祝宴会開催
時は経ち、四日後。俺は姿見に映った己の姿を見ながら、着慣れない正装に顔を歪ませていた。
基本的に学ランか薄着しかしないだけに、ぴっちりした服は嫌いだ。動きづらいし、汚せないし、なにより着心地が凄まじく悪い。
これだと戦うときに素早く動けなくてかなり困るのだが、弥平曰く正式な場なので我慢して下さいと言われた。
作戦にゴーサインを出した手前、強く断れず渋々着てるが、異変が起こったときは破り捨てていいと言われている。
もし何か起こったなら上半身裸で戦うしかない。ズボンは学ランを着慣れているので長ズボンには耐性がある。パンツ一丁で戦う必要はなさそうだ。周囲に羞恥を撒き散らかさずに戦える事実に一応、胸を撫で下ろしておく。
本家邸の居間に転移してきた弥平は、前日に開催場所と入場時間を伝え、転移用の技能球を手渡して会場設営の任に戻った。
弥平曰く、設営完了までに八暴閥全てに招待状を送ったらしいが、実質出席が確定しているのは流川、水守、白鳥を除けば、擬巖のみ。
覇劉は武の研鑽を理由に欠席。
花筏は、当主消息不明につき笹舟が当主代行を務めているため、本殿の職務を鑑み、不参加とさせていただく事をお詫び申し上げます、とものすごく丁寧な書簡が、わざわざ分家邸に送られてきたそうだ。
弥平としては当主不在でも構わないと返信したが、当主不在であるのに出席するのは不敬極まりないと断固譲らない姿勢だったので、断念したらしい。
ちなみに花筏、笹舟、覇劉が欠席なのは、実を言うと結果オーライだった。もしソイツらが来ていたら、正装はタキシードではなく着物になっていたからだ。
着物を着ると戦闘時に足が確実に死ぬから意地でも着たくなかっただけに、これだけは本当に結果オーライだと個人的に思っている。
裏鏡は、そもそも邸宅がどこにあるのかすら分からず招待状は当然送られていないが、推測通りなら本家派の気配を嗅ぎつけて絶対にやってくるだろうということで、あえて黙認している。
実際、祝宴会そのものが、裏鏡家当主``皙仙``を誘き出すための巨大な罠だ。元より消息なんぞ分かる必要もない。
「澄男さま、そろそろ」
「お、おう」
考え事に耽っていると、背後から御玲の声音が鼓膜を揺らす。
考え事してて存在を忘れていたが、今回の衣装の着付けは御玲がやってくれた。タキシードなんぞ着たことがないし、そもそもウチになかったので分家邸からわざわざ取り寄せてもらったのだ。
サイズもぴったり。逆にぴったりすぎて動きづらいくらいだ。
俺は背後で佇む御玲に意識を投げる。
敵組織の強襲。謎の軍団との出会い。氷のデカブツとの戦闘。
そして一ヶ月以上に渡る修行でほとんど意識する暇がなかったが、今思えば御玲と弥平がウチですごし始めて、もうすぐ二ヶ月になろうとしている。
弥平はともかくとして、御玲は女の子。女の子と一つ屋根の下、二ヶ月もすごしていたことになる。
意識するとちょっと緊張してきた。そういえばコイツとは同じ空間にいる時間が最も長い割に、個人的な話を全くしたことがない。今は二人しかいないし、少し雑談でも―――。
「いや……いいか。そんな余計な真似、しなくても」
女と話す。ありえない。三月十六日にアレを見たばかりじゃないか。某女子高生的なモノを。
あの日からは女と話すという行為にすら拒否反応を示すレベルになって、御玲とも極力口を利かずにすごしてきた。アイツも話しかけられない限りは何も言ってこないから、今まで苦に感じなかっただである。
それに思い出してみれば、氷のデカブツと戦おうとウチを飛び出した日。
