰を起こしている最中、ずっとクソ親父に近づくための必要最低限をあれやこれやとやってくれてたのだ。感謝しきれないほど感謝したい。今すぐ何かしらの褒美的なものを与えたいくらいだ。
「なんというか……お前がいなきゃクソ親父のアジトはおろか、そもそも首魁が親父であることすら分からなかった。ホントありがとう……」
今すぐにでも祝杯をあげたい気分を抑え、弥平の目を強く見つめた。ホントはこの程度の言葉じゃ足りない。もっともっと、この身体全て使って喜びを表現したいくらいには嬉しい。
話を進めなきゃならねぇのに、進めたくない。この喜びを分かち合いたいという衝動が凄まじいぜ。
「澄男様、喜んでいただけていること、この弥平としては大変嬉しいのですが……話の続きをしてもよろしいでしょうか」
やべ。顔に出てた。
湧き上がる興奮を抑えるため、日頃からまるで仕事をしない理性を叩き起こし、とりあえず真剣な表情を取り繕う。
「まず、みなさんが知りたいであろう佳霖の拠点の位置です。こちらをご覧ください」
静かな所作でテーブルの下からペン型の霊子ボードを取り出すと、それをテーブルの中央に置いた。
霊子ボードが起動する。ペンの中腹から夥しく湧き出る光の粒子たちによって構成されていくホログラフィックには、ヒューマノリア大陸の何もかもを書き記した巨大な世界地図が描かれていた。
地図上にはごちゃごちゃと色々な文字やら配色がなされていて目がチカチカする上にぱっと見何がなんだかよく分からんが、俺が興味あるのは、地図に描かれてるそのよく分からん文字の羅列や配色じゃない。
ただ一つ、何も描かれてない緑一色の所にデカデカと貼られてる押しピンマークだけだ。
「これが……奴のアジト」
「はい。私、もとい分家派の予想どおり、巫市農村過疎地域に拠点を構えていたようです」
よく分からん文字も何も書かれてない緑一色の場所。そこは隣国の巫市が持ってる領地のうち、ほとんど人がいないドがつく田舎のド真ん中だった。
思わずしわを寄せる。こんなクソ緑しかない場所のド真ん中に構えていやがったとは、どこまでも舐めた野郎だ。完全にこっちを煽ってるようにしか思えない。
「どうやら、``部分無効``と``隠匿``を組み合わせた独自の遮蔽防壁を用い、今まで存在を隠していたようです。巧妙な防壁で突破に苦労させられました」
「そこらへんの理論的なところはよくワカンねぇけど、クソ親父がこっち舐めてかかってるってのは確定だな」
苦笑いを浮かべる弥平。話は続く。
「拠点の構造は、このようになっております」
ホログラフィックモニタを構成する光の粒子が独りでに配置を変え、何かしらの模式図を描き出す。
彼らが描いたのは、中央に大きな円。その円からウニみたく線が八本伸びてて、線の先がまた小さい円になってるといった、まるで出来損ないのガンガゼみたいな絵だった。そのガンガゼモドキを中に取り囲むようにして、また大きな円が描かれている。
「これは、真上から敵拠点を俯瞰した場合の簡略図です。中央の円がおそらく本部。その本部を取り囲むようにして隣接している小さい円は、侵略防衛用の施設だと分家は考えています」
「この出来損ないのガンガゼの針の先っちょみたいなのが?」
「はい。おそらくこの円には各々司令官一人ずつと、その司令官に従う軍隊がおり、敵が外部から侵略してくると、方角的に最も近い司令官が敵軍を迎撃する役目を帯びていると考えられます」
顎に手を当てながら首を縦にふる。
中央の円から伸びてる円の数は八つ。つまり、最低でも八人の司令官と八つの迎撃部隊がいるってワケか。一体そんなのどこから集めてきたのやら。あのクズに人望なんぞあると思えねぇんだが。
とはいえ弥平のことだ。ただそれだけじゃあねぇはず。
「その軍隊はどんな奴らなんだ? 普通の武器持った奴ら、ってワケじゃねぇだろ?」
そう、知りたいのはまさしくこの質問の答えだ。
正直迎撃部隊がいるかいないかだとか、そんなことはどうでもいい。そんなのはどうせいるだろうなと思ってたからだ。いないようなら決戦準備なんぞする必要もない。
「当然、魔術師、魔法使いが主軸の部隊かと。相手は我ら流川ですからね。出し惜しみなんてするとは思えませんし」
「だろうなやっぱり。でもそれだと打たれ弱そうだな……俺らならともかく魔術師とか魔法使いって装甲割と紙だからな」
魔術師や魔法使いの奴らを連想し、生前ババアが言っていたことを思い出す。
``魔術``しか使えない奴らを魔術師、``魔術``だけじゃなく、その上位互換にあたる``魔法``も使える奴らを``魔法使い``とか``魔導師``と呼ぶのは、基本的に何事にも無知な俺でさえ独学で学んだが、ババアは魔術師だの魔法使いだのと言われる連中は、一撃こそ強いが打たれ弱い奴らだと胸を張ってガハハハと笑いながら言っていた。
それは魔法や魔術を習得するのに身体を馬鹿みたく動かす必要がないかららしいが、ソイツらが戦場で速攻沈むのを防ぐため、基本的に魔法や魔術以外に能なしの奴らは後衛戦力になるのが暴閥、ひいては俺たちの住むこの国、武市の常識だ。
「前衛戦力も部隊にいるでしょう。剣士や槌使いなど」
さっきまでずっと黙っていた御玲が唐突に口を挟む。弥平はうーん、と唸り、首を捻らせた。
