奇妙な中吊り広告(5/8)
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√5
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「るーとご?」
「はい」
「どういう意味だかわかりますか?」
え? は? 全然……。
「近似値を言ってみてください。小数点のアレです」
紫陽はしばらく考えをめぐらした。
「2.2360679ですね」
「すぐ言えましたね。」
「語呂合わせで覚えるんです。√2は『一夜一夜に人見頃(1.141421356)』。√3は『人並におごれや(1.7320508)』√5は『富士山麓オウム鳴く』……あ!!!!」
紫陽は慌てて自分のスマホを取り出すと、『地下鉄サリン事件』をネットで調べた。間違いない。
オウム真理教は当時富士山麓に宗教施設を持っていて、そこで化学兵器サリンを製造していたのだ。
◇
「ぐ……偶然です……よ……ね?」
『√5』が『フジサンロクオウムナク』なんてすごい嫌な一致だ。
「偶然です。さてこの中吊り広告。誰に向けて書かれたものでしょう?」
◇
紫陽は腕を組んで考えた。今は電車に乗ってもみんなスマホしか見てないけど、1995年ならスマホないよね? 中刷りは今よりずっと広告効果があったに違いない。
熱心に中吊り広告を見るサラリーマンたちが目に浮かんだ。
「週刊誌の購買層ですよね? 社会人が対象ですね。つまり『ルートの語呂を理解している層』」
「そうです。これを江戸の人間は理解しないでしょう。時代が違います。現代の小学生も理解しない。まだ『ルート』は習っていない。日本語話者でなければ理解しないでしょう。『語呂合わせ』ができない。そうすると、『√5』が『フジサンロクオウムナク』と理解できる人はだいぶ限られませんか」
「そうなります……」
「これが『ハイコンテクスト』です。じゃあ最後にカブラギさんと同じ23歳の女性が書いた文をお見せしますね。今朝方Twitterに書いてありました」
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タワーに450も使わせて、ディズニーなしかよ。姫を大事にしない担当√16ね
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困惑した。確かに若いコが書いたなという印象はあるが、それ以上内容に踏み込めない感じだ。
「いや……その……全然わからない。担当? 何担当ですか? 朝当番のこと?」
オトは吹き出した。
「なんですか『朝当番』て」
つい自分の仕事に当てはめてしまった。
毎朝教員が2人校門の前に立って生徒を出迎える『朝当番』という仕事があるのである。いつもより早く家を出なきゃいけない。なかなか難儀だ。
「ふふっ。じゃあ√16以外は説明しますね」
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タワー→『シャンパンタワー』のこと。キャバクラやホストクラブのバースデーイベントに華を添えるため行われる。シャンパングラスをタワーのように積み上げて上からお酒を注ぐ。イベントの飾り。客がイベントの主役キャストにプレゼントする
450→450万円。
姫→女性客のこと。
担当→本指名されたホストのこと。このお客の『担当』
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「あ! つかめました。『シャンパンタワーのために頑張って働いて450万払ったのに、ディズニーランドすら連れてってくれないのか。お客を大事にできないホストは……』……………えっと……………ルート16……つまり……4の2乗だから……シ……『死ね(4ね)』だっ!!!!!!!」
クックックックック。
オトは小刻みに体を震わせて笑った。口に手を当てた。左手に細いシルバーリングがはまっていて、彼が結婚しているとわかる。
「ご名答。まさにこれ、『ハイコンテクスト』の極みじゃないですか? 『面白いなあ』と思って覚えたんですよ。
カブラギさん。同じ年に生まれ、同じ女性で、同じ文化に触れてきた2人でも立場が違うと言っていることが理解できない。人と人が分かりあうのは本当に難しいのだと僕は思います」
◇
「さて。カブラギさん。本題です。日本初の『なぞなぞ』に挑戦してみませんか?」
「日本初?」
「ええ。」
「室町時代。1516年に編纂された「後奈良院御撰何曽」です」
後奈良院とは『後奈良天皇』のこと。1497年生まれ。
『後奈良院御集』『後奈良院御百首』などの和歌集、日記『天聴集』を残している。『後奈良院御撰何曾』は、日本初のなぞなぞ集にして貴重な文学資料でもある。
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はゝには二たひあひたれともちちには一ともあはす
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