新たな大問題
リンデングリーンのドレスを纏い、早くもなく、遅くもないという時間にヴェルトミラー伯爵邸に到着した。
今日は規模が大きなお茶会のようで、各家々からご令嬢が集まっている。
マグリットが主催したから、という理由で選んだお茶会だったが、人数が少ないものを選べばよかったと後悔する。
待合室で誰と話したらいいのか、なんて考えていたら、マグリットの侍女が私を彼女のもとに案内してくれた。
「マグリットお嬢様がお話しをしたいとのことでして」
「そうだったのですね」
マグリットのおかげで、なんとか気まずい気持ちにならなくて済みそうだ。
ひとつ年上の彼女は、久しぶりに会った私を歓迎してくれた。
「エルーシア様、久しぶりね」
「ええ、本当に」
「今日はお招きくださり、心から感謝いたします」
「いいのよ。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。私達、お友達でしょう?」
マグリットは二年前と同じように、遠慮がなく気楽な様子で話しかけてくれた。
「それにしても、シュヴェールト大公と婚約するなんて、驚いたわ」
「わたくしも驚きました」
「まさか、ライバル関係にあるシルト大公の娘と、当時悪魔公子と名高いディングフェルダー卿が婚約を結ぶことになるなんて、誰も想像していなかったわ。さらに、ディングフェルダー卿がシュヴェールト大公になったものだから、びっくりよ。まあ、何はともあれ、おめでとう」
「ありがとうございます」
皆、シルト大公家とシュヴェールト大公家の者同士の結婚には、驚いていたという。
すぐにでもお茶会に誘いたかったようだが、結婚式の準備もあるだろうからと控えていたようだ。
「エルーシア様とはこれからも仲良くしていきたかったから、我慢をしていたの。やっとお誘いできたのよ」
「そういうふうに思ってくださるのは、マグリット様ぐらいですわ」
「そんなことないわ。みんな、あなたに会うのを楽しみにしているわよ」
これまで、ジルケが私に届いた招待状を勝手に奪い、お茶会に参加したことを思い出すと、明後日の方向を向きたくなる。
当然、マグリットのお茶会も荒らしていただろう。届いた手紙を嬉しそうに、私に見せびらかしていた記憶が甦ってくる。
「その、マグリット様のもとにも、ジルケが訪れましたよね?」
「ええ、まあ」
「本当にごめんなさい」
「いいのよ。エルーシア様とは関係のない、他人のしたことだから」
ジルケを妹ではなく、他人扱いしてくれるとは。マグリットは本当に心優しい女性だ。
「なんていうか、一時期はエルーシア様の継母と継子の噂でもちきりなときがあって、その、大変だったわね」
花嫁修業と称し、私が下働きしていたことについては、いろんな雑誌で報じられているようだ。出て行った使用人達が勝手に触れ回ったのだろう。
しかしそのおかげで、私を見る人々の目は冷たくなく、むしろ同情的だった。
日々、コルヴィッツ侯爵邸に押しかける記者には辟易していたものの、イヤコーベとジルケの悪事をきっちり報道してくれたことに関しては感謝している。
「これから何かあったら、なんでも相談してほしいわ。絶対に、助けてあげるから」
「マグリット様……ありがとうございます。わたくしも、お力になれることがあったら、嬉しく思いますわ」
それを口にした途端、マグリットは私の手をぎゅっと握る。
「早速ですけれど、お願いがあるの!」
「な、なんでしょうか?」
マグリットの勢いに、私は仰け反ってしまう。
目が血走っているので、何か大変な事態に巻き込まれているのだろう。
「来週、隣国の第三王女がいらっしゃるのだけれど、お父さまから王女殿下のコンパニオンになるよう、命じられてしまったの!」
コンパニオンというのは、貴人とお喋りしたり、遊んだりと、友達のような存在である。コンパニオンになった者は使用人扱いされず、客人として大切にされるのだ。
第三王女は破談になった縁を再度結ぶために、我が国へお見合いをしにやってくるのだという。
気分を害さないようにもてなすのが、コンパニオンの任務に違いない。
「とてつもない名誉ですわ。さすが、マグリット様です」
「そうなのだけれど、隣国の第三王女のお相手なんて私にできるのか不安で――」
ここからがマグリット様のお願いであった。
「エルーシア様、私と一緒に、第三王女のコンパニオンになってくれない?」
「わ、わたくしが!?」
「ええ。身分は申し分ないし、あのコルヴィッツ侯爵夫人に気に入られるほどの器量の持ち主であれば、第三王女もお気に召してくださるはず。だから、お願い!」
「で、ですが、お誘い合わせの上で押しかけても、いいのでしょうか?」
「問題ないわ。お父さまは、何人かお友達を誘ってもいいと言っていたので」
「そ、そうでしたか」
マグリット様のお願いは聞いてあげたい。しかしながら、私は隣国の王族とは微妙な関係にある。
正確に言えば、微妙なのは兄なのだが……。
我が国に嫁いでくるはずだった第一王女と一夜を明かし、子どもを孕ませてしまったのだ。
まあ、兄の子ではなく、恋仲になった男性との間にできたという噂もあるが……。
とにかく、シルト大公家の娘と聞いたら、第三王女は「お姉様を孕ませた男の妹め」と思うだろう。
「わ、わたくしも、お気に召していただけるか、自信がなくて」
「エルーシア様ならば大丈夫よ。それに、一緒にいてくれたら、とても心強いわ」
マグリット様は涙目だった。よほど、このお役目を重荷に思っているに違いない。
いろいろあった私を変わらず受け入れてくれた彼女に、報いないといけないだろう。
もうどうにでもなれ――と思いながら、マグリット様の手を握り返した。
「わかりました。わたくしも、第三王女のコンパニオンになります」
「エルーシア様、ありがとう!!」
マグリット様は私に抱きつき、涙を流して喜んでいる。私も不安でちょっと泣きそうになっていたが、ぐっと堪えた。