御玲の胸倉を掴んで投げ飛ばしたり、クシャクシャに丸めたカートンを投げつけてパシらせたり、部屋ン中で大暴れしたり、口汚く罵ったり。クズ丸出しの行動しかしてない。
普通に考えれば、もうとっくに嫌われててもおかしくないくらいのことはしている。
「澄男さま?」
背後から名前を呼ばれ、身体をビクつかせる。
ぼーっと立ち尽くしてしまっていた。流石にこれ以上、メイドの前で腑抜けになるワケにはいかない。
「いや。なんでもねぇ。行くぞ」
準備はいいか、と声をかけると問題ありません、と極めて義務的な声音が返ってくる。
とりあえず今は作戦に集中しよう。敵組織の情報を得るために、様々な場所を行き来しているとかいう``皙仙``と接触する。
そして御玲には内緒で水守家と擬巖家の内偵だ。欠席の奴らは忘れろ。全部弥平の手筈通りに。気取られず、堂々と、だ。
息を大きく吸い、様々な事を心に刻みながら、技能球に念じた。視界が一瞬暗転したかと思うと、一気に豪華絢爛の大ホールが全てを塗り潰していく。
宴会場は上威区にある高層ビルの数フロアを貸し切って執り行われる。流川分家派が頼めば拒否する奴なんぞいないので、ほぼ顔パスで借用しているのだろう。
俺の家の力を目の当たりにすると、流石にどんだけ強い力を持っているんだと自覚させられる。
居住競争の極めて高い上威区のビルを顔パスで貸し切るなんて、誰でもできることじゃない。正直イケないことをしてる気分になってくる。
しかし―――。
会場に入った瞬間、自分に向けられる視線があまりに痛すぎて、つい辺りを見渡す。
会場には既に結構な人数がいる。ぱっと見、誰がどの家の奴なのか分かったモンじゃないが、唐突に転移で現れた俺らにやたら奇異な目線を投げてくる。
いや当然か。転移の魔法が使えるのは流川家ぐらいだ。
いくら八暴閥でも精々空飛ぶ車とか、電車とか、その手の近未来インフラ程度しか持ってない。むしろここにいる大半が、転移という現象を初めて知った可能性すらある。
でも見世物にされるのは、気分の良いモンじゃない。とっとと自分の席に座るとしよう。
御玲とともに俺の席はどこかなと少し焦り気味に見渡していると、真横から誰かが声をかけてきた。
「貴方が流川澄男様ですか」
聞き覚えのない声音。おそらく初めて会う奴だ。早く席に座りたいのに、タイミングの悪い。
「そうだけど……お前誰よ」
「初めまして。擬巖家当主、擬巖正宗です。中威区の実地支配をしてます。巷では``裁辣``が有名かな」
コイツが``裁辣``。擬巖家の当主か。
周囲はタキシードであるにも関わらず、なぜか袴を着ている。
腰の左側には刀。袴の色は黒い。普通なにかしらの柄があってもよさそうなのに、コイツの袴には柄がほとんどなく暗い色で塗り潰されている。
身長は俺と同じくらい。黒髪はカラスの体毛レベルに黒く、髪は短い。そしてなにより、左目を白い眼帯で隠している姿が、他の特徴を全て塗り潰して印象づけてくる。
何かの戦いで片目を失ったのだろう。争いごとの絶えない中威区を纏め上げている重鎮なら、血生臭い戦いの一つや二つこなしているはずだ。
印象としては全体的に黒い。服装だけじゃなく、かもし出される雰囲気、瞳から放たれる異様な威圧感。全てが不気味だ。
それに口調も、一応目上だし敬語を使っておこう、みたいな感覚。
元不良高校生をやっていただけに他人の口調には敏感なのだ。慣れない口調をしているせいか、コイツの敬語はどこかちぐはぐに聞こえる。
「こちらは私の側近、三舟雅禍」
「よろしく」
黒い雰囲気だらけの眼帯男の横に佇む、黒髪長髪の女。