「それはどうでしょう。彼らにとって敵軍とは流川家全軍。白兵戦なんて成立しないかと。例えば、こちらが前衛戦力としてステルス爆撃機のような戦略兵器を使用した場合、一網打尽にできるわけですし」
おぞましい反論を、作り笑いの表情のまま、淡々と言い放った。
白兵戦は文字どおり剣とか槌とか銃とか、手に持てる武器でお互い殺し合う戦いのことだ。暴閥同士の戦いってのは基本的に白兵戦なんだが、それはあくまで相手が俺ら、つまり俺、御玲、弥平の三人だけ、みたいなごく少数の敵を相手にする場合に限った話だ。
弥平の言うとおり、奴らにとって今回の相手は俺らではなく流川家全軍。白兵戦以外にも、敵を殲滅するための様々な手段を講じてくる相手なワケで、当然ステルス爆撃機みたいなのも使ってくる。白兵戦で事足りるような部隊じゃあ、話にならんワケだ。
「ってなると、向こうもそれなりの兵器を使ってくるのかね。霊力で動く戦車とか」
「佳霖は元流川の上級幹部。破門される前まで所持していた戦略魔導兵器を使用するでしょうね。それも流川産の」
「だろうな。あのクズなら平気で使うだろうさ」
醜く歪んだ奴の顔を思い浮かべ、歯噛みする。
流川佳霖は人のもんだろうとなんだろうと利用できるもんは全てを踏みにじってでも都合よく利用する。そんで、使えないのはゴミのように捨てる。そんな人間だ。
今更こっちの魔導兵器がパクられていることに怒りは感じない。ただただ早くブチのめしてぇっていう気分が増すだけだ。
「ただ、向こうが流川産の魔導兵器で戦力強化を図っていたとしても、こちらの兵器戦力の方が大いに分があります。遅れをとることはないかと」
「ああ、いつぞやの霊学迷彩のときみたく旧型だからか」
裏鏡をハメようとして、祝宴会を開いた頃を思い出す。
そういえば、あの頃に流川に内通者がいるとかなんとかが判明して、クソ親父が疑わしくなってきたんだっけ。その証拠になったのが、分家からババアに譲渡されていった旧型の霊学迷彩だった。
聞かされた当時は水守家に譲渡されて、大戦時代は水守家守備隊隊長だった璃厳から、副隊長やってた親父に渡ったんじゃねぇかってハナシになって、水守家も怪しいとかそんな話になった。
結局、佳霖が黒幕だったことが裏鏡からの予言めいた情報で更に疑わしくなり、この目で確かめるためにやったヴァルヴァリオン遠征で親父が本性を表したことで、奴が黒幕ってことがようやく確定したワケだ。
ちなみに御玲への疑いは、今まで俺をハメる機会は沢山あったのに何もしなかったこと。俺の目から見て、ヴァルヴァリオン遠征時に対峙した佳霖たちと繋がっている感じではなかったこと。
そんで、もし裏切り者だったなら久三男が謀反モドキをやらかしたときに俺を助けるはずがない、ということで弥平の判断の下、晴れて御玲の謀反疑いは取り消されたワケである。
ヴァルヴァリオン遠征を計画したとき、体を張って俺が囮になって御玲が敵かどうかをハッキリさせると、御玲に内緒で直談判した甲斐があったモンだ。弥平は難色を示していたものの、そのおかげで俺は数少ない貢献ができた。これがなきゃただの無能だったかもしれない。
とかく、なんにせよ全ては旧型の霊学迷彩が、親父にパクられたことから始まったと言っても過言じゃない。おそらく霊学迷彩以外も、色々破門されるまでの間にパクっていたはずだ。弥平はその事を言っているんだろう。
自分の予想に首を縦に降る俺をよそに、弥平は左右に首をふった。
「佳霖の謀反疑いが色濃くなったのがいつ頃か、覚えてらっしゃいますか」
「えっと……裏鏡の野郎と喧嘩したときだから……五月五日か」
「そうです。そしてそれまで佳霖という人物は、私たちの捜査線上には挙がっていなかった……つまり?」
「……五月四日までは、あんな奴でも流川に名を連ねてたってことか」
脱力気味に、肩を竦めながら言った。
確かに、あの野郎は五月五日まで名前すら出ていなかった。言ってしまえば眼中になかったワケだが、その日までは流川佳霖として一応存在はしていた。つまり、その日まではウチの最新設備を使えていたワケで、いくらかそれらがパクられていると考えるのが自然なのだ。
「だったらなんで霊学迷彩は旧型使ったんだ? 新型パクって使えば良かったのに」
「佳霖たちは私たちと戦争がしたいのですよ? それも澄男様自らが仕掛けてくる戦争を」
「なんで……あ」
親父が言っていたセリフを、ふと思い出した。
アイツは言っていやがった。天災竜王の力を手に入れて、完全完璧の社会を創造すると。そのためには、俺が時折使う焉世魔法ゼヴルードが必須だとも。
向こうから流川に攻め入るのは、あまりにデメリットが大きすぎるのは明らかだ。久三男と喧嘩したときみたく、どこからともなく無限に魔生物が湧いてくる俺の領地から、頭の俺を連れ出すなんて現実的じゃない。
でも逆に、俺が戦地に赴いて親父のアジトに行けば、俺ン中にいるゲテモノの力が欲しい親父にとって、無駄な負担が少なく都合が良い。要は流川本家派当主の俺とタイマンで戦って勝てば、アイツの勝ちになるんだから。
「弥平さま。それはつまり、敵の目論見に乗るということですか。合理的とは思えません。佳霖をこちらの領地に攻めさせることはできないんですか?」
