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潜む異形

 作戦通り金属柵を溶かし、中に捕われていたエントロピーを取り出したミキティウスは、凪上(なぎうえ)邸から下半身素っ裸の状態で脱出。目晦まし役のナージと、会場で盛大に胃液を撒き散らす陽動役のカエルに先行して、あくのだいまおう達が潜伏している地点へ戻った。


 遅れて、メンバー内で最も高い飛行能力を持つナージが、強い脚力で素早く移動できるカエルが到着し、つつがなく作戦は成功。


 白いドレスと、エスパーダと同じ青白い瞳、青いセミロングの姫君は、わざわざ救出してくれた者達に感謝の意を込め、深々と頭を下げていた。


「この度は皆様に御迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ございません」


「ほんと世話焼かせんなよな。詫びとして二日間溜め込んだウンコ、俺によこせ。なら示談にしてやらんでもねぇ」


「いつもならボクのち○こで往復ビンタした後にパコるところだけど、アザラシのためだし、なにより美人だから許す」


「オレの胃液砲弾で服の一部が溶けてエロくなったからなぁ、暫くその姿でいるなら許すぜ」


「お前ら許す気ないだろ」


 ミキティウスの冷静な突っ込みに三人は肩を竦める。


 彼らなりに慰めようとしているのだろうか。救出されて尚、陰鬱な空気を醸す彼女に対しての言動は、何故かいつもより柔らかく思えた。


「で、これからどうするんですかい? ここにいたら遅かれ早かれ目立ちますぜ、だいまおうの旦那」


 カエルはよちよちと雑草を昇っていたショウリョウバッタを目で追うや否や、舌で掬い取って食す。


 その所作はほんの一瞬であった。唾液が太陽の光に照らされ、妖艶な輝きを魅せる。あくのだいまおうとパオングを除いて、明らかな不快感を顔に滲ませた。


「そういやカエル。撤退する時によぉ、オメェつけられてたぜ。引き離したけどよ」


「え? マジか。なんでそれ早く言わねえんだよ。言ったらオレが足止めしたのに」


「だから引き離したっつったろ。言おうとしたけどソイツ足止めてたんだよ。もう結構な距離あったし、パオングの魔法罠があるから、わざわざ呼び止めるまでもねぇだろ」


「たく……パオングに``探査(プローブ)``とか色々の探知系重ねがけしてもらった意味よ」


「大丈夫だって。俺の飛行能力とオメェの脚力に追いつけるわけがねえ。``超速化(シチュウス)``使えんなら別だが、それでもパオングの罠がある」


「……そうかねえ。まあとかく旦那、これからのプラン教えてくだせえよ。このままエヴェラスタに帰還すよね。まだアイツ大の字かましてますし」


「いいえ。帰還しません。このまましばらく残留します」


 草木生い茂る昼下がり。木々の緑葉を透けて照らされる緑の大地に正座し、優雅に紅茶を服すあくのだいまおうの言葉に、パオングを除く全員が驚嘆の渦に呑まれた。


 自分たちが聞かされていた作戦はエントロピーの救出のみ。その作戦を速攻で成功させた今、ただでさえ目立つ二頭身体を異国の地で晒す意味はない。むしろこのままでは恰好の餌食である。


 彼らとともに驚いていたエントロピーであったが、含みのある所作のあくのだいまおうに何かを察したのか、悲しげな表情で俯いた。


「……なんでですかね、理由次第じゃここで手打ちって事になりますぜ」


 カエル、シャル、ナージ、そしてミキティウスから流れる空気の流れに刺々しさが増していく。


「まあまあ、そう結論を急がず。順を追って話していきますよ。まずエントロピーさん」


「は、はい」


「貴女は私の縁者の中でも、どちらかといえば古参。そう短い付き合いでもなし……ここに残留する意味、お分かりですよね」


「……``対価``ですか」


 ご明察、とおもむろに丸眼鏡の位置を調整し、悪どく歪んだ唇から、妖しげに白い牙が光る。ウロボロスを描く常闇の眼がエントロピーの薄碧と重なり、彼女は小動物のように身を震わせた。


「私達は貴女とエスパーダの関係によって生まれたもつれを、回復させる機会を与えた。それはなにかと(ゆかり)ある仲だからですが、両者に何一つお咎めのない結末は、周囲を満足させる脚本としてやや不足です」


「……はい」


「故に貴女には``責``を、エスパーダには``罰``を与える事にします。承諾するも拒否するも自由意志に委ねますけれども、彼との未来を真剣に御一考なさるのであれば、賢明なご決断を期待致す所存です」


 ティーカップを虚空へと消し、執事服のポケットから真っ白なハンカチを取り出す。その所作全てに気高い気品が散りばめられていたが、彼の眼光は宵闇よりも深い暗黒に彩られていた。


 膝元のドレスの生地を強く握り締め、その場にいる全ての者が、エントロピーをじっと眺める。


「是非もありません。それが``対価``と申されるのなら、この身を以って、お支払い致します」


 彼女は顔を上げた。それはどこか不安定さが否めない絶妙な表情であれど、ほんの少し前まであった柵を取り去ったように思えた。


「了解です。では次に、エスパーダの``罰``に関してですが、罰を与える執行人の役目は私達ではなく、全く別の方にやってもらう予定になっております」


「へぇ。ソイツはオレらの同郷すか」


「いえ。この国出身です」


「つまり``人間``じゃねぇか。高々百年も生きられねえような奴らに、そんな大役務まんのか」


「一人だけ望ましい方がいましてね。その方ならば、今のエスパーダにお灸を据える役目、エントロピーさんに責を負わせる役目として十二分だと愚考しています」


「して何者ですか、そのパンツのような方とは」


「ボクよりイケメン?」


「……ふむふむ。そろそろギャラリーが一人増える頃ですね。その方を交えて話しましょうか。パオングさん、誘導を」


「パァオング。気配を消し、そこの木陰に身を隠して我らを傍聴する少年よ。その程度の付け焼刃な魔法で、この我は騙せぬぞ?」


 あくのだいまおうとパオングが交わす謎の会話と問いかけに、異形達は首を傾げる。暫くすると生い茂る草が、粗雑に揺れ動き、微量の土と葉で執事服を汚した少年が姿を現わした。


 装着していたバイザーを外し、少年は目の前の異形と相対する。暫く訝しげに見つめ合った。


 一定の距離を保ったまま、動こうとしない少年。彼との間に広がる異様な沈黙を破ったのは、紳士の皮を着た執事服の怪異であった。

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