新たなる暴力
俺は、死んだのか。気がつくと、右も左も分からない真っ暗闇に倒れていた。
ぼやけた視界。泥のように重い身体。恐ろしく冷たい向かい風が顔面に吹きつけ、反射的に瞼を閉じてしまう。ぐらぐらと揺らぐ意識が、ようやく平衡感覚を保とうとし始めたとき、向かい風の正体を改めて感じ取った。
―――``久シイナ、小僧``
久しくも、禍々しい呻き。一ヶ月前に聞いた事のある声音が、鼓膜を乱暴に舐め回す。
視界の焦点が徐々に合わせられるようになっていくと、目と鼻の先には割れ目があった。割れ目の輪郭は赤く光っているからすぐに割れ目だと分かったが、それ以外は黒く、割れ目の中に何があるのかはよく分からない。
あの割れ目には何かがいる。分かるのは、それだけだ。
―――``性懲リモナク、マタ来タノカ。軟弱ナ奴ダ``
眉間に皺を寄せる。目が覚めて第一声が罵声なのは気に食わない。それに姿も表さない癖に何様だ。
立ち上がろうにも身体に力が入らないせいで近づけないが、せめて相手の姿形だけでも拝まなければ気が済まない。
―――``小僧``
気が済まない、と言った瞬間。暗黒の裂け目から真っ赤に染まった巨大な瞳が、俺を睨んだ。
異常にデカい瞼と瞳。そして血みたいに赤黒い虹彩。中心部は細長い蛇が何匹ものたうち回り、互いに絡み合ってがんじがらめになっている。
身体を締めつけられてるような圧力。臓腑を舌で舐めまわされてるような不快感。割れ目には近づきたくないと叫びたい欲望と、近づかない方がいいと無意識に言い聞かせる理性が重なる。
身体の動かせる部分を必死に活用させながら、腹這いで後ずさる。余りの眼力に、身を震わせた自分が情けない。
今までは声だけが聞こえていた。真っ暗闇のどこかから放たれる異常なまでに低い声音。
顔は一度たりとも見たことはなかったからこそ、普通に話せた。でも黒い割れ目から見える眼はグロいほど赤黒く、ぎょろぎょろと動き回っている。
まだ全体は見えない。アレが、ゼヴルエーレとかいう奴なのか。
竜かまではまだ分からない。ただ一つ分かることは、魔法陣から感じる禍々しさの根源であるという事のみ。
―――``ヨウヤク同調シテキタト思エバ、マタ負ケタノカ``
負けたんじゃない。反則をぶち込まれたんだ。腹這いになりながら、項垂れる。
裏鏡水月。信じられないほど臆面もなくチートを使う奴だった。
攻撃してもケロッとしているし、竜位魔法使ったのに無傷だし、挙句パクって改変しやがるし。
セコい以外のなにものでもない。あんな無茶苦茶がまかり通っていいものか。
―――``馬鹿ナ奴ダ。オ前ノヨウナ惰弱カラスレバ、目ノ届クトコロニ反則ガアルノハ当タリ前ノコトダロウ``
じゃあテメェは勝てるのかよ。どうせお前も負けたんだろうが。
―――``少ナクトモ、オ前ノヨウニ泣キツイタリナドシタコトハナイガナ``
泣きつくだぁ。馬鹿にするのも大概にしろよテメェ。
泣きついた覚えはないのに泣きつくとか言われるのは心外だ。あまりに舐められすぎている。そもそもテメェのところに自分の意志で来たわけじゃねえんだ。俺は来させられたんだ。
―――``オメオメト負ケタ凡愚風情ガ虚勢ヲハルナ。負ケ惜シミニ浸ル暇ガアルナラ、勝ツ方策ヲ練ッタラドウダ``
テメェこそ馬鹿か。あんな反則に勝つ方策なんざねぇよ。
超能力とかいう意味不明の力を使い、なんでもかんでも自分の都合の良いように捻じ曲げる。そんな奴に勝つ方策なんて馬鹿真面目に考えたところで、真っ赤になるまでガンガンに焼いた石ころに水ぶっかけるのと同じじゃねえか。