「向こうは私たちから攻めてくる戦争を望んでいる以上、アジトに籠城してずっとこちらが前に出るのを根気よく待つはずでしょうね」
「大規模戦略兵器で拠点もろとも破壊してしまえばよろしいではありませんか。流川家の軍事力であれば容易いでしょう」
「確かに我々の軍事力をもってすれば、この程度の拠点、一瞬で灰燼に帰するのは容易です。しかしお忘れですか。彼らの拠点がある地点は、隣国の巫市領であることを」
御玲は歯噛みして押し黙った。
親父のアジトは、幸か不幸か、お隣さんの領土にある。いくらド田舎の辺境とはいえ、拠点そのものを粉砕するくらいの大規模破壊なんざしたら、お隣さんにとっちゃあブチギレ案件もいいトコだ。
自分たちが攻撃を受けていると捉えられて、最悪戦争しなきゃならんことになっても文句は言えない。
「僕もそれは勧めないかな……この拠点、霊壁で守られてるから普通の空対地攻撃はあんまり効果がないだろうし……やるならマナーム空爆か、僕が作った新型の国家間霊炉弾道弾で地対地攻撃の二通りだけど……」
「拠点もろとも、巫市農村過疎地域が壊滅的打撃を受けてしまいます。隣国への心象を考えると、とてもよろしくないでしょうね」
今まで沈黙を守っていた久三男が割り込み、弥平が補足する。
概ね、二人も俺と同意見のようだった。弥平に指摘されたときは歯噛みしていた御玲も、あまりに多勢に無勢な状況に覆すのは無理だと悟ったのだろう。表情はいつもの冷たい真顔に戻っていった。
「だとしたらこっちも兵器的なもんはあんまり使えねぇんじゃねぇのか? 正直俺、自分がどんな兵器持ってんのか知らねぇんだけどさ」
ふとした疑問を投げかける。
俺は基本的に白兵戦しかババアから教えてもらっていないワケで、当主だけど流川がどんな兵器を持っているのかはよく知らない。
武器なら分かるんだけど、ミサイルとか戦闘機とか、そういうミリタリ臭いのは専門外だ。第一、あんまり興味がないってのが本音だが。
「確かに魔導兵器は表立って使えないね。航空機類もあんまりたくさん使うと悪目立ちするし、国家間弾道弾なんて論外だし。使えるとしても戦略爆撃機で支援物資輸送くらいかな……」
ウチの兵器類管理担当、流川久三男もとい愚弟は、若干頬を緩めながら答えた。興味範囲だけに語れるの嬉しいのだろうが、兄貴たる俺はいつもの悪癖を発動する。
「いや、コークーキ使った時点でお隣さんからしたら迷惑だろ。言っちまえば武装したワケワカンねぇ飛行機が庭の真上を飛ぶようなモンなんだぜ?」
「流石に大量に運用したら怪しまれるけど、ステルス爆撃機を数機くらいなら大丈夫だよ。農村過疎地域だし」
「そうなんか?」
「巫市は人口密度が低く社会的有用性の低い地域ほど、対空能力が手薄なんだ。だから僕が持ってるステルス爆撃機だったら、巫市の対空レーダーに引っかからずに支援物資輸送くらいはできるよ。実際ヴァズの輸送は戦略爆撃機でやったしね」
「あのアンドロイド、爆撃機で輸送してたんかよ……割とザルなんだな、過疎地域……」
「まあ、人がほとんどいないド田舎だからね。対空防御きっちりしておく必要なんてないのさ」
ああなるほど、と話を身勝手に締めくくる。
たとえ自分の領土といえど、人が全然いなくて全面クソ緑な所を守るより、人が腐るほどいて色んなのが集中してる所を守った方が、利益が高いのは考えるまでもない。
俺がお隣の領主だったら絶対そうしている。守る価値が薄い場所に迎撃する体制を作ったところで金と資源の無駄遣いだし、なにより管理がめんどくさい。だったら重要なところだけに集中してガチ編成組んだ方が管理も楽だし資源も無駄にならない。
多少は無法地帯になるだろうけど、人がほとんどいないんなら実害もないし、重要な場所へ飛び火しそうならこっちからブチのめせばいいだけのハナシだ。
ということは、つまり。
「過疎地域なら、ド派手なドンパチさえしなきゃ、お隣さんは感知してこねぇってことか」
「はい。魔導戦略爆撃機を大量運用したり、地上目標を超長距離から破壊するような、大規模地対地攻撃さえしなければ。ただ、戦争の長期化は避けたいですけれどね」
「まあ、一週間もずっとドンパチしてたら流石になぁ……正直俺は一日で攻め落とすつもりなんだけど……できる、よな?」
おそるおそる、弥平に尋ねる。その場の思いつきで言っちまったが現実的に可能なんだろうか。不可能だったら超恥ずかしい。
「できるもなにも、私は半日で陥落させる予定にしていますよ」
ファ、と思わず甲高い声をあげてしまった。戦争を半日で済ますとか、学校の運動会じゃあるまいし。
「何も佳霖の軍全てを相手取る必要はありません。重要なのは、我らが当主である澄男様を、如何に迅速かつ無駄なく佳霖の元へ送り届けるか、ではありませんか?」
「ああ……そうか。頭取っちまえば勝ちなワケだしな。でもそう簡単にいくかな」
「問題ありません。佳霖が相手をするのは澄男様でこそあれど、軍全体では、我々流川家全軍なのですから」
お、おう、と引き気味に答える。
言ってしまえば今回の戦争はこっちと向こうの総力戦。とはいえ、向こうの総力はウチからいくらかパクった魔導兵器と、敵になりえない雑魚の魔法使いと魔術師の集団のみ。
