あなたのためのお花
あれから私は大いに反省した。
勝手に愛人を見繕うというのは、逆の立場で考えてみたら、余計なお世話としか言いようがない行為だった。
まずは自分の立場で考え、何をされたら嬉しいか考えてみる。
この先お別れがくるのであれば、思い出がほしい。
そんなわけで、クラウスが戻ってきたタイミングである提案をしてみた。
「わたくし、クラウス様と一緒に、お庭いじりがしてみたいのですが」
「別に構わないが」
「だったら、行きましょう!」
きっと了承するだろうと思って、動きやすいエプロンドレスを着ていたのだ。
ネーネも手伝ってくれるようで、彼女も似たような恰好をしている。
アルウィンは外が寒いので出たくないのか、尻尾を左右に振って見送った。
クラウスと腕を組み、わくわくしながら庭を目指す。
「突然庭いじりをしたいだなんて、どうしたんだ?」
「療養している間に、コルヴィッツ侯爵夫人のお庭がこれまで以上に美しくなればいいな、と思っていたのです」
クラウスと一緒なら絶対楽しいので誘った、と打ち明けると、嬉しそうにはにかんでいた。その表情を見ていたら、愛人を探さなくてよかった、と思ってしまう。今後も生きている限り、クラウスとさまざまな思い出を作ってみたい。
ただ、必要以上にベタベタしないほうがいいだろう。きっと、お互いに寂しくなってしまうから。
彼の腕から離れ、少し距離を取る。
「エルーシア、どうかしたのか?」
「庭師のおじさまに、くっついているところを見られるのは、恥ずかしいと思いまして」
「今さら何を言っているんだか」
そう言って、クラウスは私の手を握る。
「仲がいいところを、見せびらかしておけ」
「そう、ですわね」
今だけは、彼の手を離したくないと思ってしまった。
「あ、クラウス様、あちらです!」
クラウスの手を引っ張り、駆けて行く。庭の一角にある花壇を、空けておいてもらっていたのだ。
ここはクラウスの部屋の窓から見える場所で、花を植えるならばここだと決めていたのだ。突然のお願いだったが、庭師は快く応じてくれた。
すでにスコップや水やりなど、園芸用品が用意されていた。土もふかふかで、きれいに整えられている。
クラウスと共に花壇の前にしゃがみ込み、しばし土と戯れる。
「エルーシア、何を植えるんだ?」
「〝ダスティーミラー〟ですわ」
それは母が好んでいた花で、実家の庭にもたくさん咲いていたのだ。
「〝埃まみれの粉屋〟? おかしな名前の花だな」
「ええ。葉っぱに粉がまぶされたように、白みがかっているのです」
珍しい葉の様子はシルバーリーフとも呼ばれ、貴族の観賞用の草花としても人気なのだ。
「ダスティーミラーは春になると、黄色い花を咲かせるのです。小さな花で、華やかさには欠けますが、可愛らしくてとても癒されます」
「そうか」
種を蒔くのは秋がいいようだが、今からでも間に合うと庭師は話していた。
「春になったら、庭を気にしてくださいね」
「わかった」
ダスティーミラーの花言葉は、〝あなたを支えます〟。
この花の存在が、クラウスの心の支えになるように願っている。
ネーネの手を借りつつ、ダスティーミラーの種を蒔いていった。
ふっくらやわらかな土を被せ、大きくなあれ、大きくなあれと声をかける。
「来年の春が楽しみだな」
「ええ」
クラウスと一緒に、春を迎えられるだろうか。
正直、別れのときは近いように思えてならなかった。
「クラウス様、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「わたくし、元気になったので、クラウス様と一緒に過ごす時間がほしいです」
暗に、しばらく仕事を制限してくれと頼みこむ。すぐに彼は察してくれたようだ。
「難しいお願いでしょうが」
「いや、そろそろ私以外の者達に重要な仕事を任せてもいいと考えているところだった。陛下に一度相談してみよう」
「ありがとうございます!」
ホッと胸をなで下ろす。
ダスティーミラーだけではいささか頼りないと思っていたところだ。
「具体的には、何をしたい?」
「そ、そうですわね。旅行、とか?」
「婚前旅行をするつもりか?」
「コルヴィッツ侯爵夫人も一緒に行くので、婚前旅行ではなく、ただの家族旅行です」
「家族旅行か。いい響きだな」
「でしょう?」
他にも、博物館に行ったり、国立図書館で本を読みふけったり、街のアンティーク店を制覇したり――クラウスとやりたいことなんて山のようにあるのだ。
「クラウス様、楽しみにしていますね」
「わかった」
約束を取り付け、内心ホッと胸をなで下ろす。
クラウスのために、できることはいろいろありそうだ。




