お茶会
第三王女のコンパニオンだなんて、とんでもないお役目を引き受けてしまった。
果たして、私に務まるのか。
それよりも、兄のことで不興を買わなければいいのだが……。
気分を入れ替え、お茶会に集中する。
ヴェルトミラー伯爵家自慢のティールームには、水晶のシャンデリアが輝き、チョコレートみたいな色合いのウォールナットのテーブルには精緻なレースのクロスがかけられていた。その上を彩るように置かれているのは、銀の茶器。カップとソーサーだけでなく、ポットに台座、ミルクジャグ、砂糖摘まみに至るまで銀で揃えられていた。
お菓子はワゴンで運ばれ、好きな物を選べるようになっている。
定番のスコーンには、今が旬なリンゴジャムが添えられていた。アーモンドクリームがたっぷり使われたルバームのタルトに、スパイスがほんのり香るキャロットケーキ、エルダーフラワーとレモンのケーキにクッキーなど、お菓子も種類豊富に用意されている。
異国風のパンケーキ、クランペットは焼きたてを提供してくれるようで、部屋の端にパティシエが待機していた。
私はマグリットと同じ席に案内され、周囲を取り囲むご令嬢は静かな人ばかりだった。
私に起こった事件について根掘り葉掘り聞かれることはなく、ホッと安堵する。おそらくマグリットの配慮なのだろう。
お菓子と共に出されたお茶は香りがすばらしく、ほどよい渋みとこくが絶妙な味わいで、優雅な気分をこれでもかと味わった。
話題は各々の趣味がメインで、私もコルヴィッツ侯爵夫人に習ったレース編みについて熱く語らせてもらった。
「社交界デビューのドレスはコルヴィッツ侯爵夫人が手直ししたものだったなんて」
「すてきだと思っていましたの」
ちなみにあの日、私は大量に吐血したのだが、ドレスには一滴も付いていなかった。
なんでも私の顔にシーツを巻き付け、ドレスが汚れないようにしてくれたらしい。
すばらしい心遣いだが、顔に血が付いた布でぐるぐる巻きにした状態で連れ帰ったので、コルヴィッツ侯爵夫人を怖がらせてしまったようだ。
「お弟子のフィルバッハのドレスも素晴らしいですが、お師匠様であるコルヴィッツ侯爵夫人のドレスは王妃殿下しか纏えなかったので、やはり憧れます」
私がお茶会を開くときは、ドレスを見せてほしいと言われてしまった。
結婚し、生活が安定してきたら、私もマグリットのようにお茶会を主催しないといけない。今から大丈夫なのか、心配になってしまった。
お茶会は大きな騒動などはなく、つつがなく終了した。
すっきりした表情のマグリットに見送られ、私は家路についた。
出迎えてくれたコルヴィッツ侯爵夫人は、すぐに私の異変に気付く。優しく抱きしめ、幼子に話しかけるような優しい声で話しかけてきた。
「エルーシアさん、お茶会で嫌なことがあったの?」
「嫌なことと言うか、なんと言いますか……」
ひとまず、夕食時に詳しく話をすることにした。
お風呂に入り、侍女からマッサージを受けていると、泥のように眠ってしまう。
ただお茶を飲んで、お菓子を食べて、お喋りしただけなのに、こんなに疲れてしまうなんて。二年前以上に、気疲れしたのかもしれない。
そんな私は、久しぶりに夢を〝みた〟。それは、血まみれのクラウスを看取るという、最低最悪の予知夢である。
「――はっ!?」
慌てて起き上がる。部屋はいつの間にか真っ暗で、日が落ちるまで眠っていたようだ。
今の夢は……。思い出すだけで背筋がゾッとする。
私はクラウスの遺体の傍で、酷く悲しみ、打ちひしがれるように涙していた。
これまでの予知夢と異なり、詳しい状況はわからない。どうして彼は死んでしまったのか。情報が少なすぎた。
私が運命を変えてしまったので、クラウスは別の脅威にさらされてしまったのか。
ガタガタと手が震える。もうこの先、彼なしの人生なんてありえない。ひとりでなんて生きていけないだろう。