対して俺らの総力は俺、弥平、御玲に加え、ふざけた外見とは裏腹にクソ強い力を秘めているぬいぐるみどもと、流川本家邸新館もとい陸上基地の管理者たる久三男の魔生物軍、そんでもって分家が控えているといった具合だ。
弥平があまり問題視していないのも納得できる。単純に総力比べなら、負ける気はしない。
「ただし問題はやはり、敵性勢力の頭である佳霖そのものです。たとえ総力で勝てても、黒幕の彼に勝てなければ意味がない」
尚も弥平の真剣な面差しは崩れない。
親父は俺と、俺の中に宿るゼヴルエーレが目当てだ。それらを手に入れるためにわざわざ流川と戦争を起こそうとしている。どれだけ総力戦で優勢でも、黒幕のアイツに俺が勝てなければ、戦争的な意味でも、奴が目的を達してワケわかんねえ野望を遂げてしまうって意味でも、俺たち流川の敗北を意味する。
とどのつまり、親父の息の根を確実に止める必要があるワケだ。
「ただ、佳霖の強さが我々の間では判然としていません。三十年前の大戦時代では、先代当主たちと同じくらいの功績を収めていると考えると、実力は未知数……」
「あの。私、佳霖の戦っているところ、この目で見たのですが……」
御玲が恐る恐る、口を開いた。弥平の目は閉ざされたままであったが、その顔は驚きに満ちている。当然、俺もだ。
「ヴァルヴァリオン遠征時、澄男さまが再びゼヴルエーレの力を解放したのですが」
「本当ですか澄男様」
「あ、ああ……らしいな。俺は案の定、感情に呑まれちまったから解放したときの記憶はないが」
「そのときも凄まじい力の波動を、澄男さまは放っておりました。祝宴会場で破壊の限りを尽くしたときの如く」
「またあのときのような力を。それで?」
「しかし佳霖は、それだけの霊力の波動を受けながら、暴走した澄男さまを真正面から組み伏せたのです。むしろ、澄男さまから放たれる霊力の塊を押し返して……」
暴走した俺を力づくで組み伏せる。それは、下手すりゃ文明を壊滅させるぐらいの大災害を、一人で封殺できるほどの実力者ってことを意味している。
流川佳霖。昔から得体の知れない、正体もロクに語らない、家族のことを何一つ鑑みないような奴だったが、まさかそれだけの力を持ってやがったのか。
「……だとすると澄男様と同等……もしくは格上と見るべきでしょう。力を解放した澄男様を組み伏せるなんて、信じられませんけれど……」
「クソが……! まあいい。なんだろうが関係ねぇ。こっちは全力でブッ殺すだけのことよ」
「それは無謀です。やはり弱体化の手段を前もって用いるべきです」
「ンな姑息な手が通じるかよ。真正面から抜くしかねぇっての」
「いや、そうでもないかもしれませんよ。澄男様」
国一つ消し飛ばせるような災害を封殺できる奴にデバフなんざ効くと思えねぇんだが。合理的合理的とうるせぇ御玲ならともかく、弥平もそこらへん分かってねぇってのか。
「確かに、今までの戦いにおける``味方の数``であれば、弱体化の手段を考える余裕などなかったでしょう」
「だろ。だから」
「しかし、です。今回の決戦では、頭数が違うではありませんか」
辺りを見渡せ、と言わんばかりに手を振りかざす。指示どおり、テーブルを囲う者どもを見渡した。
俺、御玲、弥平、久三男、そしてぬいぐるみどもに、パオング、あくのだいまおう。
今までの戦いは俺と御玲、もしくは弥平の二人、俺、御玲、弥平の三人、そんで俺一人のどれかだった。でも今回は違う。
俺、御玲、弥平の三人に加え、久三男も、ぬいぐるみどももいる。今までのパワー押しとは違う、もっと幅広い戦いができるワケだ。特に見た目とは裏腹に、超人的な力を持っているぬいぐるみどもが味方なのが、なによりも頼もしい。
「デバフとかそういうんなら、パオングさんが専門っすよ。ね、パオングさん」
「パァオング。前衛支援は確かに得意であるぞ。だが」
「だが、なんだ?」
「敵軍の防衛拠点は、中央拠点を中心に八つ。それら全てを総力で相手取り、その間、大将の澄男殿は、中央拠点に直行されるのであろう?」
「おうよ」
「その場合、我らはおそらく八つの防衛拠点を複数個、相手せねばならぬ。総力戦を終えるまで、貴殿を支援できぬぞ?」
パオングが霊子ボードのモニタを赤色の点みたいなもので指しながら、あぁ、と思い立ったように呟いた。
言われてみればそうだ。コイツらの戦力は正直言って人智を超えている。それは一ヶ月前のカオティック・ヴァズ戦が証拠だ。つまり、コイツらを味方として配置するとき、確実に親父のアジトの防衛拠点をブッ潰す要員として投入するのが道理ってワケである。
大将の俺は防衛拠点の連中が、久三男の軍、ぬいぐるみどもの迎撃に気を取られている隙に親父のもとへ直行するワケだが、それで親父との戦闘が始まれば、俺はみんなが拠点にくるまで持ちこたえる必要があるのだ。
相手はゼヴルエーレの力を解放した俺を封じこめるほどの実力者。いままで、その力で圧倒できなかった奴なんていなかった。紛れもなく、マトモに殺り合う中では最強の敵。
「……構わねぇさ」
唇を釣り上げながら口を開く。悪どく、そして雄々しく。
「だったら一騎打ちでぶつかって、俺がアイツの首をとる」
