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新聞にコラム書くのも楽じゃない!(1/8)

『母』はなぜ『ハハ』と発音するのか?


 ◇

 ◇

 ◇

 ◇


「はい。それでは確かに原稿いただきました。今月もお疲れさまでした」


 興梠於菟こおろぎおとに頭を下げられて、高橋紫陽たかはししようも慌ててお辞儀をした「よろしくお願いします」


 毎東新聞の打ち合わせスペースである。

 高さ15階。大手町の一等地にあるそれは1階が『新聞ミュージアム』と『打ち合わせスペース』になっていた。同階にチェーン店のカフェを併設している。


 パーテーションで6つに仕切られたスペースに、そっけないスチールのテーブルとパイプ椅子。1つのスペースに定員は4人。


 仕事場を離れてちょっと話すにはちょうどいい場所だった。


 高橋紫陽は社会人1年生。23歳。職業は高校の現国教師である。春から文芸欄にコラムを執筆している。


 コラムの名前は『カブラギ先生のドキドキ短歌』


 カブラギは漢字にすると『鏑木』。彼女の旧姓が『カブラギ』なのである。何と高橋紫陽は社会人1年目にして、人妻3年目なのであった。ペンネームが『カブラギ』なのでオトにも『カブラギさん』と呼ばれている。


 紫陽はなるべく新聞社で面談するようにしていた。出す原稿、出す原稿、真っ赤になって返ってくる。更に電話で懇々とオトに説教される。


 一度なんて『カブラギさん。あなた文章の何たるかをまるでわかっていませんね』と言われた。


 わかるか! こちとら卒論1本書いただけのズブの素人じゃい!


 コラムの執筆者に選んだお前が悪いんだろうが!!! ちょっと前まで大学生だった一般人を新聞に載せるお前が悪い!


 紫陽は原稿を送信すると、直接新聞社に出向いて指導を受けるようになった。電話より面と向かった方が話もわかりやすい。


 今日はプリントアウトした原稿を持っていった。新聞記者とは恐ろしいもので、一度目を通すと次の瞬間には原稿を訂正し始める。みるみる原稿が赤くなっていく。



「ああ〜。ああああ〜……」



 あんな頑張って書いたのに、1文字目から赤が入っておりますけれども。それでもオトの修正は全て意味があり『お説ご最も』としか言いようがない。なんの抵抗もせず直されまくった。プライドもヘチマもない。ズブズブ素人なのだから。


 最終的にOKが出ると毎回へたり込みそうであった。


 ◇


「ところでカブラギさん」

「はい」

「お名前……『シヨウさん』ですよね?」

「そうです」

「その……ご両親が『与謝野晶子』のファンだったとか?」


 紫陽は男のラクダみたいな目を見つめた。とにかくまつ毛が長い。カールしている。白のシャツに茶色のスラックスが明治時代から抜け出た人のようであった。その服どこで買っているのか。おばあちゃんの聖地『巣鴨』か?


 頬に大きな若ジワがあっておでこが広い。どことなく芥川龍之介に似ている。年齢は不明だがおそらく30代。


「あ……いえ。与謝野晶子は関係ありません。

紫陽花あじさい』って意味です」

「なるほど」

「6月が出産予定日だったんです。女の子なので『しょうか』にしようとしたらしいんですけど」

「“紫陽花(しょうか)”さん。なるほど」

「『“あじさい”としか読んでもらえないよね』ってことになったらしく」

「確かに!それで『花』を取ったんですね」

「そういうことです」


 与謝野晶子は出生名を『(ほう)やう』という。『与謝野』は結婚後の姓であり、『晶子』はペンネームだ。


 オトの名前自体が森鴎外の長男『於菟』より取られたので、紫陽もそうかと思ったのだろう。


 与謝野晶子は高橋紫陽にとってライフワークであった。卒論も与謝野晶子。オトがそう思うのも無理はない。


「名前が一緒だと知った時は半端ない親近感を感じました」

「はははは! でしょうね」

「でも『ホウ ショウ』なんて女性らしくない名前ですね」


 紫陽はノートにボールペンで『翔』という字を書いた。


「今なら『翔』て漢字が真っ先に浮かびます。男の子の名前です」


「ええ。でも彼女が生まれた明治時代は女の子の名前だったんですよ」

「『志やう』て書いて『ショウ』と読むのも明治時代だからですね。どうして『しやう』と書くのに『ショウ』と読むんでしょうか」


 紫陽は『歴史的仮名遣い』はてんでダメなのである。


「それはね。カブラギさん。文字の綴りは奈良時代からずっと同じだけど、発音がどんどん変わっていったからなんですよ」


「えっ!? 奈良時代から変わってなかったんですか!?」


1300年!?


「そうです。紫式部が『源氏物語』を書いていた頃にはね、書かれたそのままで読んでいたんですよ。そもそも『源氏物語』は『総ひらがな書き』ですからね」


「え? 全部ひらがな!?」


「ええ。『総ひらがな』か『ほぼひらがな』だったと推定されています。当時の女性たちは『いろは47文字』がわかれば小説を読めました」


 そう言ってオトは紫陽のノートに『いろは歌』を書いた。


=======================

いろはにほへと ちりぬるを

わかよたれそ つねならむ

うゐのおくやま けふこえて

あさきゆめみし ゑひもせす

=======================


 たった47文字……。


「これだけわかっていれば、あの長い小説が読めたんですか」

「『源氏物語』は100万文字あるそうです」


 げぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ。文庫本10冊分じゃん。


 紫陽は『源氏物語』を『与謝野晶子現代語訳』でしか読んだことない(あと漫画)


 途中何度も放り投げそうになった。特に『須磨』のところ。ここは『須磨返り』といって挫折ポイントらしい。激長『源氏物語』が全てひらがなで書かれていた? ピンとこない。


「その……漢字も使った方が良かったんじゃないですか? あれ全部ひらがなで書かれてもわけわからないといいますか」


「漢字は外国語ですからね」


「はい?」

【いろは歌】


■漢字かな交じり文

色は匂へど 散りぬるを

我が世誰ぞ 常ならむ

有為の奥山 今日越えて

浅き夢見じ 酔ひもせず


■現代の発音

イロハニオエド チリヌルヲ

ワガヨダレゾ ツネナラン

ウイノオクヤマ キョウコエテ

アサキユメミシ ヨイモセズ


■いろは歌の意味(諸説あり)

匂いたつような色の花も散ってしまう。

この世で誰が不変でいられよう。

いま現世を超越し、

儚い夢をみたり、酔いに耽ったりすまい。

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