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ウベルとジルケ

 なぜ、そこでジルケが反応するのか。理解に苦しむ。

 たしかに、母親であるイヤコーベは父の後妻となった。彼女も兄の妹で間違いない。

 けれども、兄がジルケを見たのは今回の休暇期間が初めてだ。

 美人な妹に該当するのは、彼女なわけがない。


 ただ、ウベルはジルケが好みだったのだろう。先ほどから、ジルケに意味ありげな視線を送り続けていたから。

 予知夢でも彼らは逢瀬を重ね、愛を深めていたのだ。


「いや、妹はそっちじゃなくて、あっち」


 メイド服を着た私を見て、ウベルは目を見開く。それも無理はない。メイド服を着た貴族令嬢なんて、ありえないから。


「え、いや、お前の妹、なんで使用人の恰好なんかしているんだ?」

「行儀見習いらしい。俺はよく知らないけれど」

「行儀見習い? あれが?」


 兄も疑問に思ったようだが、イヤコーベの「メイドみたいに働くのが普通よ」という言葉にまんまと騙されているのだ。


「じゃあ、こっちに来て、少し話を――」

「ダメ!」


 ウベルが差し伸べた手を、なぜかジルケが奪うように取る。

 

「エルーシアは行儀見習いで忙しいのよ。邪魔したら悪いから」


 それは、ジルケのいつもの悪い癖である。

 私が与えられたものを、なんでもかんでも欲しがってしまうのだ。

 本当に困った子……と思いかけた瞬間、ピンと閃く。

 ウベルを、ジルケに奪わせたらいいのだ。

 彼女は私が大切にすればするほど、なんとしてでも奪おうと躍起になる。

 つまり、私が彼に縋れば縋るほどに、ジルケは本気を出してウベルを我が物にするような立ち回りをするだろう。


 予知夢での私は、ウベルとの結婚を喜びつつも、態度に見せていなかった。他人の前で感情を剥き出しにするというのは、もっとも恥ずかしいことだから。

 そのため、ジルケは私とウベルとの結婚にさほど興味を示さなかったのだろう。


 彼との結婚だけでも、なんとか回避したい。

 ただ、それだけでは殺される運命から逃れられるわけがなかった。


 ジルケはウベルの隣に座り、身を寄せる。その様子を見た兄が、珍しく苦言を呈した。


「いや、ジルケ、お前は父上の血が流れていないから、ウベルとは結婚できないんだ」


 貴族同士の結婚は、血の契約でもある。血族同士が手を組むことにより、さらなる発展を遂げるのだ。

 そんな盟約に養子を持ち出したら、みんな好き勝手に孤児を集めて収拾がつかなくなる。そのため、政略結婚ができるのは直系のみと決まっているのだ。


「ジルケ、お前はクラウスでも紹介してやろうか? 一応、シュヴェールト大公の甥だぜ?」


 それを聞いた瞬間、「それだ!!」と閃く。

 将来のシュヴェールト大公であるクラウスと結婚したら、安全な場所が確保できる。

 いくらウベルであっても、実家に連れ戻せないだろう。

 なんとかしてクラウスと出会い、結婚してほしいと申し込まなくてはならない。

 真っ暗だった未来に、光が差し込んだ瞬間であった。


「大公の甥なんて嫌! あたしはウベルがいいの!」

「そう言ってもなー」


 ここだと思い、宣言する。


「お兄さま、わたくし、ウベル様と結婚します」


 口にした瞬間、ジルケの瞳がギラリと輝いた。

 それは人の物を奪うな、という牽制にも見える。


「エルーシアったら、酷い! いつもあたしの物を、欲しがるんだ!」


 それはあなただろう、と思ったが、私は何も言わずに顔を伏せる。

 ジルケは悲劇のヒロインを装いたいのか、受けてもない被害を訴えた。


「エルーシアは信じられないくらい性悪なんだ! あたしのドレスを奪ったり、使用人達に仲間はずれにするように言ったり、毎日毎日罵声を浴びせたり!」


 すべて、ジルケが私にしでかした行為の数々である。本当にありがとうございました、とお伝えしたい。


 ウベルはジルケの肩を抱き、心配そうに兄に話しかけた。


「お前の妹、大丈夫なのか? たしかに美人だが、性格が悪すぎるだろうが」

「いや、前まではそうではなかったんだが……」


 ジルケはワッ! と泣く振りを始めた。


「あたしの生まれが卑しいから、いつもいじめるんだ」


 ウベルが「それは酷い」と言ったので、私も頷きそうになる。

 このままでは、ジルケも物足りないだろう。一芝居打つことにした。


「わたくしは、ジルケをいじめてなんかいません! よかれと思って、手を差し伸べることはありましたが」


 床に膝をつき、懇願するように兄達を見つめる。けれども皆の視線は冷え切っていた。

 ウベルが軽蔑するように、言い捨てる。


「妹ができて、自分の立場が危うくなると思って、危害を与えたんだな。しようもない女だ」

「エルーシア、お前はできる妹だと思っていたが、見損なった」


 別に、ウベルや兄の期待に応えるつもりはない。利用する価値すらないと思ってもらえたら、何よりである。


「エルーシア、もう下がれ。ウベルを紹介するという話は、なしにする」

「そ、そんな!」


 兄はメイドに私を部屋から連行するよう命令した。

 左右の腕を引かれ、罪人のように部屋から去る。


 わざとらしく、ウベルの名前を叫んでみた。

 未練たらしく聞こえていたら幸いである。

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