この場にいる、大半の奴らが目を丸くした。金冠を頭に乗せた象と、妖しげな雰囲気を漂わせる紳士を除いて。
「す、澄男様……」
「分かってる。でもそれが一番だと思わねぇか。第一、親父に復讐したいのは俺だけだ。俺が一騎打ちで殺り合うのがスジってもんだろうよ」
「確かに、まあ……」
「それにだ。戦力を中央に集中させちまったら、防衛部隊もつられて中央に集ってくっから尚更親父とやりづらくなるぜ? 大将守るための防衛なワケだからな」
弥平は言い返しようがなかったのか、押し黙った。
俺を支援するためにこっちの主力を中央に集中させれば、向こうだって中央に戦力を集中させてくる。そうなると、親父だけじゃない。ソイツらだって相手にしなきゃならない。
相手は俺がガチで殺しあう奴らの中では最強だ。雑魚を相手にしながら倒せると考えるなんざそれこそ甘い。
親父は俺を手の内に治めたがっている。総力戦だからって俺の周りを主力で固めちまったら、それこそ奴の思うツボだ。そんな見え透いたトラップにハマるワケにはいかねえ。
「……分かりました。私は澄男様を信じます。他の方も、異論はありませんね?」
「オレはないっす!」
「ボクも!」
「オメェのケツはオメェで拭く。やっぱ野郎ならそうじゃなきゃ催さねぇ」
「パァオング! 異存ない。精々精進するがいい!!」
「はい。ありません」
「僕もないかな」
カエル、シャル、ナージ、パオング、あくのだいまおう、久三男の順に承諾の意志を表明していく。そんな中、一人黙ったままの御玲に、弥平は顔を覗きこむ。
「御玲。貴女は?」
俯き気の御玲は、弥平に問われ、答えなきゃならんと思ったのか、か細くも低い声音で、弥平の問いかけに答えた。
「…………ありません」
眉をひそめる。またコイツの悪癖が発動しやがったか。
ホントは言いたいことがあるけど拗れるから言わないってやつ。言わない方が後々もっと拗れるってのに、そうなるギリギリまでは絶対言わない。いや、実際拗れても言うつもりなんざないのかもしれない。何故だかは全く分かんないが。
弥平も御玲の心境というか悪癖には気づいているのか、心配そうな表情で奴を一瞬だけ一瞥し、みんなへ向き直る。
「さて、次に佳霖が有する中央拠点防衛軍への対処ですね。魔導航空機類による大規模な空対地攻撃、本家領からの大規模な地対地攻撃が不可能な以上、投入できるのは久三男様が有する魔生物軍のみですか」
そうなるね、と久三男は答えた。
魔生物軍ってのは、一ヶ月前、本家領で兄弟喧嘩したときに久三男が俺と御玲に派遣した魔生物たちのことだ。
久三男は億を優に超えるクソ大量の魔生物を手中に治めていて、それらを自在に戦場へ派遣できる権限と統制力を持っている。
実際、俺と久三男がタイマンはった一ヶ月前の魔生物どもも、そのごくごく一部に数えられる。
「そういえば、各防衛拠点にどれだけの軍がいるの? それに合わせて必要十分な魔生物を投入したいんだけど」
「いま説明しますね」
霊子ボードから放たれるホログラフィックモニタが、弥平の意志に従い、その姿を変える。八つの防衛拠点に数字と文字が描画されると、それぞれの文字と数字が独りでに光り出した。
「敵拠点の組織規模を調査したところ、各防衛拠点には、非戦闘兵科を除いて約五千、中央拠点防衛に約六万の兵が常駐しているというのが、我々分家と、白鳥の結論です」
「ってことは、総軍およそ十万かぁ……一人当たりの全能度は低そうだけど、流川産の魔導兵器もあるんだったよね」
「そうですね。しかしそれほど沢山の兵力は必要ないかと。基本的に、魔導兵器よりも直属魔生物の方が強靭ですからね」
「じゃあ僕からは指揮官系の魔生物を一体組んだ中隊を九つ、戦地に送るよ」
「了解しました。転移強襲に必要な座標などは、後々通達いたします」
おっけー、と久三男は気楽な返事を返す。
素人の俺には何のことだかさっぱり分からんが、とりあえず大将の俺が理解してないのはマズイ。ホントは興味ないからスルーしたい話題ではあるが―――。
「す、すんません。さっきの会話、よくわかんないです……」
俺は小さく、恥ずかし気味に、手を挙げた。
「ああ、申し訳ありません。わかりやすく説明し直しますね」
弥平がテキパキと霊子ボードを操作する。
なんというか、バカですんません、と平謝りしたくなってきた。弥平の仕事を見事に増やしてしまっている自分を殴りたい。
「各防衛拠点には約五千あまりの兵、中央には約六万の兵が常駐している、というところまではよろしいですか」
「んぁーそこは分かってる。ごせんたすごせんたすごせんたすごせんたすごせんたすごせんたすごせんたすごせんたすろくまんでいっぱいいるぜ、ってハナシだろ?」
「まあ……そうです。そこで、こちらはそれらに対抗する戦力として、指揮系統を有した魔生物中隊を八つ、中央拠点に一つ投入する。と結論づけました」
「そのチュータイ? ってのがよく分からん。なんだいそりゃ」
「中隊というのは、部隊の単位のことです。主に陸軍で使われる概念ですが、中隊はおよそ六十から二百五十で構成される部隊を指します」
「待って。六十から二百五十?」
思わず甲高い声をあげてしまう。テーブルの下から電卓を取り出した。
