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侮辱された想い

 御玲(みれい)裏鏡(りきょう)の戦いは、驚く間もないくらい、ほんの一瞬でケリがついた。


 四つん這いになっていた御玲(みれい)が、竜巻みたいな旋風でロケットみたく打ち上げられ、天井に激突して地面に叩きつけられて終わった。


 ごきん、という音を立てて地面に打ち転がり、死体のように動かなくなった御玲(みれい)など、もはや無視。裏鏡水月(りきょうみづき)の視線は、既にこっちに投げられていた。


「さあ、かかってくるがいい」


 裏鏡(りきょう)は刀すら脱ごうとせず、構えも取らず。ただただ悠然と相対してくる。


「おもしれぇ……!」


 久しい。本当に久しい。今までタイマンといえば全力を出すまでもない雑魚ばかりだった。一撃ボコれば終いの口ほどにもない奴らばかりで辟易していたが、今回は違う。


 母親以外で遂に出会えたのだ、強者に。己と対等にやり合えそうな強者に。


 無論、メインは情報収集だ。それは変わりない。でもなんだ。この胸の奥底から湧き上がる``躍動``は。


 躍動している場合じゃないのは分かっている。でもなんでか知らないが胸が踊っている。身体が戦いたいと唸っている。


 今思えば、他人と初めてのタイマンじゃないか。母親以外とは、タイマンしたことはなかった。タイマンといえば、母親に一方的に殴られていた印象が強い。


 だからか。だからなのか。考えたって分からないけれど、ただこれだけは言える。


 コイツと、殺り合いたい―――。


 勢い良く刀を抜いた。赤黒く輝く焔剣ディセクタム。その輝きは、いつも通りの刀身に思える。だが今日だけは胸の奥底に眠っていた血気盛んな戦闘本能を表しているかのように、いつも以上の輝きを放っているように見えた。


 気のせいなのかもしれない。でもただそれだけ、戦いたいという身勝手な欲望に満ち溢れてるんだろう。


「テメェも剣抜けやァ……!」


「抜く価値があるかどうか、試してやろう」


「そうかい……だったら後悔すんなよなァ!!」


 うらあああああ、と雄叫びをあげ、飄々と佇む銀髪野郎へ突貫する。


 間合いを読む。次の一手を予測する。そんなもんはかなぐり捨てる。必要なのは全てをぶっ壊す力。パワーだ。技も、魔法も何もかも、パワーでぶっ壊す。


 両腕に赤い魔法陣が一瞬現れたと思いきや、両腕が橙色の炎に包まれる。ディセクタムの刀身がいっそう閃き、力加減や太刀筋、その手の概念全てを無視し、大きく、そして速く振りかぶった。


「下らん。俺に安置な突貫は無意味だ」


 大振りの横薙ぎ斬撃を、裏鏡(りきょう)は上半身をくの字に曲げ、前屈みの体勢で回避。そのまま自分の間合いに抉り込んでくる勢いを利用し、まるで幽霊のように忍び込んでくる。


 前傾姿勢で滑らかに入り込んだ裏鏡(りきょう)は左手に魔法陣を載せ、右手の拳を強く握る。


「なるほどそういうことかよ!!」


 御玲(みれい)を負かした同じやり方で迎え撃つ最中、右脚が猛々しい炎に包み込まれた。そして前屈みで忍者のように間合いへ入り込んだソイツを、顔面めがけて躊躇なく一蹴する。


 サッカーボールを高く蹴り上げたような乾燥した轟音とともに、裏鏡(りきょう)らしき物体は、豪速で壁にめり込んだ。壁には蜘蛛の巣が夥しく張り巡り、砂埃で悲鳴を表現するが、その程度でやめる気はない。吹っ飛んだ方向を見据え、力強く床を蹴る。


 真後ろに配置していたパーティーテーブルを衝撃で吹き飛ばしながらも、ボールのように吹っ飛んでいったソイツを目で追う。


「壁邪魔!!」


 会場の壁をタックルで破壊し、廊下へ出る。壁の残骸とともに吹っ飛んだ裏鏡(りきょう)が立ち上がる姿を見るや否や、炎を纏った両手から火の玉を錬成する。


「``灼熱連射砲撃``!!」


 両手の平から放たれたのは、無数の炎弾。それも橙色ではなく、あまりの明るさに白色に近い炎。マシンガンの如く放たれるそれらは、自らの熱で周囲の壁や床を歪めていく。


 放たれる炎弾は、最高数千度以上。室温で安定して存在する個体ですら、液体もしくは気体となって蒸発してしまう温度だ。


 周囲に寄るだけで、金属の壁は熱で歪んでいく。


「ぐふっ」


「その程度の魔法攻撃は、痛痒に値しない」


 遠く離れていたはずの裏鏡(りきょう)は、いつの間にか目の前に現れ、白色寄りの炎弾などもろともせず、胸倉に掌底を打ち込んできた。ほんの僅かに下がり、一瞬胸を押さえるが、すぐに顔を上げる。


