第二話 男装魔王
「……どこだろう?ここ……」
村を出て歩き続けて、数時間が経過した。空高くまで登っていた太陽も、もう沈みかけている。
暗くなりかけているからか、不気味な雰囲気が辺りを漂い始めた。
今、私が居るのは森の中。その森をまっすぐ突っ切るように伸びた小道を、私は歩く。
……そういや、村の外ってモンスターが出るんだっけ。完全に、忘れていたわ。
モンスターに遭遇するかもしれないという恐怖と戦いながら歩いていると、私の耳に「そこの君!」という声が届く。
……待って。上から、人の声がしなかった?
上から声がしたような気がして、私は見上げた。太い木に座った誰かが、私を見下ろしている。
誰かは立ち上がると、木から降りようとする。その時、誰かは足を滑らせたのか、木から落ちた。誰かは、背中で地面に着地する。
「……大丈夫ですか?」
「いった~……あぁ、大丈夫だよ」
私は、誰かに近づきながら声をかけた。誰かは、私の方を見る。その顔がはっきりと見えて、私は目を見開いた。
胸辺りまで伸びたネイビーの髪を1つに束ねた髪型、水色の瞳、小説の挿絵で見た事のある、黒を基調としたゲームなどで出てきそうなデザインのローブ。
そして、どこかで聞き覚えのある、高くも低くもない聞き心地のいい声。
その全てが、目の前の人物が彼女であることを物語っていた。
「……レイラ・ウィスタリア……」
私は、思わず目の前にいる人物の名前を呟いてしまった。
目の前の人物――レイラ・ウィスタリア。アリの敵である魔王の1人で、私の最推しだ。
レイラはとある事情から男装をして、名前を偽って生きている。その事情は、本編に書いてなかったから分からないけどね。
「……どうして……」
レイラは、目を見開いて私を見つめた。その目は、徐々に警戒をするものに変わっていく。
「……どうして、君が私の本名を知っている?私の本名は、一部の人しか知らないはずだ」
レイラはすぐに立ち上がると、腰に差していた剣の柄に手をかけた。
どう答えていいのか、自分でも驚くほど冷静に色々と考えていると、レイラは「……もしかして」と言ってから、予想外の言葉を口にする。
「君も転生者なのか?……だとしたら、私の本名を知っていても、おかしくはないな」
「……えっ?」
「違うの?私は、大人気小説の登場人物なんでしょ?」
剣の柄にかけていた手を降ろして、レイラは優しく微笑んだ。
「……そうですけど……でも、何で……」
動揺しながらも私が何とか言葉を紡ぐと、レイラは私の手を両手で包む。
「やっぱり!まさか、私の従者の他にも転生者がいるとは!従者も喜ぶぞ!」
キラキラとした目で、レイラはそう言った。
「……おっと、すまない。さっきのは、忘れてほしい。とにかく君は転生者で、私のことを知っている……ということで合っているね?」
私から手を離したレイラは、確認をするように問いかけてくる。それに、私は頷いた。
その時、どこからか何かの唸り声が聞こえてきて、私は声がした方を見る。
そこにいたのは、コウモリの羽を持った大きな狼――モンスターがいた。
モンスターの持つ特有の赤い目がギラリと光る。モンスターの口から覗く牙には、血がべっとりと付いていた。
ヒュッ、と私の口から音が出る。初めて間近でモンスターを見るからか、足がすくんで動けない。
モンスターは低く唸り声を出した後、咆哮を上げた。ぶわりと凄まじい風が吹く。
私が何とか飛ばないように耐えていると風が止んで、今度は私に向かって炎の塊が飛んできた。
「危ない!」
動けない私の腕を、レイラが引っ張る。私がレイラの方によろけると、私の近くを炎の塊が通っていった。近くで、炎が破裂する音が響く。
「……」
「……これは……どうして、風属性の魔法しか使えないモンスターが、火属性の魔法を使えるんだ?」
破裂した炎が空気に溶け込むように消えていくのを見つめながら、レイラは呟いた。そして、レイラはモンスターへと視線を移す。
「……とりあえず……君、私の後ろに隠れていて」
レイラの指示に、私は素直に従った。こんなところで、死にたくないし!
「さぁ、私と力比べをしようか」
そう言ったレイラの周りに、黒いもやのようなものが渦巻き始めた。
……確か、これは……。
それを見て、私はとあることを思い出す。
レイラは、この世界にある地、水、火、風の属性以外の属性を持っている。
レイラの持つ属性は、闇。攻撃魔法と相手を妨害する魔法が主に分類されている。
闇属性は、一般的には知られていない属性だ。理由は簡単。闇属性を持つのは、レイラの生まれであるウィスタリア家の人間だけだから。
物語中盤、レイラとアリが初めて出会った時の戦闘で、レイラが闇属性のことを話すシーンがあった。
私の好きなシーンの1つだ。
なんて、私が物語を思い出していると、私の方を向いたレイラは「逃げるよ!」と私の腕を引いて走り出す。
「え?」
「運良く眠ってくれたからね。その隙に、逃げるよ」
……私が物語を思い出している間に、魔法を使ってモンスターを眠らせたのか……。
「……分かった」
私は、レイラに腕を引かれて走りながら、そう答えた。
◇
「よし、ここまで来ればいいだろう」
しばらく走っていると、徐々に視界に映る木の数が減っていって、レイラは立ち止まった。
「それで、大丈夫?怪我はない?」
レイラに聞かれて、私は無言で頷く。それを見て、レイラは「良かった……」と安心したように微笑んだ。
「それで、えっと……」
レイラが、困ったような顔で私を見る。そこで、私はまだ自己紹介をしていないことに気づいた。
「エレナ・アズサワ、です」
私が自己紹介をすると、レイラは「そうか。エレナか……」と呟く。
しばらく私の名前を呟きながら、視線を地面に落としていたレイラは、不意に顔を上げた。
「エレナ。私と結婚してほしい」
レイラの予想外の言葉に、私の口から「え?」という言葉が飛び出した。