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プロローグ:嵐の前の静寂

 もしも過去を変えたいと思ったら、お前達はどうする。


 俺は過去にも未来にも興味無いし、元々時間旅行なんてものには全く魅力を感じなかったワケだが、あのとき初めて、思ったかもしれない。


 もし過去を変えられたなら、全てを取り戻せるのに。なんて。


 でも今じゃ、もう笑い話にできるくらいの思い出というか、俺という人生が改めて始まった日なんだなって、胸を張って言える転機だと思ってる。


 実際、アレから色んな奴と出会ったり、戦ったり、関わったり、仲間が増えたり、色々あったワケだし。


 ダラダラと語るのもアレだ。知りたきゃ実際に読めばいい。そっちの方が理解は早いと思う。


 時期は確か、竜暦一九四〇年の、三月十六日。


 場所はヒューマノリア大陸南部、武市(もののふし)。あの頃の俺は、ガッコウとかいうのに無理矢理、通わされてたっけ―――。



 その日は、とてものどかな昼であった。


 雲一つと無い空。唯一無二を主張する太陽が、大量の光線を大地に注ぐ。


 机と椅子が規則正しく並べられた部屋に、沢山の人間が行き来しつつ、和気藹々と雑談に花を咲かせている。


 だがその中で、鬱陶しい日差しに当てられながら机に足を乗り出し、椅子を背もたれ代わりにくつろぐ少年が独り。


「……暇だ」


 尚も眩しく光線を浴びせる太陽に瞼を細め、紅の瞳が一瞬輝くものの、少年の表情はひたすらだらしない怠惰に彩られていた。


「暇なら皆の輪に入れば良いじゃない。ツンケンしてると友達できないわよ」


 聞き覚えのある声に、少年―――流川澄男(るせんすみお)はほんの少し身を起こす。一つ前の席に座る女生徒を、眠たそうな目で睨んだ。


 きっちり整髪した髪型からは清楚さが伺えるが、何より彼女自身が、とても端麗であった。


 顔立ちも平均以上。プロポーションもクラスメイトの女子の中で、最高級は折り紙付き。服装の乱れはなく、人並み程度のお洒落も欠かさない。もはや美貌に隙はなく、まさに淑女。


 ただ強いて欠点を述べるなら、一緒にいる男が容姿、第一印象ともに不釣り合いな事くらいか。


「やだね。アイツらつまんねぇもん」


「またそうやってツンケンするー。友達無くしちゃうよ?」


「いたってつまんねぇ奴なんざこっちから願い下げ」


「もうッ……。あ。澄男(すみお)ぉー……またぁ?」


 ザ・美少女な女生徒―――木萩澪華(きはぎれいか)は本気で握ったら折れてしまいそうな人差し指で、自身の右頬を軽く叩いた。


「何が」


「頬のそれ」


 澄男(すみお)の右頬は赤く腫れており、微かだが血の跡が残っている。多少洗い落としたのだろうが、ズボラな彼は面倒くさがったらしい。


「テメェには関係ねぇの」


「いーえそーはいきません。また喧嘩したでしょ」


「絡んできたから殴り返した。文句ある?」


「絡んできたから再起不能にした、でしょ」


「はぁてそんなしょーこはどこにあるんすかねー?」


「顔に書いてあるってーの間抜けっ」


「ま、間抜け!? って、うわ!?」


 澄男(すみお)の座っていた椅子が足を滑らせ、辛うじて保っていたバランスが崩れた。盛大に椅子から転げ落ちる間抜けな彼を、澪華(れいか)はしてやったとばかりにくすくすと笑みをこぼす。


 ちょっと顔とスタイルが良いからっていつもいつも馬鹿にしてくる。力じゃ上だが、おつむは相手の方が上手だと認めざる得ないのが、なんとも歯がゆい。


 ぐぬぬ、と負け惜しみ地味た表情を浮かべ、横転した椅子を元の位置に直す。


「ツンケンしてるから折檻した、文句ある?」


 目の前に居座る悪女は、ジト目でじろじろと追い討ちをかけてくる。


 くつろいでた人を陥れておいて、まだ足りないか。そっちがその気なら、それ相応の抵抗を―――。


「……ありません」


 ジト目バーサスぐぬぬ。勝者、ジト目。項垂れた。


 今時折檻などという言葉を使う女子は珍しい。


 いつだったか、生粋の引きこもりを自他共に認める、陰キャでオタクな愚弟が見ていた少女アニメに同じ言葉を使う女の子がいた気がする。


「あーほんと。何か面白い事でもおきねーかなー」


「例えば」


「そりゃあもう、胸熱な戦い的な?」


「ガキねー」


「は? 何だお前勝負するか? 良いぞ、俺の灼熱砲弾が火を噴くぜ」


「灼熱砲弾……が……火を噴く……プッ」


「あ、あー! てめ、今笑ったろコラこっち見ろこら」


「笑ってないよ?」


「いや笑ったろ」


「笑ってませーん」


「よーし歯ぁ食いしばれ。テメェに灼熱砲弾食らわしてやる」


「じゃあ水属性魔術でガードしますぅー」


「はいバーカバーカ!! うんこ!! 今時の水属性魔術で防げる灼熱砲弾じゃありまっしぇーん」


「……うんことか言っちゃう高校生自作の火属性魔法とか、雑魚そう」


「……は、はぁー!? うんことか言ってねぇしッ。ばーかあーほお前のカーチャンしそーのーろーって言ったんだしッ」


「どっちにせよ雑魚そう」


「う、うるせーうるせー!! 兎に角勝負するかしないのか!!」


「どうせ負けるし? そもそもそんな勝負事に拘るほど? 子供じゃありませんからぁー」


「い、いーのかなーそんなこと言って。お前が折檻とかいうなんか恥ずかしー言葉使ったって皆に言いふらすぞー?」


「言いふらせるほど友達いんの?」


「もうやだおうちかえる!!」


 瞼からコミカルに涙をちらしながら、引き戸に向かって床を蹴る。


 机や椅子、和気藹々と雑談に花を咲かせる同級生を掻い潜り、教室の引き戸をこじ開けて、廊下に勢い良く飛び出したのも束の間。


 昼休み終了のチャイムが校舎内を走り抜けたのは、それからまもなくの事だった。

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