「てめ……なんだ今の」


「何?」


「何の真似って聞いてる」


「当ててみろ」


 という台詞が、目の前に瞬間移動してきたと同時に放たれた。首根っこを鷲掴まれ、思わずうぐぁ、と唸る。


「``部分強化パース・コンフォータンス``、腕力」


 裏鏡(りきょう)の腕は決して武骨ではない。


 自分と比べても、木の幹と枝くらいの差があるが、人間の身体を軽々と持ち上げて、近くの壁に勢い良く叩きつけた。まるで丸めた新聞紙でゴキブリを叩き殺すが如く無感情に、何度も、何度も、何度も、何度も。


 最後の一回。もはやヒビ割れ、ぽっかりとクレーターができた壁に縫いつけられる。


「げはっ……!」


 転移の魔法か、物凄い超高速で動いているのか。とにかく、この異常な素早さが鬱陶しい。


 唇から一筋の血を流しながら、奥歯を強く噛みしめる。両手に宿すは白色に限りなく近く輝く光球。壁が液状化し、正装のタキシードですら消えてなくなっていく。


 まるで両手に恒星を創造しているかのように、彼の両手から放たれる熱量は周囲の全てを融解させる。目の前に佇む、ただ一人を除いて。


「``灼熱双撃``!!」


 人工物を強制的に液体へ、または気体へ状態変化させる小さな恒星を、躊躇なく裏鏡(りきょう)の顔面めがけて投げ込んだ。


 一気に視界が真っ白に染まる。身体全体で猛烈な熱風を受け止め、己を取り囲む壁や床が消えていくのを感じる。


 壁の向こう側、何もない空室に吹っ飛び、八つ裂きとなったタキシードをよそにして、おもむろに立ち上がった。


「マジかよ……」


 目の前に広がる情景に、頬をひきつらせながら、思わず心中を吐露する。


 ほぼゼロ距離で炎弾を投げ込んだ。回避も防御もした仕草もなく、紛れもない百パーセントの命中。確かな手ごたえも両手の平で確認している。


 いつも以上の、ありったけの霊力を込めた炎弾をブチ込んだってのに、なんで立ってやがるんだ。


「学習能力に欠けるようだな。その程度では、俺に痛痒を与えることはできない」


 偉そうな態度を崩さず、上半身裸の裏鏡(りきょう)は悠然と歩いてくる。


 灼熱の炎弾を真正面から受けたにも関わらず、裏鏡(りきょう)の地肌は、真珠の如き白さを保っていた。


 ただ無地のTシャツが焼けて消滅しただけで、火傷の類すら一切見当たらない。純粋素朴に、無傷。


「鏡は相対するありのままを映し、そして相対する者へ、その全てを返す」


「あ……? なに言ってやがる」


 虚空から滲み出るようにして、一枚の姿見が現れた。


 姿見には体勢を立て直した自分が綺麗に映っていたが、姿見の中心部がほんの僅かに歪み、怪訝な表情を浮かべた、次の瞬間。


「``鏡術(きょうじゅつ)霊象反射(れいしょうはんしゃ)``」


 姿見もろとも、裏鏡(りきょう)の姿までもかき消えるほどの真っ白な帳に、視界全てを覆い尽くされた。


 突如としてのしかかる身体全体への重力。もはや白色の暴虐と言っても差し支えない殴打が、身体全てを全力で殴ってくる。


 痛い、と叫ぶ暇もない。掠れ声を放つことも叶わない。


 白色の暴力と爆風。身体の中身がどこかへ吹き飛んでしまいそうになる爆轟。遥か後方に吹き飛ぶ感覚を肌で感じながら、どこか分からない床へゴミのように投げ出された。


 ぼやけた視界。酷い耳鳴り。変なものを食ったわけでもないのに奥底から湧き上がる吐き気。場所を把握しようにも、どれだけ吹っ飛ばされたのか、どんな目にあったのか、考えられない。