百パーセント対処される。それが分かっていて対策考えるとか、これ以上にアホらしいことがあろうか。
―――``ナラ、オ前ハ所詮ソノ程度ノ凡愚ダッタトイウコトニナルガ?``
ゼヴルエーレと思われるソレは同情する気がないのか、尚も冷酷な返事ばかりかましてくる。
なんで。なんでそうなるんだよ。この場合、俺も相手と同等の手札を持たなきゃ勝てっこないじゃないか。それが分からん無能じゃないだろうに。
どう足掻いても俺は、あの反則野郎と同じカードを持ってないし、捻出もできない。
方策ってのは相手に隙があってこそ考える価値があるもの。相手に隙がないなら逃げてニ度と関わらないようにするのが、妥当な方策じゃないか。
なんで立ち向かわなきゃならない。第一、俺はあの銀髪と戦う理由なんてない。情報収集が目的とは言ったが、あんなのはただのこじつけだ。
―――``少シハ脳味噌ヲ使ッタラドウダ。オ前ハ裏鏡水月トイウ輩ヲ、ドウ見ル?``
中二病発症してる頭のおかしいチート馬鹿。
―――``真面目ニ考エロ。奴トオ前ノ差ハ何ダ。何ガ違ウ?``
そんなの知るか。クソッタレ。
俺と裏鏡の違い。考えろ。思い出せ。アイツの態度。言葉。行動。何でもいい。脳味噌に眠ってる記憶を全部引きずり出すんだ。
『俺が求めるは森羅万象を形成する真理。万物の深淵。俺はそれらを、この手に治める』
裏鏡が戦う理由。聞いたときは思わず首を傾げたものだ。臆面もなく言える台詞じゃない。
俺なら言えたか。否、恥ずかしくて言えたものじゃない。そもそも戦いってそんな中二臭い理由でやるモンじゃないはずだ。
なら俺は何故戦うのか。復讐の為。ババアや澪華を殺しておきながら、のうのうと生きてるクズに復讐する為。
立派で正統だ。俺はあんな中二臭い銀髪野郎なんかよりも崇高な理由を持っている。要約したら神になりたいと思っているような奴より。
―――``思イ浮カンダカ。言ッテミロ``
戦う理由が違う。アイツは訳の分からん中二臭い理由。俺は復讐という立派な理由がある。
―――``ナラ何故負ケタノカヲ、考エテミロ``
分からないことを考えたところで時間の無駄じゃん、と言いたくなる反論を押し殺し、半分以上が恐らく筋肉と化している脳味噌をかき混ぜる。
理由は俺の方がマトモだからだ。戦いに対する気合も俺の方が優れているし、マトモで真っ当な理由。誰もが聞けば引きはする、でも妥当だと誰が言うだろう。
だが実際はどうか。手も足も出ないまま負けた。相手に痛みすら与えることもできず。
ということは前提が間違っているってことになるのか。いや、そんなことはない。戦いの理由も気合も、俺の方が優れている。
それ自体が間違っているってのか。裏鏡の戦う理由。ただ聞いただけじゃよく分からん言葉を即興で噛み砕いて得た答え自体が。ただの中二を拗らせた、アホみたいな理由だと断じた、俺自身が。
いや、いや。違う。アイツはただ反則なだけだ。相手に勝たせる気がまるでない。こっちが勝つことを念頭におかれていないただの反則。
そのただの反則如きに、この俺が。
―――``一ツ問ウ。何故オ前ノ方ガ崇高ダト判断スル?``
だって正統じゃん。
―――``何故``
マトモな理由じゃんか。人として、大事なモンを壊した奴に復讐する。戦い理由にしては正統だ。
―――``問イ直ソウ。何ヲ以テ正統ダト判断スル?``
いやだから人としてマトモじゃんかって。
―――``人トシテ真面ナラバ正統ナノカ。不思議ナ論理ダ。戦ウ理由ナド千差万別ダロウ``
そうだけどなんでもありなんてただの無法だろうが。