「クラウス様……」
そう口にした瞬間、涙がぽたぽたと流れてくる。
彼と出会うまでは、実家から独立し、逞しく暮らそうと考えていたのに。
私はずいぶんと弱くなってしまったようだ。
これではいけないと思いつつも、涙が止まらない。
ごしごしと目元を擦っていたら、窓がコツコツと叩かれる。カーテンを開くと、伝書鳩がやってきていた。
窓を開くと私の肩にぴょこんと飛び乗り、手紙が結ばれた足を差し出してきた。
小さく折りたたまれた紙を受け取り、鳩に水差しにあった水とベリーを与える。
よほどお腹が空いていたのか、鳩はガツガツとベリーを食べていた。
クラウスからの手紙には隣国への道中に咲いていた花や、なっていた果物の話などが、報告書のような文面で書かれていた。
クラウスはきっと、手紙を書き慣れていないのだろう。堅すぎる文面を読んでいるうちに笑ってしまう。
最後に、私の体調を気にかける言葉で締められていた。
鳩は一晩休ませたあと、クラウスのもとに戻るらしい。
果物かごにやわらかな布を敷いて、簡易的な鳩の巣を作ってあげる。どうぞと差し出すと、「ぽう!」と鳴いてかごの中へと入った。
明日、クラウスに運んでもらう手紙を書いておく。
彼が見た花や果物を、今度は一緒に見たい。結婚したら旅行に行こう、と書き綴った。
きっと叶うと信じて、私は手紙を折り曲げたのだった。
夕食時には元気な顔を見せないといけない、と思っていたのに、泣き腫らした目を見せてしまった。
「エルーシアさん、あなた、本当に大丈夫なの?」
「ご、ごめんなさい。少し、情緒不安定な期間で」
クラウスが死んでしまう予知夢をみてしまった――なんて言えるわけはなく。女性ならばかならず訪れる期間のせいにしてしまった。
「お部屋でゆっくり召し上がる? メニューも、食べやすい物を用意させましょうか?」
「いいえ、平気です。お腹はぺこぺこでして。どうかご心配なく」
「そ、そう。だったらよかった」
コルヴィッツ侯爵夫人には、第三王女のコンパニオンになることを報告した。
「わたくしに務まるとはとても思えなかったのですが、マグリット様はわたくし以上に不安がっていましたので、お断りすることもできず、引き受けてしまいました」
「そうだったの。大変だったわね」
コルヴィッツ侯爵夫人も王妃殿下のコンパニオンのような存在だったらしい。気負う気持ちは理解できるという。
「私のほうから、王妃殿下にご相談して、お断りすることもできるわ。もちろん、マグリット嬢も一緒に」
「いえ……。マグリット様は役割を果たそうと、奮起されていたようですので」
「そう。私も一緒に行けたらいいのだけれど、無理な話なのよね」
コンパニオンになれるのは、相手と同じくらいの年頃の女性だ。あまりにも年が離れていたら、気を遣われてしまうので、選考の段階で除外されるのだろう。
「気力が続く限り、頑張ってみます」
「無理はしないでね」
「もちろんです」
不安でしかないものの、誠心誠意勤めあげるつもりだ。
マグリットも一緒なので、励まし合いながらやるしかない。
どうか何事もありませんように、と神に願ってしまった。
それからというもの、マグリットとドレスを選んだり、第三王女との会話のネタを集めたり、クラウスと手紙のやりとりをしたり、と忙しい日々を過ごす。
あっという間に、第三王女と顔合わせをする日を迎えてしまった。
甲冑のような鋼鉄のドレスをまとい、王城へ挑む。
私個人の侍女や護衛は連れていけないと、隣国側からの要望があった。そんなわけで、久しぶりにひとりきりとなる。
なんとか頑張らないといけない。気持ちだけは戦いに出る騎士そのものだ。心を鋼にして、第三王女と会う。
コンパニオンは私とマグリット以外に、十人ほどいた。
思いの他多かったので、ホッと胸をなで下ろす。
そしてついに、第三王女が登場した。
「あら、みなさん、ごきげんよう」