 さっきの閃光の影響か。頭の回転が、明らかに遅くなっていることだけは分かる。呼吸する度に胸が痛い。肋も何本かやられている。


「もう終わりか」


 耳鳴りの影響であらゆる音が聞こえにくい中で、裏鏡(りきょう)らしき人間の声を、聴覚が捉えた。


 まただ。感覚的にやたら吹っ飛ばされたはずなのに、もう追いついてきやがった。もう終わり、冗談じゃない。


「ふざけ……やがって……!!」


 歯を食いしばり、戻りきっていない平衡感覚に鞭打ちながら、立ち上がる。


 どんな手品をかましているのか、全然分からない。こっちの攻撃は全然効かないのに、なんでアイツの攻撃ばかり効く。


「早く切り札を使ったらどうだ」


「おいおい……それも知ってんのかよ」


「鏡とは、ありとあらゆる事象を、ありのまま映し出す。俺が知りたいと思ったことは、鏡術(きょうじゅつ)で即座に知る事ができるからな」


 切り札といえば、竜位魔法(ドラゴマジアン)の事だ。


 エスパーダの時も、十寺(じてら)の時も、弥平(みつひら)は隠蔽工作を完璧に為したと言っていた。


 昔行っていた学校は未曾有の自然災害で半壊した事にし、エスパーダのときは、ぱっと見が象のぬいぐるみのパオングが使った記憶操作の魔法で、情報自体が消されている。


 つまり、誰も知る事のできないはずの情報を持っているということ。


 どうやって、とかいう手法に関してはどうでもいい。大事なのは情報収集能力自体。


 知ることのできないことを知っている、ということは、敵組織の情報を持ってる可能性がより高まったと判断できるということだ。


 唇をつり上げる。


「……はは。わーったよ。使ってやらぁ」


 刹那、真上に小さく紅い魔法陣が、天使の輪のように展開される。大気温が一気に加熱されていく熱気を肌で感じた。


 十寺(じてら)との戦い。エスパーダとの戦い。これら二つの戦いを通して、なんとなく発動のコツは掴んだ。


 発動まで時間はかかるのが鬱陶しいが、どうやら不意を討つ気はないようだ。


 エスパーダや十寺(じてら)は、この魔法陣と熱気を感じ取るや否や、驚いてあたふたしていたが、目の前のコイツは全く動じていない。あれだけの反則極まりない小技を平気で使ってくる奴だ。仮に受けたとしても、自分なら受け止められる確信があるんだろう。


 自信があるというべきか。ただ傲慢なのか。なんにせよ舐められていることに変わりないから腹立つワケだが、待ってくれるってんなら切り札を切ることに損はない。


 待ってくれるところを察するに、竜位魔法(ドラゴマジアン)の性質も既に知っているんだろう。事前に敵の能力や力の把握も既にやっているってことか。


「なあ、一つ聞いていいか?」


「何だ」


「テメェ、色んな奴に喧嘩吹っかけまくってるらしいじゃねぇか。弥平(みつひら)から昔、やりあったって聞いたぜ」


「それが何だというのか」


「なんで喧嘩するんだ? ただ周りを敵に回すだけの行為だぜ? ……誰かに恨みがあるのか? それとも……」


 裏鏡(りきょう)の底の見えない瞳をじっと見つめる。


 裏鏡(りきょう)家当主``皙仙(せきせん)``は、様々な強者を相手取り、勝利を収めてきた。その姿はまるで、何者かを手当たり次第に倒していった先にある何かを見つけ出そうとしているように思える。


 例えば、憎んでいる相手を探し出し、復讐を果たすとか。もしくは組織がいて、そいつらを木っ端微塵にするべく動いているとか。そういう遠大な目的があってこその行動じゃないんだろうか。


