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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第九章 シルト大公家の娘、エルーシア

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真っ暗な世界

 視界が真っ赤に染まる。

 それは私自身の血と、クラウスがヨアヒムを斬りつけたときに散ったものであった。


 クラウスの反応は早かった。私の胸が短剣で刺された瞬間、レーヴァテインでマントを裂き、ヨアヒムを斬りふせたのだ。


  ヨアヒムが倒れたのと同時に、大聖堂を警備していた騎士達が駆けつける。

 あっという間に拘束されていた。


 私はというと、大聖堂の床の上に仰向けに倒れていた。

 たくさん血を吐き、もうすでに虫の息である。

 これは短剣を刺されたことによる吐血ではなく、未来を変えてしまった代償だ。これまででもっとも酷いものだった。次から次へと血を吐き、自分の血で溺れそうになっていた。


「エルーシア!!」


 クラウスが駆け寄り、私の上体を抱き起こす。さらに、服の袖で私の口元を拭ってくれた。


「どうして、このようなことをした!?」

「クラウス様に、生きていて、ほしかったから」


 この世界は幸せに満ち溢れている。クラウスはこれからもたくさんの人に愛され、生きるべきなのだ。


 血がたくさん流れた。胸を深く刺されたし、もう助からないことはわかっている。それを、クラウスもわかっているだろう。私よりも顔色が青くなっているような気がした。


「私は、こんなことなど望んでいなかった! エルーシアがいない世界など、生きている意味なんてないのに!」

「そんなこと、おっしゃらないで、くださいな」


 力を振り絞り、クラウスの頬に触れる。ひんやりと冷たかった。


「クラウス様を大切に思う人々を、どうか愛してください。それから、コルヴィッツ侯爵夫人にアルウィン、養育院の子ども達、わたくしが教えた花々や、鳥、ハリネズミも……」


 この世界の恩恵と輝きは、クラウスに伝えてきた。彼ならば、視野を広げ、そのすべてを愛してくれるだろう。

 すぐには難しいかもしれないが、時間がきっと解決してくれる。


「エルーシア、先に逝かないでくれ……。お願いだ」

「大丈夫ですよ。生きている限り、人は、命が尽きる存在ものですから」


 どうか、悲しまないでほしい。そう、クラウスに気持ちを伝える。


「クラウス様……あなたの人生が、今後、光で溢れていますように」


 心からお慕いしております――という言葉は呑み込んだ。

 彼にとって、呪いになってしまいそうだから。

 頬に触れていた私の手に、熱い涙が頬を伝っていく。クラウスは泣いていた。


「エルーシア、愛している」

「――!」


 わたくしも、と心の中で返した。

 その瞬間、全身の力が抜け、クラウスの頬に触れていた手が離れていく。

 糸が切れた人形のように、動けなくなってしまった。


「エルーシア? エルーシア!?」


 クラウスの声が、どんどん遠ざかっていった。同時に、舞台の緞帳どんちょうが下りていくように、視界が暗くなっていく。


 何も、見えなくなった。


 ◇◇◇


 気がつけば、暗闇の中を歩いていた。ここはいったいどこなのか。

 凍えるほどの寒さで、先ほどからカタカタと歯を鳴らしてしまう。

 しばらく歩いていると、遠くに光の筋が見えてくる。そこを目指したら、この寒さから逃れられるのか。

 駆け足で進もうとしたら、背後から呼びとめられる。


「――エルーシア、お待ちなさい」


 聞き慣れた声がしたので振り返ると、そこには亡くなった母の姿があった。


「お母様!?」

「久しぶりですね」

「え、ええ」


 母のもとに駆け寄り、抱きつこうとしたのに、避けられてしまった。


「お母様?」

「あなたが来るべき場所は、ここではありません」

「どういうことですの?」

「あなたを待っている人が、いるはずです」

「わたくしを、待っている人?」


 それはいったい誰なのか。

 今は、母に会えた喜びを分かち合いたいのに。


「エルーシア、あなたはまだ〝戻れます〟」

「戻れる?」

「ええ。だって、ヒンドルの盾の守護があるのですから」

「ヒンドルの、盾?」


 それは以前、シルト大公の地下宝物庫に回収にいったとき、触れようとしたら消えてしまったのだが。

 いったいどこにあるというのか。


「そのときはクラウスも一緒にいて」


 口にした瞬間、違和感を覚える。〝クラウス〟とはいったい誰なのか?


「エルーシア、胸に手を当てて、彼について、思い出すのです。あなたの、世界でもっとも大切な男性ひとを」

「わたくしの、大切な――?」


 母に言われたとおり、胸に手を当ててみる。すると、記憶が一気に流れ込んできた。


 クラウス・フォン・リューレ・ディングフェルダー。

 それは私が心から愛する男性ひと

 思い出した、と思った瞬間、胸が光り輝く。

 魔法陣が浮かび上がり、そこからヒンドルの盾が出てきた。


「エルーシア、ヒンドルの盾は、ずっとあなたと共にあったのですよ」

「そう、だったのですね。なぜ、ヒンドルの盾はわたくしと共に在ったのですか?」

「それは、盾の意思でしょう」


 私の中にあるのだったら、もっと早く存在感を示してほしかった。ヒンドルの盾が消失し、私がどれだけ焦ったことか。


「それはそうと、とても暖かい」


 ヒンドルの盾の近くにいると、体がポカポカとしてくる。先ほどまで凍えていたのが嘘のようだ。


「エルーシア、ヒンドルの盾の能力を、覚えていますか?」

「いかなる攻撃も、防ぐこと?」

「ええ。しかしながら、あなたはシルト大公家の爵位の継承をしていないので、能力が発揮されなかったようです」


 正式なヒンドルの盾の持ち主だったら、クラウスを守れていたというわけだ。なんとも歯がゆい話である。


「しかしながら、もうひとつの能力は発揮されるようです」

「もうひとつの能力というのは――あ!!」


 すっかり忘れていたのだが、ヒンドルの盾の能力は攻撃を防ぐだけではない。


「癒やしの力!?」

「ええ、そう。それは、愛をもって発動される能力なのです」


 今際いまわのとき、クラウスと私は初めて、言葉で愛を確かめ合った。そのおかげで、癒やしの能力を使うことができるらしい。


「エルーシア、ヒンドルの盾を手に取るのです。そして、愛すべき者が待つ世界へ戻るのですよ」


 ここで初めて、母が言った〝戻れる〟の意味を理解した。


「お母様、ありがとう」


 母は微笑み、姿を消した。頬に涙が伝っていく。

 ここで泣いている場合ではない。私はヒンドルの盾を手に取る。

 すると、眩い光に包まれた。


「――エルーシア!! エルーシア!!」


 クラウスの声で覚醒する。どくん、と体に熱いものが巡っていった。


「あ……クラウス様」

「エルーシア!!」


 クラウスが私の手を取った瞬間、ヒンドルの盾が浮かび上がった。

 胸に刺さっていた短剣が抜け落ち、傷がみるみるうちに塞がっていく。


「はっ、はっ、はっ――」


 奇跡が起きた。私の胸に受けた傷は、完全に癒えたようだ。

 ヒンドルの盾は再び消えてなくなる。


「何が、起きているのか?」

「クラウス様!!」


 私は勢いよく起き上がり、クラウスに抱きついた。

 

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