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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第六章 父の死の謎を追って

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予定外の訪問者

 声に聞き覚えはない。いったい誰がやってきたというのか。


「この部屋ですか?」

「いや、もっと奥だ」


 だんだんと足音が近付いてくるにつれて、胸は早鐘を打っていた。


「ここの部屋を覗いてみるか」

「そうですねえ」


 扉が開かれる前にクラウスは私を担ぎ、窓から飛び出す。すぐさま窓は閉められた。

 クラウスは私を肩に担いだまま窓枠に掴まり、宙ぶらりんの状態でいた。

 秋といえども、夜は冷える。冷たい風が吹きつけていた。


「……いないな」

「鼠の鳴き声だったんじゃないですか?」

「どうだか」


 足音が窓のほうに迫っている。覗き込まれたら見つかってしまうだろう。

 ぎゅっと唇を噛みしめながら、どうか見つかりませんようにと心の中で祈った。

 しかしながら、男は窓を覗き込んでしまう。さらに、手にしていた角灯を掲げるではないか。


「何かいますか?」

「――いいや、何もいない」


 そう言って、踵を返す。足音はだんだん遠ざかっていった。

 クラウスは私を近くにあった樹の太い枝に下ろしてくれた。自らはそのまま落下し、着地する。

 樹を伝って降りてきた私を、クラウスが抱きしめた。


「大丈夫か?」

「ええ、平気。でも、窓を覗き込んだのに、どうして見なかった振りをしたの?」

「見なかった振りではない。見えなかったのだろう」


 なぜ? と思っていたが、現在の私達の恰好を思い出す。

 イヤコーベとジルケから賜った全身黒尽くめの恰好だったのだ。おまけに髪も黒いことから、完全に闇に溶けていたのかもしれない。


「窓を覗き込んだ人、誰だったかわかった?」

「顔見知りではないが、騎士隊の制服に身を包んでいた」

「なっ――!?」


 騎士がこのような時間に何用なのか。クラウスはハッとなり、早く戻ろうと腕を引いて走り始めた。


 厨房の食材運搬用の扉から中に入る。すると、人影があったので驚いた。


「これはこれは、ご夫婦揃って、外で何をしていたのでしょうか?」


 振り返った男は、銀色の髪に紫色の瞳を持つ、二十代半ばくらいの男性。もうひとりは騎士だった。


「誰……?」


 思わず口から出た言葉に、銀色の髪を持つ男性は答えた。


「自分はヨアヒム・フォン・ディングフェルダーと申します」


 それはクラウスの従兄であり、シュヴェールト大公を継承するはずだった者の名であった。

 年頃は二十歳半ばくらいか。長い銀色の髪をひとつに纏め、眼鏡には銀のチェーンがかけられている。ストライプの派手な外套を着込んでおり、首元から見えるタイは花柄、ととにかく派手な格好をしていた。


