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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第九章 シルト大公家の娘、エルーシア

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残された者達へ

 それからというもの、私は身辺整理を行った。

 国王陛下から賜った見舞金を中心とする財産の相続人は、ネーネにしておく。私が死んだあとも彼女が困らないように、何かあったときはヴェルトミラー伯爵家のマグリットの侍女になれるよう、紹介状を書いた。

 侍女達には新しいドレスを仕立て、銀の胸飾りを贈った。彼女らの主人はコルヴィッツ侯爵夫人なのに、私によく仕えてくれたお礼である。

 他にも、自分で購入した春や夏のドレスは古着屋で売り払い、受け取ったお金は養育院へ寄付した。

 フィルバッハのお店は相変わらず盛況である。

 コルヴィッツ侯爵夫人の家にお世話になると手紙を書いてから、ドレスは送られてこなくなった。

 コルヴィッツ侯爵夫人曰く、喧嘩別れをしていたので、気まずいのかもしれない、とのこと。

 ふたりの仲をいつか取り持ってあげたかったが、それもできそうになかった。

 

 コルヴィッツ侯爵夫人には、どうやって感謝の気持ちを示せばいいのかわからない。

 見ず知らずの私を暖かく迎え入れてくれた優しいお方だ。いつしか、本当のお祖母様のように思っていたのだ。

 コルヴィッツ侯爵夫人よりも先に、クラウスを置いて逝かなければならないことを、心苦しく思う。

 私は自分の我が儘で未来をねじ曲げ、コルヴィッツ侯爵夫人やクラウスと関わってしまった。

 彼らの幸せを思えば、出会うべきではなかったと今では思っている。


「コルヴィッツ侯爵夫人、何か私にしてほしいことはありますか?」

「あなたが私の傍にいるだけでも嬉しいのに」

「なんでもいいんですよ」

「そうねえ。だったら、私のことを、お祖母様って呼んでくれるかしら?」

「そんなことでよろしいのですか?」

「エルーシアさんに、ずっとそう呼んでほしかったのよ」


 ならば、叶えるしかない。

 背筋をピンと伸ばし、微笑みかけながら口にする。


「わたくし、お祖母様のことが大好きです」

「まあ! 奇遇ね。私もよ。大好き」


 そう言い合い、コルヴィッツ侯爵夫人と抱き合う。それだけなのに、泣きそうになってしまった。


 アルウィンには、クラウスに優しくするようにお願いしておく。


「いい? これからはアルウィンがクラウスを癒やしますのよ? 甘い声で鳴いて、可愛らしく頬をすり寄せるのです」

「にゃあ?」


 よくわからない、という顔で見つめてくる。そんなアルウィンを抱きしめ、眠ったのだった。


 ◇◇◇


 クラウスの休みもあと少しとなったが、最後の最後にあるイベントが待ち構えていた。


「爵位継承の儀式を行うらしい」


 国王陛下に指名されて以来、クラウスはシュヴェールト大公を継承した。

 その後、多忙を極めていたため、儀式をする暇がなかったようだ。

 

「しなくていいと言っていたのだが、親族がうるさくてな」

「きっと、形式を重んじているのでしょうね」


 ヨアヒムの継承権を飛ばし、自らが爵位を継いだので、気まずい部分もあるのだろう。

 親族との付き合いは、この先避けて通れない。このまま逃げ続けるわけにはいかないのだろう。


「クラウス様、わたくしも参加してもよいのですか?」

「面白いものではないのだがな」

「クラウス様の正装姿を、見てみたいのです」


 シュヴェールト大公家に伝わる、天上の衣という三ヤード以上ある長いマントを着用し、儀式に挑むのだという。

 とてつもなく美しいマントだと噂には聞いていた。ぜひとも見たいと思っていたのだ。


「クラウス様、どうかお願いします!」

「そこまで言うのであれば、先頭の席を用意しておこうか」

「せ、先頭!? 本家の方々を差し置いて、一番前に座るのはどうかと思うのですが」

「未来のシュヴェールト大公夫人になるのだろう? おかしな話ではないが」


 クラウスがニヤリ、と笑う。私が嫌がるとわかっていて言っているのだろう。


「……わかりました。本妻気取りで、先頭に座ります」

「そうしてくれると、勇気づけられるな」


 儀式の服装規定ドレスコードは白い正装だという。

 侍女に見繕ってもらい、悪目立ちしないように努めなければならない。


 ◇◇◇


 爵位継承の儀式を前日に控えた晩――私は夢をみた。

 それは、クラウスが何者かの襲撃を受け、倒れる瞬間であった。

 目にした瞬間、ああ、明日の儀式がそうだったのか、と思う。

 これまでにない、巡り合わせであった。

 私の身辺整理はすべて終了し、いつ死んでも心残りはない、という状況だったのだ。

 いいや。

 正直に言えば、もっともっと生きたかった。

 クラウスと結婚して、妻になって、楽しく暮らしたかった。

 ネーネにだって、まだまだしてあげられることはあっただろうし、コルヴィッツ侯爵夫人にも恩を返し切れていない。侍女や護衛にだって、休みを与えたり、特別給金を与えたりと、できることがあったはずだ。

 アルウィンとだって、たくさん遊んであげたらよかった。私がいなくなったら、きっと寂しがるに違いない。

 ただ、予知夢でみた未来の私よりは、ずっと幸せだっただろう。

 私にはもったいないくらい、皆から優しくしてもらった。

 それを、十分だと言われるくらい返したかったのに……。


 ついに明日、私の命が尽きる日を迎える。

 遺書は遺していない。この一ヶ月もの間、クラウスに遺したい言葉は庭に植えた花に託している。おそらく気付かないだろうが、美しい花を咲かせ、クラウスの心を癒やしてくれるに違いない。


 朝――目覚めると、頬が濡れていた。

 何か悲しい夢でもみてしまったのだろうか。まったく記憶に残っていない。

 ここ最近、バタバタしていたので、ぐっすり熟睡していたのだろう。

 隣で眠るアルウィンの寝顔を見ながら、もう少し眠ろうか、と思った瞬間、廊下から声がかけられる。


「エルーシア様、おはようございます」

「お、おはよう」


 今日は爵位継承の儀式に参加するため、朝から身を清めないといけないらしい。

 そんなわけで、いつもより早い起床となったようだ。

 侍女達の顔をひとりひとり見ながら、感謝の言葉を伝える。


「みなさん、いつもありがとう」


 なぜだか、この言葉を今、伝えなければならないと思っていたのだ。

 侍女達はやわらかく微笑み返してくれる。

 さあ、新しい一日のはじまりだ。 

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