親父の持っている軍は総勢で十万。対してこっちは計算すると最大で二千。どう考えても頭数が足りない。
総勢十万に対して最大二千の兵って、流石に舐めプすぎじゃなかろうか。いくらこっちの総力の方が強いとはいえ、二千の兵を八で割るし、油断は禁物ってもんだろう。
「十分ですよ。相手は確かに頭数こそ莫大ではありますが、所詮数です」
眉間にしわを寄せる俺だったが、弥平の表情は変わらない。いつもどおり、分かりやすい説明を紡いでいく。
「質では全能度的に百程度、最大でも二百いかないか程度の連中ですから、我々にとって脅威になりえません」
「ちなみにこっちの魔生物一体あたりの全能度は?」
「最大個体数を誇る最下位の直属魔生物ストリンナイトで、一体あたり八百以上です」
「あぁ……それが単純に各部隊に数十体、数百体か……」
胸の中に巣食うモヤモヤが晴れていくのを感じる。
例えるなら、大規模な戦争を一人で収められる英雄十万人に、人間社会を一瞬で壊滅させられる大災害を二千個、一気にブチこむようなもの。戦争というより、もはや蹂躙ってカンジだ。
とはいえ、カッコつけている余裕なんざ当然ない。戦いってのは勝ってこそ意味のある行いであって、カッコつけて負けるなんざクソ間抜けもいいところだ。
使えるものは全て使う。それは戦争以前に、親父に復讐をする、そう決めた日からの誓いでもある。
「他にもストリンラギア、指揮系統円滑化のため、それらの上位種に相当するストリンマスター、ラギアマスターなども投入するので、一中隊あたりの戦力幅は全能度八百から千程度となりましょうか」
弥平は淡々とどえらい数字を口にする。こっちは勝利以外に道なしの状況とはいえ、流石に可哀想に思えてきた。だからといって却下する気は微塵もないが。
「あとは指揮系統の確立化ですね。いくら指揮官タイプの魔生物を組ませているとはいえ、情報共有が上手くいかなければ意味ないですし」
俺はホログラフィックモニタに映し出された、親父の拠点を見つめ直す。
中央拠点を守る防衛拠点は八つ。それらに各々五千の兵、中央防衛に六万の兵がいて、総勢は十万。
今回は今までの戦いと違い、とにかく戦場の範囲と、敵の規模がすこぶるデカい。状況把握を怠れば、すぐに何がどうなってんのか分からなくなってしまう。
こっちは直属魔生物軍二千を背に打って出るワケだが、何がなんだか分からなくなっちまえば、たちまち軍の統制は乱れ、ただの烏合の衆に成り果てるのは火を見るより明らかだ。
直属魔生物といえど、意志、思考を持たないモンスターと変わりない。いくら一体あたりが化け物地味て強くても、ただの烏合の衆と化せば、文字どおり邪魔なモンスター以外の何者でもないのである。
こっちの総力があんまりにも強いから、危うく見逃しちまうところだったぜ。
「此度の戦いでは、前衛と後衛の連携が不可欠になります。澄男様も、それはご理解いただけていますよね?」
弥平に指揮云々言われるまで意識してませんでした、とは言えない。同じミスを繰り返さないためにも、理解したという旨はきちんと伝えておかねば。
可能な限り、超真面目な顔を形作り、首を強く縦に降る。
「まず前衛侵撃部隊として澄男様、私、御玲をベースとし、カエル、シャル、ナージを追加要員として組みます」
「よしきた! オレの胃液が全てを溶かすぜ!」
「ボクのち◯この出番ってわけだね!」
「いや、俺のウンコが全てを塗り潰す」
ワケわからんことを口走る三匹をよそに、俺は前衛戦力の妥当性を考える。
大将の俺は親父と一騎打ちをしなきゃならんので、後ろでコソコソ守られながら戦わず、あえて前に出て中央突破を目指す。いつもなら流れ的に御玲と弥平の二人が俺の進撃を援助する形になっていたが、今回はこっちも頭数が違う。一ヶ月前のタイマンで大活躍したぬいぐるみどもがいるのだ。
見かけによらず俺と御玲を苦戦させたカオティック・ヴァズを一切寄せつけなかったパワーと、昔馴染みの戦友を思わせるくらいお互いを知り尽くしたからこそできる連携。
見た目は全力でふざけたナリをしているのに、その強さは俺が見てきた強い奴の中でもダントツトップと言っても言いすぎじゃない。敵だったらクソ厄介だったろうが、味方についてくれているのは、どんな理由だろうと人柄だろうとありがたいことこの上ない。
「いや弥平。まだもう一人前衛戦力つけれるよ」
唐突に口を開いた久三男。この場にいる誰もが、首をかしげた。
「いや、いねぇだろ。誰がいんだよ」
「今はいない。けど決戦当日までには投入できるよ」
「そうじゃなくて、誰だ、ってハナシな」
久三男の思わせぶりな口調と表情を、淡々と弾く。愚弟は乗ってよ~という顔をするが、平然と無視した。
なんか決戦当日までのお楽しみ、みたいなノリをされてもこっちは真面目に戦争するつもりなワケで、得体の知れん奴を前衛に組ませるワケにはいかない。当日に限ってドジ踏まれたりするとなりゃ、迷惑この上ないのだ。
自分が期待したノリに誰一人乗っていないことに若干落ち込む久三男だったが、場の空気をようやく読んだのか、詳細を話し始めた。
「カオティック・ヴァズだよ。兄さんが粉々にしちゃったから、今修理中なんだ」
