エピローグ:あくのだいまおう
程なくして金冠を被った象パオングが何食わぬ顔で本家邸へ転移して来たのも束の間。あくのだいまおう率いるメルヘン集団は弥平の主導によって地下二階にある地下牢へ拘置された。
薄暗く、ほとんど光の灯らぬ地下牢フロアで、二足歩行のアオガエルのカエル総隊長は牢屋内にある水道を捻り、水分を補給する。
「旦那、そろそろ全部説明してくれませんかね」
「そうだぜ。囚人になるなんざ聞いてねえし」
カエル総隊長、そしてナージは牢屋内にある一人用のベッドに横たわるあくのだいまおうに詰め寄る。
自分達はエスパーダを元の鞘に戻すための手伝いをする。そのために集められた。
囚人になる羽目になるのは飛んだ誤算状態なのだが、あくのだいまおうの不気味さと謎の余裕は崩れない。
「そうですね。私達が現代人類の都の一つ、武市に足を運んだ本当の目的……それは、これから起こる未曾有の極大災厄を回避する為です」
「それってさっき話してたヴァルヴァリオンの天災絡みすか? いわゆるファンタジーでありがちな、伝説の再来……的な」
「無関係です。私達が本当に相手にしないといけないのは極めて大規模で圧倒的な災害。ヴァルヴァリオンの天災なんて、正直大したことはないのですよ」
「え!?」
うろたえるシャル、ナージ、カエル、ミキティウスにあくのだいまおうは全てを話し始めた。
未曾有の極大災厄、それがこのヒューマノリア大陸並びに全大陸の全文明を尽く滅ぼす大災厄である事。回避できるが、起これば最後誰も抵抗できない事。エスパーダとエントロピーの事件は、ついでの任務であった事。
回避するには今日、事件に乗じ、流川弥平のコネクションを形成して流川家に取り入るのが最もタイミングが良い事。回避できた場合、災害の規模が最小限に抑えられた事態が流川るせん家に起こる事。
そして未曾有の極大災厄の根幹となる存在が流川澄男、彼ではない事―――。
全てを話し終えた後、訝しげな表情を浮かべていた三匹と一人はようやく納得。
あくのだいまおうはここに至るまでの澄男達との経緯をパオングに含めて話す。彼も静かに聴いていたが、特に異論はない様子で、あくのだいまおうに視線を移した。
「なのでここまでは想定通りですよ。一段階目が無事終了し、二段階目に移行する目処が着いた。と言ったところでしょうか」
「パオング。その二段階目が釈放後のデモンストレーションというわけだな」
「貴方方に関しては、そうなります。私は拘置中、地下一階に住んでいらっしゃる彼に助言を託さねばなりませんので」
「成る程。其奴をここに来る事を見越しての余暇……だから今日が``タイミングが良い``わけだな」
「ん? 待って。オレちょっと話についてけない」
「パァオング!! つまり釈放まで一定の猶予がある、という事だ。かなり余裕のあるスケジュールだと思っておけばいい」
「そんなに余裕あるんすか。因みに釈放はいつくらいっす? 旦那なら知ってんですよね」
「今日が竜暦一九四○年三月二十三日ですので、そこから一ヶ月半後、五月十日前後になりましょう」
「五月十日!? それまでココで缶詰っすかぁ!?」
「暇すぎんだろぉ!! それまで俺のウンコタイムが!! 野グソ飯がぁぁぁ!!」
「ボク、オナホとか思って来てないんだけどぉ!?」
「えぇ……ココに来てオナホの心配かよ……」
「パァオング!! いざとなれば貴様らで排泄物を舐め合い食い合えば良かろう。この両刀どもめ」
「俺は嫌ですよ。いざとなれば自分のパンツを極限まで愛する自信があるんで」
「真顔で何言ってんだアイツ……キッモ」
「もうコイツ、オレが消化していっそのことパンツだけの存在にしちまうか」
「いや待てお前ら。とりあえず夜になったらチンパンティウスで一人ずつパコってさ、リアクション次第でさっきのキモ発言許すってことにしようぜ」
「ヒィ!? やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉぉ!! つかシャルお前裏切ったな!!」
一気に騒がしくなる牢屋内。パオングは嘆息しながら灰色のラッパをハンカチで掃除し、あくのだいまおうはその光景に飄々と眺めた。
とぐろを巻いた蛇が甲高く啼く。腹ばい運動を盛んに繰り返し、まるで目の前の情景に刺激されたかのようにヤコブソン器官が反応する。
「そう暇でもないと思いますよ。貴方方なら一瞬と感じるでしょう。五月十日からは忙しくなりますから、充分に余暇をお楽しみ下さい」
「マジすか。それもいつものアレすか。私に知らないことはない、ってヤツっすか」
「なんかそれは胡散臭いなー」
「いや、ココで胡散臭いって言ったら今までの話も全部胡散臭くなるじゃん……お前働きたくないだけだろ……」
「まあ五月に面白い事するんだろ? だったら待ってやろうじゃねえか。デモンストレーションって事は俺らが好き放題クソ炸裂できるってことだしな」
「いやオレはウンコしねぇけど。どっちかつーと吐く」
「ボクにとっての排泄物は白色って決まっているから……」
「俺はパンツが盗めるならなんでもいい」
「オメェらそこはのれや!! そうだなって言えや!! 頑なすぎんだろうが!! ほんと糞、糞すぎて糞!!」
はっはっは、と妖気に笑うあくのだいまおうに三匹と一人は全力抗議する。
薄暗く地下の暗黒の支配された地下二階中に響き渡る宴会模様。物音一つ聞こえぬ暗澹とした肌寒い地下牢を、幾ばくか光の暖房と二頭身の喧騒が、牢内を明るく、暖かくしているように思えた。
彼らに自覚はなければ、意図もないのだろう。自意識の無意識によって発現する光源の存在意義もまた、人外にして異境なる世より来た``魔軍``の成せる業。
その業の根源と影響を、須らく知っているのはおそらく。
「悪事ノ匂イガスル……!」
悪を司る、魔軍の長のみである―――。
第三章「裏ノ鏡編」に続きます。