体躯、年齢的に御玲と同じくらい。全身黒い袴に身を包んでる擬巖家当主とは裏腹に、服の面積は割と小さく、身軽で薄手の戦闘服。コイツも服装が暗いが、ちゃんと袖やらなにやらには、黒以外の色も盛り込まれてるみたいで少し安心する。
とはいえ横に並んでいる奴と同じく、人間的な雰囲気は暗黒だ。
顔は整っているのに、どうしてこんなに暗いんだろうか。今の俺が言えた義理じゃないが。
武器は携えていないが、側近と言っていたから多分、服装の薄さからしてナイフ使いか、糸使いか。なんにせよ、タイプとしては暗殺者といったところか。
雰囲気が暗いだけに、側近も陰湿な使い手のようだ。
「こりゃどうも。で、何か用」
「いえ挨拶しにきただけですよ。それより知ってますかね。私ども直系の凪上家が大規模競売会を開催したっていう話」
「しらねぇな」
と、嘘をついておく。本当はあくのだいまおうとの話の後に、弥平からことの経緯は全部聞いている。
凪上家が大規模競売会とかいうのを開いたキッカケが、どっかから拉致ってきた氷のデカブツの嫁で大金稼ごうとしたっていうこと。
ソイツを取り返そうとしてあくのだいまおうどもが出陣。そこに密偵中の弥平が出くわしたことも。
「知らない? ……まあ凪上家だし、家格も合わないですしね」
「それもあるけど、まず競売とか興味ないからな」
「そうですか。知らないなら仕方ない。今後ともよしなに」
では、と小さく手を振ると雅禍とかいう側近と人ごみの中へ消えていった。
今思ったが、人ごみの大半は擬巖家の奴らなんじゃないんだろうか。
覇劉、花筏、笹舟は欠席してる時点で、会場の半分を覆う人が来ると思えない。
白鳥家と水守家に傘下の暴閥はいない。
ウチは白鳥と水守以外は余所者って感じだし、実質五分の盃を交わしたのと同等の奴といえば、同じ流川の弥平ぐらいなもの。
となると人ごみの大半は擬巖家の奴らってことになる。
なんでこんなに多いのか。大騒ぎして祝うほどでもなし、そもそも当主とは今日が初見なのに。
当主と側近の薄暗い雰囲気といい、不自然な人の多さといい、胡散臭い連中だ。流川家に反目の意志あり、とかいう情報はあながち嘘じゃないかもしれない。
「澄男様」
「うおおお!? ってお前かよ……」
「す、すみません。驚かせてしまって」
「ああ……いや、いい……。でも今度からは背後から声かけんのできればやめてくれ」
畏まりました、といつもの執事服よりも数段グレードアップしてる執事服を着こなして、紳士具合に更なる拍車がかかってる弥平が申し訳無さそうに一礼する。
以前からその節はあったが、三月下旬くらいからというもの、背後から声をかけられることに敏感になってしまった。たとえ味方でも背後から声をかけられると本能的に凄まじい不安が圧し掛かってくる。
戦いに携わる者として、気配とかに敏感になってきたのは自画自賛するべきなのかもしれない。でも味方に対して、これ以上怪訝な目で見たくはない。ストレスで体が破裂してしまいそうだ。
「澄男様、ご紹介したい者がいるのですが、よろしいですか」
「……お前の身内?」
「はい。以前お話しました、従兄妹の」
「あぁ……そうだな。一応顔合わせとくよ」
「御玲も是非」
「弥平さまがよろしければ」
「了解しました。是空、来なさい」
弥平に呼ばれ、汚れ一つ無い真っ白な執事服を着た女が近づいてくる。
いとこって、従兄弟じゃなくて従兄妹の方だったのか。
女の割に長身。俺や弥平と同じくらいの背丈。全身も凜としていて姿勢は良く、ぱっと見ただけで体幹の良さが伝わってくる。
髪はショートで色は灰色、俺から見て右側からサイドテールが伸びている。
御玲は青い髪のポニーテールが特徴だが、コイツはサイドテールか。
