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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第二話(楽しみだったことは否定しません)・3

「偽物かよ!」


 一国の姫君に反射的に突っ込みをしてしまい、ナナシは首はふる。


「あ、いや、蒼色金剛石ではあるんだよな? でも模造品?」


 姫の言葉に振り回されている自覚はあったが、それでも混乱してしまう。やはり蒼色金剛石ではないのか。

 

 先程のは所詮、鑑定なんて呼べないほどの簡易の識別方法である。あれだけで蒼色金剛石と結論づけるのは無理があった。


 でも、ならなぜ神器の模造品などと言ったのか。言って有利になることなどナナシには思いつかない。

 困惑するナナシをよそに、アリスティア姫はさらにとんでもないことを口にする。


「城に安置されていた神器は私が壊しました。そのためこれが最も本物に近い神器『慈母の涙』になります」


 言っている言葉は理解できても、内容に理解が追いつかずナナシは唖然とする。


 神器はただの高価な宝石ではない。ナナシはかつて宝石職人が言っていたことを思いだす。


『神器は神様から国を治めてよいとの許しをアマリア様に与えた証なんだってさ。神話なんて信じちゃいないけど、元ラティカ国民としては一度でいいから見てみたいね』


「こ、壊した? 神器を?」


「はい、粉々に」


「駄目だろ壊しちゃあ!」


「え、あ、ごめんなさい……」


 しゅんと肩を落とす姫を目にして我にかえった。


「いや、なに言ってんだかな、俺も」


「言い訳じみて聞こえるかもしれませんが、それも偽物だったんです。結構粗悪なつくりの」


「偽物? それじゃあなくて?」


「そうです。ずっと城の地下に安置されていた物は硝子玉でした。涙の形に整えられた、蒼色金剛石のはずなのに。城の地下には王族と、一部の神祇官しか立ち入りできません。私は王都から出る際に、このペンダントを隠さずに身につけておりましたから、私が持ち出したと城の人間は思うでしょうね」


「何だってそんなことをする?」


「私が不在の間、女性王権廃止派の暴走を留めるためです。古い国は伝統を説得力にしますからね。これがないと新たに王をたてることも、女性の王制度を廃して男の王をたてることもできないのです。滑稽でしょう?」


 ナナシは渋面を思いっきり目の前の姫に披露する。


「ごめんなさい。そうですね、このあたりの背景はともかく、私の敵は神罰獣だけではないと申し上げたかったのです。暗殺を生業にしている者も来るでしょうし、私を連れ戻す口実で殺そうとする騎士達もまた来るでしょう」


