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『16万年前の隣人』〜『母』はなぜ『ハハ』と発音するのか?〜  作者: 江古左だり


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3/9

藤原定家の憂鬱(3/8)

 急にビックネームが出てきましたけれども。


「藤原定家というと『新古今和歌集』『新勅撰和歌集』を編纂へんさんした……」

「そうです」

「めっちゃ有名人」

「教科書には必ずでますね」


 何より藤原定家は『小倉百人一首』をせんじた人だ。


 詳細は省くが紫陽が結婚できたのも、『小倉百人一首』を丸暗記していたからなので、藤原定家はキューピットとも言える人なのであった。一方的に紫陽は1000年前の貴族に感謝しているのである。


「藤原定家が生まれたのは1162年。仮に紫式部が生まれたのを970年とすると、二人の年齢差は192年ということになりますね」

「けっこう離れているんですね」

「ではこれを見てください」


 オトはスマホを取り出すと、アプリをタップした。


 電子書籍が現れた。『源氏物語』の表紙をスワイプして『目次』から『関谷』の項に飛んだ。


=======================

        九月のつこもり

なれは紅葉のいろいろこきませし

もかれのくさむらむらにをかしく

みえわたるにせきやよりさとく

つれいてたるくるまたひすか

たともいろいろのあをつきつきしき

ぬひものくゝりそめのさまさまさるか

たにをかしくみゆ御くるまはす

たれうちおろしたまふてかのむかし

のこきみいまはゑものすけなるを

めしよせてけふのせきむかへはえ

おもひすてたまはしなとのたまふ

御心のうちいとあはれにおほしいつる

ことゝもおほかれとおほそうにて

かひなしをむなもいにしへの

こと人しれすわすられねは物あは

れなり

ゆくとくとせきとめかたきなみ

たをやたえぬしみつと人

はみるらむ

=======================


「読めますか?」

「ほぼひらがなだから……読めるけど…………意味は一切わからない!!」

「でしょうね」

「これじゃあ『暗号文』ですよ!」

「わけわかりませんよね」


 オトはたまたま持っていた『日本古典文学全集』を紫陽の前で広げる。『関谷』までページをめくるとそこに漢字かな交じり文が現れた。


「ベースは源氏物語『大島本』です。定家の写本をさらに改訂したものです」


 最初に見た『総ひらがな文』より全然読みやすい。


「あ。漢字が入ったらだいぶ意味がわかってきました」


「では。カブラギさんのご専門。『与謝野晶子訳』で見てみましょうか」


 またスマホを出す。与謝野晶子の文章が電子書籍で読めるとはいい時代である。


=======================

九月の三十日であったから、山の紅葉は濃く淡く紅を重ねた間に、霜枯れの草の黄が混じって見渡される逢坂山の関の口から、またさっと一度に出て来た襖姿の侍たちの旅装の厚織物やくくり染めなどは一種の美をなしていた。源氏の車は簾がおろされていた。今は右衛門佐になっている昔の小君を近くへ呼んで、


「今日こうして関迎えをした私を姉さんは無関心にも見まいね」


 などと言った。心のうちにはいろいろな思いが浮かんで来て、恋しい人と直接言葉がかわしたかった源氏であるが、人目の多い場所ではどうしようもないことであった。女も悲しかった。昔が昨日のように思われて、煩悶もそれに続いた煩悶がされた。


 行くと来とせきとめがたき涙をや絶えぬ清水と人は見るらん

======================


「わかる! ほぼわかる! 晶子すごい! 与謝野晶子すごい!!」


 最初の渾沌としたひらがなの羅列がちゃんと物語になって目に飛び込んできた。


「はい。与謝野晶子は146年も前に生まれた人ですが、我々にもおおよそわかりますね。素晴らしいです」


 そしてもう一度ひらがなだらけの『源氏物語』を指差した。


「平安時代の人は書かれたひらがなをそのまま読んで問題ありませんでした。『ゆくとくと』と書いてあれば『ユクトクト』と読めば良かったんです。いえ。正確にいうと『ユクトゥクト(yukutukuto)』なんですけど」


(当時の人は『たちつてと(ta chi tsu te to)』を『タ ティ トゥ テ ト(ta ti tu te to)』と発音していた)


「読み方で混乱する人はいませんでした。ところが定家の生きた鎌倉時代には綴りと発音にズレが出てきてしまった。ひらがなを読んでも自分たちの発音と違うわけです。これは混乱する」


「確かに『与謝野志やう』が『ヨサノシヤウ』じゃなくて『ヨサノショウ』だと混乱しますね」


「そこで定家は原文をわかりやすくするために、様々な工夫をしました。その一つが『漢字を和語に当てはめる』だったわけです」


「なるほど~」


「古典に漢字を当てはめることで『翻訳をした』のです」


 まさか現代の『漢字かな交じり文』が藤原定家のおかげだったとはね! 令和の今、小説が全部ひらがなで書いてあると思うとゾッとする! 定家大功労者だね!!


「そのような工夫をしても『源氏物語』は難しかったと思いますよ。ハイコンテクストだからです」

「ハイコンテクスト?」

■藤原定家自身の『源氏物語』は本稿に載せられませんでした。実物を見たい方はこちらにあります。


『日本語の発音はどう変わってきたか』 釘貫亨 

                中央公論新社


『日本古典文学』 小学館


■紫式部の『源氏物語』とやや表記が違います。

具体的には繰り返しを表す『くの字点』がWEBでは表示できませんでした。


『むらへ(繰り返し記号)』を『むらむら』というように表記しました。

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