雑念入り混じる素振り
弥平と別れ、本家邸新館の裏手にある道場へ足を運んだ俺は、上半身裸の状態で紅い刀身の剣を何度も、何度も振るう。剣を振るう度に、野太い掛け声と足で畳を擦る音が道場内を反芻する。
エスパーダ戦が終わってからずっと素振りをやってるが、やはり相手がいないと締まらない。
いつもなら母さんがいた。でも今はただの死体として分家邸に運ばれていった。他の奴らはなにかと忙しいみたいだし、声もかけづらい。
御玲は前に投げ飛ばして以来、更によそよそしくなった。久三男は相変わらず部屋に閉じ篭ったまま。
今のところ、弥平ぐらいしか頼める奴はいないが、奴にはやるべき事が山積みだ。ただでさえ本家派当主は修行に没頭するしか芸がないというのに自分以上の芸当ができる奴を、こんな畳しかない所で燻らせておくワケにはいかない。
―――御玲に頼んでみるか。
いや。三月末にやらかした事を思い返すと、あまりに虫が良すぎる気がする。
『……分かったら、もう俺に鬱陶しく構うんじゃねぇ。テメェはメイドらしく黙ってメイドやってりゃあいいんだよ』
本当は、こんなこと言うつもりなんてなかった。
あのときは嫌な夢を見てムシャクシャしていて、何もかもが嫌で嫌で仕方なくて。その場にある何かに当り散らすでもしないと、どうにかなってしまいそうなくらいイライラしていた。
あのときほど自分がクズだと思った日はない。むしろ人間って追い詰められると飛んだクズに成り下がるんだなと、身をもって思い知ったくらいだ。
俺は英雄の血筋から生まれた選ばれし存在。だからクズとは無縁で、この世のクズを淘汰できるごく一部の人間。今までそういう特別製だと思って疑ったことはなかった。
でも所詮、中身がただの人間なら、ふとしたことで廉価物未満に成り下がるのだ。
クズを一方的にバカにしてた奴がクズに堕ちる。明日は我が身、なんて国語の勉強で覚えるただのことわざだと思っていた頃が本当にバカらしい。
はぁ、と溜息を吐いて刀を地面に落とす。身体中汗に覆われ、身体からは湯気がたちこめていた。
特に修行の成果もなし。でも修行を止めるなんざありえない。成果がないならあるまでやり続ける。今の俺にはこれしか芸がない。
弥平の言う作戦決行まで数日ある。体力には余裕があるし、今日も徹夜で素振りだ。何か目新しい、どんな敵にも通じる新しい技を編み出さなきゃならない。
もしかしたら何かの拍子に``皙仙``とか、``裁辣``って奴とも戦うかもしれないんだ。もし戦う事になったとき、今の俺なら勝てるか。技もクソもない、パワーしか取り柄がない、この俺に―――。
「考えろ……考えろ、俺……! その凡愚の頭が潰れるくらい捏ね繰り回せ……!」
であ、とあ、と掛け声の音量は一層強まり、手の平から朱色の液体がほんの僅かにほとばしる。
俺の修行に終わりはない。十寺興輝、そして流川に仇為した奴らを潰す。たとえ敵の首魁が流川と立場が同格の大暴閥が相手であろうと。``四強``の一人が相手だろうと。
ただそれだけを一心に、紅霞に満ちた剣を振るい続けるのだった。




