エピローグ:カオティック・ヴァズ
同時期。場所は変わり、巫市農村過疎地域上空三万三千フィルト。
あまりに遠すぎて地面すら見えず、薄い膜のような雲しか存在しない世界に、突然真っ黒の爆撃機が、何の前触れもなく姿を現わす。遮る物のない青空の中、暗黒のメタリックが爛々と輝く太陽光で凛々しく光った。
流川本家直属魔導式戦略爆撃機エーテガルダ。
あらゆる存在から察知されなくなる無系魔法``隠匿``と、逆探知されるのを防ぐ無系魔法``逆探阻止``を利用し、遠く離れた敵地の重要地区や都市部を爆撃するためのステルス爆撃機である。
``顕現``による転移強襲能力も併せ持ち、あらかじめプログラムされた作戦行動範囲内であれば、任意に上記三種類の魔法が使用可能。
雲しか存在しない空中に何の前触れもなく現れたのは、まさしく``顕現``による転移強襲能力によってもたらされたものである。
巫市農村過疎地域は隣国の領土である。
巫市は人口が過密な都市部と、そうでない過疎地域に二分されており、後者は、いわゆる田舎という区分として存在している。
農村過疎地域はとある魔女の呪いにより魔生物が跋扈する死地と化しており、人は住んでいないのだが領有しているのは、巫市であることに変わりない。従って領空もまた、巫市の領空として定義づけられているのである。
さらに、巫市は都市部であるほど防空能力が高く、そうでない地域ほど低くなる性質を持つ。
これは都市部が過密人口であるためで、巫市中枢部分の防空能力はエーテガルダのステルス性能をもってして領空侵犯は容易ではないほど堅固だが、過疎地域は人がほとんど住んでいない更地であるため、防空する意味があまりないことに起因する。
すなわち、農村過疎地域内は敵機を探知する能力や、それを撃墜する対空能力が非常に手薄なのだ。
今回の目標は、巫市の中枢を精密爆撃するわけでもなければ、居住区内を無差別爆撃するわけでもない。あくまで、澄男達の近くに``アレ``を投下することのみである。
従って、流川本家領から過疎地域までは``顕現``による空間転移で省略。その後は自立航行すればいい。飛行していても、決して隣国に敵機として撃墜されるようなことはない。
【投下地点接近。輸送ユニット投下用意】
エーテガルダからアナウンスが鳴る。
エーテガルダは大型爆撃機であるため、大量の兵装のみならず、大型の輸送物も搭載することができる。その分機体が重くなるため自立航行能力は下がるが、今回の目的を鑑みれば、問題にならないことだ。
【投下地点肉薄。投下】
エーテガルダの底面から、円柱のような物体が落ちた。投下されるやいなや、円柱の上面が傾き、底面から炎が噴き出る。
円柱についたロケットエンジンらしきものは空中でパージ。上面からプロペラのようなものを出して勢いを殺しながら、草木しかない場所へとまっすぐに突っ込んでいく。
【任務完了。帰還します】
エーテガルダは機体を翻して逆方向へ向くと、一瞬でその姿をくらます。
その頃、草木しかない場所に突っ込んだ輸送ユニットは、着地の衝撃波で周囲を焼け野原にし、半身が土に埋まった状態で停止していた。
突然、青いランプが煌々と光りだす。機械音が鳴り響いたと思うと、土壌を無理矢理掻き分け、円柱状の輸送ユニットの扉は、厳かに開かれた。がん、という野太い金属音が森の中を響き渡る。
木々にとまっていた鳥たちは驚き、鳴き声を発しながらどこかへと飛び去る中で、また同じ金属音が鳴り響いた。
輸送ユニットから出てきたのは、紫色の髪を生やし、顔の半分以上をバイザーで覆い、黄緑色と白の体色が入り混じる、筋肉隆々な身体つきをした巨漢。のそりのそりと歩き、その都度重い足音を打ち鳴らすと、顔を覆う巨大なバイザーが赤く光った。
その光は血のように赤く、右から左へ流星のように走る。突如、巨漢の右腕がメカニカルに変形し、人間の手がみるみるうちに巨大なミニガンに姿を変える。
巨漢は辺りを静かに見渡しながら、まるで何かを探しているかのように雑草や木々を次々と薙ぎ倒していく。
その者の閉ざされた口が、おもむろに開かれる。
「流川澄男、抹殺」
そこから発せられた言葉は声音としても、音質としても、意味としても、極めて重く、そして冷たくも野太い、冷徹なる殺意に満ちた言葉であったのは、誰も知る由もないことであった。
第五章「愚弟怨讐編 下」へ続きます。