おしゃれにしてはどっちも簡素だが、色的にも髪型的にも、見分けやすくて無難で良い。
全身を一通り見て回った俺だったが、彼女が腰に携えているホルダーの中身を見て、目を丸くした。
アレは拳銃。ただの拳銃ではなく、多分魔法的に強化改造されている代物。ホルスターの隙間から見える淡い光が霊力の存在を物語ってる。
正直銃には全然詳しくないんだが、本当に武器として使っている奴を見るのは初めてだ。基本的に俺は剣で斬るか、殴る蹴る、しか芸がない。
しかし待てよ。この女が弥平の従兄妹だとすると、もしや。
「白鳥家当主``淵猟``白鳥是空と申します。本家派、並びに本家派側近にお会いできて光栄でございます」
「……流川澄男だ。その、なんだ。よろしく」
「水守家が当主``凍刹``水守御玲と申します。今後ともよしなに」
「顔合わせのところ申し訳ありませんが、専任された職務がございますゆえ、これにて失礼させていただきたく」
「お、おう。いいぞ。すまんな」
ぎこちなく返事をすると、是空と名乗る女性は深々と一礼し、弥平みつひらにも軽い会釈をして、人ごみの中へ消えていった。
アイツが``淵猟``か。暴名から察するに、狙撃とかもできるんだろうか。あんなに可愛いのに、人は見かけによらないものだ。
さりげなく``五大``の一角に会えた事に感心しながらも、さっきの会話の流れを思い出す。
まずい。久三男並みのコミュ障を発症している気がする。
まず、何を話せばいいのか皆目分からない。世間話をするような仲でもなし、お互い自己紹介と顔合わせはできたワケで、必要最低限は満たしてるから問題ない気がするが、なんとなく物悲しさを感じる。
昔は男女差別しない奴だと己を認識してたのに、今は話したいというよりも、怖いという感情が先にでしゃばる。
これも三月十六日のアレが原因なんだろうが、コミュ障に成り果てているってのは、なんだか不甲斐ない気分だ。
「彼女には会場フロア内の監視、及び``皙仙``の早期発見と監視を任せておりますので、私達とは別行動です」
またゆっくりお話しする機会があると思います、と弥平は補足する。
そのときになれば、また昔のように色んな奴と話ができるようになるんだろうか。全然想像できないが。
『澄男様、御玲。気取られぬよう、自然な佇まいを維持しながら霊子通信を行って下さい』
脳内に直接響く弥平の声音。霊子通信によって自意識に直接意志が伝わってきているのだ。
多分、秘匿回線。コード666だったか。
携帯がなくても脳味噌の中で会話ができるってのは便利なものだが、これも唐突に来られると割とびっくりする。
―――ぼやくのをやめて、そろそろ頭を作戦に切り替えよう。
『どうした』
『お気づきでしょうけれど、会場内の大半の者が擬巖の組員で占められております。当主を護衛する人員と考えても、あまりに多すぎる数です』
『それ思った。なんなんだ、この数。正直気持ち悪いったらありゃあしねぇぞ。``皙仙``見つける前にコイツらの威圧感で参っちまいそうだ』
『``裁辣``には、お会いになりましたか』
『ああ。暗殺者っぽい女と一緒にな……凪上家のアレを聞かれた』
『ふむ。やはりあの騒動の犯人を探している具合ですか。どう答えました?』
『しらばっくれといた。多分気取られてねぇはず』
『ありがとうございます。私があの会場にいたと思われると厄介ですからねー』
『いや実質、俺ら真犯人匿ってるから共犯だけどな……』
ははは、と弥平の乾いた笑みが脳内を呼応する。
弥平は凪上邸に忍び込んだだけなのだが、紆余曲折を経てあくのだいまおうらを本家邸の地下二階に閉じ込めなけらばならない羽目になってしまった。