「あなた方は、ここで働くローゼ夫妻で間違いありませんか?」


 ヨアヒムの問いかけに、クラウスが一歩前に出て「そうです」と答える。


「おお、南部訛りの発音ですね。あなた方は、南部にある田園地帯出身ではありませんか?」

「そうです」

「やはり!」


 クラウスは発音まで、設定に忠実だったらしい。私はなるべく喋らないほうがいいだろう。彼の背後に隠れておく。


「少し、王都の美しい発音を心がけたほうがいいかもしれませんね。人生の先輩からの助言です」

「はあ、どうも」


 金にがめついという噂のヨアヒムは、他人を見下し、勝手にペラペラ喋るいけ好かない男だった。

 クラウスはいぶかしげな声色で問いかける。


「あんた達はなぜここに?」

「ウベル・フォン・ヒンターマイヤーから連絡がありまして。シルト大公の遺体の盗難と死の謎について打ち明けたい、と言っていたものですから」


 ウベルはいったい、何を話そうとしていたのか。


「ヒンターマイヤー氏は自分の直属の部下でね。この事件が解決したら、一気に出世できるのですよ。だから、張り切って上司である自分を招いたのですが――」


 ヨアヒムの眼鏡がキラリと光る。何かを探るように私達を見ていた。


「玄関を叩いても反応がない。中に入っても、人の気配はまるでなかった。ヒンターマイヤー氏は食堂で発見したのだが、白目を剥いて眠っていた」


 なんて寝方をしていたのか。心の中で頭を抱え込んでしまう。


「最初は毒でも盛られて死んでいたのかと思いましたよ。ほら、今晩自分達が訪問するものですから、口封じでもされたのかも、とね」


 ただ、彼らはただ眠っているだけだった。


「しかし、皆が皆、眠ってしまうというのはいささか不自然だな、と思いまして。そう考えているときに、二階の奥のほうから物音や声が聞こえたと言うものですから」


 騎士とふたり、ヨアヒムは確認に行った。その先で、私達と鉢合わせしそうになったのだ。


「まあ、物音や声は気のせいでした」


 背後に佇んでいた年若い騎士が、「シルト大公の幽霊だったのかもしれないな」と独り言のように呟く。


「ちょ、ちょっと! へ、変なことを言わないでいただきたい!」


 怪奇現象が恐ろしいのか、ヨアヒムは顔を真っ赤にして怒っていた。

 本当に幽霊だったらよかったのに、と思ってしまう。


「ま、まあ、何もかも、杞憂だったわけですよ」


 厨房に夕食で出した白ワインの瓶が置かれていた。それを指し示しながら、ヨアヒムは説明を始める。


「このお酒は度数が高く、別名〝睡眠ワイン〟とも呼ばれていて、酒の弱い者であれば、一口飲んだだけで眠ってしまうそうです。おそらくですが、食堂にいた者達は酒に弱かったのでしょう」


 万が一を考えて、そういうワインを選んだに違いない。さすが、クラウスである。


「話は戻りますが、なぜ、夫婦揃って外にいたのですか? 食事は魚料理だったので、まだ終わっていないですよね?」


 私は一歩前に出て、外にいた理由を話し始める。


「ち、近道なんですう」

「近道?」

「ええ! 屋敷内にある階段を下りていくよりも、二階にある非常階段から下りて厨房に回ったほうが、圧倒的に早くてえ」


 南部訛りに聞こえるよう、精一杯頑張る。非常階段については、下働きをしているときに何度も利用していたのだ。


「非常階段? 確認してもよいですか?」

「ええ、まあ、よいです」


 ヨアヒムと騎士を二階の非常階段があるフロアまで案内する。

 彼は疑い深い性格のようで、騎士に非常階段を使って下りてくるように命じ、自らは屋敷の階段を使って下りてくると言う。

 

「ではいきますよ。せーの!」


 踵を返したヨアヒムは、全力疾走で階段まで向かった。あんなに急いでは、検証の意味があるのかわからなくなりそうだが。

 私達も非常階段を使い、厨房を目指す。

 少し急ぎ足くらいの速さで歩いていたのだが、ヨアヒムよりも先に厨房に辿り着いた。

 遅れて到着したヨアヒムは、肩で息をしつつ、信じがたいという表情で私達を見ていた。


「た、たしかに、非常階段を使ったほうが、は、速いようですね」


 認めてくれたので、ホッと胸をなで下ろす。

 ただ、彼の表情が余裕たっぷりな点が少し気になった。


「なんだか疑ってしまって、申し訳ありません。ヒンターマイヤー氏から、シルト大公家で働く使用人が疑わしい、なんて話を聞いていたものですから」


 ヨアヒムは薄笑いを浮かべつつ、私達に尋ねる。


「あなた達のお部屋、少し調べさせてもらってもよいでしょうか?」


 それを聞いた瞬間、ゾッとする。

 もしや、父の殺害に使った凶器は今、私達の部屋に置かれているのではないのか、と勘づいてしまった。

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