エピローグ:暗黒の夜会
澄男達がようやく全員合流し、様々な後処理に追われてからやや後の事。空間転移の魔法で無事に帰還した十寺は、私室で澪華だったモノとしばらく戯れていた。
上司からの霊子通信を受け取り、面倒だと思いながらも、渋々薄暗い大広間に赴く。
大広間には覆面を着た無数の手下どもが跪き、十寺の為に道でも開けているかのように、一筋の道が作られていた。大広間にいる者は何一つ口にせず、ただただ決まった方向に跪き、石像と化している。
大広間の最奥に空から一筋の光に照らされ、豪奢な椅子に腰掛けた男がいた。
白と青で基調されたローブに近い服装を着こなすその人物は、さながら神父。足を組み、横柄に座っているところを除けば、なんらかに仕えている信心深い神父の風貌である。
しかし、男に信心などという真っ当な概念は不釣合いだった。
月明かりに気味悪く照らされ、十寺が前に出てくるのを待つ姿に純然な信心を感じない。視界に入るもの全てを見下している眼にもまた、混濁した暗黒の蛇が盛んに這いずっていた。
「ご苦労だった、十寺」
「死ぬかと思いましたよ」
「アイツに屠られるほど、お前は無能でもあるまい」
「褒美は高くつきますよ今回のは」
良かろう、と男は不気味に笑った。大広間に二人の声だけが反芻する。それ以外の雑音が入る隙など無く、二人だけの対話が静寂を彩っていく。
「しかしよろしいのですか。捕らえて調教されれば良かったのでは」
「制御のままならぬ生物などただの獣。調教とは、知性と力が釣り合ってこそ成り立つもの」
「そんなもんですかね。魔法薬でもぶち込めば何とかなりそうな気もしますが」
「それでも暴走は防げぬよ。私が求めているのは、そんな劣悪種ではない」
王座に腰掛けた男はくつくつと笑みを漏らす。まるで悦にでも浸っているかのように。
「まずは覚知せねばならん。己に宿る力が熟した時、奴は必ず私の下に来るだろう」
十寺は、悦に浸る男の弁を、沈黙を以って首肯する。
「その時こそ刈入れ時だ。真っ赤に熟した果実を、この手に落とす唯一無二の機会となる」
「その時まで待つ、と?」
「今は未だ酸味しかせぬ出来損ない。そんなものを材料にして作った料理など、所詮生ゴミに他ならん」
「抽象的でよく分かりませんが、まあ全ては貴方の御心のままに」
「うむ。それで褒美だな。何を望む。申せ」
「催淫効果のあるアレ、効力を十倍にしたものを量産して欲しいです」
「良かろう。それ用の駒を数十人渡す」
「ありがたき幸せ。それと最後に。あの女の処遇に関してですが……」
唇が悪辣に歪み、瞳が月明かりのせいか不気味に映る。その姿から何かを感じ取ったのか、男は横柄に鼻を笑わせた。
「好きにせよ。アレはお前のものだ」
男の言葉に、十寺は一瞬これまでにないほどに顔をにたりと歪ませた。
開いた窓ガラスの反射だったために月明かりに照らされた彼の顔は、ほんの僅かしか映らなかった。しかし、彼の心情を知るには容易い時間であっただろう。
竜暦一九四〇年、三月十六日。
心なしか月がいつもよりもへらへらと口遊み、静けさと生温いそよ風が、だらだらと漂いながらカプリチオを奏でる、珍妙な夜であった。