 そうじゃなきゃ、生きる上でデメリットが多すぎるし割に合わない生き方としか思えない。


「……俺の戦いに人間的感情は皆無だ。憎悪などない」


 細かな期待を胸に抱いたが、その返答は驚くほど冷淡であった。期待は虚しくも粉々の粉塵と化して消え失せる。


「じゃあなんで戦うんだよ。目的がないなら、ただの喧嘩屋だぞ」


「俺が求めるは森羅万象の真理。万物の深淵。俺はそれらを、この手に治める」


「しんり……? しんえん……?」


「深淵とは、すなわち神秘。真理とは、すなわち絶対。俺はかつて、その片鱗を垣間見た」


 突然、何を言っている。真理。深淵。何のことだ。あまりの意味不明さに、眉をひそめるしかない。


「真理に到達し、その深淵を治める。全ては、己を神域に到達させんとする為の布石だ」


 潜めていた眉を少しずつ緩めていく。


 なんとなく。なんとなくだが、コイツの言ってることがわかってきた。未だに難解でよく分からないから自信などないが、おそらく。


「……要するにテメェは……``神``になりたいのか?」


 恐る恐る、突拍子のない問いかけを投げた。


 神。神話とか御伽噺でよく見かける、超常の存在。時に恩恵を施し、時に災害をもたらし、世界と世界にいる全てを支配する。


 全てを知り、全てができる。全知にして全能。完全にして無欠。非の打ちどころのない何か。


 当然、そんなものを信じた事はない。今までの人生で``神``とかいう存在を見たことがないからだ。


 見たことがないなら、いるわけがない。周囲ってのは見るがままに在る。そう思って深く考えたことなんてなかった。


「神とは、所詮存在の一形態にすぎない。結果論的に導出されることによって、ようやく存在意義を見出せる程度の概念だ」


「あぁ……?」


「仮に俺が大衆から神と呼ばれる存在に成ったとして、より上位の存在が在るのならば、俺は更に、その上位階層へ往く。神など所詮、その程度の儚い概念にすぎない」


 肩を竦めた。意味が分からないを通り越して、話にならない。言っている内容がただの中二にしか思えなくなってきた。


 要するに超絶凄い存在になりたいとかそんな話じゃないか。ただ単に理解力が足りないだけかもしれないが、大概の奴に聞いても、多分同じ思いを抱くだろう。


 神なんてものはただの御伽噺。空想の世界にしか登場しない。現実に、そんなものはいないんだ。


 ただ、少し前までその御伽噺を夢見てたから完全に否定しきれない。だからこそ、あえてブーメラン覚悟で言うなら―――。


「現実見ろよ」


 一層低い声音で心中を吐露した。怒りにも似た、黒い感情を添えて。


「お前、この世に神なんかが本当にいると思ってんのか。況してや成れると思ってんのか」


 人は神になれない。所詮、御伽噺の世界の出来事。


 かつて御伽噺に出てくる英雄のような存在になれると思っていた。不遜も甚だしいが、それくらいの大物になれるだけの能を持った、一握りの存在だと。


 だが``現実``は違った。生々しかった。


 三月十六日に受けた並々ならない屈辱。あのとき、御伽噺とは綺麗事しか書いていないのだと、悟ったのだ。


 本来はもっと薄汚く、もっと辛辣で、もっと非道。そこに慈悲もなければ情けもない。ただひたすらにリアルな汚さが目の前に横たわっていたと、思い知ったんだ。


 あのときを境に、夢を見る事を諦めた。夢を持つ事を諦めた。理想を捨てた。どうせ持っていても、叶いはしないのだから。


「そういうのをなんて言うか知ってるか? ただの中二って言うんだぜ……」


 声のトーンを落としながら、主張を締め括る。


 神かそれ以上の、いるのかいないのかどうか分からない奴に成る。なろうと望む。俗に中二病と呼ばれ、嘲りの対象とされる象徴。


 別にコイツがどうなろうと興味はない。興味はないが、ただなんというか。 かつての自分自身を見ているようで口を出さずにはいられない。


 昔ならば神になりたいと思えたかもしれない。この世の何者よりも強い奴。神の如き全能者。流川(るせん)家の血を引く己なら、もしかしたらなれちゃうんじゃないか、と。


 歴代の流川(るせん)を超えし流川(るせん)の当主。最大最強の英雄。なれたなら、どれだけ良かっただろうか―――。


「下らん」


 黙って聞いていた裏鏡(りきょう)は、彼の締め括りの言葉に、再び火を灯す。一度鎮火した火事場に灼熱の業火を振り撒くが如く。


「ならば、その``現実``を捻じ曲げてしまえばいいだけの事だ」


「確かにテメェは強いかもしれねぇよ。でもよ。所詮人だ。人間だ。人間でしかねぇテメェに、それだけの能はない」


「能がないならば、生み出せばいいだけのことだろう」


「だからそんな能、テメェにねぇだろうが!! 何度も同じこと言わせんじゃねぇ!!」


 どこまで現実見れてないんだ。現実を捻じ曲げる。そんなことができたら今頃、澪華(れいか)は。


「人間にそんな能はねぇんだよ!! 確かに俺らは他の有象無象より強いかもしれねぇ!! でもそれは人の範疇での話だ!! 絶対に覆せねぇ現実は確かにあんだよ!! 分かれよ!!」


