表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/97

白皙の仙人

 いつ終わるかも知れない戦いの中で、裏鏡水月(りきょうみづき)は、竜人と化し、融け始めた氷原と灰色の更地を暴れ狂う澄男(すみお)を見舞っていた。


 戦いが始まってかなりの時間が経ったが、どの斬撃も致命打にはならなかった。


 敏捷や命中には問題ない。相手は意識が飛んでいる。理性的な判断が全くできない状態だ。


 潜在的な肉体性能が解放されているため尋常でない敏捷性能を誇っているが、己の超能力、鏡術(きょうじゅつ)を使えば対処できる範囲内。


 しかし問題は、いくら切り刻もうとすぐに修復してしまう程の、極めて高い自動回復能力にある。


 現在、己の肉体性能は``強化(コンフォータンス)``の重ねがけによって、通常時を遥かに上回る状態になっている。


 軽く見積もって人間であれば、剣を横薙ぎに振るった衝撃波だけで両断でき、殴るだけで辺り一面を朱色に塗り替える事ができるだろう。


 だがそれでも尚、澄男(すみお)を粉々にはできていない。奴の物理攻撃に対する防御性能と、致命傷を受けても自動修復する性能が高すぎるからだ。


「``鏡術(きょうじゅつ)論鏡探信(ろんきょうたんしん)``」


 裏鏡(りきょう)鏡術(きょうじゅつ)を使用する。


 論鏡探信(ろんきょうたんしん)は、対象の隠された経緯、意義、構造、可能性、本質。あらゆる全ての情報を参照する。


 探知系魔術だの、探知系魔法だのが巷を跋扈しているが、あれらとは比較にならない分析性能を有している。


 彼の視界に強調されて映ったのは、澄男(すみお)の心臓であった。


 一定間隔を保ちながら拍動し続けるそれは、澄男(すみお)という一個体の存在とは別の、全く異なる存在を感じさせる。


 ゼヴルエーレ。一時期とはいえ、人の世では天災竜王と呼ばれた存在。


 元来、人間という種が及びもつかない遥か天空に住まう、ただの飛竜の一個体にすぎない有象無象だったものが、生存競争に打ち勝ち、頭角を現した個体だ。


 今、澄男(すみお)の体内はゼヴルエーレという竜の生命エネルギーで満たされていて、肉体性能の強化が著しい。むしろ恒常的に強化を維持することで、澄男(すみお)が死なないように無理矢理生かし続けている。まさに竜らしい戦い方だ。


 性能の高さと生存本能への執着は、評価すべき種族である。


 剣をじっと見つめる。


 これが、己の限界。鏡術(きょうじゅつ)を使いこなせていない証拠だ。鏡術(きょうじゅつ)には、まだ沢山の可能性を秘めている。


 鏡とは、あらゆる真理をありのまま映し出し、その鏡像を、鏡を見ている者に返す。


 この世のほぼ全ての魔法を使えるのも、魔法を使わずともあらゆる場所に移動できるのも、全ては鏡術(きょうじゅつ)によるものだ。


 従って鏡術(きょうじゅつ)の幅は極めて広い。十六年使いこなすために修行しても尚、使いこなせている感覚は未だ掴んだことはない。


 現状の澄男(すみお)を粉砕するには``鏡術(きょうじゅつ)超能反射(ちょうのうはんしゃ)``で、焉世(えんせい)魔法ゼヴルードを跳ね返すしかないが、最初に一回使ったっきり、澄男(すみお)は警戒して使ってこない。


 それに``鏡術(きょうじゅつ)霊象反射(れいしょうはんしゃ)``が粉砕された。おそらく奴の超能力は、破綻への強制力。いわば、論理の初期化だ。


 ``鏡術(きょうじゅつ)霊象反射(れいしょうはんしゃ)``は【あらゆる霊的現象を、発生源に跳ね返す】術。霊的現象であれば、どれほどの強大な力場でも相手に撃ち返す事ができる。


 これは【あらゆる霊的現象を、発生源に跳ね返す】という論理を、そのまま現実に具象化している事によって可能にする。


 普通ならばできない。【あらゆる魔法を跳ね返す魔法】として、``反射(イアンメディタティオ)``というのが存在するが、跳ね返せる現象には必ず上限が存在する上、跳ね返すために霊力を消費せねばならない。