マジか。あのメカ修理してんのかよ。あんぐりと口を開け呆けた。
一ヶ月前、俺と御玲をもれなくブッ殺そうとした戦闘用アンドロイド、カオティック・ヴァズ。抹殺される側だった俺からすれば、一ヶ月前とはいえ苦い思い出の思い出させてくれる名前だ。
俺と久三男は過去の全てを水に流すまではいかなかったものの、一応仲直りしたので殺し合う仲ではなくなったが、それでも奴が遣ったあのアンドロイドは俺の首を狙ってきた相手だ。背後を取られそうな不安がふつふつとこみあげてくる。
「お前……アレ修理できんのか? だってあん時、盛大に自爆してたし世辞でも直せるような状態じゃない気がすんだが」
「確かにあの機体は修復不能だけど、設計図があるからね。材料は有り余ってるし、あとは設計図どおりに作り直せばいいだけだし」
「……念のために聞くけど、俺見かけたら前みたくブッ殺しにくるとかないよな?」
「ないない。あのときは兄さんに対して常に攻撃的になるよう、AIを最適化してたけど、いま復元中の機体は、完全自律行動するように設定し直すから」
「よー分からんが、とかく俺をブッ殺しにきたり夜な夜な寝首を取りに来たりはしないんだな?」
しないしない、と久三男は左右に手を振った。
ならいいんだが、やっぱり相手がロボットだと、若干の不安は拭い去れない。完全自律行動ってところで尚更不安が駆り立てられてしまう。
とはいえ、あのアンドロイドが味方についてくれるとなりゃ、これ以上に心強いことはないのも確かだ。奴の戦闘力は尋常じゃない。アホみたいに堅い装甲とバカみたいに重い攻撃力。殴る蹴るからビーム、ミニガン一斉射まで手数が多く、なおかつ高速で動けて空も飛べるときた。
ロボットなのにプレッシャーもハンパないとかいう、心身ともに厄介すぎてヤベェ奴って感じだったけど、もしも味方になってくれるのなら、前衛に組ませることに異論はないのだ。むしろ十分すぎるほどの戦力と言える。ただ、俺の寝首をとったりしなければの話なのだが。
「カオティック・ヴァズは前衛と後衛の連携は可能なのですか。例えば、軍指揮機能とか」
物思いに耽る俺をよそに、弥平は淡々と質問を投げかける。
「理論上はできるよ。むしろ前衛で魔生物軍を指揮したり、機械の身体を活かして前線に赴き、戦場の情報を味方全員にリークするのが、本来の役割かな」
そんなスパイみたいなのが本業だったのかアイツ。その割にはパワーありすぎる気がせんでもないが、もしその役割どおりなら、今求めている人材としては最適だ。
「澄男様に敵対行動をとらないかの心配を除いて、申し分ない前衛戦力ではありますね」
「だからとらないって……」
「そこまで深く心配はしていませんよ。久三男様の腕は確かなのは疑いない事実ですし、問題ないだろうと愚考しております」
そうなの、と若干不満気に返事をする久三男。弥平が俺の方へ振り向く。
「澄男様や御玲は、何か意見はありますか」
「ありません」
「まあ不安だけど俺の弟が造ったメカだ。信じるさ」
久三男の顔がみるみるうちに笑顔で彩られていく。本人は無意識なんだろうが、初めて他人から期待されたんだ。表情が綻ぶのは無理もないだろう。
首を回して骨を鳴らし、溜息をつきながら凝った肩を回して解す。
「そんで、肝心の後衛についてだが……」
愚弟の満面の笑顔を見納めたのも束の間。一息おいてさっさと話題を切り替えた。
何故愚弟の笑顔をシャットアウトしてまでこんな話を投げつけたかというと、今まで後衛の存在を考えたことがなかったからだ。
強いて久三男とタイマンするまで考える必要がないと考えていた、と言えなくもないが、実際のところ、全くと言っていいほど頭になかったのは確かだ。
今までは俺一人が前に出て力一杯ぶん殴る、消しとばすなりしていたら、大概なんとかなっていたからだが、今回は総力戦。俺一人が前に出るんじゃなく、後ろから援護する奴のことも考えて戦略を練る必要がある。
最終的に親父をブッ倒さなきゃならねぇんだ。流石にいつもみたくシャシャリ出てくる奴ら全員を相手している余裕はない。
「私が推薦する者としては、久三男様、パオングさん、あくのだいまおうさんの三人になりますが、いかがでしょう」
弥平の提案を飲み込み、顎に手を当てながら思案に耽る。
俺も現状で後衛に値する人員は、この三人以外に思い浮かばない。
久三男は前衛で戦うための力がないから自ずと後衛にならざる得ないし、あくのだいまおうは出会った当初から思っていたが、かなり知略に長けている。人智を超えてんじゃねぇかってくらい先読みスキルも長けているし、正直底が知れない奴なのは確かだ。
前衛で戦っている姿は見たことはないが、一ヶ月前のデモンストレーションや、情報提供してもらったときの話し合いを思えば、後衛で久三男と一緒に情報の精査、作戦の調整、兵力の把握とか、いわゆる司令塔の役割を果たしてくれた方が適任だろう。
そんで、一番よく分からんのが最後の一人もとい一匹だ。
「パァオング。良かろう。今の我は後衛向きの状態であるし、支援ならば問題ないぞ」
金冠を載せた象が長い鼻を高らかに持ち上げて笑う。
俺が魔法関係の知識をほとんど持ち合わせてないのが悪いが、一番実力が不透明なのがパオングだ。