つまり、本来真犯人になるはずだった弥平は、あくのだいまおうどもの乱入で事なきを得たが、結局匿ってしまったから同罪という奇想天外な状況におかれているのだ。
擬巖家からすれば事情や経緯なんざどうあれ、アイツらを匿っている時点で真犯人か共犯かは関係ないだろう。俺が擬巖家の立場なら関係ないっていうだろうし、もしバレれば言い訳なんて通用しない。
『となると彼らは、あくのだいまおうたちの情報を得るために、私たちに接触している。ということなのでしょうか』
『武市で起こった事件ですから、情報を得るなら我々が主催する暴閥会合に参加し聞き込みをするのが手っ取り早いと踏むでしょうね』
八暴閥が一つに集まる場所ほど、暴閥界関係の情報収集で効率の良い場所はありませんから、と付け加える。
大陸八暴閥は様々な分野に精通しているので、情報を保有している割合は、どの暴閥よりも高い。
その八暴閥の中でも、だだっ広い情報網と膨大な情報量を有しているのはウチ、流川だ。
そして今回、その流川家が主催。情報を欲してる奴からすれば、喉から手が出るほどの良い情報源と言ったところだろう。
オーナーの流川がそもそも情報収集のために開いているから悪く言うつもりはないが、流石同じ暴閥、考えることは同じか。
『しかし、彼らの目的が情報収集なのだとしたら、妙ですね』
『何が』
『純粋に情報収集が目的なら、澄男様ではなく私に声をかけるはずなのですよね。流川が有する情報の管理は、表向き全て分家派が行ってますし』
そういやそうだ。流川は膨大な情報を保有している、というのは、正しくは本家派じゃなく、弥平率いる分家派だ。
例外的に久三男がいるが、アイツは巷じゃ存在しないことになってる。
つまり、目をつけるべきは弥平のはずだが、擬巖は何故か俺に声をかけてきた。本来知らなくてもおかしくない相手に。
明らか無駄なのに、その無駄をあえて踏んでまで声をかけてきた意味は一体。
『考えられる可能性としては敵情視察、ですかね』
『それはつまり、敵組織の長として……でしょうか』
『長かどうかはともかく、敵組織として先遣してきたと考えるのが自然でしょうね』
『要するにカマかけてきたってことか』
チッ、と精神世界で歪に舌を打つ。
アイツらにとって流川が出張るのを招待状で知った。
凪上家の競売会が何者かに潰されたから有益な情報が欲しい。なら同時に本家派当主の澄男に敵として挨拶をしとこう。
情報も得られて敵に挑発できて一石二鳥、が魂胆なのか。だとしたら飛んだクソ野郎だ。舐められたモンである。
『……ふむ……』
『何だ』
『いえ。少々疲れが。そういえば御玲、貴女の父君は』
『……欠席かと。あの方は、この手の祭り事を大変嫌悪されるので』
『左様ですか。大戦時代の英雄として武勇伝をお聞きしたかったのですが、残念』
こほん、と一度咳払いするとそろそろセレモニーの開始を宣言しますのでお席に、と俺らを席に誘導する。
長時間立ちっ放しで行動していた挙句、初見の奴に二回も顔合わせしたせいか、椅子に座った瞬間に味わえる疲労への開放感は、雷撃が走ったようだった。
人と接するのって、こんなにしんどかったのか。ただ単に神経質になっているだけなのか。
なんにせよ心の疲労が既に溜まってる。昔の俺なら、この程度の人混みとコミュニケーションごときで疲れはしなかったのに。
『澄男様、御玲に気づかれないように霊子通信を続行して下さい』
彼女はログアウトさせました、と再び端麗な声音が脳裏を貫く。
御玲を除外したって事は、内密な話って事か。やれやれ、気が休まるときがない。
『まだ何かあんのか』