 裏鏡(りきょう)の顔色に変化はなかった。人に怒りと罵詈雑言をこれでもかと浴びせられながら、全く意に介していないように。


「……俺は、お前の理念に得心できない」


 唐突に脈絡もない事を言い始めた。まだ言うか。


「お前は俺の理念に得心していないように、俺もお前の理念に得心できない。一つ問う。復讐をして、お前は何を成したい?」


「何を成したいって……そりゃお前……澪華(れいか)や母さんを殺した奴をぶっ殺す、だろ。それも生きてる事を死んでも後悔し続けるくらい惨たらしく、徹底的に」


「違う。復讐を成して後、お前はどうするのか、どうしたいのかと聞いている」


「……それは……」


 言葉に詰まった。


 澪華(れいか)を奪った奴らに復讐する。そのために生きる。そう誓ったのは確かだ。三月十六日に心に刻んだ自分自身の誓約を、忘れた日はない。


 でもそういえば、復讐した後の事なんて、考えたことがなかった。いや、考える必要を感じなかったというべきか。


 いざ問われても、何も浮かばない。復讐を果たした後のビジョンがまるでない。虚無だ。真っ黒に染まっていて、何も映らない。


 そもそも、肝心な復讐が果たせていないのに、終わった後の事を考える意味ってあるのか。


 果たせるかどうか分からない。もしかしたら復讐する過程で死ぬかもしれない。そんな状況で、考えるだけ無駄じゃないのか。


 ということは、答えは一つだけだ。


「何も無い。そんなもんは、復讐が終わった後に考えればいいだけの話だ」


 迷いなく、言い切った。迷いも何も、これしか答えがないのだから、仕方ない。


 裏鏡(りきょう)は真顔だった。だが、何故か、どことなく翳りが見えるような、そんな気がした。


「お前の戦いは、復讐を成せば完結してしまう程度の儚いものなのか。面白くないな」


 自分の中の、時が止まった。だが同時に体の奥底からドス黒い何かが湧き出て沸騰してくるのを感じる。


 我慢できない。毒液をぶちまけるように、容赦なく口から吐き出した。


「……別にテメェを面白くさせるために復讐するワケじゃねぇんだけど。人の信念なんだと思ってんだ。舐めんのも大概にしとけやクソ銀髪」


「復讐という概念に都合の良い虚栄の大義を求めている時点で無意義であるのに、見据えているのは現在のみ。その現況を面白くないと述べて、何が悪い」


「悪いだろうがよ!! それ言うならテメェの戦う理由とかクソもいいトコだわ!! なぁにがしんらばんしょーのしんりだ、ばんぶつのしんえんだ、ンなもん妄想の中だけにしやがれ!! 戦い舐めんな、現実見る能のない凡愚が!!」


 ふざけんな。舐めるのもいい加減にしろ。何様のつもりだ。気分が悪い。不愉快だ。


 頭の中が、胸の奥底が、黒い何かに覆われて、我慢できない。


「俺は常に未来の己を思い、強者を粉砕し続けてきた。そしてその積み重ねが、現在の俺だ。対して、お前は未来を放棄している。人生を漫然と過ごし、無意義で無価値な時間を生きるだけの有象無象に成り果てるのだろう。実に負け犬が描きそうな筋書きだ」


 刹那、右足を全力で地面に叩きつけた。野太い轟音とともに、床には蜘蛛の巣状のヒビが入り、四方の壁にまで達する。


 右足には黒と紅が混ざった鱗が生えていた。真顔で抗弁していた裏鏡(りきょう)に、殺気に満ちた灼熱の眼光が襲いかかる。


 ただでさえ熱くなっていた空気は、一気に加熱された。顔からは血管が浮き出、灼眼の紅が咆哮する。


「もういい。お前は殺す……バラバラにして、粉々にして、跡形も残らねぇくらいぶっ壊す。もう情報なんざ知ったことか」


 朱色に輝く魔法陣から放たれる熱気は、最高潮に達しようとしている。鉄筋で支えられているはずの高層ビルが、地震に見舞われているかのように大きく揺れた。地盤の根底を覆さんとする、大いなる力がビル全体を震撼させる。魔法陣からは真っ赤な雷が奔走し、壁、床、家具。その全てを壊し、融かしていく。


 煉壊竜(れんかいりゅう)ゼヴルエーレから借りた竜位魔法(ドラゴマジアン)。これで破壊できない奴は今までなかった。


 思い知らせてやる。高々強いだけの、小技が豊富なだけの人間では、人外の身技に絶対に勝てないってことを。


 もう二度と妄想染みた減らず口を叩けなくしてやる。いくらも生きていない割に、偉そうに説教垂れた愚かさを一生悔わせてやる。少しは現実を思い知れ。


 魔法陣は幾重にも連なり、空間の熱気はインフレーションを起こす。


 一ヶ月の時を経て、再び未曾有の破壊の帳が、刻一刻と降りようとしていた―――。

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