 その言葉に渋面は吹き飛び、ナナシは腹を抱えて大笑いした。


「敵は自国民もか。じゃあ俺は都合がいいな。襲ってくるなら気兼ねなく返り討ちにしてやるよ。丁寧にな」


 刀身を軽く叩きながらの発言にも、アリスティア姫は表情筋を少しも動かさない。


「追っ手の中には王の盾も来るでしょう」


「盾? 王の剣じゃなくて?」


 ラティカの中央軍は精強であることは先の大戦で知られたが、特に王の剣と呼ばれた軍は大陸最強の精鋭集団と名高い。しかし王の盾という軍はナナシは聞いたことがなかった。


「国外の方にはあまり知られてはいないですね。王の剣の将軍候補です。騎士にして詠術師。私の婚約者候補」


「婚約者?」


「そうです。みんな私の幼なじみ。だから問答無用で襲ってくる者ならともかく、話し合いの余地がある場合は、説得の時間を下さい」


「説得、ねぇ」


 ナナシの懐疑的な声に、アリスティア姫は反論する。


「それに、誰も私の行き先は知りません。目的も。なので当面の脅威は神罰獣であることには違いありません」


 ちょうどいい頃合いですよ、と彼女はナナシに細切れになったパンが柔らかく溶けたスープを手渡す。


「あんたは喰わないのか?」


「私はもう済ませました。これは全部あなたの分ですよ。申し上げた通り、これはお礼です」


「じゃあもう遠慮しない」


 言葉通り綺麗に完食してアリスティア姫を見るとナナシはぎょっとする。


 彼女は大粒の涙を一筋、流していた。透明な表情、透明な涙、周りの木々すらざわめかない静寂が、ナナシの胸を無責任に締め付けてくる。


「ああ、ごめんなさい。私が作ったものをこんなに美味しそうに食べていただけるって幸せなんですね。知らなかった」


 目を拭う姫に、ナナシは心底いやそうな顔をしてから視線を逸らす。


「腹が減ってただけだ。そんなんで泣くんじゃねえ。貴族はいちいち大袈裟すぎんだよ」


「あと、どれくらいこんな時間が過ごせるのか、私は楽しみでなりません」


「はあ?」


「いろんな種類の携帯食を持ってきている、と言いたかったのです」


「そんな大荷物抱えているのか」


「ああ、それはご心配なく」


 アリスティア姫は肩掛けの巾着袋からなにやら小さな長方形の、随分と色鮮やかな石を取り出す。石鹸にも似ているが、それに比べては脆そうに見える。


 その謎の塊はいろんな色が不規則に混じり、もともと違う色づいた石を無理やりくっつけて固めた感じだった。


「これがあのスープですよ」


「はあ?」


 彼女が何を言っているのか分からず、自分でも間が抜けている声を出したなと思うナナシだが、多分表情も間が抜けていたのだろう、アリスティア姫はいたずらっぽく笑う。


「なんだこれって感じですよね。これは私が開発している途中の、軍用糧食です。冷凍乾燥保存食っていいます。寒冷地の伝統食の作り方を参考に開発しました」


 名前がまんまだな、とは心のなかに留めて、ナナシは差し出されたその冷凍乾燥保存食を手に取る。透明な膜に被われたそれは、固いが握れば砕けそうに脆く、そしてそよ風に飛ばされそうなほど軽い。


「こんなのが、さっきのスープになるのか?」


「はい、沸騰させたお湯を入れた鍋にこれを落とすだけですね。ナナシさんはどうして物が腐敗するのか、ご存知ですか?」


「そんなん放置したら、だろ。特に夏場は足が早いな」


「では、どうして放置すると腐るのでしょうか。なにが物を腐らせているのでしょうか?」


 ナナシは即答する。


「考えたこともないね」


「答えは空気と水です」


「空気と水? どこにでもあるもんじゃねえか。そんなんだったら、俺たちも腐っちまうよ」


「正確に言うなら、空気に潜む何かが、水で増えるんでしょうね。生きている私達は抵抗できても、死んでいるものには耐えられないなにかが。それがなにかは解りませんが、防ぐ方法は色々あります。まず焼きしめること。保存食としてのパンなどでやりますよね」


 ナナシのような傭兵には馴染み深い食品だ。とにかく固くぼそぼそとしていて、スープにひたさないととても食べられない代物だ。

 

ナナシはお湯も沸かせない時に、その焼きしめパンを食べたことを思い出して、顔をしかめた。石パンなどとも呼ばれている。


「そう、あんまり評判は良くありません。美味しくないから。それにこの方法だと、可能な食材が限られます。そこで私が着目したのが、ラティカ西方地方に古くから伝わる、シバレでした。ラティカ西方には背骨山脈があります。その山々の影響で、あちらの冬は昼と夜の寒暖差が激しく、当時の人達はその気候を利用してムニニモ──大陸公用語で芋のことです──を夜は凍らし、昼は解凍、出てきた水を潰して抜く、という工程を経て保存していました。彼らもなぜその工程をすると腐らず保存できるのかは知らないようですが、私は思ったんです。それじゃあ作った料理から水と空気を抜いたらどうかなって」


 あ、こいつ頭おかしい、などとはもちろんナナシは口には出さない。思ってはいても。


「最初はもちろん、うまくいきませんでした。けれど」


 そう言いながら、アリスティア姫はおもむろに立ち上がり、まだ泥状の地面に向かうと、しゃがみこんで泥に指を軽く突き立てる。ナナシには聞こえなかったが、短く詠唱したようだ。


 すると、地中から球体となった水が浮かび上がってきた。ナナシも驚いて立ち上がってしまう。


「この水を抜くという詠術と」


 次にアリスティア姫は、焚き火に右手を向ける。すると、まるではじめから燃えてなどいなかったように、一瞬で火が消えてしまった。


「空気を抜くという詠術が、いまのところ私にしかできません。さらに言うなら保管も空気に触れないようしないといけなくて気を使います。だから量産できないんですよね。詠術に代わる技術がないと、量産、普及は難しい。食料事情が一気に変わる、いい発案だと思ったのに」


 自身が作った宙に浮かぶ水の塊に背を向けて歩き出すと、ぱしゃんと音をたてて、地面へ水は落ちていった。


「でも、かさばらず軽いという利点もあります。今回の旅に必要だと思って、いろんな料理を持ってきましたよ。楽しみにしていてくださいね」


 一点の曇りない無邪気な笑顔に、ナナシは背筋に冷たい汗を感じた。こいつは戦士ではない。でも、一流の戦士のようにどこかが、なにかが狂っている、と。

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