第一話 転生と旅立ち
私は今、幼なじみである女性――アレクサンドラ・アンダーソンが剣を振っているのを眺めている。
アレクサンドラ・アンダーソン。愛称はアリで、この作品の主人公である。
私には、前世の記憶がある。前世では、何の取り柄もない高校生だった。死んだ理由は覚えてないけど、気が付いたら私は異世界に転生をしていた。
前世での名前は小豆沢玲奈、今世での名前はエレナ・アズサワ。
そして、ここは私が前世で大好きだった小説の世界だ。
後に勇者となるアレクサンドラと魔王の対立を描いた、王道なファンタジー小説だ。
コミカライズ、アニメ化までされた大人気作品。ゲーム化もされると聞いて楽しみにしていたのに、リリース前に転生するとは。
神様は、意地悪が好きらしい。どうして、リリース前に死んだんだ!前世の私!
……話を戻そう。
私は、その作品の主人公であるアレクサンドラ・アンダーソンの幼なじみという立場にいる。アリは、明るくて前向きで、運動神経が良くて……まぁ、とにかくかっこいい。
さすが、主人公にして剣の達人だ。
アリが剣を振る度に、アリのショートカットの赤髪が揺れる。
アリは振っていた剣を鞘に納めると、今度は片手を出した。手のひらに光が灯って、その光は棒状になる。それをアリが掴むと、それは1本の杖になった。
アリは、杖先を空に向ける。杖先に小さな炎が生まれて、炎は空に向かって飛んでいった。
魔法。
この世界に存在する不思議な力。魔法は、地、水、火、風の4種類の属性に分類されていて、私たちは基本的に生まれ持った、1つの属性の魔法しか使えない。
例えば、幼なじみのアリは生まれ持ったのが火属性だから、火属性に分類されている魔法しか使えないんだ。
アリの持つ火属性の魔法は、ほとんどが攻撃魔法で、防御魔法はない。だから、防御魔法を使いたくてもアリは使えない。
……え?私?
私は、この4種類の魔法は使えない。誰もが1つの属性を持っているのに。
だから、私は家族から……周りから、いつも変な目を向けられている。まるで、出来損ない、そう言いたげに。
誰も友だちがいない私と仲良くしてくれたのが、アリだった。アリは、周りに何と言われようが気にしていない様子だった。
そんなアリが、私の目には輝いて見えた。
「……さて、これから私はどう動けばいいんだ?」
アリが魔法を練習しているのを見つめながら、私は呟く。
原作通りなら、もう少ししたらアリは魔王討伐のために旅に出る。そして、原作通りに物語が進めば、これが原因でこの世界はほとんど崩壊する。
それを阻止したいけど、果たして原作を変えてもいいのだろうか?
この世界に転生してから、ずっと悩んでいたこと。
原作を変えたら、もっと最悪な結末が待っているかもしれない。もっと主要キャラたちが死んでしまうかもしれない。
悩んで、悩んで……今も悩んで。未だに、答えが出ない。
私は、どうするべきなんだろうか?
◇
あれから数日後、アリは旅に出ることになった。いよいよ、物語の始まりだ。
「アリ、待って」
村を出ようとするアリに、私は声をかける。アリは、私の方を見ると「どうした?」と首を傾げた。
「これ、持っていって。私からの餞別だよ」
そう言ってアリに見せたのは、淡い緑色の液体の入った小瓶。この村の近くで採取した薬草で作った、回復薬。
アリの黄色い瞳は、私から回復薬に移った。
飲めば色んな力を発揮できる魔法薬しか作ることの出来ない私が出来る、精一杯のこと。
「……怪我したら、飲んで。回復薬だから」
アリの手を掴んで、私は手のひらに回復薬を乗せると、私はそのままアリの手を両手で包んだ。
「アリ、これから先……どんな困難があろうと、挫けちゃダメだよ……行ってらっしゃい」
そう言って、私はアリに向かって微笑む。アリは「ありがとう」と微笑んだ。
私がアリから両手を離すと、アリは「エレナ、行ってくる。必ず、魔王を倒して戻ってくる」と真っ直ぐに私を見つめる。
「行ってらっしゃい」
もう一度アリに行ってらっしゃいを伝えて、アリに向かって手を振った。
「行ってきます」
アリはそう言うと、私に背を向けて歩き始める。私は、アリの姿が見えなくなるまで、アリを見送った。
アリの姿が完全に見えなくなると、私は息を吐き出す。
未だにアリが歩いていった方向を眺めながら、私は今後どうしようか考えた。その結果、私はとあることを思いつく。
――私も、アリみたいに旅に出よう。
私自身、何でこんなことを思ったのか分からない。きっと、ずっとここにいても、苦しい生活になるだけだと心のどこかで思ったからなんだろうな。
善は急げだ。
私は急いで家に帰ると、部屋に飛び込んで必要なものをカバンに詰めた。
旅に出るための荷物をまとめていると、凄い勢いで私の部屋のドアが開くような音がした。それにびっくりしながら、私は音がした方へと顔を向ける。
そこにいたのは、お父様。お父様は、いつもよりも険しい表情を浮かべていた。正直言って、怖い。
「……お父様?」
「エレナ。家を出ていけ」
抑揚のない声で、淡々とお父様はそう言い放つ。突然の言葉に、私の口から「は?」という声が出た。
「アレクサンドラがいなくなった今、お前に居場所などない」
……うん。そんな気はしていた。だから、私は早くこの村を出たいから、旅に出るんだ。
「実は、私……旅に出たいと思っていたところです。お父様、今までお世話になりました」
詰め終わった荷物を背負って、私はそれだけをお父様に伝えると、部屋を出る。
私の未来の見えない、旅の始まりだ。