 だが鏡術(きょうじゅつ)は魔法ではない。超能力である。


 魔法は世界の法則で効果の上限が決まっているが、超能力に制約は存在しない。本質は自身の論理、つまり``強制力``なのだ。


 奴の超能力が論理の初期化であるなら、【あらゆる霊的現象を、発生源に跳ね返す】という定義が消去されたことになる。


 厳密には、全く別の論理に無理矢理書き換えられたといった方が正しい。存在意義の根本を消されれば、鏡術(きょうじゅつ)とて破られてしまう。


 つまり、あらゆる超能力を跳ね返す``鏡術(きょうじゅつ)超能反射(ちょうのうはんしゃ)``も効かない可能性もあるのだ。


 その鏡術(きょうじゅつ)にも、【あらゆる超能力の効果を、相手に跳ね返す】という論理―――``強制力``が根本にある。


 ならば``鏡術(きょうじゅつ)超能模倣(ちょうのうもほう)``で模倣する。いや、不可能か。


 ただ奴の超能力は既に分析済み。仕組みは分かっている。ならば``鏡術(きょうじゅつ)超能作成(ちょうのうさくせい)``で一から組み立てる。


 持っていないならば、創ってしまえばいい。ただそれだけの簡単なことである。


 柄を強く握り、走り出す。


 超能力は超能力で対抗する。今まで超能力者と戦った戦歴はなかったため、これは中々良い経験になる。


 久しい。この躍動。この感覚。戦っている、という感覚だ。


 今までの相手は戦いと言える代物ではなかった。ただ相手を一方的に倒すだけの作業。相手と相対するだけで、全員が己の予想通りに動いてしまう。


 予想を超えてくれないという苦悩。予想を超えることが起きなければ、己の限界を超えるきっかけは作れない。


 ままならないからこそ、限界を超えられるのだ。不可能を可能できるのだ。


 今までの十六年間、そうやって生きてきた。下から順に潰していく日々は作業に等しいものであったが、ここにきてようやく対超能力者の戦いを経験できる。


 これで再び``限界``を超えられる。それがなによりも己を狂喜させ、そしてその狂喜は、己を更なる上位階層へ持ち上げてくれるのだ―――。


 剣を捨てた。天災の主は、大地を震撼させ、空気を粉砕し、衝撃波の如き咆哮を放つ。


 竜の本質とは、すなわち生存本能。そして澄男(すみお)は、その膨大な生存本能に適応している。適応し、扱っている。


 それは己にはできない芸当だ。鏡術(きょうじゅつ)をここまで使いこなすまで、かなりの時間を要している。だが奴は元々竜の身業だったものを即興で我が物のように使っている。天性のファイターという奴だ。


 類稀な戦闘感覚センス。流川(るせん)の血統を継ぐ末裔として、相応しい力である。


 だが、それだけではないのだろう。奴は復讐の為に生きているといっていた。もしも、その復讐への想いが、奴の生存本能であるとするならば。


 奴は、ただの感覚センスの権化ではない。激情の主あるじ、執念の男だ。


 持ち前の感覚センスと執念と感情の起伏のみで、目の前に横たわる現実を粉砕しようとしている。


 自分なら同じ真似ができたか。否、真逆だ。相手が感情を最大の武器として扱うのならば、こちらは理性が最大の武器である。


 どおりでこちらの理屈に平伏しないワケだ。ならば構わん。己と真逆のやり方で我が道を突き通すというなら、突き通してみるがいい。こちらは真逆の道を往くまでのこと。


 理性を以って目の前に立ちはだかる全てを粉砕し、理想を享受してくれよう。


 左足で、地を叩いた。魔法で幾度も強化された肉体は、灰色と化した更地を死に追いやる。


 大地は叫喚した。痛みと死が近づく、蜘蛛の巣状の傷跡を残して。


「来い澄男(すみお)!! お前の``戦い``、この裏鏡(りきょう)が受け止めてくれるわ!!」


 裏鏡(りきょう)澄男(すみお)の頭上に魔法陣が展開された。それは澄男(すみお)が使ったものと同じもの。


 戒めを破る奥義、破戒(はかい)


「これが何か分かるか!! お前の力だ!! 俺が一から組み直してやった!! 性能は言わずとも分かるな!!」


 魔法陣の範囲は広い。裏鏡(りきょう)澄男(すみお)の頭上を覆い、光度、文字列、魔法陣の数、全て澄男(すみお)が顕現したものよりも複雑だ。


「お前が己の``戦い``を本気で成し、横たわる現実を粉砕したいのならば、俺の破戒(はかい)を、現実を、不合理を、全身全霊を以って阻んでみせよ!! 俺はここだ!! さぁ、かかってくるがいい!!」


 澄男(すみお)に仁王立つ。常に悠然と構えていた彼らしからぬ雄々しさ。両手を広げ、咆哮しながら切迫する澄男(すみお)を待ち構える。


 神々しく輝くトーラスに、二人の少年は向かい合った。


 白皙(はくせき)の仙人と禍災(かさい)(えん)竜。両者を隔てる壁は既にない。境界線はもはや溶け去り、残るは猛々しい戦意のみ。


破戒(はかい)!!」


「ハカイイイイイイイイイイイイイ!!」


 両者がぶつかり合おうとした刹那、天空の慟哭とともに、両者の宣誓が、空を裂いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