―――``人トシテ真面ナラバ戦イトイウモノハ無法デハナイノカ。コレマタ不思議ナ論理ダ``
何が言いたいんだよ。はっきり言えよ。
どんだけ人を馬鹿にすりゃ気が済む。俺が馬鹿で間抜けなのは分かったいい加減言うべきを言え腹立つ馬鹿にするのも大概にしろや糞が。
―――``……戦イナド、ソレソノモノガ無法ダロウ``
割れ目から生温い風が、俺を側を横切る。割れ目から覗かせる眼光が一瞬翳ったように見えると、そのとき初めて、溜息を吐き散らされたと悟った。
―――``何ヲ掲ゲヨウトモ、誰カガ傷ツキ、誰カガ死に、誰カガ生キルコトニ変ワリナイ``
だからはっきり言えって。だから何。もうなんでテメェもあの銀髪野郎と同じで結論を言わねえ。
―――``思考ノデキナイ奴ダ。コノ戦イデオ前ガ負ケタナラバ、裏鏡トイウ輩ノ方ガ崇高トイウコトニナル。ツマリ、オ前ノ想ウ戦イトハ、所詮ソノ程度ノ偶像ニスギントイウコトダ``
偶……像……。俺の戦いが……。
ソウダ、とゼヴルエーレは返す。
偶像、つまりただの妄想ってことだ。なんで。
いや、俺が負けたからだ。負けた奴が死に、勝った奴が生き残る。それが流川における絶対戦訓。戦訓通りに言うなら、俺は敗者。つまり死人だ。一つの想いを持ちながらも、戦場で敗れ死んだ。そして裏鏡は自分の願いを叶える為に一歩進んだ。
俺の理由は人としてマトモかもしれない。でも負けたのなら、勝ったアイツの理由の方が、確かに崇高だ。自分を押し通した、という点において。
そうだ、忘れていた。戦いに人としてマトモかどうかなんて関係ない。善人だろうが悪人だろうが、戦って勝った奴が正義を掲げられる。強い奴が正義になる。強い奴基準で世界は変わる。
俺は思い込んでいただけだ。知らなかっただけなんだ。
人としてマトモな理由で戦う人が善で、必ず善は悪に勝つ。そういうシナリオしか、知らなかったんだ。
そういやコイツが言っていたな。理想は所詮その人の中では傑作だって。俺の中では傑作でも、負けた今、ただの駄作になったワケだ。
『お前の戦いは、復讐を成せば完結してしまう程度の儚いものなのか。面白くないな』
『``現実``を捻じ曲げてしまえば良いだけの事だ』
『復讐という概念に都合の良い虚栄の大義を求めている時点で無意義であるのに、見据えているのは現在のみ。その現況を面白くないと述べて、何が悪い』
――――うん、そうだよな。
視界がぼやける。瞼からとめどなく水が湧き、目薬さした後みたくぼやけて焦点が合わなくなる。
なんというか、無様だ。こうなりたくないと、二度と同じミスはしねえと心に決めたのに。つけいられないように心の隙をなくしたつもりだったのに。
してやられた。反則だと言ったが、結局は言い訳だ。その反則に対応するだけの能がなかった。ただ、それだけのこと。
反則だろうがなんだろうが、理由がマトモだろうが、中二臭かろうが、戦う以上は勝てなきゃ意味はないし、価値もない。そして勝った奴の理由が、正義になる。
それが、``戦い``なんだ―――。
―――``オ前ノ話カラ相手ノコトハ察シタ。望ミ通リ、結論カラ述ベテヤロウ``
あぁ、と涙で頬を濡らしながら哀愁に浸ってるところをカチ割られる。
―――``今ノオ前デハ、裏鏡トイウ輩ヲ粉砕スルコトハ不可能。ダガ、負ケナイヨウニ立チ回ルコトハ可能``
勝てないんじゃ、すぐ負けるじゃん。
―――``ダカラ負ケナケレバイイノダ。私ノ想像通リナラ、裏鏡トイウ輩ハ、極メテ打算的ナ存在デアリナガラ、己ノ力ニ絶対的自信ヲ持ツ存在``
……。
