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二人の前奏曲

 ナマケモノのようにゆっくりと動く白い雲を眺めながら、地に寝そべり空の変容を視界に写す己の姿は、見た奴誰もが怠惰の極みだと罵るだろう。


 澄会(すみえ)とかいうクソババアの命令で、ほぼ強制的に通わされてるが、正直ただひたすらに虚しい。


 戦いも無ければ、胸躍る展開も無い。アニメや漫画とかでありがちな異変も無い。ただただ同じことを同じ動きでこなすだけの作業が、何の意味も無く横たわっているだけの日々。


 平穏、安寧、日常。他の奴等にとって、これらは至福でしかないかもしれない。


 でも胸熱な戦いと楽しい躍動を求める者として、このガッコウの有り様は、退屈以外の何物でもなかった。


「授業とかやってらんねぇよ。なんだよサインコサインタンジェントって。もうサインだけでいいじゃん……」


 大きく溜息を吐き、ひたすらに雲の数を数える。


 途中編入してからもう一年。


 数学、物理、化学、国語、古典等。授業を聞いていると十中八九睡魔の奇襲を受ける教科の時間は、屋上か自販機の側のベンチで空を眺めて過ごしている。


 退屈なんだ。興味も無ければ、その知識を活かして就職するワケでもない。


 流川(るせん)本家派当主というれっきとした将来が確定している今、勉強する意味はどこにあるのだろう。


 椅子に座って授業を受ければ戦いに勝てるのか。


 テストで高得点を取れば戦いに勝てるのか。


 否。寧ろ足腰が弱体化し、持久戦で歯が立たなくなるだけだ。


 結局学校の勉強なんて、実際の戦いに何の役にも立たない。


 今すぐにでも修行して新しい技を開発したいところだが、愛用の剣はクソババアに没収されてしまった。お守り代わりの木刀しか持ってない。


 俺は深く溜息をつく。どいつもこいつも同じようなことを続けて、なんで飽きないんだ。


 俺は登校一日目で飽きた。友達を作れば退屈しないかと思ったが、俺と同じ想いに共感するヤツは皆無。


 最初は転校生という立場が周りを騒がせたが、しばらくすると、俺の価値観を疎ましく思う奴らが大半になってしまった。このガッコウの奴等にとって、戦いなんてものはアニメや漫画だけの話らしい。


 だったらクソババアやらが経験した``武力統一大戦時代``ってのは何なんだろうかという話になるが、その話をしても、誰もが同じことを口ずさむ。


『そんなの歴史の教科書の話でしょ。興味ない』


 正直こいつらは馬鹿なんじゃないのか、理解する能の無いカスなのかと吐き散らしたくなった。所詮ぬるま湯の世界で生きてきたのだからどうしようもないと、いつしか割り切るようになったけど。


 とはいえクソババア達が築いた国のはずなのに、どうして戦いに理解が無い腑抜けしかいないのか。身バレできない以上は大人しくしてるしかないんだろうが、考え事をしてると溜息が止まらない。


「やっぱり屋上にいた。#澄男__すみお__#ったらまたサボり?」


 あーあ、また屋上のドア蹴破ってるし、と背後から女の声が鼓膜を揺らす。声の主が誰か、考えるまでもない。


「別にいいだろ。今更優等生になる気はねぇよ」


 こっこっ、と歩を進める音が一歩ずつ増していくと、俺の右横にセーラー服を着た女の子が座り込む。


 木萩澪華(きはぎれいか)。コイツもどうやらサボタージュのようだ。


「いいのかよ優等生」


「別に。今回の授業分は予習完璧だし、誰かさんと復習すればプラマイゼロ」


「完璧女子高生に死角無しってか」


「えっへん」


「褒めてねぇよ」


「私がいるから欠点は免れているのです。さー、この澪華(れいか)様を崇め奉りなさい」


「うわーきれいですたいるよくてべんきょうできるけどくちうるさいすごいすごいれいかさまーありがとーございまーす」


「もう勉強教えてやんない」


「しろって言われて、したら負けさ……」


「ダメ人間の理屈だね」


「うるさいぞ」


 禅問答が空へ裂く。他愛ない掛け合いに、思わず笑いがこみあげた。


 さっきはガッコウ生活が退屈だと言ったが、唯一の楽しみと言えば、コイツとの他愛ない会話くらいだ。


 コイツと知り合ったのは一年前の五月。


 文化祭準備の時、面倒くさくて準備をサボってたらクラスメイトの男に言い寄られて殴り合いの喧嘩になった矢先、当時クラスの仕切り役だったコイツが、仲裁に入って事を収めたのが全ての始まりだった。