デモンストレーションのときも、コイツは特に表立った行動はしていなかった。なんらかの魔法を使っていたのは分かるんだが、いかんせんどんな魔法を使っていたのかがよく分からない。弥平は後衛にしたいらしいし、パオング自身も後衛を望んでいるようだが、果たしてどうなんだろうか。
「ねぇねぇ、パオングって魔法使い……なんだよね?」
質問しようと思った最中、久三男が俺の台詞を先取りする。
そういえば久三男も奴の実力を間近では見たことがなかったっけ。気になるのも無理はないか。
パオングは長さ数センチ程度しかない短く太い腕を巻き、まるで王の如く尊大な態度を見せた。
「いかにも。我は偉大なる大魔導師にして我欲の神。貴殿らの文明基準で言い直すなら、魔法使いに区分される存在である」
「どんな魔法が使えるの」
「霊力量に準ずるが、ほぼ全種類行使可能である」
久三男が目を見開いて叫んだ。コイツだけじゃない、この場にいた弥平、御玲までも目を見開いてパオングをガン見する。
言葉の意味がよく分かっていない、俺を除いて。
「そ、それは本当なのですか!?」
「パァオング! いかにも。この我欲の神パオング、嘘偽りは一切言わぬぞ?」
「ほ、ホントに全種類使えるの……? 属性魔法とか無系も、全部……?」
「我が知らぬ間に新開発されたもの以外なら、全てであるが?」
弥平と久三男は、お互い顔を見あって黙り込んだ。魔法の知識がイマイチ乏しい俺と御玲は、驚きつつも若干の置いてけぼり感を食らう。
「な、なぁ弥平。魔法全種類行使って、そんなにやべぇのか……?」
おそるおそる尋ねる。弥平の顔はいつもどおりではあったが、どことなく焦りが感じられた。
「魔法の種類というのは、未だ全種類解明されていないはずなのです。我々分家でも全て、は使えないほどですから」
「どのくらいが普通なんだ?」
「魔法は使えない、が普通ですが、流川家における``普通``を問うているのであれば……私で精々四種が限度でしょうか。父上ならば相当数使えますが、流石に全種類は……」
「パァオング! ほう、その齢で四種も扱えるのか。良い筋をしておるぞ?」
ありがとうございます、と弥平は象のぬいぐるみに一礼する。
そういえば、俺は魔法という魔法がほとんど使えなかった。
御玲も技能球がなければ使えないし、俺といえばただ単に火の球をポンポン撃つぐらいが関の山。どんな手段にせよ、いままで普通に魔法の恩恵を利用してきただけあって、魔法の貴重性を半ば忘れかけていた。
使えるのが当たり前、なんじゃない。使えないのが普通、で、一種類でも使える奴はヤベー奴、ってのが常識なんだ。
それを全て使える自称我欲の神。そういえば、一ヶ月前のタイマンのときだって、アイツがウチの正門前まで転移させてくれたんだっけ。
転移の魔法といえば``顕現``。あの視界が一瞬真っ暗になって気がついたら目的地に着いている転移魔法だ。
あの魔法がどの程度の魔法なのかは分からんが、それを技能球無しで、かつ即興で使えるんだから、トチ狂った実力を持ってるのは考えるまでもない。
「じゃあ前衛支援、任せたぜ」
「パァオング。任されよう」
「また別の機会に、魔法をご教授願えませんか。新しく覚えたい魔法がたくさんあるのですが」
「ほう? さらなる高みを欲するか弥平殿。良かろう、その誉高き我欲、この我欲の神パオングが見事叶えてしんぜよう!」
弥平がパオングに頭を下げて礼を言い、久三男が根掘り葉掘りパオングに質問を投げかける最中、俺はとりあえずいままでの話を筋肉だらけの脳みそで自分なりに総括してみる。
まず主体として俺が前に出張り、親父と一騎打ち。そのために他のメンバーは俺の進軍を邪魔する奴らを露払いする。
敵の総軍は十万、こっちは二千。八つの防衛に八つの中隊、中央拠点に一中隊、前衛の俺、御玲、弥平、後衛のパオングで構成された主力本隊をブチこむ。
魔生物軍総指揮は久三男、あくのだいまおう。こいつらはウチに待機して最後方から俺らを支援。
本隊後衛はパオング。俺ら前衛を影から支援。
そんで重要な前衛は俺、弥平、御玲、シャル、カエル、ナージ、ミキティウス、ヴァズの八人、他、魔生物軍八中隊。
ヴァズと弥平は戦場の情報収集を並行して行い、前衛の俺らと最後方の久三男らに通達。
結局、ここまでのまとめで俺がやるべきことは、他の奴らを信じ、とかくクソ親父の土手っ腹に風穴開けにいくこと。それだけ。
「おっと、全体確認を忘れてましたね。では―――」
パオングとの魔法談義に夢中になっていた弥平が我に返る。一つ一つ、作戦の工程を口に出し、あらかじめまとめておいた脳内メモをもう一度参照する。
弥平との作戦認識に齟齬はない。他の連中も異議を唱える様子もなく、これならおそらく本ちゃんですれ違いが起こる心配もないだろう。
俺、御玲、久三男、そしてあくのだいまおう他ぬいぐるみたちは首を縦に振った。
後は準備だけだ。といっても準備は弥平と久三男がほとんどやってくれるので、俺がやることといえば道場でウォーミングアップくらいなもんだが、開戦まで一週間あるんだ。たっぷりとウォーミングアップに費やせるってもんである。
リビングからみんなが解散していったのを見届けると、俺はすぐさま道場へと向かったのだった。