―――``難解ナ言葉ヲ並ベテ話スノハ、理屈屋ノ特徴。ナラバ、撤退ニ追イ込メバ、勝機ガアル``
はぁ。撤退すると思えねぇよ。絶対的自信をどう崩す。
―――``奴ハ自信家デモアルガ、理屈屋ダ。勝テナイト踏メバ、生存ヲ選ブハズ。撤退サセタ場合、奴は撤退ヲ敗走ト解釈スル``
……それじゃ勝った事にならないじゃんか。要は撃退だろ。
―――``ダカラ敗走サセラレタト思イ込マセレバイイノダ。押シテ駄目ナラ引ケ。奴ノストイックナ価値観ヲ逆手ニ取ルノダ``
撤退させるだけでいいのか。
―――``簡単デハナイゾ。魔法ト武術ヲ熟シ、超能力ヲ操リ、ソシテ我ノ力ヲモ、ソノ手ニ治メタ。モハヤアレハ、仙人ノ域。我ガ相見エタ人類種ノ中デモ、最強ノ存在ト言ッテイイ``
ゼヴルエーレの言葉に、固唾を呑む。
人類種最強の存在。戦う前なら、そんな万能いるワケない、と罵っていただろうが、戦って負けた今なら納得だ。
アレは常軌を逸している。化物が人間の皮を着て歩いているようなモンだ。
上には上がいる。ババアに言い聞かされてきた言葉だが、いざ格上を認識すると、マジで理解外の奴っているんだなと感心せざる得ない。
―――``今ノママデハ土俵ニ立テヌ。マダ早イガ、我ガ持ツ最後ノ力ヲ、オ前ニ与エル``
え。思わず驚愕の念を漏らす。
まだあったのか。周囲を更地にしたり、絶対零度を粉砕する以上の力が。
今のままでも十分反則レベルだが、裏鏡は、その反則すらねじ伏せた。つまり奴を撤退させるには、まだそれ以上の力をブチ込まなきゃ、話にならないってことかよ。
裏鏡水月―――お前は一体、どこにいやがる。
―――``我ノ竜位魔法ハ、計三種ノ系譜ニ分カレル。第一、滅却。第二、念崩。第三、破戒``
俺が使えるのは。
―――``第二マデダ。十寺トイウ輩ト戦ッタトキニ使ッタ系譜ガ第一。エスパーダトイウ輩ト戦ッタトキニ使ッタ系譜ガ第二``
魔法陣には違いがなかったが……。
―――``滅却ハ広範囲ノ物理的破壊。念崩ハ、広範囲の霊的破壊。タダノ爆発カ、霊力ヲ扱ウ事象ヲモ否応ナク掻キ消セルカノ違イダ``
ゼヴルエーレの説明を、使い道がない脳味噌で少しずつ噛み砕いては、飲み込んでいく。
デカブツの能力``零絶蔽域``は、確か周囲の霊力があのデカブツに吸収されていって、俺の周りの気温が秒速で下がっていった。
あのときは死にかけた上にガチギレしてて、なんで打ち破れたのかなんて考えてなかったけど、文字通り``零絶蔽域``内の霊力が崩壊したからだったのか。
確かにあのとき、爆発は起こらなかった。ということは今回、裏鏡にかましたのは第一の、滅却になるワケか。
―――``此度、オ前ガ使ウベキハ第三、破戒。我ガ竜位魔法ノ極致デアル``
は、かい……。
―――``破ル戒メ、ト書イテ破戒ダ。既存ノ事象全テヲ己ノ意志デ粉砕スル。物理的破壊デモ、霊的破壊デモナイ。対象ノ概念的破壊。相手ガ超能力ヲ行使スルナラ、コレヲ使ッテ対抗スル``
……それ、強いってモンじゃないぞ。下手すりゃ。
―――``一文明、一種族、一大陸、一世界。意志ノ強サ次第デ、ソノ全テヲ抹消スルコトモ容易イ``
唖然とした。開いた口が塞がらない、ってのはまさにこれだと、今なら思う。
さも当然のように口にしているが、言っていることは現実離れがすぎている。要は世界そのものをなかったことにできると言っているようなものだ。
冗談よせよ、と言いたい。そんなことができたなら、何もかも思いのままじゃないか。