『先程の話の続きなのですがね。どうも引っかかるのです』
『どこらへんが』
『擬巖家が敵組織ではないか、という話は、私の部屋で致しましたよね』
『ああ』
『初期型に近い甲型霊学迷彩。大戦後の所有者が本家派。本家邸新館にはない。水守家に譲渡された可能性。一連の流れを考えると、水守家総帥が来ていないのはおかしいと思いません?』
『……言われてみれば』
精神世界で首を捻る。
弥平との密談で予想した流れだと、初期型の甲型霊学迷彩は大戦時、分家派が使っていた。
でもバージョンアップする度に古い奴は要らなくなったので、本家派に譲渡していた。
クソババアは隠れ蓑装備なんざ使うガラじゃないが、本家派には当時水守家主軸の守備隊がいた。
使う気のなかったババアは装備を水守家総帥にあげて、守備隊そのものの強化をさせた。やら
分家派の記録では古い装備の行方は本家邸となっている。しかし本家邸を隈なく探しても肝心の装備は無いという事実が、なによりの証拠。
ここまでの前提で、水守家や当時守備隊の副官だった親父が内通者であり、内通先は流川に反目の意思があるとされる擬巖である、というのが仮説の結論だった。
この仮説を下に状況を考えるなら、どうして水守璃厳は参加しないのか。何故敵組織の本元のはずの擬巖が出張ってくるのか。
不自然に人員を配置して、当主まで出張ってる始末だし、完全に俺らをこの会場で潰すと表明してるようなもんなのに、何故あえて流川を煽るような真似をする。
順当に行くなら、水守家の総帥が出張ってくるはずじゃないのか。
擬巖が諸悪の根源なら内通者程度の存在でしかない御玲の親父を捨て駒にすれば擬巖の損害は皆無。
わざわざ敵陣で暢気に豪勢な飯をありついて俺らの敵視を煽るなんざ、ただ無意味に全面戦争のリスクを背負おうとしてるだけだ。
俺らにカマかけるってのもしかり、ぱっと見筋は通っている感じだが、そんなことをする必要性がどこにあるんだろう。
漫画の中の出来事とかなら良い演出になるのかもしれないが、ここは現実だ。意味もなくリスクを背負うなんざ馬鹿もいいところである。やるんだったらもっと姑息にずる賢くコソコソやった方が楽で確実なのに。
一瞬何もかもの状況が理に適っていると思ったが、よくよく煮詰めてみれば、理に適ってると見せかけて結構おかしい。
擬巖家の者どもを、訝しげに見つめる。
『……もしかしたら、私達の推測そのものが、誤りなのかもしれません』
『おいおい。それ言ったら、この祝宴会の意味半分なくなるぞ……』
『確かに。もう中止にするわけにもいきませんし、なにより未だ``皙仙``が姿を見せていません』
『ソイツと会わねぇと話にならねぇしな。とりあえず擬巖関係はおいといて、``皙仙``に集中すっか?』
『ええ。祝宴会が終わりましたら、もう一度落ち着いて状況を再精査してみましょう』
ああ、と答え、霊子通信を切る。
内通者と目される奴らは表に出てこず、本丸と思わしき奴らがやたら目立ってる状況。
推測が間違っていたと言われても、個人的にはどこが間違ってんだって話だが、今回の目的はもう一つ、``皙仙``をハメることにある。
擬巖や水守が何を考えてるのか皆目分からないが、``皙仙``を捕まえれば、何か分かるかもしれない。
とにかく推測を確固なもんにする証拠が欲しい。じゃないと、全然話が前に進まない。
「チッ……ままならねぇな全く……」
祝宴会場が胡散臭いムードに包まれる中、着たくもない正装に加え、予想外が起きたため、独りでに顔を歪ませる。いつ来るかも、そもそも本当に来るのかも不明瞭な``皙仙``の登場を、刻々と心の底から待った。




