宣戦布告
澄男から吹き出す禍々しい霊力。それは何物よりも紅く、そして黒い。まるで太陽から吹き出すプロミネンスのように、大聖堂の中を膨大な熱量が包み込んでいく。
「ちょーちょちょちょ!! 佳霖様やりすぎですよ~、やばいですってこれ!! どうするんですかぁ!!」
悲壮に満ちているように思わせながらも軽々しさを禁じえない十寺の台詞は、大聖堂を覆いつくさんとする熱の濁流に呑まれ、誰に鼓膜を叩くことなく霧散する。
「こ、これは……一体……!?」
未だ十寺に拘束されている御玲は、事態の急変についてこれずにいた。
佳霖に足蹴にされていた澄男から、突然凄まじい霊力の波が発したと思いきや、青黒く禍々しい炎が噴出し、己の視界を、大聖堂内を、目にも留まらぬ速さで呑みこんでいく。
「あ、あれは……!」
思わず、呆気に取られた。目の前に現れた、禍々しい存在に。
燃え盛り全てを焼き尽くす炎の中に立つ人影。荒れ狂う獄炎ですら、その存在を隠し切ることはできないほど、その存在は色濃く御玲の視覚を支配する。
視界に映ったのは、暗黒の鱗に覆われた、二足直立の蜥蜴であった。しかしながら、蜥蜴というからには、未だ人間味が残っているように思える。
それもそのはず。その蜥蜴紛いの生物は、流川本家派当主にして己が仕える主人、流川澄男そのものなのだから。
身体中を覆う漆黒の鱗が、周囲の炎にあてられて妖しげに輝く。彼の姿をただ眺めるだけならば、澄男だと思えなかったかもしれない。だがあれは間違いなく澄男だ。禍々しい黒い鱗に身を包もうとも、血のように紅く光る眼光を見誤るわけがない。
心臓が締めつけられるような感覚が走る。いつも以上に輝く紅い眼は、今まで感じたことのない殺気を放ち、それは重圧となって、自分に重く、重くのしかかる。
これが、天災竜王ゼヴルエーレの力を解放した、流川澄男の姿。エスパーダや裏鏡水月などの化物と渡り合った存在の正体―――。
激しく沸騰する恒星の中枢。無際限に吹き上げる紅炎が口に収束し、それは球状の光源を描く。
「十寺、退避しておれ。邪魔だ」
「言われなくてもずらかりますって!! やばいやばいやばい!!」
常に余裕ぶっていた十寺の額に汗が滲んでいた。かくいう御玲も、全身から吹き出る脂汗でぐっしょりだ。
戦いに素養のない素人でも分かる。澄男の口元から放たれようとしている光球が何なのか。
視認できるくらい高純度の霊力を、無理矢理に高圧かつ高密度に濃縮した塊。ただそれだけの球である。だが、その球が持つエネルギーは、もはや人間の感覚で推し量ることはできない。
炸裂すれば、どうなるか。想像するまでもない。
獄炎が全てを呑みこみつくした大聖堂の中に、一際響く禍々しい怒号。
その直後、この場にいる者全てに牙をむいたのは熾烈な熱量を発するとともに、大聖堂の周囲全てを融かし尽くし跡形もなく消し去るほどの熱であった。ありとあらゆるものが、白い何かに飲み込まれていく。もはや目を開ける事も許されない灼熱の閃光が、この場にいる全ての者の視覚を蝕む。
鼓膜を目一杯揺るがす爆音と轟音。もはや天と地、その感覚すらもあやふやになってしまうほどの衝撃が、この場いる全ての者と物に襲いかかった。
だが、しかし。その中でも消えることのない、ただ一つの黒体が、彼の前に大きく立ち塞がっている。
「愚か!! ``流川澄男``という存在を創り上げたこの私を、誰だと思っておるか!! 小賢しい暴走ごときで、父たる私を消し炭にできると思うでないわ!!」
その男は、流川佳霖にあらず。竜人ユダ・カイン・ツェペシュ・ドラクル。
新設大教会``五大神官``の一人にして、ヴァルヴァリオンの隠された真実を暴き、そして``流川澄男``という、天災竜王の血をひく災害を創り出した破滅の父。
黒光りする鱗が、竜のそれを彷彿とさせる。
「我が息子よ。父からの、最初で最後のプレゼントだ!! 私が丹精こめてお前のために作った``聖水``を、その身を以って受け取るがいい!!」
左手に注射器をすばやく取り出した。それは、真っ赤な液体が入った注射器。
だがその液体は禍々しい赤色ではなく、ルビーのように透き通った赤色であった。青黒い炎に照らされながらも、場に充満する禍々しさに唯一呑まれることはなく、凛然と宝石のように輝いている。
右手で澄男の口を光源ごと塞ぎこむ。そして、目にも止まらぬ手際で彼の頚動脈に注射針を打ち込んだ。
甲高い奇声が壊れかけの大聖堂を震撼させる。それは猛々しい咆哮ではなく、凄まじい痛みに悶え苦しむ悲鳴の如く。その悲鳴すら、大聖堂含め、教会そのものを破壊する全てが、粉々に、砂塵のように、消えてなくなっていく。
寸前に十寺は御玲とともにステンドグラスの窓を破って脱出し、地面に伏して爆風を凌ぐ。十寺はあたりを見渡した。砂埃で完全に視界が効かない。相変わらずの破壊力とものすごさである。
やはり、あの父にして、あの息子あり、といったところか。
「済まん十寺。遅くなった」
ただの焦土と化した場所から、砂埃やまない状況で、まるで何も無かったかのようにきっちりとした神父服に身を包んででてきたのは、彼の父、流川佳霖であった。
「良かったんです? 一応、故郷の……」
「構わん。所詮もぬけの殻だ」
「そうですか。それで、この子どうしましょう」
十寺の左腕に、未だ首をキメられたままの御玲がいた。彼女をみるやいなや、佳霖は冷めたような視線を浴びせ、すぐにそっぽを向く。
「捨ておけ。そのような三下の小娘、放っておいて何の問題にもなりはしない」
「持ち帰っちゃだめですかね~?」
「ダメだ。それを持ち帰ると、今の澄男を誰が連れ帰る?」
「そういやそうですね。澄男ちゃんに死なれちゃ困りますし」
十寺は御玲を解放するやいなや、御玲の背中を蹴り飛ばす。蹴られた勢いで、御玲は地べたに顔面をこすりつけてしまう。
「水守の娘よ。流川に伝えよ。我、流川佳霖は、ようやくお前らとの戦争準備が整った。いつでも歓迎してやろう、とな。お前らも準備ができ次第、足早に攻めにくるがいい。以上だ」
地べたにへたりこむ御玲を見下すように、佳霖と十寺は終始薄ら笑いを浮かべながら、身を翻した。その直後、彼らの姿は虚空へと消え去ったのだった。