気がつけば、震えていた。小刻みにぷるぷると。腕を抑える。それでも止まらない。いつもなら御託並べるのも大概にしろよと怒鳴るところだが、声も出ない。あ、あ、あ、という嗚咽のような声音が漏れるだけ。
だってそうだろ。目の前で超能力とかいう力を目の当たりにして、終いにはコレだ。
野望の強さ次第で全てを抹消できる。本の中の世界だったなら、まだ笑えた。チートすぎ、と吠えられた。
でも、これは現実。実際に、そんな無法が平然と存在しているんだ。
できるなら、否定したい。今すぐに、そんなのありえない、と心の底から叫びたい。目の前で切り札をパクって改変した銀髪野郎の力を身をもって体験しなければ、罵詈雑言吐き散らかして堂々と否定していたと思う。
信じがたいし、信じたくないし、絶対認めたくないけれど。
そういう現実離れした力は確かに存在するのだと、認めざる得ない。
―――``我ハコノ力デ、我ヲ阻ム者全テヲ葬ッテキタ。オ前モコノ世界デ強者ヲ名乗ルナラ、既ニ在ル戒メヲ破ラネバナラン``
……たとえ無法だったとしても。
―――``前ニ言ッタダロウ。勝テナケレバ、意味ハナイ。打チ砕ケネバ、価値ハナイ。故ニ己ヲ阻ム者全テヲ破壊スル。戦イトハ、ソウイウモノダト``
……でも。
―――``裏鏡トイウ輩モ、同ジ志デ、生ヲ刻ンデイル。戦イニ身ヲヤツス者ナラバナ``
裏鏡も、同じ。森羅万象を形成する真理だとか、万物の深淵だとか。そんな阿呆かよ、と言われるような志で戦いに身をやつしている。
俺はアホか、戦い舐めんなやと罵った。でも奴は俺に勝った。自分の大事なものを壊した奴に復讐する、そんな暗黒の野望を持つ俺に。
そして今の俺では、奴に勝てない。
―――``サテ、ドウスル小僧。死ヲ装イ敗退スルカ? ソレトモ、我ガ破壊ノ力ヲ以ッテ全力ノ抵抗ヲスルカ?``
ゼヴルエーレは、まるで俺の顔を覗き込むように問いかけてくる。暗黒の裂け目から、生温い風が俺の肌を舐め回す。
俺の答えは決まっている。最初から、ただ一つに。
―――``ソノ意気ヤ良シ。ナラバオ前ニ、力ヲ与エル``
ゼヴルエーレは吠えた。裂け目から熱い突風が吹き荒れる。思わず、俺は叫んだ。
身体全体が燃えているような感覚が体全体を支配する。熱さなんて生まれて一度も感じたことがないはずなのに、熱くて暑くて堪らない。
己を蝕むは、漆黒の炎。まるでそれは肉体のみならず、魂さえも焼き尽くさんとする煉獄の炎のように思え、発狂寸前の精神をなんとか気合と根性で縛りあげる。
―――``熱イダロウ。我ガ力ヲ使ウホド、オ前ハ竜ニ近ヅク。人間ノオ前ニハ、苦痛ダロウガナ``
熱い。熱すぎる。焼き尽くされる側って、こんなにも熱いのか。今まで焼き尽くす側だったから、想像したこともなかった。
人生、何事も経験なんて言葉があるが、流石に焼き尽くされる人生経験なんて必要なのか。
いや、そうか。焼き尽くす側、だからこそか。
―――``言イ忘レテイタナ。我ガ竜位魔法ノ名ヲ``
人が熱さでのたうちまわっているときに何の話してやがる。糞が。どいつもこいつも、他人のことをロクに考えず自分の事ばっかり。
お前はドラゴンだし人じゃないからこそ高みの見物をしてられるゴミカスな精神性しているんだろうが、俺に言わせれば近くでブチのめされている奴を遠目から長めほくそ笑む、クソッタレな傍観者だ。
しかしゼヴルエーレのクソ野郎に、俺のみみっちい怨嗟が届くはずもなく。
―――``我ガ竜位魔法ノ名ハ……焉世魔法ゼヴルード。世ヲ終ラセルコトヲ願イ編ミダシタ、我が身業ノ名デアル``
もがき苦しむ俺をよそに、淡々と語りたい事を好き勝手に語り始める。己が創り出した力、その結晶の名を。