 正直あの頃は他の奴等から持て囃されるアイドル的存在程度の癖に目立ってんな、と不快に思っていた。


 だが関わっていくうちに、周りのボンクラとは違う、確固とした何かがあると思うようになった。


 たとえどんな相手だろうと差別しない。どんな価値観も認めて飲み込んでくれる一貫した寛容さと、そしてそれだけの理解力を持ち合わせた有能。


 コイツの先導でガッコウ行事に参加していくうちに仲良くなり、そして今に至っている。


 だが、と思案を巡らす。


 基本的にコイツは授業をサボるような奴じゃない。なんで俺のトコに来たんだろう。


「ね、ねぇ。澄男(すみお)、今日……何の日か、知ってる?」


「ただの普通の日だろ」


「本当にそう思う?」


「何かあったっけ……終業式が近い、とか」


「……もう!」


 何故怒る。今日は特に何も無い日。


 変わり映えのしない日常が広がってるだけなんだが、つまり何が言いたいんだろう。


 怒ってる理由が見当つかない。考えろ。他の有象無象ならともかく、コイツが言うのだから、何か意味があるはず―――。


―――『澄男(すみお)、今日誕生日だよね』


『ん? ああ……そうだが』


『はいこれ、プレゼント』


『は?』


『誕生日プレゼントだよッ。貰ったことないの』


『無いけど』


『じゃあこれが``初めて``だね』


『お、おう……』


『そうだ。因みに私の誕生日は三月十六日だから。来年、楽しみにしてるからね』―――


 ―――思い出した。今日、その三月十六日。澪華(れいか)の誕生日だ。まずい、普通に忘れてた。


 何も用意してない。忘れてたから当然だが、忘れてたと答えるのは状況的にまずい。


 どうしよう。よし。知ってたフリをしよう。恐らく話の進み具合からしてまだ間に合うはず。


「そ、そういえばお前誕生日だったな!」


「忘れてたでしょ」


「わ、忘れてないぞー。ちょっと思い出すのに時間かかっただけで」


 刹那、澪華(れいか)は勢い良く俺の方へ振り向き、ジト目で顔面に穴を空ける勢いで見つめてくる。


 あまりの気迫に固唾を呑むが、澪華(れいか)は頬をリスのように膨らませた。


「忘れてたって顔に書いてある」


「ぐ……」


「分かるからね? すぐ顔に出るから」


「そんなにか!?」


「うん。そんなに」


「えぇ……」


「でもそういう素直なところ、私好きだよ?」


 不意打ちだった。例えるなら攻撃した瞬間にババアの猛烈な裏拳食らった時と同じくらいの不意打ち。


 顔面が熱くなる。


 ああ、今多分、いや確実に顔に出てる。梅干の如く真っ赤になってる。恥ずかしい。


 まさかすぐ顔に出ると言われてその次の瞬間に回収するなんぞ恥以外の何物でもない。


 逃げたくなってきた。男として本気で恥ずかしい。いや待て。次の瞬間に台詞を回収。まさかコイツ。


「ほら。顔に出た」


 澪華(れいか)は俺の顔を撫で、朗らかに笑う。


 今後、逆らう時は最善の注意を払うようにしよう。毎度思うが、なんでコイツは変に頭が回るんだ。


「私の誕生日忘れてたバツとして、春休みの宿題、絶対に終わらせること」


「ハッハッハなんだそりゃ。んなもん余裕すぎて」


「どれか一つでもできなかったり、答え写したらもう二度とテストの手伝いしてやんないからね」


「よし。久しぶりに本気出すか!!」


「それとっ」


 雲が途切れ、真っ青な空が露になるや否や凛然とした太陽光が降り注ぐ。澪華(れいか)と髪の間から細かな光が差し込み、風に揺られて光と影が競り合うことなく混ざり合う。


 心地良い風に吹かれながら見下げる澪華(れいか)は、長髪の隙間から垣間見える金箔で後光が挿しているように思えた。


 乱れた髪を無意識に左手でたくし上げる仕草に、思わず動きを止める。


「今日、私と一緒に誕生日プレゼント探しに付き合うこと! だったら許してしんぜよう!」


 思わず吹いた。


 お手上げだ。コイツには上手に回れる気がしない。俺が忘れてるのを見越した上での犯行だったワケか。


 やっぱり木萩澪華(きはぎれいか)、ただ者じゃなかった。


「でも今日生徒会の役員会があるから、その後ね。時間、空いてる?」


「大丈夫」


「じゃあその後ね。約束だよ。忘れたら折檻だからね」


 へいへい、と肩を竦め、差し伸べられた手を掴む。


 授業終わりのチャイムがなったのは、その瞬間の出来事だった。

もう一度言っておきます、学園モノではありま(殴

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