1話、血溜まりの夢
〈心夢〉(しんむ)
・その人の芯となるものや根深く残った記憶や感情、偶像が形作る夢。
夢の内容には個人差があり、楽しいものや明るいもの、はたまた奇妙なものや不気味なものなどその種類は数多くある。
どちらにせよ、心夢とは元となる人物の心に強く存在するルーツを映し出す鏡とも言えるだろう。
目の前にあるのは、まさしく地獄だった。
地面は血で真っ赤に染まり、赤黒い血で足の踏み場がない程に埋め尽くされている。視界の端にある何かを勢いよく燃やす炎は血溜まりの地面に反射してチカチカと目を刺激する。
燃えているのは、恐らく人であったであろうナニカ。燃え盛る炎の中にはありえない方向に曲がった手足だった歪な形をした塊と、絶望の表情をあげたであろうことが読み取れる縮んだ皮膚の歪みは、そのナニカが炎に包まれる前に起こった悲劇を物語っているかのようだった。
俺は、そんな血溜まりと反射した炎が鮮やかに照らすおぞましい絨毯の上を、穏やかな草原の上に咲く花のように立っていた。
この地獄の光景を見ても特に動揺も恐怖もしないのは、何が起きているか分かっていない未知の体験だからでも、血も涙もない冷徹な殺人鬼だからということでも無い。
揺らめく炎の光に目を細めながら呟く。
『あぁ、またこの夢だ。』
発したはずの声は自分の耳には届かない。
本来ならある筈の血の臭いも、焼けた肉の臭いも自分には届いていない。
ある日から突如として見るようになり、何度も目にしているこの光景がこの俺、〈古澤 彰人〉に夢だと伝えている。
この夢は、ある日を境に見るようになった。
見るのはいつも同じ夢だ。辺り一面を覆い尽くす血の海、燃え盛る炎、焼け焦げた肉塊。
そして、次に現れる、
『………』
上を見上げると夕焼けのような真っ赤の空に黒い穴が空く。
大人が一人すっぽり入ってしまうような大きな穴からは、止めどなく赤黒い粘着質の液体が流れ落ち、地面の血の海に山のように溜まった後、自重によってドロリと辺りに広がっていく。
何秒か経つと、〈ソレ〉はいつも、赤子が揺籠からズルリと落ちるかのように、空中に空いた黒い穴から地面に溜まった粘液の上に堕ちる。
べチャリ。
粘液の中に沈み落ちた後にソレは赤黒い粘液に塗れながら、細長い腕で四つん這いになりながらこちらに向かってくる。
その姿を例えるなら全身をぐちゃぐちゃに圧し折られた人間のように見えた。人間のよう、とは言ったが、ソレには腕のような突き出たナニカが6本あり、人間のような足はなく、足があるべき場所には代わりに長くずんぐりとした蛇のような尾があった。
べチャリ、べチャリと不快な音をたてながら、ソレは体から赤黒い粘液を垂れ流しながらこちらに向かってくる。
『陦後°縺ェ縺?〒』
ソレは声のような不快な音を発しながらこちらに近づく。
『遘√r隕九※』
やがて、ソレは俺の足元までたどり着く。ソレが近づくまで俺はいつも動くことができない。
6本の腕らしき何かは俺の体の至る所を掴み、俺を支えにするようにソレは起き上がる。明らかに2mは越えているだろうソレはゆっくりとした動きで頭部を俺の顔に近付ける。
頭部にあたるであろう箇所が俺の目線と同じ位置に来る。
『遘√?笞ォ?寂圻?寂圻?寂圻?』
腕が俺の顔を掴み、頭部が近付く。
ソレは俺の眼前まで迫り、
『隱ー縺ォ繧よク。縺輔↑縺』
足元が突如として沈みだす。
体はピクリとも動かず、されるがままに血溜まりの中に沈んでいく。
『遘√□縺代?』
血溜まりに沈む。
〜〜〜
けたたましい目覚まし時計の音が鳴り響く。カーテンの隙間からは緩やかな陽の光が差し込み、近くの電線にとまっている雀が鈴の音のような可愛らしい声を上げている。
「………」
むくりと体を起こす。辺りを見回して今が夢でなく、現実であることを薄ぼんやりとした頭が段々と認識していく。
ベッドから出て近くにある衣装棚から服を取り出し、準備をする。
現在は4月。新たな出会いの季節。かくいう俺も新たな高校生というステータスを引っ下げて始業式に向かう準備を始める。
つい先程まで見ていたあの恐ろしい悪夢は影も形も無い穏やかな日常。何度も繰り返された準備の動きが完了し、体を玄関まで誘う。
扉を開けて出るとすぐに暖かな春の日差しが照らす。寝起きの目を少し細めながら学校への道を歩き出す。
変な夢と平和な日常。
これからも続く筈だった俺の人生。
しかし、平穏というのは突如として崩れるものだ。
それは勿論、俺もまた例外では無かった。
これから先に続く悪夢のような日々。
身体に染み付く血、耳にこびりつく断末魔に満ちた地獄が、
ゆっくりと、確実に、
俺に近づいて来ていたのだから。
・古澤 彰人
性別 男
身長 168cm
年齢 16歳
運動能力 C
知能 C
コミュニケーション能力 C
運 B
??? A
メモ
・陰鬱な空気を纏った青年。学校ではあまり喋らない。地元を離れ、一人暮らしをしながら高校に通う。小さい頃から奇妙な悪夢に悩まされている。趣味は漫画を読むこと。好きな食べ物は甘いもの全般。爪切りは1週間に1回。機械を触る時は説明書を見ない。得意な泳ぎ方は平泳ぎ。カップラーメンは勘で時間を計る。知り合いを見つけると遠回りして遭遇を回避する。人は嫌いではないが人付き合いが嫌い。